抜粋④ 『代表性民主主義はなぜ失敗したのか』藤井達夫著、集英社新書、2021.11.22.

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とはいえ、このブリティッシュコロンビア州での市民集会の試みは、21世紀の代表制民主主義のイノベーションの新たなパラダイムを形成した。 　次に2014年に行われたアイルランドでの市民集会の事例を見てみよう。アイルランド憲法会議は、2012年から2014年にかけて行われた。

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その目的は、政府が提起した憲法の争点を熟議し、憲法を修正する必要性などの勧告を報告書にまとめて提出することである。政府は会議の勧告に従って憲法を修正する義務を負ってはいないが、各々の勧告に対する見解を国会に対して示し、議論せねばならなかった。

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この会議では専門家の支援など質の高い熟議が行われる環境が整えられ、またその構成は、世代やジェンダー、社会階層を反映させる形で選ばれた市民66名(アイルランド共和国と北アイルランド)、政党の代表者と国会議員の33名、議長１名の合計100名からなっていた。

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市民と政治家との協働で行われた熟議では、大統領の任期および被選挙権の年齢の引き下げの争点に始まり、選挙権年齢の引き下げ、選挙制度改革、同性婚の容認、神への不敬罪の廃止など、10の争点が取り扱われた。政府は各争点に関する会議の勧告に対して正式に回答した上で、そのうちのいくつかは、

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国民投票にかけられることになった。その結果、憲法での同性婚の承認や不敬罪の廃止が決定された。 　アイルランド憲法会議の特徴は次の３点にまとめられる。 　第一に、国家という規模で、しかも、憲法改正という究極の政治争点に関して市民を直接関与させた点である。

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次に、この憲法会議が基本的には諮問型の市民集会であったにもかかわらず、実質的な政治的影響力を行使した点。たとえ諮問的な機能しか持っていないとしても、市民の熟議が政府や議会といった代表制度の側の姿勢次第で、高度に政治的な政策決定過程において強制力のある役割を果たしうることが分かる。

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最後に、この会議が、市民と議会の代表者たちとの協働によって運営されたという点だ。政治家たちは市民たちの熟議を妨害しないように努めただけでなく、政治家たちが参加することによってこの会議の正統性が高められ、政府は会議からの勧告を履行しやすくなった。

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政治家たちの存在は、代表制度と市民の熟議の活動とを接合させることに一役買ったのである。 　それでは、両会議を先に述べた３つの観点から評価すると、どうなるだろうか。 　まず、代表者に対する「民主的なコントロール」という観点について。

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熟議世論調査と比較するなら、市民集会では市民の熟議の結果が政策決定過程に影響力を及ぼす点で、民主的なコントロールの度合いはより高いといえる。ブリティッシュコロンビア州の事例では、市民の熟議の成果がそのまま住民投票に諮られる点で直接的な影響力があるのに対し、

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アイルランド憲法会議の事例では政府および議会に対して説明責任を果たさせるという点で間接的な影響力がより強いといえる。前者が、人民主権的な意味合いのより濃厚な民主的なコントロールであり、後者が、カウンター・デモクラシー的意味合いのより強い民主的なコントロールであると説明できる。

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しかし、この違い以上に重要なことは、どちらも代表制度の政策決定過程に正式に組み込まれているということだ。市民の熟議が明確な政治的影響力を行使することができたのは、政府および議会という代表制度側のイニシアティブの下でそれらが開催されたからである。

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これらの市民集会は、政府や議会といった代表制度の側の決定に依存した、トップダウン型の取り組みだ。ただ、政府や議会側にイニシアティブがあったとしても、市民集会がその設計の仕方によっては、代表者を民主的にコントロールする上で、大きな可能性を秘めていることは間違いない。

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また、こうした代表制度の側からの决定の背後には社会運動を媒介にした下からのプレッシャーが必ず存在していることを見逃してはならない。 　次に、「協働の機会ないし枠組み」という観点について。 市民集会はミニパブリックスの一つである。したがって、それはランダムな選出方法を用いることで

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人口構成の多様性を代表する一方で、熟議の質を確保するために限られた人数で構成される。このため、規模の点ではどうしても限定的になる。これは、より多くの市民が熟議に自由に参加するほうが望ましいという立場からすれば、ミニパブリックスに特有の限界と見なされる。

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ただ、市民集会では公聴会などのコンサルテーションをとおして、熟議に直接参加しない市民や社会集団との協働が可能だ。この点で熟議世論調査と比較するなら、より広範に人々を包摂しうる枠組みだと見なせる。 　また、市民集会は長期間にわたって実施される。両事例とも１年に及ぶイベントであった。

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この点においても、市民集会はより濃厚な協働の機会を提供する取り組みといえる。さらに、アイルランド憲法会議は、政治家と市民との協働を可能にした点で興味深い。この協働には、市民たちの熟議の正統性を高める効果があった。

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最後に、「エンパワーメント」に関して。 　市民集会においても、参加者のエンパワーメントの効果ははっきりと確認できる。ブリティッシュコロンビア州の事例では、参加者たちは新たな選挙制度の勧告という任務を終えた後でさえ無報酬で、住民投票までの公の議論に積極的に参加した。

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アイルランド憲法会議の事例でも、参加者は知識や発話のスキルを発展させ、政治的な有効性感覚を増大させることができたという感想が目立つ。何より、今後も新たな市民の政治活動に関わり続けるという参加者の意欲の高まりに注目すべきであろう。

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(3) 参加型予算 参加型予算は、ブラジル、リオグランデ・ド・スル州の州都であるポルト・アレグレ市において、ブラジル労働者党の指導で1989年に始まった。 　この参加型予算は、市民参加によるガバナンスの成功例として、国連の諸機関や世界銀行から世界社会フォーラムにおいて推奨されてきた。

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その制度上の特徴は、次の２点にある。一つが、100万人を超える大規模な政治体において、住民の誰もが参加できる人民集会(popular assembly)と、そこで選出された代表者からなる予算フォーラムおよび参加型予算評議会という二つのタイプの市民参加を組み合わせることで、包摂性の高い参加と熟議を兼ね

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備えた制度である点だ。 　もう一つは、予算策定という行政過程に参加する市民が、たんなる諮問的役割を超えて、自分たちの意思を実質的に反映させることができるよう設計された制度である点だ。 　参加型予算の１年間のサイクルは、人民集会、予算フォーラム、参加型予算評議会を通して進められる。

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第一の舞台が、人民集会である。人民集会には、市中の16に区分けされた地区ごとに開催される「地域集会」と、環境や教育、医療福祉サービス、交通などの市全体に関わる５つ(2000年以降、6つ)のテーマごとに開催される「テーマ別集会」という二つが存在する。

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ともに誰もが参加できる集会であるが…したがって、ミニパブリックスのようなクジではなく自選による参加となる…、それぞれ次のような特色がある。 　地域集会に参加する住人は居住区ごとに組織される近隣住民組織、その他の社会集団に所属する。

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この集会の機能は３つあり、第一は、市当局の役人に前年度決定された予算計画の執行について説明をさせ、住民との質疑応答を行う機能だ。 　第二は、公衆衛生や道の舗装、ヘルスケアなどの間で予算配分の優先順位を投票によって決める機能である。

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また、地域集会の後に開催される、市全体の参加型予算評議会(Council of the Participatory Budget 以下、COP)に送り込む地域代表の評議員を２名選出し、さらに、参加した人数に応じて地域予算フォーラムに送り込む代議員を、住民組織や社会集団から選出する。この代表者選出が第三の機能だ。

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テーマ別集会は、各地域ではなく市全体のための長期的観点に立った政策や計画、ガイドラインの策定を目的とする。地域集会と同様に、市当局の役人に説明責任を果たさせ、テーマ別の予算配分の優先順位を決定し、市全体のCOPへの評議員およびテーマ別予算フォーラムへの代議員も選出する。

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同時期に開催されるこれら二つの人民集会が、市民の任意の参加によっているのに対し、地域およびテーマ別の二つの予算フォーラムとCOPは、代表制度に基づいている。第二の舞台となる予算フォーラムでは、代議員らが市当局の支援やアドバイスを受けながら、各人民集会…地域とテーマ別の二つの集会…で

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出された予算配分の優先順位を再検証し、議論と交渉を通して決定する。また、このフォーラムは、市当局との交渉や計画の履行状況のチェックを行う役目を負っている。 　１年間のサイクルの第三の舞台がCOPだ。ここには主に二つの機能がある。第一は、予算フォーラムによって優先順位をつけられた

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予算配分案を評議員たちが市当局とともに審議を行い、最終的な予算案を決定する機能である。第二は、この予算案が市長によって受諾され、市議会に提出された後に、次年度の予算配分のための規則を議論し、決定する機能である。 　ポルト・アレグレ市の参加型予算は、人民集会と代表制度を組み合わせる

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ことで、市民参加と熟議の機会を提供し、さらに、行政の政策決定に直接市民が関与し、実質的な影響力を行使することを可能にする取り組みなのである。 　では、３つの観点からどう評価できるだろうか。 人民主権的な意味合いとカウンター・デモクラシー的意味合いの双方において、代表者を民主的に

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コントロールする上で参加型予算は大いに役立つ。参加型予算では、立法過程ではなく、予算策定という行政の政策決定過程に市民が直接参入する。これは、立法を介しての政府の民主的なコントロールではなく、市民が政府の統治行為に直接参画し、それをコントロールすることを意味する。

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予算策定の過程において常に市当局の役人の言動を監視し、必要があれば説明責任を果たすよう市民は求めることができる。参加型予算による民主的コントロールには継続性ないし定期性という特徴がある。市民集会が基本的には単発のイベントであるのに対して、参加型予算は毎年行われる予算策定に関わる

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ため、定期的に実施することが可能である。 　次に、「協働の枠組み」に関して。参加型予算はミニパブリックスとは二つの点で大きく異なる。 　第一に、参加する市民の規模だ。ミニパブリックスは熟議の質を確保するために、制限された人数で行われる。これに対して参加型予算は、可能な限り多くの

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市民の参加が可能となるより包摂性の高い仕組みを取り入れている。それが人民集会に当たる。そこでは、ランダムな抽出ではなく、市民のイニシアティブやコミットメントが不可欠となる。参加における平等性よりも自発性が重視されているのだ。

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第二に異なるのは、この取り組みが地域組織や他の社会集団との明確な繋がりを確保している点だ。市民集会のメンバーはあくまでも一個人として参加する。これに対して、参加型予算では、市民が最初の舞台である人民集会に参加するには、近隣住民組織など何らかの組織に属する必要がある。