全10話で完結。 空想の街ではなく、残された大地であるαの世界線で起きている・起きていたあれこれ。 一人称視点、語り手がくるくる変わるのでご注意をば。第三者の名もなき人物が物語の主要人物たちについて語ったものが多め。これを読まずとも本編を読むのに支障は出ないはずですが、人物やこの物語そのものに詳しくなれます。あっと驚く、もしくは腑に落ちるあれやこれがあるかも。 ※07と10には注意書があります https://nowhere7.sakura.ne.jp/
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青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao ―夢があるならそれに向かって勉強を頑張りなさい。きっと報われるから。あなたの夢はきっとあなたを裏切らない。 言いながら、余りにも楽観的で無責任だということに私自身気がついていた。これではデータ化を勧めるのと大差ない。 #青の楽園

2020-12-08 23:35:23
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao しかし、……しかし他に何も言えなかった。苦しんでいる彼女のことを、そばで私がずっと気遣ってやれるわけでもない。長い長い人生のひとときすれ違うだけの私には、こうやって楽観的なことを言って、少しでも表情を明るくしてやるくらいしかできない。 #青の楽園

2020-12-08 23:41:33
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼女はしばらく不思議な表情で私を見ていた。どこかの石膏像のような、嘆きのようでもあり喜びのようでもある、期待と困惑のまざったおかしな色の瞳をしていた。いつまでも沈黙は続くかと思われたが、それでも彼女はやがて頷いてくれる。 #青の楽園

2020-12-08 23:45:45
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao ――わかりました、先生。ありがとうございます。あたし頑張ります。やりたいことならありますから、最後まで諦めないでやってみます。 #青の楽園

2020-12-08 23:48:51
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

彼女があのブルー・エデンへの就職を果たしたという報せを私が受け取ったのは、それから約七年後のことだった。 律儀に報せをくれたかつての教え子の姿を思い浮かべて私は窓から外を見る。長い塔のようなブルー・エデンの高層ビルが見えないかどうか探す。 #青の楽園

2020-12-08 23:55:40
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 七年前のあのやりとりのあとで彼女が出してくれた進路希望調査の「ブルー・エデン深海部」という、あの神経質な字を思い出す。あの頃から俯いて下校することがどんどん減っていった彼女のことを。 #青の楽園

2020-12-08 23:59:51
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼女は海に行きたかったのだ。父親とはまた関係なく、おのれだけで決めたこと。彼女のための新天地。 #青の楽園

2020-12-09 00:00:23
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 私ももうすぐ二百歳を迎える。人類がどこへ行くのか私も一丁前に心配ではある。なぜならこれからの人類とは、私にとっては私の教え子たちを指すからだ。かつての教え子たち、ことにあの彼女のような気難しい子が幸せであること以外にはもう望むことはない。 それだけだ。 #青の楽園

2020-12-09 00:05:29

07・額装として:大昔のはなし

(※ほのめかす程度の性愛描写があります。ご注意ください)

 もともとすごく惚れっぽい。私のことだ。
 私の恋愛感情には際限がないどころか見境もない。今のところ対象は人間だけに留まっているけれど、外見はもちろんのこと、年齢や性別なんて気にしない。たぶん相手が老齢の同性でも恋しちゃうことはあるんだろうねと私が幼なじみに言ったとき、私の恋愛遍歴の数々を知っている彼女でさえも遠い目をした。それはさすがに恋じゃないんじゃないかな、幼なじみはそうコメントを残してトイレに立って、隣には幼なじみのスケッチブックと鉛筆が残されていて、私はというと土手の上、ひとり首をかしげる。川の向こうには住宅街が広がっている。東京タワーの赤と白が青空には異質で、でも私にはそれが見慣れたいつもの光景だ。雲がぽつぽつほくろみたいに浮かんでいる。タワーに寄り添う大小のビルやマンションやなけなしの木々。ジョギングしているおじさんたち、犬の散歩のお姉さん、帽子を被った小学生。
 いつもの光景もいつかは変わる。幼なじみだって未来は私のようになるかもしれない。私たちだって恋人同士になるかもしれないのに。

 と、逐一こんな調子であるためか、最近になって私が恋している相手に関して幼なじみは「思っていたよりはふつう」と言い表した。ふつうかどうかよくわからないけれど、私の新しい恋の標的は、この高校屈指の頭脳と家柄を誇る男女カップルである。どちらかがより好きというわけでなく、二人ともを好きになったのだ。
 仲を応援したいなんて平穏な気持ちではなかったし、かといって私があいだに入って引き裂きたいわけでもなく、三人恋愛関係になりたいという感覚でもなく、私はただその二人を一人と一人に分けて付き合ってみたいと思っている。それぞれと独立した恋愛関係を築きたい。もしかしたらこれは、仲を応援したり裂いたり、三人恋愛関係になったりするよりもっと厄介な願望なのかもしれない、でもとにかく私はその二人に対してそう思っていた。

 二人のうち片方は青紫の瞳、左右非対称の髪型が入学時から目立つ男子生徒で、なんとかいう科学者の家の出らしい。帰国子女だとも聞いた。いつも小脇に薬品のつまった箱を抱えて何かしら読みながら廊下を行き来しており、授業がつまらないのか気づくと教室から消えている。どこかで自分の勉強でもしているのかもしれない(そういえば初夏の頃だったか、屋上で爆発事故を起こしたとかで出禁になったらしく、最近はそこから私物を移動させている様子がよく見られる)。授業に出ないくせに成績は非常に優秀、特に理系科目では右に出るものがなく、我が校は由緒正しいとはいえそこまで立派な進学校ではないからあんな生徒が入学したのは道楽だろうとか、何か隠すための丁寧語なんだとか、おとなしそうなのは見せかけだけで本当は遊び人かもしれないとか、影では好き勝手言われているのに、当の本人は気にしていない様子でそれがちょっと、いい。
 しゃべったことはぜんぜんない、せいぜいで挨拶をするくらいだ。腰が低くて紳士的な優しい生徒。ちょっと話しただけで博識かつ切れ者だというのがわかる。誰が何を話していようと基本的にずっとにこやかな表情で根気強く接してくれるのだが、しかしかといって他人に特段に興味があるわけではないらしい。たぶんよそで彼と似たような人たちと頻繁にやりとりしているために、学生生活で人間関係を築く余力がないのだろうと私は勝手に推測している。学会に出るとか雑誌に論文を出すとか、もしそういう生活をしているのが本当のことならば、たしかにふつうの高校生ではいられないだろう。
 体のパーツのバランスがいいのでいつかモデルを頼みたいと思っているが、惜しむらくは彼はあんまり学ランが似合っていないのだ。たぶん、ブレザーのほうが似合うんだろう。私生活ではスーツや白衣ばかり着ているのかもしれない。でも、もし彼が学ラン以外を着ていたとしても私はぜんぜん声をかけられないままだろう、と思う。なぜかって、彼は親切で朗らかだけど、結局は私のことなど眼中にないのだから。

 もう片方の女子生徒はというと、一度聞いたら忘れられない四字熟語のごとき名で、この国で知らない者などいないであろう名家の生まれ、とにかくお金持ちのお嬢様である。彼女も帰国子女らしい。肩あたりまで伸びた、ブロンドヘアと言っても過言ではないきらめきを持つ髪の毛先ばかりがくるくると渦を巻いていて、眠そうに半分閉じた瞳は子どもの頃遊んだお砂場みたいな色味をしている。少しおいしそうだ。ミステリアスでアンニュイな表情だけれど、ちょっとしたお人形みたいにすてきな人だと私は思う。微笑んだら印象がまた変わるんだろうな。彼氏の前では笑うのかもしれない。
 それにしても彼氏のほうとは違って彼女はぜんぜん笑わない、朗らかのほの字どころか親しみを感じさせるものがまるでなく、彼氏よりもっともっと浮世離れしている。この学校でいちばん浮いている生徒は彼女だと私には言いきれる。いつもあんまりにもつまらなそうにしているので、私たちに一切の興味関心がないというのがこれまた容赦なく伝わってくる。学校生活というのは彼女にとってはただのノルマなのかもしれない。読んでいる本というのも遺伝子工学、会社経営、それから帝王学とかなんとかいうやたら分厚い本ばかり、もう近寄りがたいオーラが張り手みたいに私たちに飛んでくるのだ。
 彼氏のほうも自分の世界に没頭しているタイプだけど、あれとは種類が違う。他人には目もくれずに自分自身の用事だけ淡々と済ませているみたいだった。やはり学校生活は彼女の人生においてメインではないのだ。そういうことが伝わるから、だから誰もかれも彼女を遠巻きにしている、そして私も今まではそういう扱いをしていたんだけれど。

 その二人がどうして付き合っているのかは知らない。いつのまにかそうなっていたみたいだ。やはり周りは勝手なもので、政略結婚とかなんとかまたも好きに噂していたけれど、たぶんそういうものではないというのは見ていればわかった。二人は決して人前でべたべたなんてしない、でもなんとなく、そういうことはわかるものである。
 それにしてもどういう話をしているんだろうな、二駅向こうにできた新しい雑貨屋のラインナップとか、ゆうべの歌番組や、ケータイのことなんかは話すのだろうか。
 私は、じゃあどうしてそんな二人を好きになったのかって? それもまあよくわからない、自分のことなのに曖昧だ。ただ、門の前で待ち合わせて帰っていく二人を見かけて、なんだかいいなと思ってしまったのだ。後ろ姿をスケッチするだけじゃ物足りない、二人ともがかわいいからどっちも私のものになあれ、そう思った。

 他人に興味のなさそうな二人と話す機会はなかなか訪れなくて、だからその日のそれは単なる偶然だった。寒くなると外でスケッチしながらお弁当を食べるわけにもいかなくてつまらない、そんな秋も深まる昼休み、コンビニ弁当付属のおしぼりを拾ったら廊下の先に立っていたのは彼女だけだった、だから、そのついで。ありがとうと言って受けとる彼女にここぞとばかりに話しかけたのだ。
「天上さん、どこ行くの」
「お昼」
 持っている包みを掲げられなくてもわかる、まさに今おしぼりを拾ってきたのは私であるのだから。――ていうかこの子コンビニ弁当なんだな。――もっと楽しい話題を振りたいものだが、はてさて彼女は何なら喜んでくれるのか。てんで見当がつかない。でもまだ諦めるには早い。
「あのね、いきなりでごめんなんだけど。天上さんは進路って決めた? ちょっと悩んでてさ」
「進路」
 ぎこちない相槌の打ち方だ。もしかしたら会話があんまり得意じゃないのかもしれない。私の言えたことではないが。彼女は飴色の髪を鈴みたいにふるわせる。
「わたしに進路というほどの進路はないの。やることは生まれる前からだいたい決まっているから」
「そっか。かっこいいね」
「そうかしら」
「そうだよ、決まってないよりいいよ。ねえ、私に言える範囲でいいから。何勉強してるのか教えて、参考にしたい」
 彼女の曇天のスカートが化学繊維らしい音を立てて、そのひだに一緒に織り込むように彼女は呟く。
「ささいなことよ。遺伝子操作、投薬と手術、体と心と記憶の関係、新しい社会の仕組み、情報の更なる共有、自我、個と成長の限界、社会心理学、不老不死、えいえんについて、とか」
 カフェで頼む新作のメニュー名よりただしく呪文みたいだな、と私は正直に思った。最後のほうなんかよく覚えていられなかった。遺伝子操作が遺伝子組み換えとどう違うのかもわからないのにそんなことを一息で言わないでほしい。ゲノム編集と同じやつ? ていうかこれって何の話なんだっけ? 
 もしかして暗に拒絶を示されているのか。
 私はたぶん、あまり彼女にふさわしくない。直感でそう思う。
 しかし彼女はどうしてそんなことを考えているのかな。お嬢様だからかな。親のサポートをしたいとか。科学者として身をたてたいとか。起業したいとか? 完全に出鼻をくじかれたのはわかるのに、私も往生際が悪いものでまだ会話を試みる。
「ありがと。えっと、あの、話変わるけど、天上さんて恋人いるんでしょ」
「ええ」
「彼氏、どんなかんじ?」
 からかいたいといういたずら心も彼女には通用しないようだった。淡々と答えが返ってくる。
「どう。どうって。童顔で、目が大きくて、科学が好きで、優秀で、丁寧で優しくて」
「いい人じゃん」
 うん、と彼女は首を上下させる。臆面もない。彼女の困った顔のひとつでも見てやりたくて聞き始めたけど、これはもしかすると私のほうが赤面する流れかもしれないなと思ったとき、彼女が不意に呟いた。
「頼むとひどくしてくれるの。すごくすごく困った顔で。そのあと怯えたみたいになって謝ってくるの」
 えっ、と聞き返しそうになってすんでのところでやめた。彼女は私の反応など露ほども気にしていないようで、長い髪の毛を耳にかけたりなどして、そして、かわいい、と一人で話をまとめた。念のために顔色を窺ったけどやっぱり照れた様子などみじんもなかった。未だに耳を疑っている私を置いて彼女は会話の駒を勝手に進める。
「わたしの言うことをよく聞いてくれる。わたしの研究についてだけでなく、個人的なことも、どんなわがままも」
 それって彼氏が彼女にちゃんと向き合ってるからだ。しっかり関わろうとしている、興味があるってことだ。彼氏の性格がどんなに優しくても、彼女がどんなに個性的でも、片方だけではなりたたないこと。話の内容だけではなく本人に誠実であるということ。
 なんだ、仲がいいんじゃないか。

 彼女はやがて私に背を向け、廊下をゆっくり進んでいった。この先にあるものといえば屋上への非常階段だ。何しにいくんだろうなんてこの期に及んでとぼける気はない。彼氏が荷物をまとめているのを手伝うのだ、そのあとはお弁当を食べて、二人だけの話をするんだろう、今みたいな、私には到底届かないことを。見ずともそれがわかるから私は追わずに引き返した。しかし教室には戻らずに廊下の窓をがらがら開けて、棧にひっかかる。
 ――いいなあ。ちょっと変だけど、すごく面白い二人なんだな。二人とも私の恋人だったらいいのに。どうして私は二人に興味をもってもらえないんだろう、まあ、話についていくこともできないし仕方ないのだろうか。
 ……私にはわからないんだとしても知りたいと思うことはある。つまらなくても理解できなくても関わっていたいと思うこともあるのに。

 風に肌が割れる。氷を思い出す。

 もうすぐ冬が来るんだ、そうしたらあの二人は屋上からはいよいよ出ていかなくてはならない。でも屋上を追い出されたらどうするんだろうか。窮屈そうに過ごしている二人の横顔を思い出し、あのひとたちの居場所のことを考える。
 あの二人はどういう未来を夢見ているんだろう。どこに行くんだろう。
 窓の棧は前の大掃除のときに手抜きをされたのか煤けたように汚れている。でも、そこから見る町はいつものようにちゃんと美しくて、私はできればこの窓枠みたいに、きれいなものも汚いものもすべて二人のための額縁にしてそこからずっとずっと二人を見ていたいけれど、そのなかに私はいないということが純粋に悔しい。
 私は描く者、鑑賞する者。二人みたいなことはできない、だから二人は私を見ない。私は二人と対等になれない、たぶん、これからもずっと私たちはまじわることがない。


08・願いをかけられがちな星のために

青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

最初に名前を聞いたとき、耳を疑った。 #青の楽園

2021-02-08 22:09:04
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao うららかな春、大学の講義の直前、自己紹介のスピーチの最中だった。その名前は彼の今の外見をぴたりと予言したかのような名前だったのだ。彼の親は彼がどういう容姿で生まれてくるのか、どう育つのか確信があってその名前をつけたに違いないとわたしは思った。 #青の楽園

2021-02-08 22:09:27
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼は生まれつきの名前を恥じるそぶりも見せず堂々とスピーチを続けている。彼の親は、成長した彼がその名前を嫌がらないこと前提でその名前をつけたのかもしれない。しかしよく通る声だな。 #青の楽園

2021-02-08 22:15:30
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao とても派手だけど、星や夜空を連想させるいい名前だともわたしは思った。でも彼の親、子どもをこんな名前にして、子どもが宇宙派じゃなかったらどうするつもりだったんだろう。こんな名前ではいかにも「宇宙を推しています」って言いふらしてるみたいだ。 #青の楽園

2021-02-08 22:20:01
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao わたしが親だったら本人に申し訳なくてこんなことできない、というよりも、これまでいざこざに巻き込まれなかったんだろうか。なんだか彼を見ているとひやひやしてくる。なぜ。 #青の楽園

2021-02-08 22:24:54
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao さらさらと自分のスピーチを手元のパネルで組み替えながら彼のことをまだ考える。それにしてもこんな珍しい名前、ブルー・エデンの社長みたいだ。あの人を超える名前はあと数百年出ないんじゃないかと思っていたのに出るときは出るもんなんだな。 #青の楽園

2021-02-08 22:29:53
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 一度会ったら忘れないだろう、ということは面識なしか。なら相手は教育区は教育区でも北出身なのだろう。ちなみにわたしは西出身だ。 #青の楽園

2021-02-08 22:35:57
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

それでここがよくわからないけど、それからわたしは毎晩、彼のことを思い浮かべて祈るようになった。淡いクリームみたいなイエローの、星を思わせるシルエットの髪。きらきら輝く瞳。声が大きくて、スピーチから察するに正義に燃える頑固者、ルールに厳しく、熱血漢な彼。 #青の楽園

2021-02-08 22:40:40
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 今までのわたしだったらぜったい近づきたくないと思っただろう、なぜならわたしは不真面目だから。毎日だるい。すぐ妥協して満足してしまう。一生懸命になったことなんてない。主張のない泣かない子どもだ、今時こんな覇気のない子どもがいるとは、と近所で有名だったくらいだ。 #青の楽園

2021-02-08 22:46:53
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao そんなわたしなのに、目を閉じると視界一面に彼のまぶしい笑顔がまたたく。 #青の楽園 それからなんでもかんでも光って見えるようになった。ペンを落としても缶を開けても光る。講師の声も、ドアの錆びも、新しく買ってきたピアスも。さわがしいけど悪くない。

2021-02-08 22:54:00
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao こういうのがなんなのかよくわからなくて、でも月日は勝手にすぎて三ヶ月後、これまたどういうわけかわからないけどわたしと彼はなぜか交際することになった。わたしにはいつからどのように仲良くなって互いが特別になったのかというのは曖昧だ、でも、 #青の楽園

2021-02-08 22:59:27
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼はというときっちりしないと気がすまない性分らしく、場を整えてまでわたしに好きだと申し出てくれた。 自分でも意外なことにわたしと彼とはけっこう馬があって、それからしばらく関係は良好に続いた。彼はやっぱりわたしの思い描いたとおりの性格だった。 #青の楽園

2021-02-08 23:07:23
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼がいろんなことについて熱く語るたび、わたしは彼によく燃える星を重ねた。 #青の楽園 よく光る星が空にあると、誰も迷子にならなくて済むんだよね。

2021-02-08 23:12:07
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao デートは環境保護区以外。一回だけ一緒に動物を見に行ったらちょうどお産の現場で、なんと彼は失神してしまったのだ。介抱しながらちょっと心配になった。あと、その帰り道に転んで泣いてる子どもがいた。すぐ保護者が駆け寄ったので安心して見ていたのだけど、 #青の楽園

2021-02-08 23:16:37
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 隣にいた彼はというと真っ青な顔で黙り込んでいたのだった。何もわたしはそれで彼に愛想をつかしたのではない。彼みたいになるのは何もおかしいことじゃない、今の時代の人間たちって彼みたいな人が多いから。わたしの親や友達も怪我とか病気が苦手だ。 #青の楽園

2021-02-08 23:21:12
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 生死の話題もほぼタブーで、見たり聞いたりすらも無理だという人もいる、でもそれは、データ化がここまで当たり前になった社会なのだからある程度は仕方ない。誰だって耐性がなければつらいと思う。 #青の楽園

2021-02-08 23:28:29
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 強がりなのか義務感がそうさせるのか、はたまた彼の優しさなのか真相はわからないけど、子どもを見かけてから保護者が来るまでずっと、彼が真新しいハンカチを出して握りしめていたのをわたしは見逃さなかった。 #青の楽園

2021-02-08 23:33:49
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

彼の髪は意外とやわらかい。ふわふわのお星さま。光を触っているみたいでわたしはよく触らせてくれとせがんだ。彼はいい人なんだけど、いい人すぎて、なんだか折れてしまいそうだとも思った。 #青の楽園

2021-02-08 23:41:59
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao つきあってるんだから手を繋ぐべきだとかすぐそういうことを言う。したいかしたくないかで決めていいんじゃないかとわたしが提案すると、それじゃいけないと小一時間は説教される。とうとうと彼の声が流れる。 #青の楽園

2021-02-08 23:45:56
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao わたしは、でもそれで満足してしまう。何しろおもしろいので。彼の声が聞ければ別に構わないし、手を繋げるんだから細かいことはわりとどうでもよかった。 #青の楽園

2021-02-08 23:48:42
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao わたしたちは正反対で、だからいつでも新鮮だ。わたしはわたしのペースで彼についていって、彼のやることなすことをじっと観察しては、彼と一緒に何かするでもなくただうしろで笑っていた。見ているだけで楽しいから。そういうだるいわたしのことを彼がどう思っていたのか、 #青の楽園

2021-02-08 23:54:46
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao そのときは何にもわからなかったけど、たしかにときどきちょっと呆れた顔はしてたんだけど、でも彼はわたしに文句を言わなかった。彼はすごく優しかったのだ。 #青の楽園

2021-02-09 00:13:12
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

――なんでわたしといるの? わたしこんなにのんびり屋で、明日のこともわかんないのに。 とつぜんこんな話をふっても彼は無視したりしない。もちろん好きだから、と答えてくれる。真面目だなあ。 #青の楽園

2021-02-09 00:20:47
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao わたしはくすぐったいので酔っぱらったみたいにして打ち明ける。 ――わたしねえ、いっつもきみのこと考えて、お願い事して、祈ってから寝てるよ。 #青の楽園

2021-02-09 00:25:40
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼はそこで大きな目を少し瞠って黙った。そして、ああ、と納得したような息の多い声を出して、それから、 ――願いをかけられるの、慣れてるからいくらでもどうぞ、 とそう言ったのだ。 #青の楽園

2021-02-09 00:33:11
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 何しろこんな名前でこんな容姿だから、とそう付け足される。 そういう話をしてたんだっけと一瞬わからなくなって、そうだったかもとわたしは思って、話をふった後悔がじんわり爪先を染めていくのを感じていた。 #青の楽園

2021-02-09 00:40:45
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

別にその一件があったせいというわけではないと思うけど、わたしたちの仲は卒業後までは続かなかった。卒業するときには、初めて名前を知ったあの講堂で、別れ話をすることになっていた。そんなときにもわたしはのらくらしていて、でもどうにかなるとあまく見ていた、 #青の楽園

2021-02-09 00:49:45
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao それが彼にはもう我慢の限界だったらしい。なんで我慢なんかしていたんだろう、わたしはこの期に及んでまだそんなことばかり考えていた。彼が我慢していたことすら気づかなかった。なんで我慢したのかもわからないでいた。 #青の楽園

2021-02-09 00:54:40
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 「僕はブルー・エデンに行きます。人々を宇宙に導くために。それが僕の夢だから。あなたはやりたいことないんですか。何のために生きてるんですか」 #青の楽園

2021-02-09 00:59:22
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 彼は丁寧口調がやたら似合うんだけどわたしはそれがあんまり気に入らない。あっ、今、彼はわたしに失望しているな、と声音ですぐ気づいた。だからわたしたちは別れることにした。このまま一緒にいたってもっとつらいだけに決まってる。 #青の楽園

2021-02-09 01:04:16
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 別れましょう。彼はやっぱりはっきりとそう言う。最初のときみたいに。わたしもそう言うことにした。別れましょう。 そしてそれっきりだった。 #青の楽園

2021-02-09 01:08:23
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao その夜わたしは生まれて初めてなんじゃないかというくらいに泣いた。まあでもそうだ、今までこんなに誰かに心を砕くことなどなかったのだから、と思って、わたしは余程彼のことが大事だったのだと自覚してまた泣いた。 #青の楽園

2021-02-09 01:15:07
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 。そうかあ、彼はブルー・エデンに行くんだね。データ化のこともとっくに決めてたんだ。卒業するまでしないっていうからどうでもいいのかと勘違いしていた。彼に限ってそんなわけなかった。 #青の楽園

2021-02-09 01:22:52
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 偉いな、志が高くて。夢中になれるんだね、何かに。とかそういう皮肉めいた思いを彼に対して初めて抱いて、そういう自分があまりにも間抜けで無様で、彼に呆れられても仕方ない、そう思った。この幕引きはたぶん当然の帰結だったのだ。 #青の楽園

2021-02-09 01:29:36
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao なんでわたしだったんだろう。 泣きすぎて星のやたら増えた夜空を見上げながら、彼が嘘や隠し事の嫌いな、まっすぐなひとであったことを思い出す。じゃあ、もしかしなくてもあの教科書を読み上げたような回答は本音だった。 だめ押しみたいにわたしはまた泣いた。 #青の楽園

2021-02-09 01:34:09
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

彼と別れてもうすぐ一年になると思う。 今はもうあたりのものが光ったりしない。あの頃よりずいぶん落ち着いてしまってさびしいときもあるけど、無理して付き合い続けなくてよかったとも思う。泣くこともない。彼を思い浮かべて祈ったりもしない、 #青の楽園

2021-02-09 01:40:40
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