不定期に更新。 #青の楽園 登場人物の人生のささいなワンシーンを切り取ったスピンオフ集。時系列はさまざま。フィクションです。(22.11.13.タイトルが気になったので少し修正) 8番目の話は #オトトイ食堂 はなまめさん @gp_c_ にご協力いただきました。ありがとうございます。また、街の描写には @humptyhumtpy さん #空想の街 の公式設定を使用させていただいております。お世話になっております。「空想の街」wikiはこちらhttps://t.co/KWkqwldhnf https://potofu.me/fukamura 続きを読む
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青の楽園 @nowhereao

小綺麗にしてると喜ばれるんだよな、と呟いてキングサイズのベッドの上、永遠は針のように細い指を伸ばしてその先を青く塗っている。 日常生活で細かい作業をすることは滅多にない。子どもの頃のように重い荷物を抱えることもない。なので永遠の爪は永遠のそのときの気分によって変わる。 #青の楽園

2020-10-14 23:08:47
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 変えられる、のだが、ふしぎなことにデータで変幻自在に変えるよりも、こうやってアナログに手間をかけて唇やら爪やら手入れしたほうがなぜか周囲から評判がいいことがある。わからなくもないが。 #青の楽園

2020-10-14 23:09:12
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao なんだかんだで自分自身を飾り立てるのが嫌いではないことに、永遠はこの生活を始めて五年、ようやく自覚した。天下に言われてやっているこの格好も気に入り始めている。これが他人に気に入られる理由になるというのなら一石二鳥の願ったり叶ったり、手入れは欠かしたくはない。 #青の楽園

2020-10-14 23:10:04
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 考え事をしていたせいで手元がかんたんに狂った。もうだめだあ、と大袈裟に喚いて仰向けに枕の中へ顔を埋める。永遠の手から飛び出したマニキュアの小瓶は、その中身をいくらかこぼしながら放物線を描いて空中を行き、 #青の楽園

2020-10-14 23:10:34
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 部屋の出入り口で待機していたセレの手に吸い込まれるように収まった。 #青の楽園 あっと言うまに指先は乾ききってしまったようで、こすりあわせても何もべたつきを感じない。

2020-10-14 23:11:18
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao ピントを指先からその奥に移すと小瓶を持ったセレが見えた。おいで、と言って手招きすると聞き分けのいい犬のように近づいてくる。背の高い犬もいたものだ。永遠と視線を合わせるためにしゃがんだその丸い頭に、永遠は手をのせた。撫でてやる。セレの様子は平素と変わりがない。 #青の楽園

2020-10-14 23:11:48
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 「面白いね、おまえ」 「光栄です。記憶の限りでは初めて言われました」 文句も言わず撫でられているセレの頭髪は虹のような銀色で、永遠が指を動かすたびにきらきらとまたたいた。 #青の楽園

2020-10-14 23:12:39
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 細い髪の隙間から青いペンキを塗ったくったような指が時折顔を出す。まっすぐに落ちる短い髪の毛と永遠の汚れた指とがあまりにも対照的で、それで永遠の喉はひとりでに笑った。 #青の楽園

2020-10-14 23:13:36
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 「私が代わりましょうか」 「頼もうかな、器用だろ、おれより」 「おそらくは。ところで永遠チーフ、これにはどのような意味が」 #青の楽園

2020-10-14 23:13:55
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 「ヒーリング」 そう答えてやると、どちらの、と続けて問われた。永遠は答えずに絹糸を縒っている。 #青の楽園

2020-10-14 23:14:39

2.ララとせんろ まぎれてたなびく声の

(現在)

青の楽園 @nowhereao

ぷつ、と小気味良く鳴いた指先の画鋲を、祈るように見つめる。きっと大丈夫だという自信や願いの込められた丸く平たい金色は体温が移ってほんのり温かくなっていた。 #青の楽園

2020-11-14 20:31:53
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 傷だらけの指先にもう一度熱が帰ってくると、ひだまりか夕日がその箇所にぽうっと新しく生まれたようでなんとなく落ち着かず、ララは細い肩を揺する。 #青の楽園

2020-11-14 20:47:33
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 機械や乗り物にかかりきりになって自分自身のメンテナンスが疎かになってしまい、髪やら眉やら体毛がずいぶん伸びて、今のララはひとつの繁みのようなのだった。 #青の楽園

2020-11-14 20:50:42
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 木の枝や針金が方々からはみ出したような、お世辞にもバランスがいいとは言えない文字がララの視線の先で踊る――旅の修理屋。乗り物や家電の修理、がらくた回収、その他なんでもご相談ください。――ララの貼った紙にはそう書かれている。 #青の楽園

2020-11-14 20:52:19
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 「ララぁーっ」 雉の声のように掠れた音がとつぜんララの名前の形で走り、風だろうかと音の出どころを振り向けば、そこにはせんろが立っている。彼女は真っ白な衣服に身を包む、ララよりも頭ひとつ以上低い背と猫のような瞳を持った、ララの旅の相棒だ。 #青の楽園

2020-11-14 20:56:05
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 今もその黒々とつやめいた双眸はやや縦に大きく開いてララを見つめているのだった。 ララの立っている柱の横に並ぶ線路、そのレールを越えた反対側にて、せんろは一人で足踏みをしている。 #青の楽園

2020-11-14 21:00:01
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 寒いのではなく遮断機が上がるのがせんろは待ちきれないのだ、とララが気づいたとき秋風が一陣やってきて、せんろの太いツインテールをレールと並走するようになびかせた。浜に打ち上げられた丈夫な海草みたいだ、など、やや場違いな感想をララはいだく。 #青の楽園

2020-11-14 21:07:29
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao いや、今の喩えも、自然を眺めることが好きなせんろであれば喜ぶかもしれない。まるで今の季節のようになんとなく見事で、なんとなく豊かなのだ。 枯れ葉が風を追いかけて飛んでいく。彼らはララの乾燥した鼻先と睫毛に挨拶しながら視界を次々と横切る。 #青の楽園

2020-11-14 21:15:58
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 列車はだいぶ前に無事に渡ったはずなのに、なかなか上がらずにいる棒の向こう、せんろはいよいよ体が冷えてきたのか小鹿のようにその場で跳ねだした。危ないからと伝えたくて手を上げかけ、そこでやっとララは、先ほどの呼び掛けにこちらはまだ返事をしていないことを思い出す。 #青の楽園

2020-11-14 21:22:47
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 気づいて幾度か指が迷った。指と共に唇も迷う。藍がかった繁みの奥で、ララの生まれつき垂れた目尻に瞳がすっと寄り添う。喉が開く。閉じる。開く。やたらと甘い秋の香りを吸って吐いてそれをもう何回か繰り返す。 #青の楽園 せんろぉ、と、ようやく呼気を言葉にして、

2020-11-14 21:30:00
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao そしてララはいつでも被っている布から出した手のひらをせんろに向かって申し訳程度に振ったのだった。 決して大声でない、しかし小声とも言い切れない、はっきり輪郭のある声音でもない、なんとも気の抜けた尻すぼみの情けない呼び方になったものだった。 #青の楽園

2020-11-14 21:31:35
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao それを自覚すると急に気恥ずかしさがララを襲うのでララは慌てて手のひらと長い腕を布の下に隠す。ぼんと風にぶつかられた遮断機が反動で上に下に。 ららぁ、 #青の楽園

2020-11-14 21:37:48
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 本当はいちいち振り返らなくとも反射で体が相手に気づけるくらいにはもう声を覚えている、その声がまたララを風の中で呼んだ。 #青の楽園

2020-11-14 21:40:44
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao ララに負けず劣らず情けない呼び方をしてララを呼んだせんろはというと、手を伸ばしても寝転んでも互いには届かない、しかし走って駆け寄るほどではない曖昧な距離の、一時的に二人を阻む遮断機とレールの反対側で猫目を寝かせて笑っている。 #青の楽園

2020-11-14 21:50:49
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao こんな距離で線路を挟んで向かい合っていて、そこそこの期間を一緒に旅してすごしたはずなのにまるで今さっき知り合った他人同士みたいで、風は強くて空はどこまでも軽く今は気忙しい秋で、だから相手はそんな笑顔をするということをララはなんとなくわかってしまい、 #青の楽園

2020-11-14 21:53:56
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao そしてきっと今の自分はせんろととてもよく似た表情をしているのだろうとそう、こっそり蝋燭の火でも守るように思うのだ。 #青の楽園

2020-11-14 21:54:50

3.夜半 あまりにもあでやかでうとましい

(数年前)
※流血表現

青の楽園 @nowhereao

指先に赤い線が走る。 その指は持ち主の白い耳たぶに一瞬伸び、触れる直前に少しのあいだとどまってから口へと運ばれた。固く真一文字に結ばれていた青年の唇がゆっくり開く。 #青の楽園

2020-12-19 22:25:37
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao ぐっ、とその隙間へ指が押し込まれ、やがてするすると吸い込まれるように口内へ消える。奥から舌がのぞき、傷の形を確かめるように指先を這っている。 疲労を浮かべた青年の金の瞳が蜃気楼のようにぼんやり揺れていた。昼下がり、文化区にある小さな本屋での出来事である。 #青の楽園

2020-12-19 22:26:27
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 小さい本屋だがそこそこ賑わいがある。生身の子ども、そしてわけあって体をデータ化していない者は何しろデータをデータのまま受け取れないので今でも紙が必要だ。学ぶため、暇を潰すため、楽しむための本を買いにひっきりなしに客は訪れる。 #青の楽園

2020-12-19 22:31:59
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 青年は朝からずっと、その日発売になったばかりの特別な書籍を棚に並べている。並べた先からなくなるので棚と倉庫を絶え間なく行ったり来たりしている。その書籍の表紙を飾るのは今をときめく電脳アイドル、自由に変わるその存在のすべてを見せる、との謳い文句が帯に踊る。 #青の楽園

2020-12-19 22:35:54
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 青年が黙々と書籍を運び、並べている間も客足は途絶えない。 やや厚い肩を回して、青年は額をぬぐう。筋の浮かぶ首筋を滴が伝う。光を受けるとほぼ白に抜ける髪が束になって肌に張りつく。客も通行人もまったくといっていいほど頓着していないのだが、今は暑い夏なのだった。 #青の楽園

2020-12-19 22:42:03
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao コロニーの内部がいくら快適で安全でも個人差というものがある。青年は暑さがそこまで得意ではなかったのだ。 指先の怪我に汗が滲みている。思い出したように青年の眉がほんのわずかひそめられ、青年の感覚を素直に表した。 #青の楽園

2020-12-19 22:49:24
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 青年はゆっくりとその場に腰を落とし、しゃがみこむ。その手はエプロンの内側にあるポケットをまさぐり、中から絆創膏をつまみ上げた。 #青の楽園

2020-12-19 22:53:05
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 何も柄のない質素な絆創膏だった。ぺりぺりと音を立ててめくる。さっと走った赤い傷に被せて貼りつける。その背後、また客が入ってくる。いらっしゃいませ、と青年は振り向かずに低く落ち着いた声で応じる。 #青の楽園

2020-12-19 22:56:47
青の楽園 @nowhereao

夜、退勤する前、店主に言われて青年は一冊の本を買い取った。一日中並べていたあの書籍だった。店主は店の裏に呼びつけた青年の鼻先に一冊突きつけ、お前の並べたこの本が汚れている、とそう言ったのだった。 #青の楽園

2020-12-19 23:04:31
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 電脳アイドルに青年は何の執着もないが、第一に本は青年にとって大切な売り物であり、第二に紙は貴重であり、第三にどんな本も宝である。そう思っているから青年は素直に謝罪し、反省の意を店主に示し、汚れたその本を言われるがまま回収した。 #青の楽園

2020-12-19 23:12:42
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 絆創膏に包まれた指先を隠すようにして平たい手を伸ばす。内容がさっぱりわからなくても青年は最後まで読むつもりで受け取った。 青年の家にも本がたくさんある。遠い深宇宙の図鑑、星座の由来の本、少年たちが銀河を旅する物語、どれも今の青年の心を育んだ親のような本だ。 #青の楽園

2020-12-19 23:18:17
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao それらを恭しく思うこととまったく同じように、青年はこの世のどんな本も汚したくない。たとえ興味のない電脳アイドルの特集書籍だとしても本は本であるだけで青年にとっては大切だった。だから長続きしないことをわかっていても、本屋のアルバイトに志願したのだ。 #青の楽園

2020-12-19 23:26:51
青の楽園 @nowhereao

太さのある腕を体に回して、するすると鳥が翼を繕うように青年は仕事のためのエプロンを脱いだ。本を鞄に仕舞いこむ。店主に呼ばれたときのことを青年は思い返している。大柄な店主はいかにも怒り心頭といった様子だったが、それ以上に青年のことを不審に思っている様子だった。 #青の楽園

2020-12-19 23:33:52
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 「潮時だな」 次はどの区で何をして働こうか。 昼間、傷を舐めていた唇を動かして青年が呟く。その小さな声と落ちた言葉を、無人の更衣室のひしゃげた床が受け止めている。 #青の楽園

2020-12-19 23:37:58

4.夢前 命の交差点にて

(十年以上前)

青の楽園 @nowhereao

いずればらばらになるものばかりで世の中はできている、ということを、一番知っているのは振り子のぐるりの置物たちかもしれなかった。 #青の楽園

2020-12-26 19:35:04
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 幼子の地団駄のような振り子の勢いに蹴とばされた置物たちはあわれものも言わずによこざまに倒れ、そしてただそれだけである。時間だけが止まらない、そして止まらぬ時の歩みと共にすべては離散し続ける。人も、感情も、思い出も、すべてが。 #青の楽園

2020-12-26 19:41:37
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao だから彼女にはどうしてもわからない。 待ち合わせに人気のフーコーの振り子広場にて、二人の人間が共に丸テーブルを囲んでいる。二人のネームプレートには深海部の所属であることを示す揃いのサインが並んでいる。 #青の楽園

2020-12-26 19:46:20
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao しかし同じ部署とはいっても、その二人はプライベートでは何の交流もなかったはずだった。本当に、今まではずっと、こんなことはなかったのだ。  二人のうち片方は、濃く流れる焦げ茶の髪と瞳を持っている、ペールブルーのペプラムスカートを身につけた人間である。 #青の楽園

2020-12-26 19:50:33
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 彼女の髪留めに並んだパールが淡く輝く。白く明滅を繰り返して上下を繰り返すエレベーターたちから彼女の視線が正面へと移る。張りのある声が、その声の張りからは想像できないほどつっけんどんに、 「でもどうしてあたしなの」 そう言った。 #青の楽園

2020-12-26 19:55:41
青の楽園 @nowhereao

@nowhereao 相手の女性はというと頬のラインで切り揃えられた短髪をゆるりと流しながら艶やかに笑っている。その短髪には色素の抜けたぼんやりした白髪がまざっており、昼間であることを示す日の光がその線に沿って抜けていく、 #青の楽園

2020-12-26 20:04:37
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