
食堂を出た秋山愁治と朝松紗南は、再び路面電車に乗って事務所の方に向かってゆく。 入ってすぐの椅子に座って一息つき、愁治が上着のポケットに手を突っ込んだ時だった。 ――なんか、入ってる…? #事務所物語
2021-12-10 19:42:26
そう思いながらにポケットを探ると、何かが愁治の指を掴んだタイミングで手を出せば、見覚えのある者が『あら、ごきげんよう』と、二人に向かって挨拶したのだから、愁治と紗南は驚きを隠せなかった。
2021-12-10 19:42:27
「ミュミュさん!」 「どうして俺の上着のポケットに入ってんだ?!」 愁治の片手に掴まれたミュミュは、耳らしき場所を両手で抑えながら『お二方とも、声が大き過ぎましてよ』と言い返す。 #事務所物語
2021-12-11 20:11:23
「すみません…」 「それはすまんかった、…が、同じ事聞いて悪いが、なんで君が俺の上着のポケットに入っているんだ?」 ミュミュに謝りつつも、愁治は疑問に思った事を聞くと、ミュミュは一息ついてから返答する。 『ちょっとお話を聞いていただけないかと思いましてね、中に入ったんですよ』
2021-12-11 20:11:24
事務所近くの路面電車駅から降りた愁治と紗南、そして、愁治の肩の上に乗っているミュミュは辺りを見渡しながら匂いを嗅いでいる。 『不思議ですわねぇ、私が居る場所から遠くへやって来ただけなのに、こんなにも匂いが変わるだなんて』 #事務所物語
2021-12-12 20:16:29
「良い匂い好きの君にとってみたら、ココはどんな匂いがするんだ?」 『そうですわねぇ……、ちょっと、これは…古臭い匂い…かしら?』 「古臭い、ですか?」 ミュミュの言う事を気にしつつも、二人は辺りを見渡すが、古臭い匂いを感じさせるものは何処にも見当たらない。
2021-12-12 20:16:29
秋山事務所につき、当たり前のように中に入った二人と一体。 愁治は肩の上に居るミュミュに手を貸し、事務所兼応接室のテーブルに置き、上着を脱ぎ始める。 紗南も玄関先で上着を脱ぎ、駆け足で給湯室へ向かってゆく姿を見たミュミュは不思議そうな面持ちになりつつ、愁治に聞く。 #事務所物語
2021-12-13 19:20:12
『どうして、あの方はアチラに向かったのです?』 「来客の対応をするためだよ」 『らいきゃく?誰のことですの?』 「勿論、君の事さ。最も、長身が君の為に何を出すのかまでは俺でも予想つかんけどな」
2021-12-13 19:20:13
今日の仕事を全て終えた前沢慎太は、食堂を出ると「お疲れ様です、前沢さん」という呼び声に反応する。 「おぉ~、三田村くんじゃない。仕事おわったのかい?」 三田村と呼ばれた男は、左手で頭を掻きつつも「えぇ…、まぁ」と返答する。 #事務所物語
2021-12-14 19:25:59
「ってよりも、アレか。終業時間のチャイムなってないから、それ待ちってところかな?」 的確な事を言われてしまっては返す言葉もない三田村は「は、はい…」と、素直に認めたのだった。
2021-12-14 19:26:00
何気ない立ち話をしていた矢先だった、終業時間を告げるチャイムが役所内で鳴り響きわたる。 「終ったね~」 「そう、ですね」 「三田村くん、このあとはどうだい?久々に飲みに行くのとかさ」 #事務所物語
2021-12-15 20:22:26
「いいですねぇ、ならば、今日は僕の行ってみたかった所でも…大丈夫ですか?」 「珍しいね~、勿論いいとも。じゃあ、俺はロビーで待ってるからさ、帰り支度してきなよ」 そう言われた三田村は「直ぐに来ますね」と言い残し、一旦、その場を去った。
2021-12-15 20:22:27
異界な存在な上に、ぬいぐるみのような見た目のミュミュには何を飲んで食べるのだろうか? そう言う風に考えを巡らせつつ、朝松紗南は冷蔵庫や茶箪笥を開け、棚を見渡した。 #事務所物語
2021-12-16 20:14:12
――匂いを好むって言ってたから、食べ物…じゃなくてもいいのかな?でも、出さなかったら出さなかったで何か言われそうな予感もするし…。 茶箪笥を見ると、クッキー缶が入っており、蓋を開けると(イチゴジャムが乗ってるクッキーと、チョコレート味と、プレーン味がある…)と思う。
2021-12-16 20:14:13
ミュミュの居るテーブルへ行くや『随分と悩んでいたニオイがしますわね?』と言われた紗南は「まぁ…、それ相応に…」照れ隠しのつもりで笑いながら返答するが、そういう事でさえも見破ってしまうミュミュを見る。 #事務所物語
2021-12-17 20:15:19
『まぁ、私みたいな者が来るとはあまりなさそうですから、無理もありませんわよね』 「まぁ、そう言われてみればそうだな」 「とっ、ともかく……気に入って頂ければ…何よりです…」
2021-12-17 20:15:20
緊張しつつも、お盆の上に乗せ、小分けされたクッキーと、偶々あった小さなマグカップに入れたコーヒーを差し出した。
2021-12-17 20:15:20
差し出されたクッキーとコーヒーの匂いを何度か嗅いで直ぐだった『ありがとうございますね、私の為にココまで用意して下さって』と頭を下げる。 「いえいえ、私はただ当然の事をしたまでのことですから!」 #事務所物語
2021-12-18 18:49:51
『何度も聞かせて申し訳ないのですけども、私は、匂いを主としている存在ですから、こういうモノを食す…という事はしないので、この匂いを嗅がせて頂いたというだけでも、十分に有難い事でしてよ』
2021-12-18 18:49:51
そう言って、ミュミュはクッキーとコーヒーの入ったカップを見ながらにこう言った。 『よかったらですけども、私の分まで食べて下さいな。その間に、私が、アナタ方にお話しますから。ネ』
2021-12-18 18:49:52
三田村が前沢を案内したのは一件のバーだった、自分が普段行かない場所だからか、緊張を隠しつつも中に入うと、中央のステージで賑やかな音色を奏でているバンドマンたちが居るのを見て(そう言えば、三田村君はこういう音楽聞くの好きだったよなぁ…)と思い出す。 #事務所物語
2021-12-19 19:45:39
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」 店員が先頭に居た三田村に聞き「はい」と本人は答え「では、コチラの席へご案内致しますね」と返し、カウンター席へ通された。
2021-12-19 19:45:40
「メニューがお決まりになりましたら、テーブルの上に置かれている呼び鈴を押してくださいね。空いているスタッフがオーダーを聞きに参りますので」 「ありがとうございます」
2021-12-19 19:45:40
自分らが入ってきた時に居た演者の演奏が終わり、ステージでは次の演者の演奏準備にとりかかっている様子を見ていた三田村を見る前沢は「夢中になっている所、もうしわけないんだが…」と声をかけようとしたが、直ぐに口を噤んでしまう。 #事務所物語
2021-12-20 19:45:27
しかし、向こうがその声に気づいたのか「どうかしましたか、前沢さん?」と聞いてきた。 「あ、あぁ…。なんでもないんだ、うん。なんでも、ない…」 「そう、ですか?」 「本当、ウン、なんでもないんだ。うん」
2021-12-20 19:45:28
そう言って、前沢は自分が頼んだカクテルを一口飲み(うん、これは…俺の頼んだチェリーのカクテルだ…)と思いながら再び飲むが、その姿を見た三田村は違和感を覚えてしまっていた。
2021-12-20 19:45:28
『お二方にお聞きしたいのですけど…、今日のお昼に食したお料理を食べましたけど、いかがでした?』 ミュミュの質問に対し、秋山愁治と朝松紗南は返答する。 「普通に美味かったぜ、天ぷらうどんといなり寿司」「えぇ、美味しかったですよ、野菜炒め定食」 #事務所物語
2021-12-21 20:46:45
『そう、ですか…』 二人の返答に対し、ミュミュは考え込むような顔つきになったものだから「どうかしたのか?」と、愁治は問う。 『もし、よろしかったらですけども、アナタ達の都合の良い時にまた、食堂の方に来て下さらないかしら?』
2021-12-21 20:46:45
「食堂って、前沢先輩の居るところか?」 『その通りですわ、それでもって、あの人が作っているモノを食してみてほしいのですよ』 「前沢さんが作っている料理って確か、本日のランチ…でしたよね…」 ウンと頭を頷かせたミュミュを見ながらに、愁治はうねり声が出てしまう。 #事務所物語
2021-12-22 20:53:23
「でもよ、前沢先輩が作る「本日のランチ」って数量限定だし、めっちゃ人気あるメニューだから、直ぐに売り切れるからなぁ」 「確かに、今日も売り切れてたみたいですし…」
2021-12-22 20:53:24
愁治は何時ものように右手で頭を掻く仕草をしながら考えて混んでいると『まぁ、アナタ達が来ることはあの人には私が伝えておきますから、そこらへんは安心して下さいな』と、ミュミュは何処か得意げな言い方で返したのである。
2021-12-22 20:53:24
辺りはすっかりと夕暮れになり始めており、紗南はテーブルの上にいたミュミュを見て「そう言えばですが、ミュミュさんはこの後どうするですか?」と聞いた。 『そうですわねぇ…、何処かで匂いを嗅ぐのもいいですけど……流石にちょっと遠いですから、どうしたものかしら…』 #事務所物語
2021-12-23 21:36:08
「これから夜になるんだぜ、下手すると【カゲ】とかも出てくるし…どちらにしてもキケンなんじゃないのか?」 愁治の心配に対し、ミュミュはフンと言いながら『その心配はありませんことよ』と返す。 「そうなんですか?」
2021-12-23 21:36:08
『お忘れですか?私もあの方々と総称は同じ、異界な存在ですのよ。いざとなれば、どうにでもなりますもの』 「そうは言ってもなぁ…」 愁治は頭を掻く姿を見た紗南は、ミュミュを見て提案する。 「もし、ミュミュさんがよかったらですけども……帰りの途中まで、お送りいたしましょうか?」
2021-12-23 21:36:09
陽は暮れ始める中で、秋山事務所の一日は終わった。 朝松紗南は玄関で冬用の上着を羽織り、マフラーを巻き、手袋をはき終え、応接室に居るミュミュに「おまたせしましたー、さぁ、行きましょうかー」と言いながら、その手を差し伸べた。 #事務所物語
2021-12-24 19:36:25
『まぁ、途中までの道すがらだとは思いますけども……よろしくお願い致しますわね』 「はい~、それでは、秋山所長。本日も、お疲れ様でした!」 何時ものように挨拶する紗南に対し、秋山愁治もまた、何時ものように「お疲れさん、また、明日な」と言い、軽く手を振った。
2021-12-24 19:36:26
朝松紗南が秋山事務所を出て数分、しんしんと雪が降り始めていた。 紗南の手の上に居るミュミュの鼻の上に雪がのり『冷たい、ですわね…』という声を聞いた紗南は聞く。 「良かったら、上着のポケットに入りますか?」 『よろしいんですの?』 #事務所物語
2021-12-25 19:31:09
「勿論ですよ、それに、今日は寒くなるそうですし、よかったら、私の家に泊まっていきませんか?」 『でも…』 「私は、大丈夫ですよ!明日は半日お休みを頂いているので、その時に食堂まで送りますから!」 『そう、ですか…じゃあ、アナタのお言葉に甘えてみようかしらね』
2021-12-25 19:31:09
「一ノ宮さん、その歌はなんですか?」 ――前沢くん、この曲を知らないの? 「はい、存じ上げないですね」 ――最近の流行歌なんだけども……、そっか…、前沢くんは音楽とか聞かないの? 「聞かない事はないんですけども…、弟や姉よりは聞かないかな~って感じですね」 #事務所物語
2021-12-26 20:32:36
あの日々と会話は今でも焼き付いて覚えているし、ふとした時に思い出す事もある。 それを思い出す度に、俺は思い悩んでしまう。
2021-12-26 20:32:36
「……ん!…前沢さん!」 何度呼ばれたか解らない、けれども、何度目かの呼び声で俺はようやく反応した。 「前沢さん、大丈夫ですか?」 「あぁ、俺は問題ないから、うん…」
2021-12-26 20:32:37
丁度来たバスに乗った紗南は空いている席に座り、ポケットの蓋を開け、中に入っているミュミュに声をかけた。 「ミュミュさん、大丈夫ですか?」 『問題ありませんことよ』 「よかったです」 #事務所物語
2021-12-27 19:07:52
すると、後ろに座っていた女の子がミュミュに気づいたようで「あー、かわいいぬいぐるみさん!おねーさん、それ、どこで買ったの?」と指をさして聞いてくる。 「あっ、これはその…」
2021-12-27 19:07:53
返答に困っていると、次で降りるアナウンスが響き渡り、バスは停車位置に止まった。 隣に居た別の女の子が「ちょっと、降りるわよ」声をかけてくる。
2021-12-27 19:07:53
「えー、もうついたのー?」と返しつつも「ねー、さっき私が見たぬいぐるみ、超可愛かったのよー」という会話しながら、女の子たちは降りていった。
2021-12-27 19:07:54
紗南とミュミュ以外、誰も居なくなったバス車内で、次に停まるアナウンスが発せられるや、紗南は柱についている停車ボタンを押すと「次、停まります」というアナウンスされた。 #事務所物語
2021-12-28 20:05:24