(抜粋①)『環状島=トラウマの地政学』宮地尚子著、みすず書房、2018.7.5.

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られることもある。支援や注目をうける当事者に対して、嫉妬ややっかみも出てくるかもしれない。 (p.53)　当事者と各支援者はある共通点をもちながらも、さまざまな差異をもつ。けれども、集団として一致団結を重視し、平等な仲間であることを重視すればするほど、差異は抑圧されていく。

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微妙な温度差が大きな対立をもたらし、差異を表に出すと「裏切り」「反逆」といった激しい非難の言葉が発せられる。社会運動において内輪もめや内部分裂が珍しくないのは、運動をつぶしたい側がそうした工作を行なうということもあるが、運動体の「同一化幻想」から必然的に起こるものだともいえる。

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第三に、被害者や支援者は加害者や無理解な社会から攻撃を受け続けている。過去の記憶が生々しく蘇ることによって、また他者への不信感を植えつけられてしまったことによって、被害者は(程度の差はあれ支援者も)つねに脅威や恐怖感にさらされている。けれども加害者はそこにはいない。

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いるのは被害者と支援者だけである。加害者に向けるべき怒りや苛立ちを、被害者が支援者にぶつけたり、支援者が被害者に向かってぶつけるということは、とてもありふれた光景である。支援者のちょっとした威圧的な物言いによって、被害のフラッシュバックが起こることもある。

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加害者からの攻撃で受けた傷つきを支援者がじゅうぶん理解できない時に、被害者は孤立感や絶望感に襲われ、支援者の言動に激しい反応を示すかもしれない。ただ、支援者が当事者の恐怖や被害感情を百パーセント理解することは不可能である。過去のことも被害者にとっては過去になっていないということを

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被害経験のない支援者が実感をもって理解するのは容易ではないし、被害経験があったとしても、微妙な差異によけい違和感を感じたり、当事者の気持ちに同調しすぎたりして、自分の感情がコントロールできなくなるかもしれない。 　第四に、運動には具体的な目標がある。運動が具体的な目標の達成のみを

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重視するのか、それとも運動の過程の中での個々人の成長やエンパワメントや癒やしを重視するのかによっても、当事者と支援者の関係は変わってくる。それは、具体的な目標が達せられなかったらどんなことが起きるのか、つまりどれほど追いつめられているのかということとも関係する。

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譲ることのできない激しい闘いほど、一致団結を要求され、百パーセントのコミットメントを求められ、運動に関わる内容以外の自分の属性を捨てさせられ、自由を制限させられる可能性は高くなる。#戦時体制、#緊急事態、戒厳令下の心理とでもいえようか。

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(p.55)　〈風〉…晴野の場合 第一の微妙な権力関係についていえば、原告には経済的な余裕がなく、支援の会が会費やカンパによって資金を調達したこと、弁護団も「手弁当」で多大な労力や時間、専門能力を奉仕または投資したことは大きい。一見対等な仲間という関係の中で、原告としての引け目や遠慮は

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とても強いものだっただろう。そして原告の裁判から「私たちの裁判」へと拡大していく流れを止めようがなかっただろう。支援の会のスタッフのほうが「女性問題や人権問題ついては見識は上」という双方の認識は、〈教えてあげる・教えてもらう〉という権力関係をももたらした。

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マスコミによる詮索や中傷が懸念されたため、マスコミから〈守る・守られる〉という関係まで重なってしまった。勝訴によって得た賠償金をすべて支援者団体に分配して自分には残さず、その一部は「手切れ金」とさえ思ったことも、晴野がその微妙な権力関係からどれほど抜け出したかったかを表している。

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(p.56)　第二の同一化に関していえば、支援の会の活動目的を、「1、原告を支援し、勝訴を目指す」「2、職場での性的いやがらせがすべての働く女性の問題であることを社会に訴え、女性が尊厳を持って働ける環境をつくりだす」とし、この2つを簡単に両立するかのように並べてしまったことは重要である。

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どちらにしても同一化の力は働くが、その方向性は異なるし、そもそも個人の裁判なのか「私たちの裁判」なのかでは、エージェンシーのあり方も異なる。「私たちの裁判」でもあるかぎり、原告の個性や感情はある程度抑えられざるをえない。特に、「クリーンな裁判」という制限を全体に課してしまったこと

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の影響は大きい。それは原告の感情を抑圧させることに働き、「清廉潔白」な理想の被害者像を優先することにつながった。 (p.57)　第三の、加害者や社会からの攻撃が当事者と支援者間の葛藤に転化するという現象も、この裁判にあてはまる。被告側の悪質な証言に晴野は深く傷つき、その傷つきを理解して

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もらえないと感じた時に、いちばん支援者との溝を感じて衝撃を受けている。(この点については支援者側も後に反省している) 　第四の目標達成重視か過程重視かという点についていえば、注目度の高さや期待の強さなどから、絶対勝たねばという弁護団や支援者の思いはどんどん強くなっていった。

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そのために勝敗の鍵を握る原告の言動へのコントロールが厳しくなったことは否めない。とうぜん当事者と支援者との間には〈風〉が吹く。この裁判は前例のない手探りのものであっただけに、〈風〉が吹きやすい条件が重なった。当時においては、事件後の被害者の心理的反応についてほとんど知られておらず

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支援者側の傷つきなどまったく認識されていなかった。 (p.59)　この点については、徐々に理解されるようになり、被害者支援と社会運動は別に捉え、被害者が運動のために犠牲になる必要はないという認識がされるようになる。裁判過程がもたらす被害者への心理的負担の大きさについても理解が深まり、

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支援者が被害者と弁護団の間に入ったり、カウンセリング役を配置するなど具体的なノウハウが蓄積され、その後のキャンパス・セクハラの裁判支援などでも活用されている。 (p.59)　内部の分裂や分断、比較や切り捨てなど、「内輪もめ」といわれる現象が「あってはいけないもの」、その運動の欠点である

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という捉え方から解放されるべきだと私は思う。社会や加害者からの攻撃や圧力が、当事者と支援者の間の葛藤に転化し、傷つけ合いとして表出してしまいやすくなるということは、忘れられてはならない。当事者と支援者が対立している時、内輪もめが起きている時、その原因をその二者、内部関係者のみに

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求めて責めるのではなく、どういう形の環状島の上で、それぞれがどのような配置をさせられているのかを分析することは、怒りや抗議の方向性を正しく加害者や無関心な傍観者に向け直すことにも役立つ。 　原告が一人の時と複数の時でどう違うか、集団訴訟の時はどうかの分析を進めてみるのも興味深い。

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(p.60)　また、社会運動の形が、従来の一致団結型から参加者の多様性や個人の多層性を重視した緩やかなネットワーク型に変わりつつあることと、そういった変化がもたらす利点と欠点、運動とアイデンティティのあり方の関係を考えることにもつながるだろう。