役場に併設されている食堂で働く前沢慎太は最近、自分の料理の腕に自信を無くしそうになっていた。 そんな折、謎の人物から「自信を取り戻す石」を渡されるが――。 (※連載当時のまま掲載しているので、誤字脱字があります)
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伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

凶器を持ったような強風を目の前に太刀打ちが出来ないと、誰もが思った。 ただ、一人の男だけは違っていた。 「慎呉、離れてろ」 「しゅ…、愁治?」 秋山愁治は皆の前に立つや手を風の前に出しながら早口で呪文を唱えるように言い放った途端、その箇所だけ風穴が出来たのだ。 #事務所物語

2022-04-07 19:35:53
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「俺は出来ることをやった、後は…」愁治は視線を三田村正統に向けながら「…出来るだろう?役場の職員さんよォ……」そう言うや、愁治はフラフラで倒れそうになる所を後ろに居た朝松紗南が抑えるが、その直後に気を失ってしまう。

2022-04-07 19:35:53
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「所長!」 隣に居た正統が愁治の様子を見て「大丈夫です、おそらく、能力の使い過ぎによる一時的な体力消耗だと思います」と解説する。 ホッと胸を撫でおろすが、それは一時的な安堵にしか過ぎない。 「でも、愁治はなんであんなこと言って倒れたんだ?」

2022-04-07 19:35:54
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

誰しもが疑問に思ったが、正統は上着のポケットから静かに取り出しながらに慎呉の疑問に答える。 「おそらくですが……秋山さんはきっと、私の能力を知っていたのかもしれません」

2022-04-07 19:35:54
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

正統の手には沢山の画鋲が入っているケースだった、その中から一つ取り出し、風穴に向けて狙いを定めるや、勢いよくその画鋲を投げつけたのである。

2022-04-07 19:35:54
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

風の外側から穴が開いたかと思えば、目にも止まらぬような速さで何かが飛んでくるのが視界に入るや、その者は前沢慎太を庇い、飛んできたものを弾き飛ばす。 やがて、その穴から幾人かの者達がこちらに近づいてくる。 #事務所物語

2022-04-08 20:27:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『まさか、こんなこをして入ってくるとは、思いもしなかったよ』 しかし、長髪を横に束ねている男は話も聞かず「兄貴を返せよ!」という始末だ。

2022-04-08 20:27:38
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『返す訳には、いかないな』 「どういうことだよ!」 『どういう事も何も、この男は己を失い、別の者が宿っている状態だからさ』 「べつの、もの?」 「ワケの解らん事を、言うんじゃねぇよ!兄貴は、兄貴だろう?!」 #事務所物語

2022-04-08 22:22:45
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『やれやれ、人間というのはつくづく喧しいから好きにはなれんが……、私という存在は、人間が居なければ成立しないのもまた、厄介ものでもある訳だが……』 気を失ったままの愁治を背負いながらも、慎呉は誰かが止める声も聞かず、その者に向かって行く。

2022-04-08 22:22:46
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

しかし、それは所詮、無駄な事。 いとも容易く返されて、その場で動けなくなってしまう。 「慎呉ちゃん!」 『喧しい者は何時の時も好きにはなれん』

2022-04-08 22:22:46
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

自分という存在が薄れていく、そういう感覚が確かにあった。 けども、誰かたちの声が耳に入ってきた時、自身の視界が開けてくる。 見覚えのある者達が居る「自分は…俺は、ここに居る」と伝えたいのに、声は出ない。 まるで、誰かにその口を塞がれているような感覚だ。 #事務所物語

2022-04-09 19:18:28
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

必死になってもがいていると『ごめんなさい』と、何時か聞いた声が耳に入ってくる。 やがて、塞がれていたものが自然となくなり、目の前に見覚えのある人の姿が現れる。 『前沢くん、こう言う事に巻き込んでしまって、本当に、ごめんなさい』

2022-04-09 19:18:29
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その声の主、一ノ宮 雫は泣きながら事の始まりを話す。 一ノ宮 雫という存在は既にないけども、前沢も会ったあの男によって別の形で蘇り、前沢の手元に石として渡ったこと。 その石は前沢の不安という気持ちを吸い取る代わりに、意識を奪い、雫が表に現れやすくなるということ。 #事務所物語

2022-04-10 20:19:33
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

正直な所、前沢慎太の頭では直ぐに理解し難いことだらけなのは事実だった。 しかし、自分の身は百歩譲ってどうなろうとも、自分の尊敬する者を弄ぶような事をする事に対しては許さない気持ちが宿らない訳がなかった。

2022-04-10 20:19:33
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

応戦は続いていた、けども、人ならざる者の前では、能力の有無を問わない人間立は無力に近かった。 『いい加減、諦めたらどうだね?』 慎呉は地面の土を握りながらも、なんとか立ち上がりつつ、その者に向かって言い叫ぶ。 「誰が諦めるかってんだ、この野郎…!」 #事務所物語

2022-04-11 19:30:18
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『威勢だけは立派だが、周りを見ろ』 慎呉の周りを見てみれば、大半の者達はその場で能力の使いすぎに伴う疲弊が色濃く表れている。 能力者ではない紗南や史織がキールやレイサーの後方に居るが、何時手を出されるかは解らない。

2022-04-11 19:30:19
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『そちらから来ないのならば、私から先手を打たせてもらおうか…?』 そう言いながら手を大きく振ると、先程よりも強い風が吹き荒れ始めるのだった。

2022-04-11 19:30:19
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

白烏姿のセルクは料理座の看板を皆で見つけた後、先生に連絡しますと言い、皆の所から一旦離れていた。 ――先生だ! 少々の癖のある茶髪で、髪色と同じようなジャケットとスーツを着た者をその眼でとらえたセルクは急いでその方に向かって急降下する。 #事務所物語

2022-04-11 19:39:25
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『先生!』 「セルクくん、前沢さんの居場所はわかったかい?」 『はい、森の奥にある、料理座というレストランの――』 言いかけた所で、先生と呼ばれた男は「料理座か…」と呟いた。 『知ってるんですか?』

2022-04-11 19:39:26
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「かつて、君がまだ来る前の話になるが……捕獲出来なかった異界な存在が居た場所だ」 『異界な存在が…?』 「あぁ、姿も形もない癖に、声と能力者と同等の力を有する存在さ」

2022-04-11 19:39:26
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

一足先に上空から皆の下に辿り着いたセルクだったが、辺り一面が台風のように強い風が吹き荒れている。 ――この強風では、とてもじゃないが、近づけない…! 『おやまぁ、こりゃあやばぁい事になってんねぇ』 #事務所物語

2022-04-12 20:25:34
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

聞き覚えのある声に反応して振り返れば、そこに居たのは先程まで一時的に行動を共にしていた一羽の烏だった。 「ココに居ては、危険に巻き込まれる恐れがあります!」

2022-04-12 20:25:34
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『まぁ、そうだろうね。だから俺はさっき、君が引き連れていた者達から離れたんだけど…でもやっぱ、気になってしまうし……なによりも、この地をこれ以上ヒドい目にあわす訳にはいかないって、ここの主が言っちゃあ、悪いヤツは弾かれちまうんだよねぇ』

2022-04-12 20:25:35
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

それは一体どういう事でしょうか、と聞こうとした時だった、烏が『ほれ、見てみ?』と言いながら地上に目をやった。 視線をそこに移すと、強風の下に向かう赤髪の者が見える。 「あの方は?」 『怒らせたらマジで怖い、この森の主さ』

2022-04-12 20:25:35
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『さて、いつまでもこんな状況では埒が明かないな…』 そう言って、隣に居る前沢慎太の手首を掴み、何処かへ消えようとした。 けども、それは出来なかった。 力が入ったようにその場から動かないものだから、こちらとしても何が起きたのかよく解っちゃあいない。 #事務所物語

2022-04-13 20:39:20
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

――一体、何が起きたと言うんだ? そういう疑問も浮かぶ中で、辺りの風は急に静まり返りはじめ、この場に居る誰でもない者が現れる。 「ようやく見つけましたよ、荒無者」 『それは一体、誰に向かって言っているのかね?赤髪の魔女殿?』

2022-04-13 20:39:20
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

赤髪の魔女と呼ばれた女性は上着から杖を取り出し、小さな声で呪文を唱えた途端、先程まで吹き荒れていた風が一気に弱くなり、後方に居る者達に顔を向けながら申す。 「ここは、私が代わります」 「しかし、アナタは…」 #事務所物語

2022-04-14 20:28:10
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

正統の心配をよそに、赤髪の魔女は「大丈夫です」と言わんばかりの表情を浮かべるが、向こうはそんな事お構いなしに先手を打とうする。 しかし、魔女は先程同様に杖を振って呪文を唱えた途端、その攻撃は意味をなすこともなく、あっけなく消えた。

2022-04-14 20:28:10
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『小癪な…』 「無駄ですよ、この場所はアナタのような者が存在していい場所ではないのだから」

2022-04-14 20:28:11
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

赤髪の魔女の後ろには、森に住まう者たちが目を光らせながら自分を睨み続けている。 それだけで怯むような者ではないが、見方が圧倒的に少ない方からしてみれば、向こうは幾らでも居るのだから、立ち向かう事を考える方がどうかしているという考えに行きつく所だ。 #事務所物語

2022-04-15 20:31:33
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

しかし、ここで逃げてしまうのならば、前沢慎太の身体を乗っ取りかけている一ノ宮 雫を手放すことになる。 「その者を手放し、この森から去り、今すぐに277機関に降伏なさい」 杖に宿る魔力は間違いなく本物だ、少しでも触れてみろ。 自分という存在が消えてしまうぞ。

2022-04-15 20:31:34
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

誰が、あの者……機関者達に降伏するものか。 降伏するくらいならば、私は、あの場所からも……今いるこの場から逃げてやる。 そして、人という芸術を新たに見つけてやるさ。 #事務所物語

2022-04-15 22:19:16
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その者は高らかに笑い声をあげたのと同時に、先程よりも強い風と周りが見えなくなるほどの土埃をたてる。 その場に居る者達は目を塞いだものの、風は直ぐに収まり、動かくなった前沢慎太を置いたまま、荒無者と呼ばれた者は姿を消してしまったのである。

2022-04-15 22:19:17
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

風が止んだ後にセルクやフローリー、そして、277機関の機関者達が来て、例の存在を捜索しているものの、中々に見つからず仕舞い。 「前沢さん!」 「慎太ちゃん…!」 「兄貴、返事してくれよ!」 #事務所物語

2022-04-16 18:53:18
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その一方で、赤髪の魔女がある程度の魔力を使って前沢慎太の治療を施したが、意識は未だに戻っていない状況だ。 「兄貴は、大丈夫、なんですか?」 「息はしているけども、あとは…彼の中に居る存在をどうにかしない事には、なんとも……」

2022-04-16 18:53:18
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『前沢くん…』 一ノ宮さんの声は震えていた、けども、真っ直ぐと俺を見ているのだと、感覚で解る。 『もう、いいの……』 「しかし…!」 『私はもう、どんな姿であろうとも、生きてちゃあいけない』 #事務所物語

2022-04-17 20:41:02
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

あの時みたいな別れ方だ。 何度も何度も思い出す上に、今でも夢で見る別れ方。 けども、あの時と今では少しだけ状況は違う。 「一ノ宮さんがそう言ったとしても、俺の中では今でも、あの日々は……大切な記憶です」 姿形は見えない、けども、目の前に居る人は泣きながらも『ありがとう』と言った。

2022-04-17 20:41:03
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

一ノ宮さんとの日々は、俺にとってかけがえのない記憶だ。 それは間違いない事実だし、大切な思い出でもあるのと同時に、頭から離れる事のない出来事だ。 誰かが忘れたとしても、俺はいつまでも、いつまでも忘れる事はないだろう。 #事務所物語

2022-04-18 00:51:10
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

------------ 次に、前沢慎太が目を覚ました時に見えたものは、見覚えのある面々が心配そうな表情浮かべている姿だった。 「兄貴!」 「慎太ちゃん…!」 「前沢さん、大丈夫ですか?」 「……俺、確か……色々あったんだけども……」

2022-04-18 00:51:10
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

ポケットに入れていた小袋を取り出した慎太を見た、赤髪の魔女は「今はまだ、無理をしてはいけませんよ」と声をかける。 「あの、アナタは…?」 「私は、この森に住む者です」 そう言いながら、手にしている杖を小袋に向け、呪文を唱えつつ杖を振って見せる。

2022-04-18 00:51:11
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

何をしたのだろうと思いつつ、慎太は小袋の紐を緩めながら開けると、例の石があしらわれたネックレスに姿を変えて現れたのである。 「石自体の効力はありませんけども、これで肌身離さず、出来ると思いますよ」

2022-04-18 00:51:11
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

慎太の目に涙が浮かんでいる姿を見た弟の慎呉は「兄貴、大丈夫か?」と聞く。 姉の史織は何も言わず、ポケットからハンカチを取り出し、慎太に渡したのだった。

2022-04-18 00:51:11
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

あの不可思議出来事から、数週間が経った。 前沢慎太さんの事は勿論のこと、例の烏に能力の源を吸われていた(?)秋山所長も、今は回復している。 最も、慎太さんは色々と大変な目にあったという事もあり、慎呉さんや史織さん、そしてご両親方が様子を見がてらに食堂に赴いているそうだ。 #事務所物語

2022-04-18 19:15:21
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その度に、食堂の厨房で「また来たよ」なんて言いながらも、腕を振るって注文された料理を作っていると、慎呉さんが事務所に来て秋山所長に話していた。 秋山所長は「そうなのか」と、何時もの調子で返していたけども、内心は安心してるんじゃないかと、私は思うのです。

2022-04-18 19:15:22
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「ノリシェフさんの料理を食べに行こう!」 と、キールが電話で誘ってくれた時「ノリシェフさんって、まさか…」と聞きなおしたら、案の定「あのシェフに決まってるじゃないか!」と返答するのだから、私は呆れつつも「本人の前で言ったら失礼だよ」と軽く注意した。

2022-04-18 19:15:22
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「わかってるよ!それじゃあ、また!」と言い、キールは電話を切った。

2022-04-18 19:15:22
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「前沢、聞いたぜ」 食堂で同期の料理人から唐突に話しかけられた慎太はとぼけたような声で「何が?」と返す。 「例の料理コーナーの出演だよ、料理長に選ばれたのに、出演を断ったんだって話」 「あぁ、それか」 「なんで断ったんだ?」#事務所物語

2022-04-19 20:27:28
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「なんでって、それは…」 「それは?」 皿を洗っていた手を止め、真っ直ぐ相手の顔を見て返答する。 「俺にはまだ、テレビに出ながら料理を作って披露する度量じゃないからさ」 「そうかねぇ…」

2022-04-19 20:27:28
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

向こうは納得していないような表情を浮かべているが、慎太本人はそれ以外答えるつもりはないものだから「まぁ、前沢がそういうなら、そういうことなんだろうな」と呟くのだった。

2022-04-19 20:27:29
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

いつものように朝がやって来て、陽は昇る。 眼が覚めれば台所に向かい、昼に作るランチの事を考えつつも、今は目の前の調理を済ませ、朝食を済ます。 歯を磨いたり、顔を洗ったり、髪を整えつつ、仕事場へ向かう支度をする。 #事務所物語

2022-04-20 21:00:34
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まとめたひと
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

基本は自分が考えた創作ッ子達の事を呟いたり、絵を上げたり、お話も書いたりします。偶に違う話等もしておりますが……ようは気まぐれだが基本は創作用アカウントです。(※食べても美味しくない鶏野郎で無言フォローをしたり、時として話すとアツくもなりますがそれでもよろしければです)御用の方はDMまで。