「いくら興味本位とはいえ、こんな時に来なくてもいいんじゃいの??」 ユーリエがそう言いますと、お屋敷のお嬢様は意気揚々と言い返しました。 「貴女の言い分も分かりますけど、普通な時に来るなんて、つまらないじゃない!」#魔法仕掛の城
2019-06-26 18:34:10「お嬢様、なんてことを…!」 傍に居た執事が三人に向かって頭を下げて謝っては居ますが、ユーリエも赤髪の魔女でさえも、これは誰が何を言っても言う事を聞かないお嬢様だ、と呆れ顔になりつつも、赤髪の魔女は改まった顔つきになって言いました。
2019-06-26 18:36:32「兎も角、ここまで来てしまっては今更引き返せとは言いません。なるべくは私の魔術でアナタ方を守ります。けれど、いざとなれば自身の身は自身で守って下さい」 「言われなくても解ってるわよ」 「お嬢様は全力でお守りします」 「私だって剣士だもの、それ位は出来るわよ」 『ボク、耳は良いので!』
2019-06-26 18:40:18「逆に聞きますけど、そこのお三方こそ、何が用でここにいるのかしら?」 お嬢様の問いに対し、白兎は『ボク達はエミルさんを助けに来たんです!』と威勢よく返します。 「あの子と知り合いなのね」 「知り合いじゃないわ」 ユーリエが白兎の肩に手を乗せて言いました。#魔法仕掛の城
2019-06-26 22:53:07「短いとはいえ私達はここで過ごした、言わば仲間みたいなものよ。これで十分かしら、お嬢サマ?」 「貴女、お嬢様になんて口を!」 するとお嬢様が執事の口を遮るように手を隠し、ユーリエに向かって「どんな者に対しても自分の言葉を発する……嫌いじゃないわよ」と言ったのです。
2019-06-26 22:56:26ユーリエはその言い分に対し、そっぽを向きつつも「そりゃどうも…」と返しました。 「あの子の様子ならば、私の魔具を使えばわかるハズよ」 「なんですって?」 『それ本当なんですか?!』 黙ったままの目配せで合図を送ると、執事は手に持っていた鞄から手鏡を取り出しました。
2019-06-26 23:00:14その手鏡を見て、ユーリエは「本当にそれでエミルの様子が見えるわけ??」と聞く一方、赤髪の魔女は「貴女、それをどこで手に入れたのです?」と聞きます。 「市場で購入したのよ、これともう一つ一緒についてた首輪が共鳴して、様子が見えるという代物よ」 「成程…」
2019-06-26 23:04:03お嬢様が呪文を唱えますと、鏡の表面が水面の波紋のように小さく波打ち始め、徐々にその様子が見えてきました。 「ちょっと、コレに映ってる黒いの、なに?生き物??」 『ボク、怖いです…』 「黒いものに立ち向かっている人の姿が見えますが…」
2019-06-26 23:09:47すると鏡の表面は急に暗くなり、様子が見れなくなってしまったのです。 「今ので何か分かった事、ある?」 ユーリエがそう言うと互いに目配せてしまいますし、白兎は首を傾げてしまう一方で、赤髪の魔女は頭の中で思案し、一つの結論に至ったのです。
2019-06-26 23:14:58「黒い方は恐らく、この城の主でしょう。皆にはそのように見えたのだから、間違いありません。ただ、あの黒いものに立ち向かう者は、私にもわかりません」 『そんな…、主様が…?』 「最早、彼は私の魔術を越えようとしている存在でもあり、呪いを解く事すら、諦めかけている、私にはそう見えました」
2019-06-26 23:18:39「兎も角、エミルの所へ行きましょう!こんな所で地団駄踏んでる暇はないわ!」 『ユーリエさんの言う通りです!!』 「しかし、今の彼に立ち向かうのはあまりにも危険すぎます」 「それで私が背を向けて立ち去ると思う訳?」#魔法仕掛の城
2019-06-27 23:17:25ユーリエが一歩前に出ながら、赤髪の魔女に言いました。 「窮地に追いやられている者を見過ごすなんて、剣士としてのプライドが許さないわ。仮に誰かがその足を止めようとしても、私の意思でエミルを助けに行くから」 その目は揺るがぬ意思を持っており、赤髪の魔女はユーリエに言います。
2019-06-27 23:23:11「どうやら、私は人というのを甘く見ていたようです。これ程の事があっても、自分の信念を揺るがせないとは思いもしませんでした」 「私は別に、そんな大層なものじゃないわよ」 『ボク達はエミルさんを助けたいんですから!』 「そうよ、白兎君の言う通り」
2019-06-27 23:31:36すると赤髪の魔女はお屋敷のお嬢様と執事の方を向き「アナタ方も、ある意味で言えば自分の信念を揺るがぬ思いでここに来た…、感服します」と言いました。 その言葉に対し、お嬢様は少々顔を赤くしつつも「まぁ、その言葉有難く受け取っておくわ」と返し、執事はペコペコと頭を下げました。
2019-06-27 23:37:56ユーリエが赤髪の魔女の方を改めて見ながらに聞きました。 「さっき見えた場所、何処か解る?」 「そうですね、私の見間違いでなければ、あの部屋は歴代の主達の肖像画が並べられた場所だと思います」 『ならば早く行きましょう!!』
2019-06-28 00:00:30ユーリエが少々渋い顔になりつつ「そこなら前に行ったことあるわ、元々は迷ってた矢先にたどり着いた所だったけどね…」と言いますが、赤髪の魔女は「大丈夫です、私がついてますから」と返し、5人はエミルが居る場所まで向かいました。
2019-06-28 00:00:53――あと少しで、長年の願いが叶う…。 お城の主様の見えぬ魔術により、エミルの意思とは関係なく自分の元へ歩み寄る姿を見て、主様の手にある黒の書物に問いました。 「十分か?」 『あの娘、中々に上物じゃねぇか。今どきあんなにキレイな魂持ってるヤツ、居ないぜ』#魔法仕掛の城
2019-06-22 18:41:13二人の距離が近くなり、お城の主様はエミルをその片手で抱き寄せ、魂を抜き取る為の呪文を唱えようとした時でした。 「誰がための、剣と、盾であれ――」 エミル・ソラ、自らの意思で囁かれた言葉に反応し主様は「何故、その言葉を知っている?!」と急に動揺を隠せぬ状況になったのです。
2019-06-22 18:48:33何時の事でしょう、自分の両親に何故「僕は今の名で呼ぶのか?」と聞いたことがありました。すると、両親は頭を撫でた後、自分達の息子に優しく答えました。 「剣と、盾?」 「そうよ、いつかアナタがこの場所を…そして、大切な誰かを守る力となる為に名付けたのよ」#魔法仕掛の城
2019-06-23 18:36:15「でも、僕はまだ小さいし、守れるような力もないよ」 「それはこれから身につける事だ、父さんがちゃんと教えてあげるよ」 「本当に?!」 「勿論だとも」 「ありがとう!」 「二人とも、無理はしてはいけませんよ」
2019-06-23 18:39:49お城の主様がエミルの発した言葉に対して動揺している隙を突き、白粉塗りの男は呪文を唱えた途端、エミルは瞬時に消え、男の方へ戻ったのです。 黒の書物がその事に気づき『おいおい、主サマよ!あの娘取られてんぞ!!』という声にやっと気づき、改めてそちらの方を見ました。#魔法仕掛の城
2019-06-24 18:16:47そこに居たのは紛れもなく、1番最初に魔術のイロハを教えてくれた魔術師でもあり、呪文をかけあの地下室へ封じた男が、不完全ながらも元の姿で現れたのです。 「その顔は、どうやら自身を取り戻したようだな、魔術師」 「貴方の魔力が弱まったからですよ、主様」
2019-06-24 18:30:02「しかし、それだけで魔力が完全に戻ったとは言い難いだろう?」 「それはどうでしょう、仮にも私は貴方の師ですからね。あのような姿で居た時も自身の魔力消耗は抑えてましたから」
2019-06-24 18:32:26もしも、私が居られる場所がなくなったとしたら、私はどうしただろう。 頼る人も所もなくて、誰にも見られることもなく、一人寂しくこの世を去っていただろう。 けれど、あの方は不器用ながらに「この場所に居て良い」と言ってくれた。 #魔法仕掛の城
2019-06-25 20:17:14そう申してくれただけで何よりも嬉しい事だった、本当に、本当に…! けれど、何事にも表と裏があるように【幸せ】があれば【不幸】が存在するものだ。 その事に気づいた頃には既に遅く、私は何もできないのかと泣いた。
2019-06-25 20:22:58けれど、あの人は私に言ったのだ。 「その人の本当の姿を見てもなお、その人をいつまでも想えるか」 誰かを想うのは容易ではない、けれど、その想いが小さくてもあるとすれば、あの方に、私の想いは通じるだろうか?
2019-06-25 20:27:42エミルが目を覚ました時には、既にこのお城の壁には風穴が開いていました。何せ、お城の主様と白粉塗りの男改め、主様に魔術を教えた師との戦いなのですから、魔術と魔術の争いは止まる事を知らないのです。#魔法仕掛の城
2019-06-25 23:52:37黒の書物が主様に向かって言いました。 『あの男、中々やるじゃねぇの?』 「何せ、私の師だからな」 「誰かと喋る余裕があるとは、成長しましたね。主様??」 その声が聞こえた時には、主様の目の前には魔法陣から現れた刀の刃が向けられていました。
2019-06-25 23:57:37その手で刀を掴んだと思えば、次々に呪文を唱え手に持つ刀で主様を追い詰めたのです。 「さて、貴方には色々と聞きたい事が山ほどありますが…。まずはその手に持つ書物…、私の目にはいわくつきの物と見受けられるようですが、いかがです?」
2019-06-26 00:03:37「さて、何のことかな」 「あくまでシラを切るおつもりで…。それに、貴方の姿も随分と変わられたものだ。私を助けた時はあんなにも優しく見えたのに…、今はまるで、欲に呑まれかけている姿に見えて仕方がないですよ」
2019-06-26 01:03:31魔術師の男が喋り終えた後でした、お城の主様は急に笑いだしたかと思えば急に笑うのを止め「貴方には今の私がそう見えるのか、そうかそうか…」と、独り言にも近いように喋ったかと思えば、主様自身が更に変化し、最早人間という概念を失っているような姿へと変貌したのです。
2019-06-26 01:11:20――おいおい、コイツはとんだ化け物になりやがったな!…おもしれぇ!! 黒の書物が悠長に思っている矢先、主様は……いいえ、黒き姿の化け物は魔術師の男の首を掴み、一気に床へ叩きつけた後、黒き姿の化け物が次に目を移したのは、他でもないエミル・ソラだったのです。
2019-06-26 01:17:27魔術師の男が床に叩きつけられ、気を失っている今、エミルと黒い化け物…、いいえお城の主様の二人だけとなってしまいました。 「君は本当に、何処までも純粋すぎる人だ。しかし、それと同時に君は何とも儚い人だと、私は思っていた」#魔法仕掛の城
2019-06-27 20:02:10僅かながらに見えるその姿は、人間の形をしては居ましたが、依然として恐怖の対象としての認識が残り、エミルは後退りをしてしまいます。 「この手で触れたとしたら、君は壊れるだろう、跡形もなく粉々に…。けれど、今は関係ない」
2019-06-27 20:07:19エミルが瞬きする間に、目の前に現れ、主様は初めて会った時から変わらずの声色で言いました。 「君は私の願いを叶える要となるのだからな」
2019-06-27 20:10:03私は、今まで生きてきた中で誰かに必要とされたことがあるだろうか? あったとしても何処か余所余所しく、やろうと思って始めれば何時かは終わってしまうような事ばかり。 それが普通だと言われてしまえば返す言葉はない、けれど、今、目の前に居る人は私を見て言ってくれたのだ。#魔法仕掛の城
2019-06-28 20:05:17それを受け入れる事が出来る余裕があるとすれば、私はその中に少しでも入りたいと思ってしまう。少し前の自分ならばそんな事、思いもしなかったのに…。
2019-06-28 20:07:40『喰うなら今がチャンスだぜ、主サマ?』 黒の書物がお城の主様に向かって言いますが、当の本人は先ほどから一歩も動かず、エミルの方を見ています。 お城の壁に空いてしまった穴から通る潮風の匂いはあの時と変わらずに通ってゆく中で、エミルも同じく顔を上げ主様の顔をじっと見つめていたのです。
2019-06-28 20:12:57「エミル!」 聞き覚えのある呼び声が耳に入り、そちらを見ますと、そこにはユーリエや白兎達が来ていたのです。ユーリエがすぐにエミルの元へ行き、その手に持っていた剣の鞘を抜き、黒い化け物の方に向けて言いました。 「ちょっと、そこに居る黒いの、エミルから離れなさい!」#魔法仕掛の城
2019-06-28 23:24:15「ユーリエさん、この方は…」 「解ってるけど、今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ?!」 黒い化け物がユーリエの持つ剣の刃を手に掴んだ時でした、みるみるうちに溶けていってしまったのです。
2019-06-28 23:30:30「嘘でしょ…!?」 驚きを隠せない声を出した直後でした、化け物は次にユーリエの方を見て「お前に用はない」と囁きながらその手で体を掴み、そのまま握り潰しそうな力を入れ始めたのです。
2019-06-28 23:33:52今度は白兎が化け物の方へ近づき力なく両手で叩きながら『ユーリエさんを離してください!!』と言いますが、それすらも一蹴される上に、その足で動きを抑えられてしまったのです。 「ユーリエさん!白ウサギさん!!」
2019-06-28 23:37:46「取引だ、エミル・ソラ。この二人を助けたくば、君の魂をこの書物に捧げろ。これに応じぬ場合、二人の命はここで尽きる事になるぞ」 「そ、そんな…!」 「だ、駄目よ、エ、ミル…」 『ボク達は、大丈、夫、で、す…からぁ』
2019-06-28 23:40:48エミルが迷いながらも少しずつその距離を縮ませながら歩みを進める姿を見て、ユーリエや白兎の止める声を上げますが、今のエミルには一切として耳には入りません。#魔法仕掛の城
2019-06-29 20:27:05黒い化け物との距離がついに目と鼻と先になった時、黒の書物はニヤリしながら『これでコイツの魂を喰えるぜ』と思った矢先でした、エミルは化け物の体にそっと優しく手を添えながらに言いました。 「一人でずっと、この場所に居て寂しかったでしょう。でも、もう、大丈夫ですよ」
2019-06-29 20:29:40その言葉に一瞬だけ震えが走り「な、なに…、解りきったような事を……」と口答えしますが、エミルはそれさえもちゃんと聞いたうえで言いました。 「その気持ちは誰にでもあるものです、アナタはそれを受け入れるのに時間が掛かってしまっただけです、それを全て一人で抱え込まなくてもいいんですよ」
2019-06-29 20:38:01何時か見た夢のように、エミルはその手で優しく撫でながら言うものですから、黒の怪物が抑えていたユーリエや白兎の手と足の力が弱まり、二人はその隙を狙ってその場を離れたのです。
2019-06-29 20:41:06そして、二人の目に映ったのは夕陽に染まるお城の廊下に居るエミル・ソラと、静かに泣いているお城の主様で、その手に持たれていた黒の書物はいつの間にか灰となり、その風に流れていったのでした。
2019-06-29 20:46:16『#魔法仕掛の城』というお話について 今回、僕が本作を書こうと思ったのは「僕が初めて『物語』というのを意識して書いた作品で、それをもし、今の僕が書いたとしたら?」ということがキッカケだが、最初に書いた原稿が行方不明となり、正確な内容とは違う存在として描かれたものなったのである。
2019-06-30 20:50:12