#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 平らな床に、ちいさなへこみがいくつか。床下収納の取っ手か何かだろうか。天井にも、似たようなものがある。 全体的に、雑然としている。ただ、床に置かれたものは、何もない。 シートに座っているのは、女のようだ。耳までそろえた金髪に、かすかに見え pic.twitter.com/8U1j7wd3Tz
2023-03-02 08:00:04るうなじ。体格は大人のようだが、肌はきれいで、なんとなく十代の少女のようにも見える。 それから、もうひとり。 朱里がいるほうと反対側の壁に、背をもたせるようにして立っている、 黒髪の、女。
2023-03-02 08:00:05#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 すらりと痩せていて、姿勢がよい。ショーウィンドーに立つマネキンみたいに。かっちりした襟のある、青いワンピースをきて、まっすぐ立っている。 いや──、 (人間?) 朱里は、迷いながら目をしばたかせた。女の肌の質感。じっと目をこらしてみると、ざ pic.twitter.com/Sc9FvHNV0T
2023-03-03 08:00:04らざらして、硬そうだ。それに、着ている服も、なんだか、── そこまで考えて、ぞくりと震える。 ドアを開けて、もう10秒ほど経っているのに、壁際の女も、座席の女も、なんの反応もみせない。 壁際の女は、完全にこちらを認識しているはずだ。はっきりまぶたを開いて、こっちを向いている。
2023-03-03 08:00:05#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 なのに、目線が合わない。 「アノ、」 朱里は、ちいさな声でつぶやいた。 それから、……一瞬だけ、手首の白い腕輪に目を落として、勇気を奮いおこす。もう一度、大きな声で。 「あの!」 シートに座っているほうの女が、ゆっくりと身をおこした。 軽 pic.twitter.com/Ij9R1bPV8a
2023-03-04 08:00:04装。半袖のやわらかそうな白いシャツ。大きなロゴが、胸のところに。ロゴは、たぶんアルファベットの筆記体。N、……なんとか。英語だろうか。図案化されているせいか、朱里の知っている文字とは少し違ってみえる。
2023-03-04 08:00:05#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 下半身は、細身の、藍色のズボン。裾のところはきゅっと絞られている。ポケットはない。そのかわり、腰のところに、黒い、小さなポーチがついている。プラスチックかなにか、硬そうな素材の。 半袖で寒くないのか、と考えてから、気づく。この部屋は、ずいぶ pic.twitter.com/RcN0uXcuBF
2023-03-05 08:00:03ん暖かい。空調が効いているらしい。ただし、風は感じない。それらしき音も、ない。 立ち上がって、ゆっくりとこちらを向いた。あらためて見ると、それほど背は高くない。朱里と10センチも違わないだろう。
2023-03-05 08:00:04#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 大きな目を、ぱっちりと開けて、こちらを見ている。さっきまで、微動だにしなかったのに。 眠っていたのだろうか。いや、それにしては──、 それから、壁際の女が、ぴくん、と身をふるわせる。 ぱちんと、まばたき。眼球が、かすかに動いて、……少しず pic.twitter.com/gLOtHKyLMu
2023-03-06 08:00:04つ、胸が上下しはじめる。呼吸を、いま、はじめたように見える。錯覚かもしれないが。 (やっぱり、ロボットなのかな) そう考えて、眉をひそめる。
2023-03-06 08:00:05#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 いままで出会ったことのあるロボットや人工知能を、思い出してみる。まっさきに浮かぶのは、カセイジンと、デイジー。どちらも、似ていない。それから……、 (クロヒナギクと、黒機兵……) ぼんやりと、思いだす。もう遠い昔のことみたいに。 この旅をは pic.twitter.com/63bBs8CpdO
2023-03-07 08:00:10じめたばかりの頃に出会った、宇宙船デイジーベルの召使いたち。 ……無機質な、機械の。 この黒髪の女が、それに似ているというわけではないが……、 「あの、」 朱里が、かすかな声をあげると、 「……だ、れ?」 シートに座っていた金髪の女が、かすれた声で、そう、いった。 *
2023-03-07 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 金髪の女は、エマ=ブラウンと名乗った。 おちついた、静かな声で。 * 「それで、あなたは?」 エマは、きびきびとした口調で尋ねてきた。とつぜん現れた、奇妙な格好をした女の子に、おどろいて悲鳴をあげるでもなく。 「わたしは、……向田朱里」 pic.twitter.com/e7CuaZScPc
2023-03-07 08:00:14#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「ここはどうなっているの? あなたはステーションの乗組員? どうして応答がなかったの? ドックの生命維持装置が働いていないのはなぜ? 地球基地が応答しないのは別の理由? それに、月基地も、ダイソン衛星も、──」 おちついた声で、……けれども速 pic.twitter.com/mauGGboNuA
2023-03-08 08:00:03いテンポで、次々に問いかけてくる。朱里が黙っていると、すぐに、 「エミー!」 と、小さくさけぶ。……その、唇が動く一瞬前に、 窓際の、黒髪の女が、すっと動いている。 「なんでしょう、エマ。」
2023-03-08 08:00:04#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 ほとんど足音をたてずに、三歩、進んで、座席にかけているエマの右肩の、すぐそばで、かるく頭をさげる。 首をまげても、女の長い黒髪は、……うなじのラインにそって、ぴったりと背中にくっついている。重力に逆らっているみたいに。 間近でみると、思っ pic.twitter.com/yysQf3tmav
2023-03-09 08:00:08たより幼い顔立ちにみえる。目が大きくて、ふっくらした頬に、小さな鼻。そういえば、体格も小さい。 ……たぶん、エマよりずっと年下。 朱里と、そう変わらないのかもしれない。少なくとも、見た目の年齢は。 「水を持ってきてくれる? この子、喉が渇いてるのかも」 「はい、エマ」
2023-03-09 08:00:09#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 黒髪の女──エミーは、きれいな高い声でそうこたえて、朱里の横をすっと通り抜けていった。丸窓に、ぐいと体をいれて、出ていく。 目も、あわせずに。 (やっぱり、似てる……、) 「……クロヒナギク、かな」 おもわず口をついて出たことばを、エマが聞 pic.twitter.com/HxK6u9LoPx
2023-03-10 08:00:07きとがめた。 「なに? ……花がどうかしたの?」 「いえ、……べつに。」 朱里は首をふって、ため息をついた。 「……ねえ、もう一度聞くけど、」 エマは、ほんの少し眉を動かして、……それだけで、ほとんど真顔で。
2023-03-10 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「アカリ。……ここで、何があったの?」 そう、きかれても、 朱里は、何もいえなかった。 * 「……わたしは、べつの世界からきたの。だから、……」 ……ここのことは、知らないの。 朱里が、目を伏せて小さな声でそう言っても、エマは、ほとんど pic.twitter.com/AkYtIXT41l
2023-03-11 08:00:07驚いた顔を見せなかった。 そう、 としずかに言って、ただ、黙っていた。 * ……ほんとうは、今すぐ腰をすえて考えたかったのだが、保留にしておくしかなかった。 いちど、考えはじめると、すぐには戻ってこられそうになかったから。 *
2023-03-11 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「あなた、船外服は?」 そういわれて、朱里はきょとんとして首をふった。 「船外活動服。まさか、」 「えっと、……宇宙服? もってない」 「はあ?」 エマは、はじめて大きな声をあげた。ぎゅっと眉をひそめて、 「どうやって、ここに入ってきたの?」 「 pic.twitter.com/U4dfMrqpY4
2023-03-12 08:00:07どうやって、って……?」 「外は真空でしょう! 入り口を破壊したから、このエリアは与圧不能で──、」 「その……、」 朱里は、しばらく迷ってから、 「……これ、で」 手首に癒着している、白い腕輪をさして、ちいさな声で、そういった。
2023-03-12 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「へえ?」 エマは、一瞬だけ眉をひそめて、……それ以上、なにも聞き返してはこなかった。 ……しばらくして、ドアが開いた。 エミーが顔をだす。倉庫にいってきたらしい。器用に肩をすぼめて、丸い入り口から這い出してくる。小さな左手で、軽々と体重 pic.twitter.com/Tp0RlhqQsd
2023-03-13 08:00:07をささえて。 右手には、大きな、灰色の立方体をつかんでいる。立方体には、30センチほどの取っ手と、上部から、くるりと螺旋を描いて分岐する、奇妙な突起がついている。 どぷんと、かすかな水音がした。
2023-03-13 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「どうぞ、エマ」 エミーは、立方体を、ひょいとエマに手渡そうとした。エマはかすかに笑ったまま、ちょっと身体をかたむけて、それを避けた。 「ありがとう、エミー」 ……さっきまでとはうってかわった、やさしい声で。 「アカリに渡して」 「はい」 エ pic.twitter.com/Amaf9bsR5P
2023-03-14 08:00:07ミーは、くるりと向きをかえて、朱里に正対した。 ぴくりとも動かない、石みたいな無表情で。 「……ありがとう」 と、朱里はつぶやいて、それを受け取った。 片手で抱えようとして、よろけてしまう。ずっしりと重い。 ……また、どぷん、と音がする。水のタンク、なのだろうか。これが。
2023-03-14 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「……コップ、とか。ある?」 ちいさく、そうつぶやく。その前に、まず注ぎ方がわからないのだが。 「あ、こうするの」 エマが立ち上がって、手をだしてくる。突起のようなところに指をかけて力を入れると、螺旋がくるりと回って、中から、シュッと高い音がし pic.twitter.com/A7USdQKgMa
2023-03-15 08:00:07た。 「……今ので、呑み口が消毒されたから」 それから、立方体の上部に人差し指をあてる。よく見ると、かすかに切れ目が見える。かるく押すようにすると、ぱちんと音がして、マグカップほどの大きさの立方体が、タンクから分離した。
2023-03-15 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 かるく振ると、小さな立方体の1面が変形して、急須の吸い口のようなものが出現する。 「ここに口あてて、飲んで。」 朱里は、タンクを足元において、あわててそれを受け取った。かたい感触。ひんやりと冷えて、アルミの水筒みたい。 「これ、……水が入って pic.twitter.com/iFP53HdbFA
2023-03-16 08:00:07るの?」 「そ。知らないの?」 もう一度、エマは朱里の上からまで、ねめつけるように見た。 「あなた、本当にこのステーションの人じゃないの?」 「うん。……あの、日本の、中学生」 なんと言っていいかわからずに、とりあえずそう答える。
2023-03-16 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 地球の、ではなく、日本の。その単語が、通じるのかどうか、不安になる。 そもそも、ここは、…… 「やっぱり! そうだと思った」 「え?」 「名前。日系の名前でしょ」 「まぁ……、」 「母国語は英語なの? バイリンガル?」 「それは……、」 朱里 pic.twitter.com/ON2EPocBPZ
2023-03-17 08:00:06はまた答えに詰まってしまった。エマが口をひらく前に、……あわてて、話題をかえる。なんとなく、うしろめたい気持ちで。 「……あなたは、」 こんどは、朱里が話題をかえた。 「あなたは、どうしてここにいるの? エマ」
2023-03-17 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「知らないの?」 エマは一瞬だけきょとんとして、それから、首をふった。 「……実験、」 「どういう実験なの?」 「ほんとうに、知らないの? ニュースとかで、……」 朱里はぐっと目を見ひらいた。そんなに、有名な実験なのだろうか。 「……知らない」 pic.twitter.com/ycRl4Zesoj
2023-03-18 08:00:07「そう、それじゃ……、ええと、あなた、物理学の知識は?」 「……よく、知らない」 エマは、ちょっと斜め上に目線をさまよわせた。おおよそ十秒ほど。 それから、かすかにため息をもらして、 「……加速実験、」 と、いった。
2023-03-18 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「加速?」 「宇宙船に速度を与えるの」 「それは、……わかるけど。」 「今回の実験は、2つの目的を兼ねていて。……ひとつは、新開発のエンジンの試験。もうひとつは、加速そのもの」 「加速、……そのもの?」 「物体が、光速に近い速度で運動したとき、どう pic.twitter.com/vRG10FH2wo
2023-03-19 08:00:08いう現象が起こるのか──、」 「それって、……ええと、」 地球にいたころの知識を総動員して、朱里は、小さくいった。 「……もしかして、相対性理論、っていうやつ?」 「え?」 エマは、きょとんとして、といかえした。 「なあに、それ」 *
2023-03-19 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 カセイジンに相談したいな、と思う。 いつも、余計なことを言うばかりで、役に立ったことなどないのだが。 * 朱里が着ているのは、砂漠の国でパ=ルリという女にもらった服だ。宝石と飾り鎖と、腰のまわりに広がった薄布が、動くとふんわりと揺れて、そ pic.twitter.com/3vOId76gBb
2023-03-20 08:00:06のあいだに素肌が見える。 きれいなばかりで、実用性はない。特に、寒いところでは。 はじめて着たときは、似合わなくて嫌だな、と思っていた。今でも、そう思う。わたしに似合うはずがない。けれども、…… うじうじと考えながら、着替える。さっきまで寝転がっていた倉庫で。
2023-03-20 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 エマはいない。エミーが、倉庫の入口ちかくに立って、こちらをじっと見ている。……いや、見ている、のだろうか? とにかく、目をあけてこちらを向いているのはたしかだ。 飾り鎖をはずして、袖のないトップスを脱ぐ。ショートパンツをおろすと、ざらりと小 pic.twitter.com/lVKX32GdwQ
2023-03-21 08:00:06さな音がして、床に砂が落ちた。宇宙船の倉庫には不似合いな、海岸の砂。 さすがに、寒い。鳥肌がたっている肌をぽんぽんと叩いて、砂と埃をおとす。ちらりと目線を落として、気づく。下着には、まったく砂がついていない。埃も、泥のしみも。
2023-03-21 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 この旅がはじまったときに、宇宙船デイジーベルで支給された下着。ただの布みたいに見えるが、なぜか、まったく汚れがつかない。 鞄のポケットから布を出して、眼鏡を、かるく拭く。これがなければ、何も見えない。 木でできた、可動部分のないフレームと pic.twitter.com/4pksZt1iig
2023-03-22 08:00:07、ガラス製の分厚いレンズ。ベレオという大河に浮かぶ箱船で、引きこもっていた男につくってもらったものだ。 それから、指輪。 地下世界で、小さな騎士にもらった、愛のあかし──、 床を見る。それから、転送機を。ため息をつこうとして、エミーの目を気にしてやめる。
2023-03-22 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 足下の、宇宙服をみる。 むかし、テレビや写真で見たことのある宇宙服とは、だいぶ様子がちがう。一見したところ、グレーの生地にオレンジの線が入った、普通の作業着のようだ。ただ、長靴風のブーツと手袋は、作業着と一体化して、切れ目なくつながってい pic.twitter.com/Ll2tGXI0Gn
2023-03-23 08:00:06る。 正面にある切れ目から足を入れて、全身をなんとか詰め込む。内側は綿の布地のような感触で、素肌にあたってもそれほど不快ではない。たぶん、本当は肌着の上に着るものなのだろうが。
2023-03-23 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 サイズが合わないので、手袋は指の先が余ってしまった。袖をまくろうと思ったが、うまくいかない。脚も丈が余っていて、歩きにくいが、仕方がない。 切れ目を留めようとして、気づく。チャックがない。ただの、なめらかな切れ目だ。 「これ、どうやって…… pic.twitter.com/inlKlB0jgB
2023-03-24 08:00:06、」 小さな声でつぶやきながら、エミーのほうを見る。 返事はない。 「あの、これ……」 ちょいと、胸のところを持ち上げて、もう一度声をかける。 エミーはこちらをむいたまま、微動だにしない。石像みたいに直立して、まぶたを見開いたまま。 「ねえ……ねえ!」
2023-03-24 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 朱里は不安になって、船外服の胸元を右手で握ったまま、よろよろとエミーに近づいた。 「ちょっと!」 耳元で叫んでも、反応はない。 どきんと、心臓が大きく跳ねた。 ぞっとする。 おもわず手を出す。エミーの、かたい頬にふれる。冷たい。 がたん、 pic.twitter.com/j2xjqdfAEF
2023-03-25 08:00:07と、乾いた音がした。 次の瞬間、エミーは膝からくずおれて、朱里の足元に倒れていた。首は力なく曲がって、足の関節は、ふつうとは反対側にぐるりと回転して。 まるで、あやつり人形の糸が切れたみたいに。 朱里は、どうしていいかわらなくて、途方に暮れてしまった。
2023-03-25 08:00:08