全10話で完結。 空想の街ではなく、残された大地であるαの世界線で起きている・起きていたあれこれ。 一人称視点、語り手がくるくる変わるのでご注意をば。第三者の名もなき人物が物語の主要人物たちについて語ったものが多め。これを読まずとも本編を読むのに支障は出ないはずですが、人物やこの物語そのものに詳しくなれます。あっと驚く、もしくは腑に落ちるあれやこれがあるかも。 ※07と10には注意書があります https://nowhere7.sakura.ne.jp/
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青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 データ化も移住計画もすべては人類の安定した繁栄のためにあるのに肝心の人類が滅んでしまっては本末転倒だと憂いた者たちにより、その機関は立ち上がったのだという。

2020-06-07 23:18:07
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 命には芯が必要なのだ。どんなに科学が進歩しても人は無からは生まれない。人間を一人生み出すためには、もとになる二人の人間の遺伝情報がどうしても要る。

2020-06-07 23:20:51
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 僕はその機関の計らいで、いわば人口を調整するために生をうけた。生物学上のドナーが二人、育ての親以外にいることになる。いるにはいるが、僕は特定の誰かの子というわけではなく、たぶん、強いて言えば全人類の子として生まれてきた。僕は未来を担う新しい時代の子どもなのだ。

2020-06-07 23:22:06
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 医療区のスタッフたちや教育区の先生、居住区で家族として暮らして僕を育ててくれた人、たくさんの大人によくしてもらったから、僕は生物学上の親のことを気にしたことがない。生まれで困ったことも悲しい思いをしたこともない。僕の遺伝子がどこからきたのか興味など湧かなかった。

2020-06-07 23:23:38
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 今は個人が個人として生きる時代だ。成人してデータ化すれば「血のつながり」はどうでもよくなる。そもそもこんな世の中なのに「血のつながり」ということばが未だに失われていないとはずいぶんな狂気の沙汰だ、僕はそんなふうに考えて生身の子ども時代をすごしてきた。

2020-06-07 23:25:14
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 今の時代、この「血のつながり」という言葉が正確には何を指しているのか深く理解して使っている人など一人もいないと思う。でも実際、僕たちの存在は不完全で、肉体という牢獄に大きく囚われている。遺伝情報の件もそうだし、生まれ落ちたときには何もかもが生身であるという点でもそうだ。

2020-06-07 23:26:21
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 やはり血や肉の呪縛から逃れることはできない。こう考えてみれば確かに「血のつながり」とやらから完全に脱することもまた困難なのだ、と、納得できなくもないが、 それでも固執するとなるとやはり不可解だ。

2020-06-07 23:26:58
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 そんなものを大切にするとしてもせいぜい生身の子どもの間だけだろう、ずっとそう思っていた。 つまり僕は縁がなかったのだ、平穏であたたかくて得難い、悪くいえば旧弊的で湿っぽく陳腐な生き方や人間関係に。

2020-06-07 23:28:37
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 少し昔のことになる。 データ化手術が受けられる年齢になったばかりの頃、僕の遺伝情報のドナーつまり生物学上の「親」の一人だという人物に連絡をとる機会があった。僕のドナー二人のうち片方は身元を開示していたので、僕が望めば連絡を取ることが可能だったのだ。

2020-06-07 23:33:15
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 僕はなんとなく、どういう人間が僕のドナーなのか、興味を抱いた。それは本当に気まぐれな、ただの暇潰しだった。

2020-06-07 23:33:55
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 午後三時、文化区の片隅にある待ち合わせ場所のカフェに現れたのは、やたらとおしゃれな服を着て大きな眼鏡をかけた、女性体の小柄な人間だった。下手をすると僕よりも年下に見える姿をしている。

2020-06-07 23:35:01
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 百日紅の花のようにプリーツのついたロングスカート、控えめな装飾のあるカットソーに淡いグリーンイエローのカーディガン、伊達だと思われる丸く大きい薄い眼鏡、決して高くはないがヒールが存在を主張する靴。

2020-06-07 23:36:38
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 一目見て、彼女が人生を楽しんでいるのが僕にはわかった――もしかしたらそういうふりをしていただけかもしれないけれど――そうでなければ服装や見た目の理由がつかない。

2020-06-07 23:37:06
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 彼女の見かけは彼女がデータ化を活用していることの証であるように僕には感じられた。彼女は幸福を象徴する無駄なものをひきずるようにして身に纏い、僕の前に立っていた。

2020-06-07 23:37:38
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 嫌いとも好きとも感じない。特別な感傷などない。 それは相手も同じようだった。どうして会ってくれたのか聞くと、ドナーチャイルドには出自を知る権利があるし、何より暇潰しになるから、と彼女は答えた。何をするにも人間には責任がついて回るし、続けてそうも言った。

2020-06-07 23:39:08
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 もし彼女が心をデータ化しているのなら、僕が彼女との間に共通点を覚えてもそれは的はずれなことなのかもしれないが、答えから窺える彼女の生き方に僕が共感したのもまた確かだった。「血のつながり」など関係なく、僕たちはただ気の合うだけの他人同士だったというだけのことかもしれない。

2020-06-07 23:41:51
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 しかしそれにしてはあまりに他人の気がせず、僕は一切緊張せずに「親」である少女とティータイムを過ごした。今まで味わったことのない不思議な気持ちだった。

2020-06-07 23:42:17
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 何をしているのかと彼女に問うと、医療区で学んだ者として、あのブルー・エデンのメンテナンス部に配属され、医師としての仕事だけでなくモルグの管理人をしているという。モルグというのは都市伝説にもあるあのシュレディンガーのモルグだ。噂は僕も知っていたのでつい話が弾んだ。

2020-06-07 23:43:54
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 モルグというからには死体でも安置してあるのか、でもほとんどの人類がデータ化しているのに死体などあるものなのか。概念的なものなのか、それともなにかの象徴なのか、まさか人間たちのバックアップをそこで管理していたりするのか。

2020-06-07 23:44:59
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 紅茶のカップを口から離し、彼女はやがて僕に奇妙な説明を始める。――モルグに何があるか、正体が何であるかは誰にも教えられない決まりだが、死については少しだけ教えてもいい、

2020-06-07 23:45:54
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 この世には二百歳の壁というものがある。データ化のおかげで永久的に生きられると勘違いして気が大きくなった人間ばかりが目につくがそんなものは幻想で、データ化をしていても誰だって修復不可能なエラーを起こせばそのまま消えることもあるし、

2020-06-07 23:46:46
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 それにそんな事故がなくとも、二百歳を超えると精神に成長が見られなくなることが多く、よりよい社会のためにふるくなった人間は処分されると決まっている。そのための担当のスタッフもいる。

2020-06-07 23:47:37
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 楽園だなど大層な名のついたところが世を支配しているが、医療区の人間なら自分たちのことを天使だなどと思っておらず、神は神でも死神のようなものだとよく知っている。 人は人であるかぎりいつか必ず死ぬ。データ化が浸透してもそれは変わりがない現実だ。

2020-06-07 23:49:27
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 生身でもデータでも変わらない。死後は皆、誰かのエネルギーになり、そうして世界は循環するようになっている。死は遠くはなったかもしれないが今この瞬間も確実にそばにあるのだ。――

2020-06-07 23:50:46
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 僕は黙って彼女の説明を聞いていた。 彼女は自分自身のことを死神のようだと含みを持たせるように言ったが、手を下す役の誰かがいることは慈悲のようにも僕には思えた。死神という言葉のもつマイナスな空気は彼女からは感じられなかった。

2020-06-07 23:51:54
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 これ以上成長することも変化していくこともできないというのにただ漫然と日々を浪費するだけなのは苦痛だろう。これ以上ない生き恥だ。そもそもそれを苦痛だと感じることができない、自身の停滞に気づくことさえできないというのだったらもっと事態は絶望的だ。

2020-06-07 23:52:54
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 だから、二百歳という区切りがあり、それを管理してもらえることは逆に救いだと僕は思ったのだ。……彼女の言うことをすべて真実だと仮定するならば、だが。 でも一体ぜんたいどうして僕にそんな説明をしてくれるのだろう、僕がそれを知ろうが知らまいが彼女にはなんら関係がないはずだ。

2020-06-07 23:53:39
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 それを問うてみると彼女は少しだけ首を傾けた。とても慣れたしぐさに見えたから癖なのかもしれないと思う僕を置いて、彼女の甘ったるい返事がそのあたりを浮遊する。語尾が伸びてテンポの遅い彼女の答えを総合するとつまり、――ドナーは親としての権利を持たないが、

2020-06-07 23:54:37
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 それでも一度くらいは親らしいことをしてあげたほうがいいのかと思った、これでも自分だって医者のはしくれであるし、世の中のことを若い人間に説明するのは年長者として義務だとも思えるから。

2020-06-07 23:55:22
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 でも本当は、これもやはり、暇潰しをしたいだけかもしれない。 何かしていると生きている気がする、 そう、ちょうどこれはモルグの管理の仕事と同じ。――

2020-06-07 23:56:16
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 出会ったときから彼女はずっと笑みを絶やさない。にっこり笑うと目が細くなって、柔らかい頬に下弦の月がうずまるようだった。 生きていて楽しいのか、最後にそう尋ねると、彼女は白いテーブルにそっと指を並べ、生きていて楽しい人間しか生きていません、そう僕にまた笑ったのだった。

2020-06-07 23:59:23
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 学校を無事に卒業した僕は、体だけデータ化して工業区で働くことを選んだ。精密機器の小さな部品を製造する目立たない仕事だが、夢を見る専門家であるブルー・エデン上層スタッフたちの夢でも補えない部分を請け負うのはなかなか楽しい。

2020-06-08 00:02:33
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 家族や友人たちとも仲良くしている。誰も彼も怪我知らず、病気知らず老い知らずで好きなことばかりしてすごしている。僕も彼らも、自分がいつか死ぬ存在であることをふだんはすっかり忘れている。

2020-06-08 00:03:16
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 ときどき、「親」と会ったあのときのことを思い出す。彼女の語った死のことを考える。彼女のほうが僕よりも当然のように年上だから、彼女は僕よりも先にこの世から消えていくのだろう――そのとき彼女を迎えにくるのは誰なのか、そのあと彼女が見ていたモルグがどうなっていくのか、――

2020-06-08 00:04:07
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 ――そう、彼女という存在はどこへ行くのだろう? どんな命もエネルギーとして世界を循環するというのは本当なのだろうか。肉体がいずれ土に戻り新たな命を生むように、星がいつか星の揺りかごになるように、生身ではなくなった僕たちのデータもどこかに還っていけるのだろうか。

2020-06-08 00:04:51
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 大昔であれば、親を看取る役は血を分けた子どもであることが多かっただろう。彼女の死に目に遭いたいという願望は僕にはないが、しかし一度考えつくと気にはなる。「親」たる彼女が死ぬ未来、彼女の遺伝情報をもったドナーチャイルドである僕は、その瞬間どこで何をしているのだろう。

2020-06-08 00:06:01
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 そのとき人類はすでに地上を捨てているのだろうか。僕がいるのは宇宙、いや深い海の底、いったいどちらだろう。 工業区からはブルー・エデンがよく見える。楽園の名を冠したあの場所はいつもどこか蜃気楼めいていて、僕は見上げるたびになんとなく、あのとき会った彼女の笑みを思い出す。

2020-06-08 00:07:39

05・救世主になりそこねた男の話

青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 医療区の仕事も噂になりやすいが、環境保護区の仕事もかなり騒がれやすい。このデータ化至上主義社会において「データ」ではなく「生身のもの」を扱うために、偏見を持たれがちなのである。

2020-10-01 22:00:58
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 生身のものというのはつまり死に近い。医療区はいわずもがな。しかし医療区はデータ化のための手術もおこなうところであるからして、仕方がないと許される。それに引き換え環境保護区は――この地区にはたくさんの生き物が保護されている。植物、鳥、虫、魚、獣、家畜たち―― #青の楽園

2020-10-01 22:02:25
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 保護や研究、鑑賞する目的だけではなく、まだデータ化できない子どもたちなど生身の人間が食べるための生き物がいる。なのでもちろん動物たちも生身である。だからかここでは予想もできないトラブルが多い。臨機応変の対応を求められる。ここは医療区とは大きな違いがあるのだ。 #青の楽園

2020-10-01 22:03:43
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao なぜこんなことを言い出すのかというと、わたしの勤め先もまた環境保護区にあるからだ。わたしは食肉加工会社に勤めている。わたしがパックに詰めた加工肉は主に、体をデータ化していない者たちに食べられる運命にある。 #青の楽園

2020-10-01 22:04:50
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao わたしだって生まれたときは生身だったのだから、わたしがもくもくと詰めている肉に近かったのだ、そう思うときいつもわたしは奇妙な感覚に陥る。身体中に孔が開いてそこから意識がしわしわと空中に出て霧散するようだった。 #青の楽園

2020-10-01 22:05:19
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

生き物との対話は面白い。解体する者だけでなく調理する者や、獣医、水族館や動物園のスタッフ、そして生き物が好きで遊びに来る者たち、いろいろいるが皆一様にそう言う。わたしももちろんそうだ。こんな仕事だが、生き物は好きだ。 #青の楽園

2020-10-01 22:06:46
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 生き物はふしぎだ。誰も手を加えていないのに勝手に細胞が分裂して、産まれたり老いたりする。精巧なシステムのように心臓が動く。脳が働く。矛盾しているようなのだが本当に機械的なのだ、血の通ったものであるのに。 #青の楽園

2020-10-01 22:08:30
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 今や当たり前のものとなったデータ化だって、もとは「人類の存在、行動や思考は電気信号にすぎない」という研究から始まっていた気がする。研究者たちには生き物が機械的だとわかっていたのかもしれない。とても不思議なことだと思う。 #青の楽園

2020-10-01 22:09:31
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

#青の楽園 こういう仕事をする前、子どもの頃のわたしはとにかく憂鬱になりやすかった。何か好きなことに熱中することさえ難しかった。いったい何をそんなに落ち込むことがあるのか周囲には不思議がられていたが、誰に心配されてもわたしの苦しみが緩和されることはなく、

2020-10-01 22:10:14
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao わたしは些細なことで傷つきやすい繊細な子どもとして大人たちに扱われていた。友人たちもわたしとは付き合いにくそうにしていたのを今でもよく思い出す。生まれつきのものにあそこまで振り回されなければならないとは、つくづく生き物とは不自由なものだと思う。 #青の楽園

2020-10-01 22:10:48
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

しかし、同じ血肉をわけて生まれたはずの兄が落ち込んだところをわたしは見たことがない。当時とっくにデータ化を済ませていた兄は、しかし底無しに明るいというわけでもなく、ただ凪いでいるように見えた。 #青の楽園

2020-10-01 22:11:38
青の楽園/「羊たち」 @nowhereao

@nowhereao 年の離れた兄が何を感じているのかはよくわからなかった。いつも機嫌よく、かつ穏やかにしているので本心が見えない。彼はひどく気のきく人間だった。わたしが不安定になっているといつだって気づいてくれて、そばであやしてくれた。 #青の楽園

2020-10-01 22:12:15
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