@nowhereao 最後のこれはうそだ。 まだわたしはときどき祈る。眠る前に手を組んで胸の上に置いて、自室の天井のそのまた向こうにある星空を思う。 #青の楽園 もしまた彼に会えたら、ひとつだけ言いたいことがある。あのときはうまく説明できなかったこと、今ならちゃんと言えそうだから。
2021-02-09 01:42:23@nowhereao わたしは彼に願いをかけていたんじゃない。彼のことを思い浮かべてはいたけど、彼に祈っていたんじゃない。一度だってそんなことしたことなかった。 #青の楽園 わたしは彼のことを祈っていた。彼の幸せを願っていた。彼の人生がうまくいくことを、会ってからずっと。
2021-02-09 01:48:19@nowhereao わたしは祈る。今夜も祈る。 頑固でルールに厳しくてうるさくて、もろくて弱くて、笑顔がまぶしくていつでも優しい真面目な彼が傷つきませんように。 たった一度でもわたしのもとに来てくれたふわふわのお星さまが、 どうかいついつまでも幸せでありますように。 #青の楽園
2021-02-09 01:53:3909・静謐なソリストの調べは遠ざかり
糸巻をぎりぎり締めあげると弦が張りつめていくのがわかる。切れて飛んで目に入ることを一瞬恐れるが、もうそんなことに怯える必要などない。何が刺さってもわたしの目は怪我などしないのだから。 #青の楽園
2021-02-20 20:15:06@nowhereao ふだんはエレキギターばかりかき鳴らしているがたまの休日にはアコースティックギターが恋しくなる。今の時代は工業区から弦を仕入れるのも一苦労だ。しかし、強い弦はいい演奏につながる。だから妥協も手抜きもできない。 #青の楽園
2021-02-20 20:20:27@nowhereao 今わたしの抱くこのアコースティックギターはもともと家の物置小屋においてあったものだ。雑に置いてあったが、とても貴重な年代ものなのだという。 #青の楽園 ギターと出会い、わたしの世界は一変した。
2021-02-20 20:28:34@nowhereao はじめはただの趣味だったが、そのうち仕事にもしたくなった。好きなことで食っていくのは地獄だと、特に今の時代は音楽でいくのは無理だと何度も知人たちにたしなめられ、それでもわたしは気持ちを曲げずに走り続けて、とうとう今やプロのミュージシャンだ。 #青の楽園
2021-02-20 20:48:45@nowhereao 貸しきり状態のライブハウスも心地よい。場所の深呼吸を感じる。パズルのようなシンセサイザー、椅子、ギターのラック。 #青の楽園 わたしが手を動かすたびにギターがぼやく。音がこぼれて、わたしは、心地よいはずがなんだかだんだんとさびしくなる。
2021-02-20 20:50:19@nowhereao 掻き消すように目の間に集中する。わたしはプロになったが、しかしあまり売れてはいない。娯楽といえばあの電脳アイドルで何もかも事足りる時代なのだから仕方がないところもある。音楽なんてもうわざわざ人が演奏せずともいいと言われる世の中だ。確かにそうかもしれないが。 #青の楽園
2021-02-20 20:54:57@nowhereao わたしの家にはこのギターがあったが家族はいなかった。わたしの面倒を見てくれていたのは少し離れたところに居を構えた、福祉施設に所属する職員たちだった。 わたしのように親が家にいない家は、今の時代そこまで珍しいものではない。 #青の楽園
2021-02-20 21:03:34@nowhereao だからというわけではないが、わたしが憎いのは親ではない。 許せないのはその上の遠い家族たちのことだ。詳しいことはこれ以上調べようがなくてわからないのだが、何年も何年も前、悪い仲間とトラブルを起こしたとかで彼らはある日とつぜん蒸発してしまったという。 #青の楽園
2021-02-20 21:08:44@nowhereao 彼らのせいでわたしの家は崩壊してしまった。まず始めに心に傷を負ったのはわたしの親世代の者たちだ。一緒にいるというのがあたりまえにできていた家族が、一人一人、他人になっていく。わたしという子ができても修復されることはなかった。 #青の楽園 せっかく固まって生きていたのに。
2021-02-20 21:16:37@nowhereao だからわたしはいなくなった彼らのことが憎い。彼らが消えるという一大事がなければ平和だったはずなのだ。 #青の楽園 古びたビスケットのようにところどころ欠けているライブハウス、そしてアコースティックギター。 正座でもないのに姿勢のいい、青い瞳をしたたった一人の観客。
2021-02-20 21:18:07いくら茨の道だと言われようともギターにしがみつくように、わたしにとっては家族の絆がかけがえのない弦なのだ。これもギターと同じで、現代では古い価値観だと口々に言われる。 #青の楽園
2021-02-20 22:01:59@nowhereao しかしわたしは血の繋がりというものには何か特別なものがあると思う。わたしがこんな仕事をしているからこういう考えになるのかもしれないが、家族は楽器に、音楽に似ている。わたしの愛するわたしの芸術に。 #青の楽園
2021-02-20 22:02:34@nowhereao 「帰ってきなさい」 目の前の相手がわたしの憎き家族なのだ、という確信がわたしにはある。このあたりを通りかかるのをずっと待っていた。呼び込んだのはほとんど博打だったが、しかし相手はすんなりと従った。きっと後ろ暗いところがあるからだ。そうに決まっている。 #青の楽園
2021-02-20 22:08:01@nowhereao とうとうここまで追い詰めた、逃がしてなるものか。帰る、と言わせてやる。 #青の楽園 観客席に一対たたずむ、湖面を思わせる瞳がうっすら大きくなった。 「おっしゃることはわかりました。貴方の苦労には敬意を表します。しかし、私にはいずれも関係のないことです」
2021-02-20 22:14:12@nowhereao 「とぼけるな。わたしは知ってるんだ、いなくなった家族がちょうどあんたと同世代であることを。行方不明になるにはデータ化をうまく使わなければならないことを」 #青の楽園
2021-02-20 22:26:28@nowhereao 「それは言いがかりです。私は二百を超えましたが、それでも存在していられるのはブルー・エデンに所属しサンプルとしてゆるされたためです。他の者ではこうはいかないでしょう。貴方のご家族が私と本当に同世代だと言うのであれば、申し上げにくいことですが、おそらく既に」 #青の楽園
2021-02-20 22:28:04@nowhereao 「だから、データ化があるだろう。あんたはきっとトラブルを起こしたあと医療区に逃げこんだんだな。それでデータ化して身を隠した。つまり何か足がつくとまずいことでもやってたんじゃないか」 #青の楽園
2021-02-20 22:36:30@nowhereao 「データ化では罪から逃れることは不可能です。察するに貴方の消えたご家族というのは、消えた時点で既に成人されており、つまり一度目のデータ化を済ませていた状態でいたわけですね。それでは必ず記録が残ります。貴方のおっしゃることはまったくの事実無根です」 #青の楽園
2021-02-20 22:39:21@nowhereao 「何もかもあんたが捨ててもこっちには残ってる。あんたの捨てたものがごっそりある。見て見ぬふりをするんじゃない」 #青の楽園 「事情があるということを添えつつ、再び医療区で真実をお調べになることをおすすめいたします。私が貴方とは無関係であるとすぐに判明するでしょう」
2021-02-20 22:44:24@nowhereao 「なんでわたしが間違っているとわかる?」 ボディにかけていた手を落とす。ドリフトを思わせる音で弦が唸った。「ぜんぶデータ化して捨てて、捨ててきたもののこと覚えてないっていうんなら、わたしの言うことが間違ってるかどうかだってあんたには言い切れないはずじゃないか」 #青の楽園
2021-02-20 22:48:32@nowhereao 「もっともな問いです」 相手はひとつ頷く。オパールのように控えめに輝く銀髪が軽く揺れた。 #青の楽園
2021-02-20 22:54:23@nowhereao 「それでも私と貴方は『無関係』です。もしも、本当に万が一、過去に私と貴方とが血縁関係にあったにせよ、それは私の捨てたものです。貴方にとっての真実であったとしても今の私に応じる義務は生じません。私はかつて持っていた関係そのものをすべて捨ててきたのですから」 #青の楽園
2021-02-20 22:55:08@nowhereao ああ痛くも痒くもないのだな、とわたしはふと思い至る。目の前のこのすっきりと透き通った謎の生き物は、ほんとうに何もかも捨てたのだ。 #青の楽園
2021-02-20 22:59:13@nowhereao 「貴方の期待に応えることができず大変心苦しく思います。申し訳ありません。――お話はもうよろしいでしょうか? そろそろ帰らせていただきたいと思います。私にお使いを命じた上司がしびれを切らすころでしょうから」 #青の楽園 相手は淡々と言い放ち、わたしに向かって一礼した。
2021-02-20 23:05:07@nowhereao 舞台で重宝されるような、高すぎず低すぎずのしなやかないい声をしている、とわたしは場違いにも思う。――相手の持っているのは電脳アイドルのグッズだ。どいつもこいつも――ギターに爪を立てているのに気づき、はっとして力をゆるめる。 #青の楽園
2021-02-20 23:11:05@nowhereao ――出ていくんじゃない。戻ってこい。 #青の楽園 わたしが念じるもむなしく相手は踵を返し、ライブハウスから出ていこうとまっすぐに歩きだした。崩れのないリズム隊の、スタッカートの効いた足音が次第に遠ざかっていく。わたしの視界はぼやけはじめる。
2021-02-20 23:15:13@nowhereao ――この際嘘でもいいんだ。いっそあんたじゃなくてもいい。誰か家族だと言ってくれ。独りにしないと言ってくれ。 #青の楽園 不意に、もとからそうであったかのように静かに相手は立ち止まった。そして、
2021-02-20 23:19:00@nowhereao 「もしよろしければ、貴方の曲を私の上司に宣伝させてください。そのギターの音色をあの人はきっと気に入ると思うのです。――貴方はどこか、私の上司に似ているような気がします――それでは」 そう言うだけ言って相手はまたわたしに背を向けた。もう振り返らなかった。 #青の楽園
2021-02-20 23:20:00ライブハウスも楽器のひとつというのがよくわかる、ドアの閉まるときの美しい圧がわたしをそっと押す。わたしは抵抗できず舞台の隅に座り込む。 #青の楽園
2021-02-20 23:44:33@nowhereao 相手の言うことが正しい、というのはわたしにもわかっていた。しかし――重要なのはそういうことではない――暗中模索、それでも必死に調べて調べ尽くして、この人間こそわたしの家族かもしれないとたどりついたときのあの高揚。喝采を浴びるときよりもっと爽快だったのに。 #青の楽園
2021-02-20 23:45:52@nowhereao また振り出しだ。 #青の楽園 ギターをかかえてうずくまる。音楽を聞いてもらったところで、万が一売れて人気が出たところで、しかしわたしの家族はどこにもいない。わたしにあるのは音楽ばかりだ。それだけなのがわたしにはもう耐えられない。
2021-02-20 23:50:48@nowhereao この先もずっとギターを弾いて、歌って、しかし孤独であり続けるしかないのか。 子どもができる日が来るかもしれないが、もう上の家族を取り戻すことはできないのだろうか。わたしがほしいのは新しい家族などではない。失われた古い昔の家族なのだ。 #青の楽園
2021-02-20 23:54:04@nowhereao 誰も帰ってこない。かつては強く結び付いていたはずの、行方不明になった彼らに、深く深く反省して戻ってきてほしい、わたしに謝罪してほしい。わたしの過去を救ってほしい。わたしの今と未来を保証してほしい。この寂しさを消してほしかった。 #青の楽園
2021-02-20 23:58:40@nowhereao わたしはみっともなくむせび泣きながらギターのネックに両手を絡ませる。音はすれども言葉は聞こえない。 #青の楽園 ――戻ってきてくれ。わたしを独りにしないでくれ。
2021-02-21 00:00:5910・せかいじゅうのふたり
(※自殺をほのめかす表現があります。ご注意ください)
何度も青春を思い返して出る結論は、ぼくの思いは独りよがりだったんだということだ。
その人について詳しいことをあまりよく知らない。その人は高校の同級生で、星という字のついた名前をしていて、それから宇宙に関する本をたくさん持っていて、あとはそう――「命は死んだら星になる」と何かにつけて言っていた、――宇宙好きな人間だとそれだけは自信を持って言えるが、わかることといえばほんとうにこの程度である。
高校に併設された図書館がお気に入りの場所で、そういえば最初に出会ったのはそこだった。それからその人の自宅にも立派な書斎がある、そう、ひとつしたに弟がいるとも聞いた。ぼくはちょっとそれがうらやましかった。弟がほしかったんじゃない、その人ともっと近しい存在である弟のほうに嫉妬していたのだ。
学校を避けてコロニーのなかを放浪していたぼくのことを、その人は決して怒らなかった。ときどきだったけど付き合ってくれたこともある。ぼくたちはひとところに留まれない、自室や図書館では満足できずに誘われて出てしまう、本屋にプラネタリウム、文化区の隅にある喫茶店、居住区のさびれた公園、人工浜、方舟みたいな動物園、毎日違うところで背景にまぎれ、ためらいのない迷子になった。
とにかく、出会ってからの時間すべてが、ぼくにとっては忘れられないひとつひとつだ。
***
さて、どうしてぼくがよくも知らない相手のことをこんなに特別だと勝手に思っているかというと、まずはぼくのことを少し説明しないとならない。まあ簡単にまとめるが、その人と知り合った当時の十七才のぼくは今よりも輪をかけてとんでもない死にたがりだったのだ。
原因となる事件があったわけではない。ぼくはとりたててエピソードのない子どもだ。それはもちろん、そのつもりで探せば悲しい出来事なんていくらでも出てくるものだが、しかし自分の死にたがりの理由になるようなことは何も思い当たる節がない。
でも、ぼくはむしろ、原因のわからないほうが安心した。自分の気持ちがよそからの影響で容易く変わるなんて、なんだか悔しいからだ。他人のせいでそんなにあっさり死にたくなってはたまったものじゃない。
気持ちは決して嘘ではなかったから、ぼくはよく、ほんとうにこの世から消えかけた。
当時のぼくがどの程度あやうかったのかというと、担当医がデータ化による精神安定まで進めてきたレベルだったのだから相当だ。しかしぼくはその提案を拒絶した。どうせ大人になるまえには受けなきゃならないものをこんなことで急ぐ必要性は感じられなかったからだ。
生きること前提なんだ、データ化は。それがぼくには理解しがたかった。データ化だけではない。移住先希望調査といい、ブルー・エデンの差し出すものはすべて耳に心地よいけど、それらは真綿のようにぼくの首を絞めてくる。選択選択と言う割には実のところ何にもぼくの自由にならない。
しかしそれは何もブルー・エデンだけに限ったことではなかった。親も知人もみんなブルー・エデンを受け入れており、二言目には似たようなことばかり言う。もちろん彼らに心配をかけて申し訳ないとは心底感じていたものの、ぼくはどうしても、彼らを安心させるためだけに自分の考え方を変えようとは思えなかったのだ。
居住区にぽつりぽつり点在する公園で――生きてください、生きてください、――管理されきった虫たちのとめどない輪唱が美しい。美しいがうつろなもので、なんだかそれを耳から流し込まれるとだんだんぼくの形がゆがむ。生きたいと思えないのは異常だ、と言われているようで、ぼくは何しろひねくれものだから、死にたい気持ちにも居場所があったらいいのにとそう思うのをやめられなかった。生きろという真綿がぼくをどんどん追い詰めていく。励ましの結果にしてはずいぶん物騒な場所へ連れていく。
死にたがりの何が悪いんだろう。かわいそうだ、どんな気持ちだって存在を認めてやらなきゃ、きっとさびしがる。
高校生活も板についてきた十七のある夜のことである。
もうとっくに閉まっていると思っていた図書館の扉が勢いよく内側から開き、ぼくの目の前で、黒髪の生徒が軽く叫んで立ち止まった。
「真っ暗だな。何も見えない」
ぼくに気づかなかったらしいその生徒の言葉は、後ろに続いていた白髪の生徒のおかげで独り言ではなくなる。
「いや、星がよく見えるよ」
おかしな生徒二人は何やら言い合いながらどんどん遠ざかっていった。その背をしばし見送り、こんな時間まで図書館で勉強なんて見上げたやつがいるんだな、とそんな感想をぼんやり抱いたのを覚えている。
そして死にたがりのぼくはというと、そのあと自分でも自覚のないうちに図書館の屋根に上っていたのだが、その場にぐうぜん居合わせたのが件の「その人」だったのだ。
てっきりもう誰もいないと思っていたのにまだ居残りがいたのだった。これからぼくのいちばん特別な相手になるなんて知るよしもないその人は、本の海のなか、図書館のいちばん上の窓から望遠鏡を伸ばして天体観測をしており、そのやたら堂々たるたたずまいはまるで図書館の主と言っても過言ではなかった。
ぼくに気づいても焦った様子もなく一心に夜空を見つめ続けるその瞳に、今ぼくが死んだらそいつの星見が台無しになるのかとふと遠慮が湧いて、でも相手は意外とそんなことはどうでもよさそうだった。ただ、死んだら命は星になることを知っているか、とそんなことをぽつりと言ってきた。ぼくをとがめる口調ではなかった。
どこかで聞いた気もする言葉だ。生きている人間に都合のいい慰めの言葉。でもその人は、今しがた口にしたその子どもだましの文句を心から信じているようで、なのでぼくは口をつぐんでいた。
大きな月を見ている。月はぼくらを見ている。
よくわからないが、その日のぼくはそれで死ぬのをやめてしまったのだ。
***
あの言葉をぼくまで信じたわけじゃない。ただあの日から、ぼくの心にはその人が住み着いてしまった。
一回死ぬのをやめたからといっても、死にたがりの気持ちは完全に消えたわけではなかった。でも、これはぼくの一部だからこのままでいい、これがぼくだとそう思えたから、特に対処はしないでいた。要は他人に迷惑をかけなきゃいいんだろう、ぼくはシニカルに結論付ける。
ぼくには特別な相手ができたのだ。もしもまたいつか、一線を越えたいほど死にたくなったとしても、心のなかに立ち続けるその人の存在がぼくを止める気がした。それははっきりいっていっそ腹が立つほどの安心をぼくにもたらしてくれた。
***
日頃意識することはなかなかないが人工浜の沖には壁がある。コロニーの頑丈な外壁だ。このコロニーをすっぽり覆うほど分厚く巨大な外壁なのに、環境になじむようあらゆる工夫がなされているためすっかり景色に溶け込んでいるそれを、ぼくは目を凝らして浮かせてやろうと試みる。
高校を卒業してもぼくは定職にもつかず、平日昼間から浜辺で散歩なんかしていた。隣には、もちろん誰もいない。
昔の人は海の近くで肉や野菜を持ち寄って食べながら親睦を深めたり、球技に興じたりしたそうだ。なんだかちょっと儀式めいていると感じるのはぼくだけだろうか。もっとさかのぼると医療行為として水泳をしていたという記録も出てくる。大きな船に乗って世界一周なんてこともしたというから驚きだ。海といえば他には、釣り、潮干狩り、すいか割りなんていう野蛮な遊び、それから――
「静かだな。何も聞こえない」
――たとえば、特別な関係の二人組が親密になる場所でもあったりしただろう。
「いいや、波の音がする」
すれ違ったのは見覚えのある二人だった。制服から同じ高校の後輩だとわかり、そのすぐあとに、あの図書館の夜に見かけた二人だと気づく。
静かだなと発言した白髪の青年にどことなく、今まさに思い描いていた相手の面影を見てしまい、ぼくは少しうしろめたくなった。彼らもどこに行くというのでもなさそうだ。ただ、歩きながら雑談をしている。
ずっと両耳に手を当てて嬉しそうにしている黒髪の生徒を、隣を歩く白髪の生徒が凪いだ瞳で見守っている。やたらと印象に残る二人だ――もうかなり遠くに歩いていってしまった。つかずはなれず無邪気に会話していたあの二人はそこそこ仲がよさそうに見えたが、実際はどうなんだろうか。たとえばこれからもずっと一緒に生きる約束なんかしたのだろうか? この世の中に存在するあらゆる関係性の、そのありかたを思う――
死にたがりの気持ち。これが変わらずあるのはいい。でも、抱えてぼくはひとりでどこへ行けばいいのだろう。大事な相手に何を言ってやれば隣にいてもらえるのかもわからないでこんな年齢になった。ろくに会話もしないで卒業してしまって、連絡ひとつ送れないでいる。
月日はぼくが行動を起こすのを待たなかった。ぼくの大切なその人は、二十歳を迎えずに病気で世を去った。坂を転がり落ちていくほどのあっけなさだった。
看取るどころか見舞いもできなかった。
コロニー内部では豪雨になんかならない。しかしその人が死んだと知った日に、ぼくの頭にあったのはざんざんぶりの大雨だった。安直だと嗤われてもいい、世界がその人を喪った日、確かにぼくの胸には空洞があいたのだ。
そういえばその人はデータ化を渋っていたのだった、それは知っていた。しかしなんの問題もなく大人になるだろう、とどうしてかぼくはのんきに構えていたのだ。誰だってデータ化から逃れることはできないのだから――心の奥底ではぼくもデータ化を受け入れていたという証左なのかもしれない、――いや、ぼくのことはもうどうでもいい。
助かりたかっただろうか。死にゆくなかで何を考えていたのだろうなんてやっぱり愚問だろうか、死にたがりではないにしてもその人は死を受け入れる気持ちで生きていたのだから、神様に命乞いなんてきっと一度だってしなかった。
死出の旅に出る直前、ぼくのことを少しでも思い返してくれただろうか。
***
やっぱりぼくだけが特別だと思っていたんだとしても、それでもかまわない。
その人の消えた日から更に長い年月が経った今、ぼくは生きるためようやく仕事についたが、それでも今でも死にたいし、相変わらず誰にも行き先を告げずふらふらしたりもする。
確かにぼくの存在に変化を起こして消えていった光は今どこにあるのだろう。ほんとうに空にかえったのか。あの子どもだましの言葉を、ちっぽけな願望ではなくて地に足のついた真実であるかのように錯覚しそうになる。
――聞こえている? どこにいても空を見上げて歩く、あぶなっかしいこのぼくが見える? そっちへゆきたいよ。ぼくが今までひとりで歩いてきたすべての景色、どうしても一緒がよかった。せめてそう伝えたかった。これからでも叶うのならぼくはいつそこへ行ったって構やしない、でも、でもどうしてもできないでいるのは、
目を開ける。その人が座っている。ぼくの心のなか、本の海原からぼくの夜空を観測している、十七歳のその人。宙ぶらりんのぼくがその人と出会う夜、何度目かの幕が上がっていく。その人は言うのだ、ぼくのわかっているとおりに何度も何度でも、命はいつか星になる、かえっていくのだと、同じ台詞をいつまでもいつまでも。
そしてやっぱりぼくはあの夜のように我に返る。
――ああもしかするとぼくと目があっていたんだ、あのとききみはぼくを見ていた。あの夜、ぼくたち、ちゃんとそばにいたね。
だからこれからもぼくはひとりで歩いていける。いつまでも、ふたりのつもりで。
Hope to see you again!