役場に併設されている食堂で働く前沢慎太は最近、自分の料理の腕に自信を無くしそうになっていた。 そんな折、謎の人物から「自信を取り戻す石」を渡されるが――。 (※連載当時のまま掲載しているので、誤字脱字があります)
0
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

あの時から、月日はとっくの間に過ぎているのはわかっている。 例え、世間から忘れさられてしまっていても、俺の中で…あの時、あの場所に居た時は、今でもハッキリと覚えているし、夢にだって出てくる事もある。 #事務所物語

2021-11-21 19:28:36
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その度に、俺は、目の前に居る人に言い叫ぶ。 「この手は!絶対に、…放しません!」 でも、その叫び声と意思は辺りに広がる炎と共に奪われる所で目が覚めてしまうんだ。

2021-11-21 19:28:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

瞼を開け、視界を確かめたとしても、目の前に助けるべき人も、周りに炎もない。 そこに見えるのは、昇り始めた朝の空と、白い壁、そして、俺は今、ベットの上に居るという感覚だけなのだから。

2021-11-21 19:28:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

秋山事務所の始業時間は、他の所から見れば少し遅い方だ。 所長でもある愁治が「朝が苦手」というのもあり、昼になるかならないか頃に事務所は開業し始める。 部下で雑用係を担当している朝松紗南は、始業よりも少し早めに事務所へ来ては、軽い掃除やコーヒーの用意をしたりする。 #事務所物語

2021-11-22 19:22:03
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

無論、その頃には愁治も既に起きて朝と昼を合わせたような軽い食事をとっているので(なんだか、実家に居る感じだな…実家じゃあねぇけども)と、愁治は何時もそう思いながら紗南の事を見てしまっている。

2021-11-22 19:22:03
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その視線に気づいたのか「所長、どうかしましたか?」と、紗南は何気なく聞くが「別に、なんでもない」と、素っ気なく返すのもまた、何時ものことである。

2021-11-22 19:22:04
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

壱ノ笠の役場に併設されている食堂はお昼前に開店するのに合わせ、働いている料理人やシェフ達が朝早くに来て料理の仕込みや下準備をし始める。 #事務所物語

2021-11-23 20:16:56
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

食堂で働くシェフの一人でもある前沢慎太は、他の人よりも早く調理場に行くことが多く、更衣室で制服に着替えた後、身なりを整えつつ、手を洗い、調理器具や材料を調理台に置いた後、自分が担当している「本日のランチ」を数量分作り始めていった。

2021-11-23 20:18:40
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

――そういえば、朝は軽く食べたが…昼がまだだったな。でも、さっき食べたばっかだから、また食べるのかって思われるのもなァ…。 そんな風に愁治が考えている時だった、ぐぅぅ~という、音が聞こえ(一体なんの音だ?)と思った矢先である。 #事務所物語

2021-11-24 20:46:32
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

音が聞こえないように軽く両手でお腹を抑えた紗南だったが、時はすでに遅く、愛想笑いをしつつ愁治の方を見る。 「そろそろ、昼食の時間だな」 「はい~…」 「今日はちと、ススメの場所で食べるか?」

2021-11-24 20:46:32
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

突然の誘いに、紗南は思わず戸惑うも「いいんですか?所長、さっきご飯食べたような感じでしたし…」と聞いてしまう。 「なに、俺も軽く食べただけだからな、昼まではもたんし、何よりも…腹の虫鳴らされちゃあ、仕事も身に入らんだろう?」

2021-11-24 20:46:33
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

うっ、と短い声を出す紗南だったが、愁治の提案を無下にするわけにもいかないと思い「よ、よろしく…おねがい、します」と、返した。

2021-11-24 20:46:33
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

事務所を出て、近くの路面電車に乗って数十分、秋山愁治と朝松紗南がたどり着いたのは街の役場だった。 ――こんなところに食べる所、あったっけ? 首を傾げる紗南を横目に「隣だよ、となり」と言いながら、愁治はゆびを指す。 #事務所物語

2021-11-25 19:04:34
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その方を見ると、役場の隣に食堂が建っている。 「へぇ、役場のお隣にこういう場所が出来てたんですねぇ…」 「その反応から見るに、ココに来るのは初めてみたいだな」 「はい!」 「ココの料理……、特に本日のランチが美味しいんだぜ」

2021-11-25 19:04:34
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

食堂入ってすぐに置かれている発券機で、昼ご飯を選ぼうとした所「なんだ、もう売り切れかぁ…本日のランチ」と、秋山愁治は肩を落とすように呟いた。 確かに、本日のランチと書かれいているボタンの下は赤いランプが灯されている。 #事務所物語

2021-11-26 20:18:28
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その姿を見た朝松紗南は、ほかのメニューを見ながらに「秋山所長!他のメニューも美味しそうですよ!」と指さしながらに申す。 「そうだな、他のを食べるのも悪くはないかもしれんな」

2021-11-26 20:18:29
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

既に本日のランチを作り終えていた前沢慎太と数人の料理人たちは、ランチの盛り付けをしていたり、他の料理を作り始めたりしている。 その間にも、カウンター越しからは次々とランチの注文がやってくるのだから、中々に休みは取りにくい。 #事務所物語

2021-11-27 19:05:16
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

――そろそろ、人が混む時間も過ぎる頃合いかな…。 そんな風に、壁にかかっている時計を見ていると『よそ見は厳禁でしてよ』と小さな声が聞こえ、慎太は手元に視線を落としながら、その声に対し「わーかってるよ」と返答し、自分の作業に戻る。

2021-11-27 19:05:17
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

秋山愁治は天ぷらうどんといなり寿司のセットを、朝松紗南は野菜炒め定食を頼み、近くの席に座って昼食をとりはじめていた。 周りの殆どは役場の職員だったが、自分達のように一般的なお客さんも昼食をとっている。 #事務所物語

2021-11-28 20:22:02
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「食べたかったなァ、本日のランチ…」 「そんなに美味しいんですか?」 「美味しいも何も、アイツの……慎呉の兄貴さんが作ってるからな、めっちゃ美味しいんだぜ」 「へぇ、慎呉さんにお兄さんが居るんですね!」

2021-11-28 20:22:02
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

紗南の反応を見て(そういえば、そういう話は全然してなかったな)と気づく愁治は、改めて説明し始める。 「正確に言えば三きょうだいなんだ、一番上が新聞社で働いてる姉さん、真ん中がココで働いてるシェフ、一番下が情報屋をしてる慎呉って所だな」

2021-11-28 20:22:03
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

厨房の向こう側、様々な喋り声が聞こえる中で、どこかで聞いたことがる声が耳に入ってくる。 前沢慎太は一時だけ作業する手を止め、その声を聞き通す。 ――あの声は確か…、慎呉が大分前に実家に遊びに来たヤツな気が……。 #事務所物語

2021-11-29 19:44:54
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

そんな風に思っていると、料理長から「手ェ、動かしなァ!」と言われ「はい!」と大きな声で返答し、直ぐに自分がすべきことをし始めた。

2021-11-29 19:44:54
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「ねぇ、最近の本日のランチ…ちょっとヘンじゃない?」 「そう?私は美味しいと思うけど」 「なんか、あれなのよね……」 愁治と紗南が座っている席の近くに座っている来店客の声を聞き取った愁治は(ん?)と思いつつ、いなり寿司を食べつつ、その会話に耳を傾ける。 #事務所物語

2021-11-30 19:36:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「ちょっと、味がヘンな感じがするのよねぇ…」 「そうかなぁ?」 「まぁ、アンタは味オンチだから気づきにくいとは思うけどね」 「失礼しちゃうなぁ!」 あはは、と笑い声でしめられ、その後は何気ない会話をし始めたのだった。

2021-11-30 19:36:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

いなり寿司の食べる手が止まっていた愁治の姿を見て「所長、どうかしたんですか?」と、野菜定食を食べ終えたばかりの紗南は聞いた。 「ん、いや、なんでもねぇよ」 素っ気なく返答し、残りのいなり寿司を食べ終える。 #事務所物語

2021-12-01 20:21:04
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「さて、少し休んだら事務所に帰るか」 「そうですね、秋山所長、よかったらお水入れて来ましょうか?」 「おぉ、お願いするかな」 「じゃあ、いま入れてきますね」 席を立ち、紗南はカウンター近くのウォーターサーバーに向かって行った。

2021-12-01 20:21:04
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

食堂のカウンター近くに置かれているウォーターサーバーまでたどり着いた紗南は、近くのテーブルにコップを置き、愁治の方を先に水を入れ、テーブルの上に置いた。 その次は、自分のコップに水を入れようとした時だった。 #事務所物語

2021-12-02 20:11:13
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

まだ使われていないコップが置かれている物影で、何かがいたような気がしたが(気のせい、だよね…)と思い、自分のコップに水を入れて数秒後だった。 『気のせいじゃあ、ありませんわよ』 甲高い声が聞こえ、思わず辺りを見渡すが、声の主が見つからない。

2021-12-02 20:11:13
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『ここに、居ますわよ』 再び、甲高い声が耳に入り、その方を向くと、桃色で、耳と首に同じ水色のリボンを結んだ、ぬいぐるみみたいな見た目をした生き物(?)が、そこに居たのである。

2021-12-02 20:11:14
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

信じられないような感覚が沸き立つ中で、朝松紗南は目の前に居るぬいぐるみみたいな生き物を見ていると『水、あふれてましてよ?!』慌てた声で相手から言われてしまう。 紗南はハッと気づき、急いでウォーターサーバーの冷水ボタンを押す指を離したが、時は既に遅かった。 #事務所物語

2021-12-03 20:41:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

手は勿論の事、着ているスーツの袖も水で濡れてしまっている。 ポケットに入れていたハンカチを取り出してから拭いていると、その事に気づいた秋山愁治が紗南の所まで行き「大丈夫か?一体、何があった?」と聞きながら、自分の上着のポケットに入れているハンカチを取り出して拭き始める。

2021-12-03 20:41:37
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「いや、そのですね…」 紗南が愁治に説明しようとした時、調理場から男の人が出てきて「お客さん、大丈夫ですか?!」と、紗南に心配の声をかけてきた。 「あ、はい…」 男の人は何か聞きたそうな顔を浮かべつつ、愁治の方を見ている。

2021-12-03 20:41:38
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「ひょっとして君は……」 その視線に気づいたのか、愁治は男の方を改めて見ながらに言った。 「お久し振りですね、前沢先輩」

2021-12-03 20:41:38
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

三人と一体は近くの席に移動したが、男は厨房に呼ばれ、席を外していた。 その一方で、紗南と愁治はぬいぐるみみたいな生き物をまじまじと見てしまう。 その視線を気にしつつも『ワタクシは、ミュミュでしてよ』と名乗る。 「わっ、私は、朝松紗南です。よろしく、お願いします」 #事務所物語

2021-12-04 18:50:47
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

やや緊張気味で返答する紗南に対し「俺は、秋山愁治だ」何時ものように返答する。 テーブルの上で、二人を見上げながらミュミュは小さい鼻を上下に動かした後『アナタ達からは、ワルいニオイはしませんわね』と呟いた。 「悪い匂い?」 「どういう事、ですか?」

2021-12-04 18:50:47
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「あぁ、気にしないで大丈夫ですよ、ミュミュ子の癖みたいなものですから」 二人と一体の所に戻って来た男は、ミュミュを見ながら「おいおい、初対面の人にいきなりそういう事言うなよな」と、軽く注意する。 『お生憎様、ワタクシはそういう存在ですからね』

2021-12-04 18:50:47
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

改めて男の姿を見れば、味付け海苔を連想させる太い眉毛に対し、小さい目はこちらの視線に気づいたのか、自ら前沢慎太だと名乗ったのだった。

2021-12-04 18:50:48
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

慎太が名乗った直後だった『だーかーらー、ワタクシの名前はミュミュ子…ではなくて、ミュミュでしてよ!』と、慎太に向かってミュミュは注意する。 その様子を見た愁治は「まぁまぁ、落ち着きなさって、ねぇ」と、彼女をなだめる。 #事務所物語

2021-12-05 19:18:57
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

『確かに、目隠れさんの言う事にも一理ありますわね』 落ち着きを取り戻したミュミュを見た慎太は、紗南と愁治の方を見て言った。 「まぁ、この子は熱しやすく冷めやすい所があるからね。あまり気にしなくても問題はないからさ」 「な、なるほどぉ…」

2021-12-05 19:18:57
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

紗南は改めて、自己紹介も兼ねた挨拶を前沢慎太に交わし終えるや、隣に座っていた愁治は彼に聞いた。 「前沢先輩、今は大丈夫なんですか?」 「厨房の方も大分落ち着いて来たから、問題はないさ。まぁ、呼ばれたらそっちに行くことに変わりはないけどな」 #事務所物語

2021-12-06 19:15:38
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

ふむ、と思いながら、愁治は改めてミュミュの方を見つつ、慎太に聞いた。 「前沢先輩、その子は…」 「察しがいいな、そう、この子は異界な存在さ」 「やはりでしたか」 「良い匂いが好きらしくて、色んな所に行ってるみたいだが、拠点はココらしい」

2021-12-06 19:15:38
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

紗南もテーブルの上に居るミュミュを見つめ「へぇ、可愛いですね~」と言うが、当の本人は『ほめたって、何も出ませんわよ』と小さく言い返した。

2021-12-06 19:15:39
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

前沢慎太は意を決するような面持ちで、秋山愁治と朝松紗南に聞いた。 「お二人さんに聞くが、俺の作った…ランチは食べたか?」 「いいや、俺達がココへ着いた時には既に売り切れてたから、食べられなかったんだよなぁ」 #事務所物語

2021-12-07 18:58:48
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「秋山所長は天ぷらうどんといなり寿司、私は野菜定食を頼みましたけれども…」 こういう風に聞かれた場合、大抵ならば落ち込みそうな反応を見せるのかもしれないが、むしろ慎太は安堵し「よかったぁ…」と小さく呟き、胸を撫でおろした。

2021-12-07 18:58:49
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

「前沢さーん!」 厨房から呼ぶ声を聞き取った慎太は「おー!」と返答し、愁治と紗南の方を改めて見ながら「じゃあ、ゆっくりしていってくれや」と言い、駆け足で厨房の方へ戻って行った。 #事務所物語

2021-12-08 20:50:46
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

その後ろ姿を見ながらに「前沢先輩、少しは元気になったかなぁ」と、愁治は小さく呟いた。 「え?」 「いいや、今のは独り言さ、長身は気にしなくてもいいヤツさ」 「そう、ですか…」

2021-12-08 20:50:46
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

食器を洗っている時、ふと、あの日を過ごした人の声が聞こえてくる。 ――前沢くん、手のお手入れはしてるの? 「いいや、そこまでは…」 ――やっぱり、私が使っているモノだけど、こういうのを塗って、お手入れしなきゃダメよ。 #事務所物語

2021-12-09 19:32:11
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

そう言いながら、ポケットから小さな容器を取り出し、蓋を開けると、白いクリームが入っていた。 「これは?」 ――軟膏よ、水場仕事とかに終えた後に塗っているの。 「なるほど、だから一ノ宮さんの手って何時もキレイなんですね!」

2021-12-09 19:32:11
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

そう言うと、急に顔を赤くしつつも「もう、前沢くんったら!」と返す。 ――頭では解っているつもりなのに、どうして俺は……。

2021-12-09 19:32:11
1 ・・ 10 次へ
0
まとめたひと
伍条 月斗(創作アカ) @5jyouTsukito

基本は自分が考えた創作ッ子達の事を呟いたり、絵を上げたり、お話も書いたりします。偶に違う話等もしておりますが……ようは気まぐれだが基本は創作用アカウントです。(※食べても美味しくない鶏野郎で無言フォローをしたり、時として話すとアツくもなりますがそれでもよろしければです)御用の方はDMまで。