自分が思い出しのフックに使うための健忘録です。
0
前へ 1 ・・ 3 4
win( ˊᵕˋ )ことつむ頒布物発送しました @mikemekimi

、と光太郎さんがいっている話。当時の文壇が外国の影響下で右往左往していた頃に、そういう人たちと違った日本の中から世界をみ、文学に迫ろうとしていた、ともかたってくれている。

2023-02-06 01:03:55
win( ˊᵕˋ )ことつむ頒布物発送しました @mikemekimi

彫刻家で詩人であることは、一種の悲劇ではなかったろうかといわれていた。氏は常に、自分の彫刻を守るために詩を書いていると動機についていっていた話と、結婚のはなし、狂人となった妻の話。

2023-02-06 01:07:41
win( ˊᵕˋ )ことつむ頒布物発送しました @mikemekimi

このように芸術家としての夫と妻は、熱愛し信頼しあっていても、強烈なエゴイズムのためにミューズの神は彼らを引きさいてしまったのであた。

2023-02-06 01:08:48
win( ˊᵕˋ )ことつむ頒布物発送しました @mikemekimi

そうか、松山氏はワセダっ子の文学青年だから、ぼっさんの『創作』に短歌を発表していたのね

2023-02-06 01:18:56
win( ˊᵕˋ )ことつむ頒布物発送しました @mikemekimi

『創作』同人で原稿を入稿後は同人つれて飲みに行ってたが、ぼっさんは若いのが払うと当たり前のようにおもっていて、誰も持ち合わせがなく、短冊を書いて帰ったりしていた。

2023-02-06 01:21:46
win( ˊᵕˋ )ことつむ頒布物発送しました @mikemekimi

はくしう氏の「歌の料理人」というあだ名はあんまり聞いたことないな…ナチュラルに松山氏かいてるけど

2023-02-06 01:39:40
前へ 1 ・・ 3 4