200123 #青の楽園 #空想の街 参加作品です。やや短めですが、一日目でわけてみました。いつもありがとうございます。無断転載などはご遠慮ください。 https://nowhere7.sakura.ne.jp/
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青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 これまでのこと① 作者が未熟すぎて読み返すとなかなかつらい初登場 min.togetter.com/T6x67wz 灰間の生活 min.togetter.com/6aG0nXU 去年 #さるカフェ さんにお世話になったときのログ min.togetter.com/yJvwVhl

2020-01-22 21:49:43
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

→続き #青の楽園 これまでのこと② 灰間の過去、街にいる事情など nowhere7.sakura.ne.jp/main/fukashite… ララの暮らし nowhere7.sakura.ne.jp/main/fukashite… つい先日 #さるカフェ さんにララが遊びにいったやつ min.togetter.com/E0uwplg ※コラボ前に絶対読んでほしいとかではないです、ふつうに初めましてでお願いします

2020-01-22 21:50:11
空想の街公式アカウント @humptyhumtpy

何処にもない、何処にでもある街。空想の街。時計塔の街での2日間。はじめましての貴方も、おかえりなさいの貴方も、街は全てを受け入れます。どうぞ、お楽しみください。 #空想の街

2020-01-23 00:00:19

二十歳の青年たち

 家と家の隙間に板を打ち付けたような奇妙な屋敷、ここの家主を起こすのにはいつも苦労しているというのに、ララの押す扉が今日はすんなり開いた。
 単に家主の起きているときに当たっただけか。灰間――これが家主である男の名だ――は本格的に寝ると決めると、暖炉のそばのベッドではなく左奥の部屋にこもって鍵をかけるため、外からのノックにも気づかない。扉が簡単に開いたということは彼はきっとすぐそこで作業をしているのだ、とふんで室内を覗き込んだが、予想に反しどうしてかその小柄な姿は見えなかった。いつもどおり屋敷の内部は外から見たよりもずっと広く雑然としている。下がるテラリウムからあふれる植物、鉱物のスライスが嵌め込まれた天井から差し込む日光、大小様々なオーナメント、カラフルなランプ、積み上げられて床から生えている古書たち、船の形の巨大なベッド、古びた暖炉に天秤や燭台が置いてある。
 主はどこにいるのだろうか。姿が見えないとは珍しい。家主はなぜだか外にあまり出たがらないので、ここが留守であることはほぼ皆無だ。やや不穏かもしれない、と、ララは室内に背を向け、閉じていく扉に手をつけて眉を寄せたその瞬間、
「はいそのまま動かない」
 どん、と背中を押されて扉に腹を押しつけられる。ストールから丸見えになっていた左腕の肌がひやっと泣く。しまった、背後だ。
「心臓に悪い!」
 驚きのままに叫んでもララが律儀に動かないのは、動いたら痛いことになる、という学習を過去にしてしまっているからだ。多分、今、自分の腕には注射器の針が刺さっている。さっきの冷たさはアルコール綿で消毒された感覚だろう。不意打ちをされたのは初めてだが、注射針が刺さっているときに動いて痛い目を見たことはあるのでわかる。
 しかし灰間のことを庇うわけではないが、タイミングこそ前後すれどこの血液検査はここにくるといつもされることであり、ララもあらかじめ了解を出したことだ。この屋敷を宿代わりにしてもいいこと、そして最低限の食料はわけることを灰間がララに許したときに、対価としてララに言い渡された条件に含まれる。
 背後から忍び込む灰間の声が軽く笑っている。
「私だって医者でもないのにこんなことしたくないんですけどね。どうしても必要ですから。――はい採血終了。今回もご協力ありがとうございます。いいですよ、動いて」
「びっくりした。ふつうに採れよ、ふつうに。あんまりあれだと二度と採らせないぞ」
「ご挨拶。だってせっかく書類で契約まで交わしたのに貴方いやがるじゃないですか、不意打ちはまっとうな対策です。さて、元気そうで結構ですけど、分離機にかけてる間に行ってらっしゃい、シャワー」
「笑顔で体を押すな。言われなくても入るよ」
 振り返ってみれば、眉尻をわずかに上げるいつもの顔で灰間は笑っていた。声がくぐもって聞こえていたのはマスクのせいだったようだ。灰間は脳天気な黄緑色のセミロングヘアを作業用の帽子で隠し、手袋と白衣で完全防備している。
 抵抗むなしく暖炉の脇の小部屋に放り込まれる。明るい色のタイルがぐるりと四方を囲んでくるこの小部屋はララにとってはなんとなく居心地が悪い。シャワーそのものはもう使い方もわかっているし、清潔になること自体は何もいやではないのだが。

***

 おずおずとララがシャワーを使用している間、灰間はというとひとり鼻歌を歌いながら作業をこなしていた。先ほど採取した血液を試験管に分け、分離機にかけていく。シャワー室のララは爆発したような髪の毛を乱雑に洗う。水の唸る音が屋敷に響く。散逸した古書をまとめてベッドの近くに運び、木製の机に並んでいた薬瓶を棚へ。電子機器を指で操作し、これまでの血液結果と今回出た結果を比べる。やや栄養失調気味、と出たが、特別様子のおかしい部分はない。灰間は満足げに頷いて、マスクや帽子を外していく。チェストにぎっしりつまったタオルを使ってララが体中を拭き、シャワー室から出てくる頃には、灰間のほうも白衣を脱いですっかりいつもどおりの格好に戻っていた。

***

 作業のために結んでいた髪をほどきながら灰間がララのもとに近づく。右側だけ寝癖のようにくしゃくしゃなのは今日も変わらない。
「お疲れ様です。――もしかして背、また伸びました? 会うたびぐんぐん引き離されますね」
「そればっかりはお袋に似たおかげだ。うーん、でも生まれて二十年経ったし、もうそろそろ伸びなくなるんじゃねえかな」
 ジャストひゃくはちじゅう、と勝手にララの身長を測り終えた灰間が、その言葉を受けて矢庭に驚いたように微笑んだ。メジャーが灰間の手元で音をたて勢いよく巻き戻る。
「はたち。めでたいですね。ところで最後に食事をしたのはいつですか?」
 一昨日、と灰間の目を見ないでララは答える。何を、と追加で問われ、名前のはっきりしないネズミかウサギのようないつものやつ、と答えれば、ベッドに戻って腰掛けてレンズのピアスをいじっていた灰間の笑顔が明らかにもどかしそうに動いた。情報が不十分だといいたいのだろう。
 雨風をしのぐ場所として、休むときだけはここを使わせてもらうこと。どうしてもの場合は食事も分けてもらうこと。それらに対し、当然のこととして灰間が持ち出してきたのが『サンプルとしての協力』だった。あまりに生活環境が違うため、街に及ぼす影響も考えて毎回色々調べさせてほしい、というその申し出に、ララは疑問を浮かべる余地もなく頷いた。気ままに色々と歩いて回るのでうっかり忘れがちだったことを思い出させてくれたのが灰間のその申し出だったのだ。自分が当たり前に享受しているものがよそでは脅威になるかもしれない、そのことを危惧して、自分だけではなく旅する場所を守るためにもそういった検査が必要であることを、ここで知った。
 これで挨拶がうやむやになることも多く、『お互いの事情に深く関わりすぎない』という申し出をどちらから言い出したのか、これについては碌に思い出せない。
 もしかするとララかもしれない。と言うのも、他人に自分の行動についてあれこれうるさく言われるのが苦手な自覚がララにはあるせいだ。とにかく指図されるのは嫌だったし、そういうたちを知っている親にはほどよく放置されてきた。集落の近くに積み上げられるガラクタ相手に時間を費やすのが何よりも楽しく、黙々と分解したり余計なものをくっつけてはひとりで騒いだり、を繰り返すことこそがララにとっての幸せな日常だったからだ。集落を飛び出して、この街に来るようになってからも基本的にはそうだった。とりあえず何か、何でもいいからいじってもいいものを見つけたい。いじり倒したい。バラして、別のものと組み合わせて、それを眺めて、そして遊びたい。
 おそらくはこの、やたら骨董的かつ長大で不思議な屋敷に住まう目の前の男にもそういった面があるのだろう、ということに、ララは気づいている。ただの蒐集家には見えないし、医師ではないというのにやたらとおかしな知識を持つあたり、高確率でララと似たような種類の人間だ。ものを相手にしておかしなことを試してはひっくり返って喜ぶ、これはそういうタイプだ。
 何をしている人なのか、と一番最初に尋ねたとき、灰間は「科学者くずれの趣味人です」とそっけなく答えただけだった。他にもう少し詳しく訊こうとしてもそのうちにっこり微笑まれて「ただの天才です」で押し切られてしまうので、どこのどういう学者なのかはわからない。どうしてここにいるのかも知らない。挙げ句の果てには「そういえば私って何者なんでしょうね?」と思い出したように真顔でこちらに振られてしまうので、何回もしつこく尋ねるのも憚られ今日に至っている。
 コロニー内出身ではあるらしいが、データ変換手術に否定的で、コロニー内での生き方に違和感を覚えている、という点では考えが一致した。ララが他人を信頼する判断材料は、内部の生き方をどう思うか否かだった。
 ララの出身地では三百年ほど昔から、人間は体や心や記憶をデータに換えて生きていくのが当たり前になっている。危険の少ないコロニーの中に入り浸り、荒廃した大地を捨ててどこかに逃げようとしているのだ。行き先は海の底か宇宙か、コロニーの外で代々生きてきたララにはよくわからない。コロニーから吐き出されるガラクタと、不毛な大地、外の集落で寄り添って生きる者にとってはそれらがすべてだった。
 だからコロニー内の事情について、ララはさほど詳しくはない。内部の人間たちのことはただひたすら空々しく思えるだけだった。外の大地で生きていく選択をした(単に追いやられたのかもしれないが)先祖に感謝してしまうほどに、内部の人間の生き方には共感できない。確かに黙って滅ぶよりはどこかに移ったほうがいい気はするし、謎の多い海の底や宇宙に惹かれること自体については、暇そうだとは思えど変だとまでは思わない、それでも、よくわからないものに体や心を変換させてまで生きたいとはどうしても思えなかった。コロニー内部の生活を想像すると手足がだんだんひんやりしてくる。
 ララには難しいことなどひとつもわからない。それでも、何があっても内部とは関わりあいになりたくない、内部の人間のようにはなりたくないという意思だけは強くある。ララは自由に自分のことを決めて、追いかけて、あっさり死ぬ命を生きていきたいのだ。
「そういや内部でお偉いさんが決まったとかいうニュースが伝わってきたな。まあただの噂なんだけど。あとなんか廃棄するところで爆発事故がどうのとか……」
 会話が続かず、気まずくなったララはそんなことをふと漏らす。冬なのに今日はまだ仕事をしていない暖炉の前になんとなく来てしまってからそう呟いたのを灰間はしっかり拾ったようだった。ふわふわした声がオーナメントの間を縫ってララに届く。
「お偉いさん、それから事故ねえ。もう少し詳しく聞きたいところです」
「さあ、これ以上は。お前、外で生きてる割には内部のこと気にするよな、変なの。なんで俺に内部のことなんか訊くんだ」
「そういうたちなんです。貴方、内部の話になるとあからさまにつまらなそうな顔しますね。すみません。この話はもうやめておきましょう」
 すみませんってなんだ。
 まるでこっちを落ち着かせるような声音だった。ふだん、他の人間になどまるで興味がないような顔をして薬品をいじってばかりいるくせに、たまにこうやって聞き分けがいいような、慈愛のような変な表情をまぜてくるので本当に調子が狂うのだ。訊いてきたのは灰間のくせにあっさりと退いて――いや、ただの謝罪にどうしてここまで取り乱してしまうのだろうか。
 相手が天井から差し込むカラフルな光に照らされて、ベッド脇の戸棚にある撹拌棒をそろえているのを何とはなしに見つめてから、ふ、とララは視線を床に落とした。好きでもないものの話題で誰かとの隙間が埋まるのはいやだ。いくら相手がうさんくさい科学者くずれのどうでもいい小男だとしても。
 街は今、どうなっているだろう。さっき歩いていたときは特にざわついた感覚はしなかったが、灰間とやりとりしている間に何か変わったことは起きただろうか。
「ちょっと出てくる。バイク、外に寄せてあるからそのままにしといて」

線と線の上で

 気の向くままにララは街を散策する。中央区を大股で横切ってフォリス橋を渡り、そわそわ周囲を見渡してみたりする。今まで街歩きはそんなにしていないのだが、港から灰間の屋敷に向かうときには必然的に北区を通るので北区の風景にはかなり慣れ親しんだ気がする。地面のタイル貼りの隙間から生えている雑草がやたら綺麗だ。
 ララのバイクはまだ動かない。集落の近くがガラクタの宝庫とはいえ、中々いい部品が見つからない。買うにしてもそこまで金がない。エンジンをほぼゼロから作るというのは恐ろしく大変で、まず仕組みを十分に理解していなければならないし、そもそも物体というものは意外と動いてくれないものなのだ。ただのからくり細工では乗って動くのに心もとない。かといって電気、蒸気、何をどう使うのが効率がいいのかも手探りなのである。押して歩くことはできるので、野宿に必要なものや修理道具一式を積んで旅の供にしてはいるが、それだけだ。
 もう灰間にバイクを押しつけなくて済むように、無料で開放されている駐輪場か何かも見つけられたらいいかもしれない。あるとしたらどの区だろう、と首を伸ばしたり引っ込めたりする。視界の少し先を見て、ここには列車があることも思い出す。乗って観察してみるのもきっといい手だ。どこかで整備しているところなんか見せてもらえるかもしれない。運がよければ廃棄する予定の部品をもらえたりして、それを使って自分のバイクを好きに改造できるかもしれない。
 いろいろ想像していたら次第に元気も戻ってきた。今回でバイクにも光明が見えるかもしれない。自分がまた何か変わるかもしれない。街の情報に圧倒されて帰るのは今日でおしまいだ。

 このまままっすぐ進むと港へ出るだろう。結局、人の多そうな駅に行くのはなんだか気が引けて、誰もいないような静かな路地ばかり選んでしまった。簡素な踏切の前で海側から届く光に目を細め、また進行方向へ顔を戻し、そしてララは喉の奥で息を吸い込んだ。
 少女が線路の上で眠っている。
 左右確認。鳥が飛んでいて線路沿いの雑草がやはりきれいだ。昼下がりなのにこのあたりには誰もいない。
 慌てて少女に近寄ってそっと顔を覗き込む。具合でも悪いのだろうか。本当にただ寝ているようにも見えなくはない――十歳をいくつか超えたくらいだろうか――枕木にもどこにもひとつの汚れなく、のどかな線路上の違和感は、長く分厚い黒髪をふたつに結った少女だけだった。
「おい。危ないぞ」
 とにかく起こさなくてはと喉から絞り出した声はなんとも情けないものだった。もしかしたら今の自分は気が動転しているのかもしれない、と、今更になってララはようやく自覚する。少女はというとまったく起きる気配を見せない。こんな危険なところで眠ってどうなるか想像しなかったのだろうか。いや、相手をなじっていてもしかたがない。どうにかして安全なところへ移動させなければ。起きないのならばララが運んでやればいいだけだ。そう、迷子は警察か役人にでも届けてしまおう。
 しかし――意識のない人間は体重が増えるというがそれにしては重すぎないか? 自分の腕越しに焦点のぼやけた相手の体が見える――少女は心地よさそうに眠っている。日頃あんなに重たいバイクを押しているララだが、見知らぬ子どもを抱き上げた経験はないのですっかり疲労困憊してしまう。たぶんこれは緊張のせいだ。変に引っ張りすぎたのか、相手の身につけていた首飾りが音を立てて外れた。
 冬の空気を固めたような金属が地面に落ちる。
 なかば破れかぶれな気分でそれを拾い上げ、抱え直した腕の中の少女の首元を見て――そしてララは眉を顰めた。首飾りが外れて露わになった、あどけなくて折れそうに細い不安定な白いうなじ。そこに赤い痕が、そして首飾りには見覚えのある文字列が浮かんでいる。「Blue Eden」、これはララのバイクに使っているパーツの文字と同じ、内部の社名を示す言葉だ。
 いやな予感が背中を伝う。顔を上げたがララに助言をくれるものは誰もいない。あるのは広い線路と交差する道だけだ。
 首飾りをひっつかんで今度こそ体全体で少女を抱え上げ、ララはゆっくりと来た道を走り出した。医者ではないが、医者と似たようなこともできる訳ありの知り合いならいる。

海でも宇宙でもなく

「灰間!」
 人生約二十年、こんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。今は早朝でも深夜でもないのだし少々騒がしくてもゆるされたい、と祈りつつ、灰間の屋敷の古びた玄関を蹴破った。
「ずいぶん乱暴なご帰宅だこと。どうしたんですか、泡くって。そんなに叫ばなくても聞こえてますよ」
 家主はというとこれがそっけない。天井の鉱物ステンドグラスを通った光に照らされ、そのおかげで灰間のいるところだけ浮き上がってやたら神々しく見え、一瞬ララは事情を忘れまごつく。早くこちらの両腕の中を見てもらわなければ困るのだが、ララのその念は通じず、灰間は長く続く屋敷の途中でのんきにシーシャの吸い口を掃除している。
「トラブルですか? 一人でなんとかできませんか。貴方、はたちになったんでしょう」
「こんなときばっか一人前扱いしてくるなよ。お前じゃなきゃだめだ、早くこっちにこい」
「情熱的ですねえ。でも結構です、口説くんなら他をあたって――あれっ、どうしたんですか、その子」
 ララの異変、もとい腕の中で眠る少女にやっと気づいた灰間が大きな紫目をすがめて光から抜け出してきた。玄関のほうが天井から色々吊されているせいもあり、あちらからは暗く見通しが悪いのだ、と今更知りながらララは少女をベッドにおろしてそのまま膝をつく。
「こいつ、道ばたっつーか、線路の上で寝てたんだ。行き倒れてるのかと思って」
「なんでまたそんなところに? いえ、水を持ってきます。貴方に怪我はありませんね? よし、医者に連絡を」
「待ってくれ。こいつそのへんの子どもじゃないよ、きっと俺たちと同じ、あっちの人間だ。それも多分コロニー内部の――俺と同じように船で来たのかもしれない――これ」
 ララの突き出した首飾りの文字を認識した灰間の顔つきはなんとも形容しがたいものだった。この顔は知っている。確か初対面のときにララのバイクを見下ろしながら、あのときも灰間はこの顔をしたのだ。しかしララがそれを認識した途端、灰間はその表情をやめて一気に真顔になる。そばにあったオルゴールをぱたんと開いたのはきっと、体重や脈をはかったのだろう。自分もやられたことがあるのでわかる。この船型のベッドはそばのオルゴールと繋がったひとつの精密機器になっているのだ。灰間は少女に近寄ると数回声をかけ、その両肩を軽く叩き、呼吸を確かめた。そっと首元も確認しているようだった。ただでさえ華奢なその背中が風船でもしぼむように小さくなるのをララはただ、口を挟まずにじっと観察していた。
 やがて灰間の落とした言葉はララにとって意外なものだった。
「彼女のこの首の、これは、データ化ではないのでは」
 ひとつひとつ区切って発された呟きに一拍おいてララはつっかかる。
「じゃあなんなんだよ、こいつは絶対に内部のやつだ。だってこの文字列だって、おれのバイクにあるのと同じだろ」
「落ち着きなさい。内部の人間である可能性はかなり高いです。でも私にはそれしか言えません――適当なこと言うわけにはいかないんですよ、私はデータ化には詳しくないし――」
「? じゃあこいつは何者なんだ? まどろっこしいな、もうさっさと起こして事情を聞くしか」
「おやめなさい、自然に起きるまで待ちましょう。外傷がなくても無理に起こすのは危険です」
「でもさあ、もしこのままだったら」
「だからって素人が起こそうとしておおごとになったらどうするんですか。誰も彼女を返してくれませんよ」
「じゃあこのまま見捨てるのか? 起きなかったらどうする!」
「ええいやかましい、お静かになさい! 見捨てるなんて誰も言ってません!」
「うるさい……」
 過熱する言い争いに小さな声が差し込み、二人は口を手で塞いでほぼ同時にベッドを振り返る。
 少女が起きたのだ。
「ううん、よく寝た。寝過ぎてむしろつかれた」
 どうやら本当に眠っていたらしい。呆気にとられて少女をみおろす二人の横で、瞼を開けた少女は幾分眠そうに口元を白い袖で拭き、不思議そうに天井から吊り下がる有象無象を眺めていた。両耳のあたりで結われた長い黒髪が動きに合わせて青いシーツの上を流れていく。ちょっとした川のようだ。控えめに生えそろったまつげの縁取る、やや猫目の瞳。健康的に膨らんだ頬が彼女の幼さを強調している。
 上半身を起こして伸びをする少女と、ララの視線が合った。
「だれ? ここ、どこ」
 少女の顔つきが疑問から混乱を経て不審へと変化していく。孵化か羽化のようだ、と感想をもった瞬間に、小さな唇からまた声がこぼれた。
「わたし線路でお昼寝してたのに。いつのまにこんなところに」
 ララの半分ほどしかなさそうな手のひらがシーツを触っている。ララは思わず脱力してしまった。本当に少女は眠っていただけだったのだ――自分だけ一人で大騒ぎしていたようで恥ずかしい。――灰間はそんなララには構わず、少女のもとへ近づいていく。
「よかった、元気そうですね。どこか痛いところは?」
「ううん、大丈夫。あっ、それ、わたしの首飾り」
 そういえばララが握りしめていたままだった。ララの手元を見た灰間が少女に向き直り、すみません、と謝った。
「初めまして、私は灰間といいます。ここは空想の街にある私の住処。こっちの人はララくん、バイクが好きなメカニックです。彼、外で眠っていた貴女を心配してここまで連れてきたんですよ。線路の上にいたんですって?」
 少女はというとそれを聞いて途端に頼りない顔になる。申し訳ないと感じたようだ。ララはこぶしをゆっくり開き、座ったまま首飾りを彼女の目の高さまであげて差し出してやった。少女はまばたきし、そしてまたしょげた顔になって首飾りを受け取ろうと右手をララへ伸ばしてくる。
「ごめんなさい、心配してくれたんだよね。別に体調が悪かったとかじゃないの。外を自由に歩くの初めてだったから、ついいろいろやってみたくなって」
「それはお前が内部の人間だから?」
 隣にいる灰間がぎょっとしたのを感じたが、ララは前言を取り消すこともせずにただ少女を見つめていた。少女も落ち着き払っている。一回だけその大きな瞳が灰間を見上げ、そしてすぐにララへと向き直り、
「そうだよね、首飾りもはずれちゃったもんね」
 と、ただ静かに呟いた。
「ララの言うとおり、わたしは内部の人間だよ。逃げてきたんだ、医療区にある施設から。ちょっと前に爆発事故があってさ、そのどさくさに紛れて出てきたの――見たんでしょ、首飾りの字と、わたしの首と――わたしは内部の人間だけど、データ化してるわけじゃない。大昔にあった“命いじり”っていう不老不死の技術を、再現するための実験の被験者」
 不審が解けたのか、少女はもうララたちに疑惑の瞳を向けてはいなかった。受け取った首飾りを器用にもとのように首につけて整えたのち、今度は見慣れないものを目一杯捕まえるようにランプやオーナメントを仰いでいる少女を、灰間が身じろぎひとつせずに凝視している様子なのが少し気にかかるが、恐らく灰間は今のララと同じような気分だろうということを考えるとその様子も仕方がないかもしれない。
 命の手術など、そんなものがあったとはララは知らなかった。
「再現は失敗して、それでわたしは、不老不死でもなく、データ化でも、ふつうの人間でもない、よくわからないいきものになった。けがも病気もしないけど老衰では死ぬ。年を取るのはゆっくりなんだって。それはもう気が遠くなるくらい長生きしなきゃいけないみたい、でもわたしふつうがよくて、内部で生きていくのがつらくて、それで出てきちゃった。わたしは体をふつうの人間にしたい。けがとか病気とかしてもいい、ふつうに生きたい」
 そう続けて口を閉じる。瞼で音を立てるようにララは数回瞬きをして目の前の少女を見つめ直す。
 暫くしてから、わかりました、と灰間が硬質な返事とともにアンティークカップを少女へ手渡した。いつの間にキッチンへ行っていたのか不思議に思う間もなくララにも配られる。その目元に陰りがあるようで、ちょっと様子がおかしい、と思ったララが灰間をよく見ようとするも、セミロングの黄緑の髪によってそれは阻止された。灰間本人は顔を隠した自覚がないのか、平素よりはぶっきらぼうにも思える足取りで暖炉の前の椅子に座り込み、つまらなそうにぱっぱと片手を振ってくる。彼の右耳の長いピアスが音を立てて揺れた。
「ホットチョコです。お酒は今日は入れていません、好きに飲んでください。――迷子だったらこれまでもたまに見てきましたが、命いじりの再現とはね――で、確認ですが、貴女は帰る気がないとおっしゃるんですね」
「うん。もう帰らない」
 ぐるぐるカップを回しながら少女はきっぱりと言った。呼気でホットチョコの湯気が白く広がってすぐに消え、それを少女の猫目が面白そうに観察している。
「やっぱりふつうになる方法探すよ。せっかくこの街にたどりつけたんだし。ここ、人がいっぱいいて面白そう」
「でもあてなんかないんだろ」
「それがそうでもないんだ。“命いじり”、噂では大昔に一回完成してたんだって。そのときのたった一人の被験者が行方不明になっちゃって、それでそのとき、研究はなかったことにされたんだって。でももしかしたらその人、どこかで生きてるかもしれないでしょう? その人を見つけだしたら何かわかるかもしれない」
 ララはホットチョコを飲みながらカップのふちの凹凸を唇でなぞる。どろどろのチョコが揺れる――命いじり。そんなものがあったということも驚きだが、ふつうの人間に戻りたいという少女の願いも驚きだった。――内部の人間は施されるものに何も疑問を持っていないものだとララは思い込んでいたのだ。
「二人はもしかしてこういうのに詳しいの? 何か知ってたら教えてよ」
「いや、俺はたしかにあっち生まれではあるけど、内部じゃなく外部の人間だし……悪いけど何も知らない。そんな手術のことも初耳だ。灰間、お前は?」
 ララに話を振られた灰間がびっくりしたように目を見開いてララを見返してくる。やはり先ほどから挙動不審に見える、その青みがかったアメジストの瞳は少しの間戸惑ったように揺れていた。
「私は、――私も何も知らないんです。貴女たちのほうが現状に関しては詳しいでしょうね、――この屋敷に貴女の答えはありません。お役に立てそうにない。すみません」
 口角を下げ、珍しく煮え切らない顔で視線を落としている灰間に、少女はというとさしてショックを受けたそぶりも見せずに元気よく空のカップを見せた。
「いいよ、大丈夫。これから探せばいいんだから。じゃあごちそうさま、二人とも助けてくれてありがと。わたしそろそろ行くね」
 行儀よく頭を下げて玄関へと向かおうとする少女を見て、ララは慌てて腰を上げた。
「待てよ、一人で行く気か。また危ないとこ行かれたんじゃ心臓足りないぞ」
 そうなのだ。この少女は自由がうれしいからと言って危険な場所で寝るような子どもだ。いくらけがでは死なない頑丈な体といってもこのまま送り出すわけにはいかない。それは灰間も同じようで、先ほど彼女に力になれないと断ったわりには立ち上がって引き留めようとしている。
「一人は危険ですよ。せめて次の安全な場所に引き継ぐまでご一緒させてください。ええと――失礼、そういえばなんとお呼びしたら?」
「わたし」
 少女のあどけない声が迷い込む。
「なんて名乗ったらいいかな。呼び名なんてもってない」
 こうしていると本当に所在なげだ。自分の意思であの場所を飛び出してきたとはいえ、迷子も同然なのだということにうっすらと思い至るララの脳内に、光が一筋差し込んだ。
「せんろ」
 少女は瞳をぱちくりさせている。こうしてみると本当に猫のようだ。
「お前の名前だよ。これから名乗るの。たくさんの人が移動するための、続いていくもの。俺がお前を見つけたところ。どう」
 少女とララの間に真昼の埃が舞っている。天井のステンドグラスから差し込んだ陽光が少女の黒い瞳にも入り込み、ララはそれを不思議な気分で見つめていた。
 少女はしばらく、ララの持っている空のカップやら投げ出されたララの足やら視線を動かしたが、ややして深く頷いた。
「せんろ、せんろ、せんろかあ。線路。海じゃないし、空でもないし、いいかも。レールは希望の証だね。なんにもない道だとわたしはきっとすぐに迷子になるから。うん、それにする。わたしはせんろ」
 呪文でも唱えるように、少女――せんろは物の間をくるくる回りながら名前を繰り返し呟いた。一人の人間に新しい呼び名が馴染んでいくのを魔法でも見るようにララが感心して見つめている隙に、せんろは回転をやめて灰間の足下まですっ飛んでいく。
「よし、なんか元気出てきた。でもおなか空いたな。はいま、チョコあれだけじゃ足りないよ、もっとない? ねえねえ」
「はいはい、そう言うと思ってましたよ。ちょうどあれで最後だったんです。お肉も野菜も切らしてましたし、外に食べに行きましょうね」
 いつもの大きな布を被ってサークレットで止め、レンズのピアスを直して外へ出て行った灰間にまとわりついていたせんろが、出入り口で一回ララを振り返る。じ、という視線の音が聞こえてきそうだ。
 扉の向こうから響く雑踏にまぎれ、やおら少女が呟く。
「ララ。わたし、こんなこと言っちゃいけないってわかってる、でもわたし、線路の上で死んじゃってもそれでよかったんだ。わたしはけがじゃ死なないけど、でもそういう気持ちであそこで眠ってたの。もしかしたらってこともあるじゃない? そういうせんろなのに諦めないで心配してくれてありがとう、助けてもらえてちょっと嬉しい。わたしもわたしのこと諦めないことにする。もう大丈夫だから」
 ララが何か返事をする間もなく相手は外へ消えていった。
 一人だけ屋敷に残される。頭上で風もないのにオーナメントが揺れている。しばし、自分でもわかるほどにララは呆然としていたが――のんびりとこちらを呼んでくる灰間の声を聞き、急いで足を外へ向けたのだった。

高いところがお好き

青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 晴れ渡る空の下、どこに行こうかと三人で塔を見上げる。屋敷を出て目に入る目立ったものといえばまずは #空想の街 の時計塔だからだ。 「のぼってみますか?人が立っていられるスペースがあるみたいですよ」 灰間は街住まいのくせに何もわかっていないらしく、提案は少々ぼんやりしている。

2020-01-23 11:07:19
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「住んでるくせに街のこと詳しくないんだな」というララの文句はそのうち消える。塔の中の階段をのぼるうち、文字盤近くのからくりが見えてきたからだ。 「ララ、はいま、見て!なんか動いてる!」とびつくせんろの首根っこを捕らえる。ララだってとびつきたいに決まっている。

2020-01-23 11:34:13
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 時計塔のてっぺん、鐘の音が鳴り響く。三人ともすっかり忘れてのぼっていたがちょうど正午だったのだ。耳に腕ごとつっこむ勢いでうずくまるララとせんろの脇で、灰間だけが涼しい顔で単眼鏡をくるくる回している。 「ここから街の全景が見えますね。行きたいとこあります?」

2020-01-23 12:20:11
空想の街公式アカウント @humptyhumtpy

ポンポンダケというキノコをご存じですか?森の奥、一晩だけ現れて朝には消えてしまう幻のキノコです。白くてまんまるな形で、軽やかで夢のような味だと伝えられています。乾燥して粉にすると気鬱の薬にもなるんだとか。ただし夜の森は危険なので、探すうちに迷わないよう、気をつけて。 #空想の街

2020-01-23 12:00:39
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「北が港だな、俺がいつも来てたとこ。東は海が広がってるのか」「ねえララ、せんろが倒れてたとこあそこだよね、北区の」 指をさし、わいわい騒いでいると灰間が跳ねる。「待って!今アナウンス聞こえませんでしたか?キノコがなんですって?こうしちゃいられねえ、私は森へ」

2020-01-23 12:26:11
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 単眼鏡をせんろに渡し、あっけにとられるララを置いて灰間は手すりを越えようとする。その首根っこを先ほどせんろにしたようにララは反射でひっつかんだ。 ぐえ、と苦しげな声がしたがそれは無視である。「ちょちょちょちょっと待て何やってんだお前は!街の人もいるだろうが!」

2020-01-23 12:29:00
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 猫の子をつまんだようになってしまった。大人しくなっている灰間を脇におろし、ララもなんだか気まずくなる。 「貴方、今、片手で私をつまみましたね……?」ショックだったらしい。「ごめん」なんとなく謝ると向こうも謝ってくる。「いえ。はしゃいだ私が悪いです。すみません」

2020-01-23 12:51:24
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 自分たちだけだったら灰間を止めただろうか?ララの頭におかしな考えがよぎる。止めただろう、当たり前だが落ちたら無事では済まないのだ。ララも特に灰間が傷つくようなことは望んでいない。 「終わった?危ないことしちゃだめだよ二人とも」のんきにしているのはせんろだけだ。

2020-01-23 12:56:11
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「森で待って変化を見たかったんですけどね。貴女の空腹のほうが重要でした」単眼鏡をふところにしまいこみ、灰間はせんろと連れだって階段をおりていく。「何が食べたいんですか?」「甘いもの。あっちじゃ食べられなかったし」 あとにララが続く。背があるせいで不安定だ。

2020-01-23 13:00:59
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 おりきったところでせんろが走りだし、空気と遊ぶようにそのあたりを一回転した。灰間がまたも懐から何か出してきて今度はせんろを手招いている。「寒そうなのでこれを。不安でしょう、特に首もと」と言って灰間がせんろに巻いてやったのは肩と首を覆うマフラーだ。

2020-01-23 13:05:50
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「ありがとう。はいま、何でも持ってるね」「裏側にポケットがいっぱいあるんですよ、これ」灰間は頭から被っている、群青色の長い布を少し揺らす。すそについた丸い金の板が鳴った。裏側はくすんだような赤茶で、確かにところどころ膨らんでいるようだった。

2020-01-23 13:08:33

命のための命

青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 時間はまだ先だが、どうやら役所からおやつをもらえるらしい。澄ました顔ながらもそわそわ浮き足だつせんろの隣にララは立っている。時計塔のからくりがバイクのエンジンに応用できないか考えていたのだ。しかしあれではスピードを安定して出すにはかなり苦労するはずだ。

2020-01-23 13:47:24
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 軽く強い金属が必要だろう。もしかしたら今のものは一度壊すべきかもしれない。 服の前を握りしめるようにしていると誰かに肩を小突かれた。灰間だ。「貴方もお腹減ってるんでしょう。悩むのは後回しにしませんか?そんな状態で悩んでいたら出る答えも出なくなりますよ」

2020-01-23 13:53:31
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 エンジンをどうするか、灰間に助言を求めてもいいのだろうが、なんとなく内部の知恵をそのままもらうようでララには気が引ける。そして灰間は機械や乗り物そのものにはおそらくあまり強くない。向こうからも言い出してこないのでおおかた似たようなことを考えているのだろう。

2020-01-23 14:04:57
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 渡されたグリーンのマフラーに顔をうずめたせんろが灰間の頭を指した。「はいま。それってサークレット?」「そんなような装飾です。布被ったときに留められて便利なんです」「きれいだね。投げるのに良さそう」「投げ……?」「ブーメランにしていい?」「面白いこと言いますね」

2020-01-23 14:35:30
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「待つの好きだけど、手持ちぶさたなんだもの」「やっても構いませんが人のいないところでね。あとでです、あとで」おとなしく引き下がったせんろだったが、灰間は度肝を抜かれたのか肩を揺らして笑っている。「アグレッシブだな、若い人」などと呟いているのがララには聞こえる。

2020-01-23 14:38:28
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 お前がいうんかい、とついララは声に出した。「さっきの行動忘れたのか?保護者はどう見ても俺、アグレッシブっていうかアクティブなのはお前ら二人ともだよ」 罪悪感か何かあるのか灰間は途端にしゅんとなったが、片手ではちゃっかりとサークレットを回している。乗り気なのだ。

2020-01-23 14:41:03
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「まあまあ、私たちがこうして揃うのは今日限りかもしれませんし、大目に見てくださいよ」「初めて会ったにしては気が合うからわたしは嬉しいけどな。ララは?」グルなのかと疑いそうになるほどせんろと灰間は仲がよくなっているようだ。ララもせんろには強く出られない。

2020-01-23 14:47:27
空想の街公式アカウント @humptyhumtpy

寒さの中、いかがお過ごしでしょうか。今から時計塔前の広場で、役所による軽食のふるまいがあります。一口サイズの中華ちまきとジャスミンティー、どちらも熱々ほかほかです。配布時間は17時まで。紙コップと紙皿に入れてお渡しします。近くを通った方はぜひお立ち寄りくださいな。 #空想の街

2020-01-23 15:00:39
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 役所の前でララは眉を寄せる。礼を言って受け取ったはいいがチュウカチマキとは一体なんだろう。せんろも不思議そうにしている。ということは内部では食べない、これは街の料理だろうか? 灰間を見ると受け取ったものをなにやらいじりながら「懐かしいですねえ」と言っている。

2020-01-23 15:16:12
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 懐かしい。なんとなく違和感を持ってララが灰間を見つめていると灰間はほほえんで、チュウカチマキの竹の皮を剥いて見せてきた。「中にごはんがあります、あったかいうちにいただきましょう」 それを見たせんろは中身を食べ、「少ししょっぱくておいしいね」と驚いた顔をする。

2020-01-23 15:20:15
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 空腹なのは本当なので(だいたいララはいつも空腹だ)抗えず、ララもちまきにかぶりついた。一口サイズだが味がしっかりしているのでかなり満足感がある。 この街で食事に困ることなどないのではないか、ララは少しだけ、この街に住む人間が羨ましくなり、そしてすぐ思い直す。

2020-01-23 15:24:15
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 これからの人生、ララは旅に出るつもりなのだから、珍しく美味しいものにはこの先何度も出会えるだろう。そう思うとこれまで不便だったことも何も気にならない。旅で寝食が不安定になることも些細なことだ。 食べ終わっていた灰間が薫り高い茶を飲んでいる。うまそうに飲む男だ。

2020-01-23 15:28:29
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「ご馳走さま。――ララくん、いつもすみません。私の出す食事がいつも雑なので、貴方には不十分だろうと気になってはいたんです」 「雑っつーか」突然灰間が謝るのでララは面食らい、数秒まごついた。「自覚があるならなんとかしてくれ。俺はまあ別にいいけど、自分のことだろ」

2020-01-23 15:45:48
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「まあねえ、できないわけではないし、ちゃんと私も頑張らなければならないかな」と遠い目をする灰間にせんろが話しかける。「はいまは何を作れるの?」「簡単な洋ものばかりです。それで育ちましたからね。大きいハンバーグとか」「ハンバーグかあ、いつか作ってくれる?」

2020-01-23 15:50:30
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 もちろんですとも、と灰間は頷いている。「そのときは遠慮せず召し上がってください。バイクと同じで生きてる人間だって走るには燃料が必要ですから」 うまいことを言ったつもりかもしれないが、だったら最初からちゃんと生きてほしいものだ、とララはこっそり思った。

2020-01-23 15:57:10

水辺にて

空想の街公式アカウント @humptyhumtpy

街中の水路の傍に、藍色の葦が生えています。二つ目の節で切って穴を開ければ星の葦笛のできあがり。息を吹き込めば、夜空に浮かぶたくさんの星の中、笛の音に合わせてふるふると震える星があるはず。それはあなただけの願い星です。大事な願いを一つだけ、もしかしたら叶えてくれるかも。 #空想の街

2020-01-23 20:00:39
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 冬の夜はとにかく冷える。外で街の空気に浸っていたいのは三人とも同じ気持ちだったが、風を避けるために一時灰間の屋敷に戻っていた。灰間が近くの店でちょっとした食料を買うというので、ララとせんろで留守番をする。 「ララはバイクに乗れるんだね」「まだ未完成だけどな」

2020-01-23 21:08:15
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「お前だったらエンジンってどうする」試しに尋ねてみるとせんろは腕組みをした。「せんろはエンジンとかあんまり興味ないしわかんないな。でも、燃料が簡単に手に入らないと大変だよね?」それはそうだ。しかし簡単で安価だとしても危険すぎれば困る。

2020-01-23 21:11:43
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 せんろは屋敷にあった電灯で小山のようなバイクを照らし、「二人は得意なものがあっていいね」と呟いた。何か趣味は、とララが訊けば、ぼーっとするのが好きだ、と返してくる。「それも立派なんじゃないか?いろいろ観察しないと始まんないから。それにお前の人生はこれからだろ」

2020-01-23 21:14:40
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 せんろが何か言わないうちに灰間が戻ってくる。「挽肉とか買ってきましたよ。あと換金もしたのででかけられます」いそいそと告げられるがそもそもの話、三人とも土地勘がないからどこに行けばいいのやら、時計塔でからくりだけでなくもっと景色を見ておくのだったとララは悔いる。

2020-01-23 21:36:25
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 「そういえばアナウンスで葦があるとか。行ってみませんか」灰間の申し出にとびついたのはせんろだ。「行く!遊ぶ遊ぶ!」「そう来なくちゃ」 水路のそばで三人で葦を見る。ララの髪色みたいだね、とせんろが笑っている傍ら、灰間はまたまた懐から器を出して葦を採取している。

2020-01-23 21:41:38
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#空想の街 #青の楽園 葦の笛の星が飛ぶ。三人でそれぞれ笛を作って星を光らせる。願い事が決まっているだろうせんろはちらちらと灰間を見て、それに気づいた灰間がせんろに笑いかけた。なんと願えばいいか、ララはしばし黙考する。 これからの安全、バイクのこと。自分の髪のような水際の葦。

2020-01-23 21:48:33

つながるネオンサイン

青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@_kumoyuki_ 水路の先で #BAR330 というネオンを見つけ、三人はその扉を叩くことにする。何やら芳ばしいのでおいしい料理があるのだろうと踏んだのだ。せんろはネオンを気に入ったのかしばらく動かず眺めていた。 #空想の街 #青の楽園 「こんばんは。わあ、燻製のすごい匂い」先頭の灰間が喜んでいる。

2020-01-23 22:15:52
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

@nowhereao 「はぁい✨あら素敵な殿方ズと愛らしいレディのトリオ!いい匂いでしょ?今日から冬の大燻製祭よう!さ、入って入って。メニューはこちらをどうぞ」やはりいつもよりお客の鼻の動きが顕著になっている。 #BAR330 #青の楽園 #空想の街 「お飲み物はふわっとイメージでも具体的でも、大概あるわよう」

2020-01-23 22:26:52
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@_kumoyuki_ 「こんばんは!すごいお店!わたし甘いジュースがいい」燻製の匂いにびくともせず、せんろは黒髪をなびかせカウンターによじのぼる。 「失礼します。私たちもジュース」という灰間の言葉にララも特に異論はない。ここはせんろに合わせるのが一番いいはずだ。 #BAR330 #空想の街 #青の楽園

2020-01-23 22:32:16
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

@nowhereao 「甘いジュースね。ええとこっちがサングリアで、こっちがノンアル。こっちはブドウジュースで漬けてるの。冬のフルーツたっぷりでお肌にいいのよう!」カウンターの隅に置かれた大瓶から三人分、ノンアルサングリアをフルーツごと注ぐ。 #BAR330 #空想の街 #青の楽園

2020-01-23 22:41:09
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@_kumoyuki_ ララとせんろが果物を大切に食べ、そして隣に座っていた灰間は「燻製やってらしたんですね。オススメお願いします」とオーダーする。「燻製ってけっこう難しいから、こうしてお店でいただくのが一番ですよね」「俺、ハンバーグお願いします」「わたしも」 #BAR330 #空想の街 #青の楽園

2020-01-23 22:47:38

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