今まで、異性に対してこう言う事を思ったとがなかった僕にしてみれば初めての事だったから、あの日は一睡も出来なかったのを覚えている。 それから何度もまた、会えるなんて思いもしなかったけれども……会う度に、僕の中で静花さんを想う気持ちは少しずつ強くなっていったのだから。
2021-08-17 19:56:08三条光弥の視界に映るのは、暗いようで暗くはない影の世界。 『おっへぇ、こりゃあやべぇことになってんぞぉ~』 「どういうこと?」 『見て見なさいよ、古臭い野郎に捕まってる所よ』 黒猫に姿を変えている【カゲ】が光弥の頭上に乗り、前足で光弥の目を覆う。 #風見鶏の暗影
2021-08-17 20:06:06それまで何も解らなかった現状が【カゲ】の力により、人間である光弥の視界で現状を把握出来たのと同時に、光弥は言葉を失ってしまう。 『古臭い野郎を喰おうとしてる、けど、その前に力をつけようってんで、その周りに居るヤツを喰ってるのよ、あのバカ』 『いわば、共喰いってヤツだな。こえぇ』
2021-08-17 20:06:06「腹が減っては、軍は出来ぬ」 カザミドリ・シズカが以前、口にした言葉だ。 『どういう意味だ?』と聞けば、シズカは手に持っていた本で言葉の意味を指でなぞるように言い返す。 「どんな状況でも、お腹が空いていたら行動しようと思っても十分に行動出来ない…という意味よ」 #風見鶏の暗影
2021-08-18 20:34:46『ニンゲンは、腹が減るのか?』 「減らない人も中には居るのかもしれないけど…、大抵の人ならお腹は空くものなのよ」 『ほー…』 「そういうアナタは、お腹は空かないの?」 『そういう感覚はない、俺達はニンゲンの中に出来たスキマの中に入ってニンゲンを喰らい、成り代わるだけだからな』
2021-08-18 20:34:46俺の話を聞いたシズカは、少しだけ強張った顔をしていたが、顔を横に振り、今まで思ってもみなかった事を聞いて来た。 「私たち以外を喰らおうって、考えたことはない?」 『なんだと?』
2021-08-18 20:34:47「アナタ達がどれ程生きるのかは知らないけれど、人間……生きているものには寿命という限られた時間があるし、増えるかもどうかもわからない。そう考えた場合、仲間割れ…というか、スキマの狙い合いみたいな事が起きて、どちらかを喰らうという事が起きたって、不思議じゃないでしょう?」
2021-08-18 20:34:47シズカに言われるまで、全くもって考えたことが無かった。 そもそも、俺達【カゲ】は光とモノにあたり出来た影さえあれば永く生きられる存在だが、唯一の欠点は『カゲ法師』というニンゲンに滅されると、存在そのものが消えてしまうのである。
2021-08-18 20:34:48そして【カゲ】は、一人のニンゲンにつき一人の中に入るのが当たり前で、他のニンゲンに入っている事が解ると『じゃあ、他のヤツを探すか』と言う風に、出直すようなことはあっても『他のヤツを喰らってそのニンゲンに成り代わろう』という気を持ったことが無い。
2021-08-18 20:34:48考えても見なかったことに対し、俺は思わずニンゲンのように唸る声を出して考えてみたが、結局、その時はよくわかっていなかったというのもあり『そう言うのもあるのか』と味気ない言葉で返したのだが、今、この時、ヤツの周りに居る奴らを初めて喰らい、あの時の言葉を何となく理解した。
2021-08-18 20:34:48無言のにらみ合いが続く管崎伊兵衛は遂に、目の前に居る男に捕まっている風見鶏静花を助けようと思って前に出ようとした時だった、男の背後に眩い程の月光が差し始めた。 #風見鶏の暗影
2021-08-19 20:16:24その光が足元に及んだ時、男は何だと思って後ろを見た時だ、急に悲鳴のような声を上げ、両手で自らの視界を遮らせた。
2021-08-19 20:16:24今が好機と見た伊兵衛は二人の下に近づき、静花を救おうとしたものの、どういう訳か力づくで離れないのだから(まさか…、この女も?)と思うが、周りに【カゲ】が居すぎる場所において、伊兵衛の目でも静花に【カゲ】が居るのかさえ、感じ取れにくいものである。
2021-08-19 20:16:24風見鶏静花の下に居る【カゲ】が【古のカゲ】の周りに居る【カゲ】達をそれなりの量で喰らった影響か、風見鶏の屋敷も元の姿に戻り始めたのと同時に、管崎伊兵衛を除くカゲ法師達も暗闇という名の迷宮から抜け出し、再会を果たすこととなる。 #風見鶏の暗影
2021-08-19 21:38:16そして、集まったカゲ法師の一人は気づく。 「奴ら、何処かに向かっていますね…」 カゲ法師にとっては好機の場面に出くわしたのと同時に、【カゲ】達は一斉に影のある所に逃げようとする。 それを見て滅そうと思ったカゲ法師だったが、伊兵衛の父親が待てと言い、制止した。
2021-08-19 21:38:16何故と聞こうとしたが、父親は小さな声で言った。 「もしやすると、今の者よりも強い反応があるヤツの……人が居る所に行くやもしれん。後を追うぞ」
2021-08-19 21:38:16なんとなくわかっていた事だったが、自分以外の【カゲ】を喰らったとしても、向こうは味はない為、美味いとも思わなければ、不味いとも思わなかった。 しかし、なんとなくだが、喰らう前よりも力が身について来たような気がしている。 #風見鶏の暗影
2021-08-20 19:42:53――後は【カゲ】が喰らっている人間、風見鶏静花が目を覚まさなければいいだけの事。 そう思いながら、ふと、視界を移すと、自分以外の【カゲ】達と見覚えのあるような白い人間の姿が見えたのだ。 ――あのニンゲン、確か……。
2021-08-20 19:42:54(三条、……さん?) シズカの目が覚ましそうだ――そう思った【カゲ】は、急いで影の世界へ抜け出して行ってしまった。
2021-08-20 19:42:54――いま、あの【カゲ】……いいや違う、静花さんと目があった? 三条もまた、同じような事を思ったが、向こうが急いで地上に上がるのを見て「僕達も上に行こう!」と言った。 『んだってぇ?!』 『また上に戻る気かい?ダメダメ、ココの方が安全だと私は思うけどなぁ』
2021-08-20 19:55:20否定されている上に、ココに居ろと言われる始末。 だが、三条にとって【カゲ】と【ゲンエイ】の言う事は、例え耳に入ったとしても、右から左へ通り過ぎて行き、決心は揺るがない。 「例え、君達にどんなことを言われたとしても、僕は静花さんを救いたいんだ!」
2021-08-20 19:55:21その姿を見た【ゲンエイ】は呆れたような溜息をつきつつも『ホント、ニンゲンってのは何をやらかして考えるのか、まーったくわからんな』と、光弥の肩に居る黒猫姿の【カゲ】に向けて言う。
2021-08-20 19:55:22『それは同意ね、きっと、バカなアイツも古臭い奴も同じ事思ってそうね。…しいて言えば、各々の向いてる方向が違うってことかもしれないけどね』 【カゲ】の話を聞きつつも【ゲンエイ】は光弥の腕を掴みながらに言った。 『そんじゃあ、またしてもカゲ法師と古臭い奴、諸々居る所にご案内致しま~す』
2021-08-20 19:55:23【カゲ】が、すっかりと疲弊した風見鶏静花の許嫁の男をその手に掴み、男の下に居る【古のカゲ】を喰らおうとした直後、カゲ法師の伊兵衛が止めるよりも、静花の横に現れ、制止するようにその腕を掴んでいたのは、この場に居なかった三条光弥。 #風見鶏の暗影
2021-08-21 20:29:13『お前は…」 「風見鶏静花さん、僕です。…覚えていますか、三条光弥です」 「青年!ソイツらから離れろ!」 伊兵衛の声は確かに聞こえていたが、光弥は静花の目を真っすぐ見ながらに話を続ける。
2021-08-21 20:29:14「その手を離して、いま、君がすることはそんな事じゃない」 そんな言葉を言って何になる、彼女の上辺を乗っ取るような状態で【カゲ】は無駄と思った矢先、風見鶏静花そのものが現れ、目に涙を流し、震えた声で光弥に話しかけてくる。
2021-08-21 20:29:14「三条さん……私、怖いの…。【カゲ】が………」 静花が許嫁の男を掴んでいた手を離した光弥は、静花を抱き寄せ、安心させるように耳元で囁く。 「もう、大丈夫だよ」
2021-08-21 20:29:14いま直ぐに口に出して言ってしまう言葉はなんだと聞かれたら、管崎伊兵衛は真っ先にこういうだろう。 「何と言う事だ、信じられん」と。 だが、そうも言ってられる暇はない。#風見鶏の暗影
2021-08-21 21:34:47目の前の二人の間に居た男が何処かに逃げようとしたところを伊兵衛が取り押さえた上に、男の中に居た【カゲ】も滅したところでようやく父親たちをはじめとするカゲ法師たちがこの部屋に辿り着き、再会して直ぐに残りの【カゲ】達の後始末が始まった。
2021-08-21 21:34:47二人の身柄は確保出来た一方で、例の男は伊兵衛や他のカゲ法師に連れられ、管崎家敷地内にある地下牢に運ばれて行った。 何故、男がそこに運ばれたのか? それは、父親の判断の元で「伊兵衛が滅したとはいえ、まだ油断は出来ん」という理由だ。 全く、少しは自分の息子を信用しろってんだ。
2021-08-21 21:34:47風見鶏の屋敷における一連の出来事から数日は経った、僕と静花さんはカゲ法師こと、管崎家の屋敷の敷地内にある離れで身体を休めるようにと言われ、言う通りに過ごしていた。 #風見鶏の暗影
2021-08-22 20:20:01後で解った事だが、静花さんを人質にとっていた男の人は見合い相手だったが、本当に結婚はする気はなく、向こうが一方的に風見鶏という名を手に入れる為の口実だと、静花さんは話していた。
2021-08-22 20:20:01その話を聞いた時、僕はなんと言っていいのか解らない表情を浮かべていたに違いない。 現に、この話を思い出す度、複雑な気持ちになってしまうから。
2021-08-22 20:20:02真夜中のことだった、誰かが部屋の扉をノックしている音で眼が覚めた三条光弥は、眠気眼を右手でこすり、欠伸交じりに「はぁい」と言いながら扉を開けた途端、風見鶏静花が抱き着いてきたのだ。 #風見鶏の暗影
2021-08-23 19:28:57いきなりな上に驚きと動揺で一気に眼が覚めた光弥は「ど、どうしたんですか…?」と声をかけた。 「私……、この場所から、逃げたい……」 震えるような声で言う静花を見ると、何時も着ているワンピースは所々が破れていたり、顔には何かで叩かれたように赤くなっている。
2021-08-23 19:28:57――誰が、こんなひどいことをしたんだ…。 言葉には出さなかったものの、三条としては怒りの気持ちが沸き立ちそうな所で、静花は言う。 「三条さん、一緒に、この屋敷から出ましょう?」 「でも、この時間帯は【カゲ】達が活発的になるからって、伊兵衛さんが……」
2021-08-23 19:28:58「大丈夫……三条さん、目を瞑って頂けますか?」 一体、何をする気なんだろう……そう思いながらも、光弥は瞼を閉ざした直後、首筋を打たれてその場に倒れたのを見た静花は、足元の影に向かって「お願い、私と、三条さんをこの場所から離れさせて」と言えば、足元の影が人の形を成して動き出す。
2021-08-23 19:28:58【カゲ】がやれやれと首を振りつつも『まぁ、お前にはアイツらに俺が居る事を隠し通した礼ってのがあるからな、協力してやらんこともないがな』と言い、風見鶏静花と床に倒れた三条光弥を影の世界に引き込み、跡形も無くその場から消えたのであった。
2021-08-23 19:28:59翌朝、あの青年と【カゲ】が中に居たであろう女性は跡形も無く、管崎の屋敷から姿を消していた。 思い当たる所を全て捜索したものの、誰一人として見つける事は出来なかったのだ。 #風見鶏の暗影
2021-08-23 20:20:26一体、何処に姿をくらましたというのか? その疑問を抱きながらも、儂はカゲ法師としての責務を全うし、何十年と経ってしまった。 今や、幾つもの子を授かり、孫までの代に至るカゲ法師達に言い聞かせていた。
2021-08-23 20:20:27「永く【カゲ】を喰らっている女性を見つけたら、真っ先に儂に伝えてくれ。その【カゲ】は、儂がこの手で滅する」……と。
2021-08-23 20:20:27あれから幾年月が経っただろう、管崎の屋敷を出てからは、元々暮らしていた街に似た街で僕は静花さんと一緒に暮らしていた。 婚姻届というものを出してはいない為、結婚している訳ではない。しかし、僕らはともに日々を過ごしてきたのだ。 #風見鶏の暗影
2021-08-24 19:57:22両親や友人に何も言わず出て行ってしまったから、少なからずとも心配したとは思う。 一度だけ手紙を出した事はあるけども、いずれも返事はなく、季節は何度も何度も巡っていった。
2021-08-24 19:57:23あの出来事から一体、幾年月経ったのでしょう。 私は三条さんと共に暮らしているけども、その暮らしと言うのは常に薄暗い上に、私自身としては【カゲ】と『カゲ法師』を気にしながら生きていたような気がしていた。 #風見鶏の暗影
2021-08-24 22:14:31少しでも意識を背けたら【カゲ】は私に成り代わろうととするものだから、油断も隙もない話だ。 出来る事ならば、カゲ法師の誰でもいいから…私の中に居る【カゲ】を滅してほしい。 そう思う度『誰が滅されるものか』と【カゲ】は私によく似た姿になって言い返すのだった。
2021-08-24 22:14:32その日の天気は曇りだったが、風見鶏静花は「出かけましょう」と三条光弥を誘い、外出していた。 最初は戸惑いを隠せなかった光弥だったが、笑みを浮かべる静花と一緒に歩いているうちに、戸惑いから喜びの気に変わっていった。 #風見鶏の暗影
2021-08-25 19:23:34何時ものようにお店で買い物したり、レストランで食事をしたりと、周りとなんら変わらずな事をしていると、辺りはすっかりと薄暗くなっていく。 「そろそろ、帰ろうか」 光弥がそう言うと、静花は頭を頷かせて返事をしたが、誰かの視線を感じ取り、思わず辺りを見渡し始める。
2021-08-25 19:23:34風見鶏静花が感じ取った視線、それは一人のカゲ法師のものだったが、こちらも素早く身を隠したため、直接的に気づかれぬ事はなかった。 薄い紅色がかかったような茶色髪の女性カゲは、胸ポケットに入れていた写真を取り出し、改めて確認する。 #風見鶏の暗影
2021-08-25 22:39:54