抜粋② 『教育格差～階層・地域・学歴』松岡亮二著、筑摩書房、2019.7.10.

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「能力」に合わせた「効率」重視の飛び級・留年も同じだろう。 　無論、学校の役割を「大きな政府」のように拡大することにも批判はついてまわる。すでに家庭や学習塾で学んだ内容を学校の授業で再び聞くのは時間の有効利用とは言い難い。

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個々の能力や適性が異質である以上、「同じ処遇」は高い平均値には繋がるかもしれないが、その分、個人の「優秀さ」を潰してしまう危険性もある。 　価値の相克という観点で予算配分についても例を挙げよう。

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文部科学省は先進的・発展的教育を実施する各高校からの応募に対して採択する形で追加的予算配分をしている。2002年に開始されたスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)支援事業は、明らかに「自由」で「優秀さ」を重視した政策だ。

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SSH指定校の平均偏差値は65、中央値で6７だ。これらはどの地域にあっても進学校なので、生徒の平均SESも高いはずだ。従来の高校教育のカリキュラムよりも発展した内容を探求するのは高SESを背景に高い学力と学習意欲を持つ生徒が多ければこそ成り立つ教育だといえる。

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さらに付言すべきは、2018年度までにSSHとして採択れた280校のうち163校(58%)が、３年度もしくは５年度ごとに複数回採択されていることである。これらの大半は高偏差値校だ。この「優秀さ」を追求する政策は、(平均的に)すでに恵まれた生徒たちをより一層有利にしている。

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2019年度のSSH事業予算は22億円で、指定校数で割ると１校あたり約1000万円の税金投入だ。 　価値に照らして個々の実践・政策を検討すると、いずれも完璧ではない。教育分野において万能薬は存在しないのだ。価値軸が異なれば同じ政策に対する評価はまるで変わる。

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どちらの価値を重視した議論をしているのかに自覚的になることは、建設的な議論をする上で重要だ。その政策の「差異化」機能が格差を拡大する可能性を意識することで、「個別化を推進しながら、なんとか格差にも対処できる方策を同時に打てないか」と議論を進めることができる。

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４カ条その②「同じ扱い」だけでは格差を縮小できない現実 　日本の義務教育制度での「平等」は「同じ扱い」を意味し、処遇を変えるのは差別感の温床とされてきた。この帰結は明快だ。学力格差は縮小せず、学習努力など行動格差は拡大している。どれだけカリキュラムを含む様々な要素を標準化しても、

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「扱いの平等」では格差縮小という結果には結びつかない。格差が維持される理由は大きく分けて２つ考えられる。まず、義務教育に入る段階で「生まれ」格差があり、小学校に通いながらも子供たちは学校外で大きく異なる日常を生きていることが挙げられる。

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「同じ」速度で走っていてもすでに開いた差を埋めることはできないし、先頭集団は学校外の資源・機会から支援を受けている。 　次に、制度が「平等」志向でも広い意味での教育「環境」格差が解消されるわけではない。「同じ箱」を用意したところで、そこで「誰」が学ぶかは大きく異なり、

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それが規範の違いに繋がる。同じ公立であっても、同級生の大半が大学進学を前提に勉強する小学校と進学を考えることが比較的珍しい小学校では異世界なのだ。 　学校をコミュニティに開くといった議論もされ始めて久しいが、明確な目標も手段も共有せずに単に地域の人々の補助的参加に留まるのであれば

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生徒が得られる便益に学校間格差があるはずだ。社会経済的にどんな地域か(どんな階層の人達が住んでいるか)によって、学校が使える資源量に格差があると考えられるからである。地域によって住民の学歴と職業の構成が異なる以上、職業体験や地元の「名士」による講演会の中身は大きく変わるだろう。

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これでは近隣の大人たちをロールモデルにすることで、地域SESを子供たちに継承させる刷り込みになってしまう。 　もちろん、これは公教育が無力という意味ではない。もし「平等化」を意図した標準化された制度がなければ、家庭と地域のSESがより直接的に子供の教育機会の質と量を左右することになる。

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「同じ扱い」の義務教育があるからこそ「機会の平等」という幻想が流布していると解釈できる。「平等な機会」が付与されているのであれば、最終学歴・職業・収入・健康などあらゆる社会的に構成される「結果」は個人の責任となり、社会福祉政策は「能力」の低い「弱者」に対する「お情け」となる。

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韓国では、1980年代に学校教育の内外の格差をなくすために、「平等」のために、私立校や塾などを禁止したが、結果は教育産業が地下に潜っただけだった。 　求められるのは底上げとなるが、「同じ扱い」では距離をつめるには不十分なのだ。そこで登場するのが追加的に機会を付与するプログラムだ。

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たとえばアメリカではヘッドスタート(Head Start)と呼ばれる低SESの児童に対象を限定した未就学段階における特別支援プログラムがある。他にもタイトル・ワン(Title 1)と呼ばれる低SES(地域の)公立校への追加的財政支援がある。完全に格差を埋めることはできないが、政策的努力ではある。

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４カ条その③教育制度の選抜機能 　教育制度には人を社会的「身分」に振り分ける選抜機能があり、それが期待されている。学歴は個人の「能力」を代理的に示すものとして扱われ、特に就職の際に重要視される。 　教育制度の中で選抜をなくしたところで、社会におけるSESの格差がなくなるわけではない。

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職業によって要求する「能力」が異なるので、教育制度が選抜しなくなったところで、他の何かが選抜機能を持つことになるだけだ。 　選抜機能がある限り、全員が満足することはない。望ましいとされる椅子の数が限られている以上、目の前の子供を笑顔にすることはできても、それは目に見えないどこかの

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誰かの涙と落胆を引き起こす行為である。教育政策・制度を議論する際、労働市場との繋がりも含めて、この選抜機能という現実に向き合う必要がある。 ４カ条その④データを用いて現状と向き合う 複合的な要素が絡み合って教育格差が生じていることを理解しないと、一つの価値・目標・機能を軸とする

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単発の対策志向になってしまい、狙いが達成されないどころか意図しなかった副作用、「意図せざる帰結」が起きる危険性がある。 　低所得世帯層に対する大学の授業料無償化案が分かりやすい。「経済資本の多寡のみで進学格差が生じている」という仮説が適切なら、政策の意図通りになるかもしれない。

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しかし、中学１年生時点で経験蓄積格差があり、それが大学進学期待と関連しているし、「生まれ」によって学力格差があり、さらには、近所に大卒の大人が少なく、進学意欲を持つ同級生の割合が低い学校もある。階層と地域を土台に、様々な経験の上で大学に進学する自分の姿を現実的に想像できない生徒が

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奨学金によって突如意欲を持ち出すだろうか。もちろん財源があれば無償化したほうが良いことに異論はない。しかし、奨学金だけで「生まれ」による進学格差が大幅に縮小すると考えるのであれば、それは現実を無視した夢想に過ぎない。むしろ「無償化で機会は全員にあるのだから、それでも進学しないのは

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自己責任」と非大卒層に対する風当たりが強くなることすら起こり得る。 　換言すれば、上の世代の失敗と向き合わずにほぼ同型の失敗をしました、と次世代に言わなくて済むように、過去の事例から学び同じ轍を踏まないようにするべきだ。

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複雑な「現実」と向き合わず高尚な「理念」先行によって失敗した３つの例を挙げよう。 学校群制度 　複数の高校で構成される各群の中の学校間格差がなくなるように生徒を振り分けた制度であったが、結果、高SES層は私立に流出し、公立校の大学進学実績は急激に落ちた。