秋も深まる夜会の日の昼下がり、ベアンハートの使いで街に出たアンジェロはカラスに襲われ恐怖で動けなくなっていた真っ黒な仔猫を保護する。 このまま街に逃がしても他の生き物に襲われかねないと踏んだアンジェロは、ベアンハートに内緒で仔猫を連れ帰り、オスカーと名付けて育てることに。 しかしその晩は夜会で家を空けねばならず…
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ひとまずグルニールの店で買ってきた乾燥フードを買ってきたミルクでふやかすため、部屋の観葉植物の水受け皿をきれいに拭いて餌の準備をする。 更にもらってきたぼろ布を大き目のチェストの中に敷き、アンジェロはその中に餌とオスカーを納めた。 「ちょっと狭いけど俺が戻るまでいい子にしてろよ」

2021-11-22 14:55:47
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

それだけ言い残すとチェストの口を僅かに開け、アンジェロは仕事着に着替えて鍛冶場へと戻っていった。

2021-11-22 14:57:06
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【Ⅳ】 「よし、今日はもういいぞ。 あとは俺がやっておくから、お前は帰り支度をしろ」 陽が西に傾きかけた頃、作業に一段落ついたベアンハートは懸命に大鎚で鋼を練っていたアンジェロに声をかけた。 「あ、ありがとうございます!」 アンジェロは手を止め、額の汗を拭った。

2021-11-24 14:36:15
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「あの…親方…」 アンジェロが珍しく上目遣いで畏まってベアンハートに声をかけた。 「親方は、その…ノミとかダニとか動物の毛で、痒くなったり息苦しくなったりとかします?」 作業中は私語禁止の鍛冶場では作業が終わった後でしか言葉を交わせないのだが、開口一番アンジェロが奇妙なことを問う。

2021-11-24 14:36:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「…?どうしたんだ、藪から棒に」 きょとんとした顔で問いを問いで返すベアンハート。 「あ、や、その…実家で猫を買い始めたので…」 アンジェロは予め用意していた行き訳を並べ、ベアンハートの答えを聞き出す。 「いや、そういうのは全くないが。 そんなに毛の抜ける猫なのか?」

2021-11-24 14:38:05
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「や、その、俺も飼い始めで詳しく知らなくて…でも猫でそういう症状が出る人が居るって聞いたんスよ」 「そうか、まあ、特に今は猫の換毛期だからな。そういう体質の人には厄介だろうが俺については心配ない。 まあ、伯父さんと可愛い猫によろしくな」 罪のない笑顔で還すベアンハート。

2021-11-24 14:38:45
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かくして支度を終え、待ち合わせ場所に向かうアンジェロ。 先程確認したところ、オスカーは餌を平らげチェストの中で丸まって眠っていたので、アンジェロはこっそりミルクを頂戴して餌を追加し明日までそのままにしておくことにした。 明日帰ってきてから詳しい話をベアンハートに打ち明けるつもりで。

2021-11-24 14:39:13
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「それじゃあ気をつけてな、伯父さんとリックに宜しく伝えてくれ」 鍛冶場の前まで出て来て見送ってくれたベアンハートが言う。 と、 「親方…その、こ、今晩は俺の部屋には入らないでくれ。 ちょっと買い物で散らかってるから…」 何故か目を泳がせアンジェロはベアンハートに言った。

2021-11-24 14:39:48
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「ん?ああ…それは別に構わんが」 何だかそわそわと落ち着かない様子のアンジェロに違和感を覚えつつ、ベアンハートは敢えて詮索はしなかった。 「その、マジで頼む。それじゃあ、行ってきます」 「ああ、気をつけてな」 少しこちらを気にする素振りを見せながらアンジェロは山道を下って行った。

2021-11-24 14:42:40
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リチャードを乗せたチェーザレの馬車がアンジェロを迎えに来たのは彼が山道の入り口に到着してすぐの出来事だった。 チェーザレが扉を開けるとアンジェロはリチャードが既に乗っていた馬車の客車に乗り込む。 「今日は珍しく時間通りに来たな」 リチャードが笑いながら言った。

2021-11-24 14:47:11
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大体いつも待たされるリチャードからすると、アンジェロが時間通りにやってくるのは珍しいことなのだが… 「どうした?なんか難しい顔してるけど…」 仏頂面のアンジェロを見てリチャードがアンジェロの肩を叩く。 彼の言うとおりやはりアンジェロはオスカーが気がかりなのか難しい顔をしていた。

2021-11-24 14:49:10
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リチャードとアンジェロの間に大人しく座っているスリもくうん、と鼻を鳴らしてアンジェロを心配そうに見つめている。 「や…実はな…」 耐えきれず、アンジェロはこれまでの経緯をリチャードに話した。 「え?!ってことは猫を連れ帰って住み込み部屋に置きっぱなしなのか?」 「バカ!声デケェよ!」

2021-11-24 14:51:10
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

いつものように素直なリアクションを見せるリチャードと、それより大きな声で返すアンジェロ。 どうやら大丈夫そうと踏んだのか、スリはまた顔を伏せ目を閉じた。 「帰ったら親方に話すつもりなんだけど…ネズミ捕りのつもりでとでも言っとっかな…」 「ネズミは出るのか?」 「…出ない」

2021-11-24 14:53:33
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

…双子の味気ない問答で静まる車内。 「っつーか一番困ってんのは猫なんか飼ったことねーからどう扱っていいかわかんねーんだよな。 周りに猫買ってるやつなんていねーし…」 なおも難しい表情を浮かべるアンジェロ。 「猫を飼ってる人…周りに…。 あ、そういえば!」 リチャードが顔を上げた。

2021-11-24 14:56:51
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「いるよ、周りに猫を飼ってる人!」 リチャードの言葉にアンジェロも思わずぱっと表情が明るくなる。 「え、ご近所さんかなんかか?」 「いや、もっと身近な人だよ。 たしかファルコの娘さんが屋敷で猫を飼ってるって前に聞いたんだ」 「はぁ?!ファルコが?!」 素っ頓狂な声を上げるアンジェロ。

2021-11-24 14:59:26
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

リチャードの話はこうだ。 ファルコには長男のドラコの他にドラコの年子の姉、長女・リューテシカがいる。 彼女はルディガー家の屋敷で父と弟と同居しており、年老いた白いメス猫を飼っているとのことだった。 メス猫は幼い頃にリューテシカが拾ってきたもので、今も屋敷で大切に飼われているそうだ。

2021-11-24 15:04:23
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「きっと今日の夜会にはファルコも来るはずだから聞いてみたらいいよ」 明るく言うリチャードとは対象的に、 「こんな時まであいつの世話になんなきゃだめなのかよ…」 アンジェロはげんなりして肩を落とした。 そうこうしているうちに王宮が見えてきた。 「ま、背に腹は代えられないか…」

2021-11-26 14:49:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

混乱を避けるために裏口から城に帰ってきた二人は直ぐに自室に戻り、夜会のための礼服に着替えた。 日頃少しラフな格好をして過ごしているせいか、礼服が窮屈に感じる二人である。 特に、 「あれ、なんか腕周りキツイな…」 ガウンに袖を通してアンジェロが独り言ちた。

2021-11-26 14:50:25
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「太ったのか?」 からかうように戯けて言うリチャードに、 「お前も朝から晩まで大鎚で腰と腕痛くなるまで熱い鋼捏ねてりゃ俺みたいなイカしたカラダになれるぜ」 腕をぐっと曲げて力瘤を作って見せたアンジェロの腕はたしかにここを出たときより一回り太くなっているのが見てもわかる。

2021-11-26 14:51:09
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「そのうちベアンハートさんみたいになったりしてな」 クスクスと笑うリチャード。 「流石に親方くらいでかくはなれねぇだろうなあ。あの人は特別…」 刹那、突然聞こえてきたノックの音で二人の話は途切れた。 「王子、失礼致します。チェーザレが参りました」 扉の向こうから聞き慣れた声がした。

2021-11-26 14:52:02
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「開宴時間が迫って御座います、大ホールへお越しくださいませ」 扉越しに聞こえたチェーザレの声に、 「わかったよ、今から行く」 リチャードは答えると、 「バタバタだな、帰ってきてゆっくりもしてられないなんて」 苦々しくアンジェロに笑いかける。 かくして二人は揃って大ホールへ向かった。

2021-11-26 14:52:54
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

伯父・エリック王の乾杯の音頭で宴の幕が開けるとアンジェロは早速お目当ての人物を探した。 普段は極力近寄らないようにしている伯父の親友は、今日はいつもの黒い鎧ではなく礼服に身を包んで見慣れた若者と共に会場の隅でグラスを傾けていた。 「シケた呑み方してんなぁ」 ポツリと零すアンジェロ。

2021-11-26 14:53:32
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「よう、ファルコ」 若者と恐らくは仕事の話でもしていたであろうファルコにアンジェロは声をかけた。 「これは殿下、ご機嫌麗しゅう」 軍人のそれらしい威厳のある立ち振る舞いで敬礼をするファルコ。 「で、えっとこっちは…」 「ルディガーの長男・ドラコで御座います、殿下」 若者も敬礼する。

2021-11-26 14:54:46
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「あー、そっか、わりぃ。名前聞いたはずだったんだけどな」 アンジェロが頭を掻きながら言う。 「殿下から私に御用とは珍しい、如何なさいましたか?」 挨拶もそこそこにファルコの方から本題に切り込んできたので、 「や、ちょっとお前に聞きたいことがあってさ」 何食わぬ顔でアンジェロが返す。

2021-11-26 14:56:00
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

が、その後アンジェロは気まずそうにファルコを見上げた。 「場所を変えたほうが?」 ファルコが問うのへ、 「や、ここでいいんだ…大したことじゃねーし」 少し上目遣いでファルコを見やり、アンジェロは答えた。 「その…お前ん家さ、猫、飼ってんだよな?」 妙に真剣な面立ちでアンジェロは問うた。

2021-11-26 14:57:53
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「それは我が家のスメタナのことでしょうか?」 アンジェロのやたらに真剣な声色にキョトンとしながらファルコは答えた。 「あ、スメタナって言うのか、お前ンとこの猫」 食い気味のアンジェロへ、 「スメタナは姉が幼い頃に我が家に連れてきた捨て猫ですが…それが如何なさいましたか?」

2021-11-26 14:58:28
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ドラコも輪に加わる。 「や、あの…えーと、猫ってさ、具体的にどういうふうに飼うのかと思ってさ…」 目を泳がせながらアンジェロが問う。 「…猫を飼われるので?」 「い、いや、まだ決まったわけじゃねーよ!…今ん所はだけど…」 アンジェロの妙なテンションに顔を見合わせるルディガー父子。

2021-11-26 14:58:58
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「そうですね…まず、猫というのは自由ですし犬と違って忠誠心というものがありません。 しかしながら家族の情というものを待っていますから、家来というより家族のような間柄になりますね」 ドラコが思い出すような仕草をしながら答えた。 「それと高価な調度品などは破損にご注意下さい」

2021-11-26 14:59:26
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「猫は高い所が好きで棚や窓枠などに登りますから大切なものを落として壊されないようにされるとよろしいかと存じます」 ドラコの話に食い気味に聞き入るアンジェロ。 「また、雌雄の差はありますが春の発情期は大声で鳴いたり粗相をしたりしますのでそこも気をつけられるとよろしいかと」

2021-11-26 14:59:57
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「ドラコ、殿下が聞いておられるのはそうしたことではなく餌や道具などのもっと初歩的なことではないのか?」 と、ここでファルコが口を挟んできた。 「そ、そうだ、例えば餌でオススメとか、持ってるといいモンとかないのか?」 興奮しながらアンジェロが問う。

2021-11-26 15:00:31
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「殿下はスリのお世話をされたことがあるかと存じますが、猫の餌は雑食の犬と違ってより肉食性が強いのです、ですから魚を中心に与えるとよろしいかと。 しかし猫にも向かない魚介類があります、イカやタコ、貝などの魚以外の海産物や青魚は避けたほうが無難ですな」 ファルコの言葉に頷くアンジェロ。

2021-11-26 15:23:09
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「青物はだめなんだな?逆にいいのは?」 「マグロやカツオは猫の好物です、ただ嗜好性が高く割高なので普段与えるのは安い白身の魚でも大丈夫でしょう。 ただし寄生虫の心配がありますので肉にしろ魚にしろ火を通すことをおすすめ致します」 アンジェロはいつの間にか用意したメモにペンを走らせる。

2021-11-26 15:01:16
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「あと、猫は大変きれい好きですので、目の細かい鉄の櫛で毛を梳かしてやって下さい。 また、用を足す場所を一箇所に決めて用を足しますから、木箱などに砂を敷き詰めるといいですよ」 ふんふん、と頷きながらアンジェロはペンをメモに走らせた。 やはり経験者に聞くのが一番の近道だと痛感する。

2021-11-26 15:02:48
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「お、そうだ。ドラコ、例のものを殿下にも…」 「そうですね、わかりました」 何やら意味深な言葉をかわすとドラコは、 「少々失礼致します」 言って会場を出ていった。 「え、な、なんだよ例のものって?」 興奮気味にアンジェロはファルコに問うた。

2021-11-26 15:05:03
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やがて少ししてドラコは何やら小さな布を持ってアンジェロ達の元へ戻ってきた。 「殿下、どうぞこちらをお持ちください」 ドラコから手渡されたのは布の袋に入った手の平ほどの大きさの木の箱だった。 「なんだこれ?」 言ってアンジェロは木箱の蓋を開けた。

2021-11-27 07:26:27
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箱の中に入っていたのはおがくずを更に細かく砕いたような茶褐色の粉だった。 だがなぜだろう、香ばしく何やら食欲をそそる香りが漂う。 「え、なんだこれ?」 「それは東大陸より買い求めたカツオを乾燥させ細かく砕いたものです」 ファルコが言うのへ目を丸くするアンジェロ。

2021-11-27 07:26:57
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「東大陸では一般に調味料やスープストックに使われるものなのですが、風味が良く猫の好物なのです。 我が家のスメタナもこれに目がなく…」 確かにファルコの言うとおりかすかな魚臭さと香味は猫ならずとも食欲をそそられる。 「これを餌に混ぜ込むかふりかけてやれば餌の食いつきがよくなりますよ」 pic.twitter.com/c0ifxJ11d7

2021-11-27 07:28:39
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ドラコも続ける。 「いやー、マジかよ!サンキュー、恩に着るぜ!」 遠い異国の不思議なお助けアイテムにすっかりテンションが上がるアンジェロ。 「その御様子ですと家主への説得がまだかと存じますので、成功をお祈りしております」 そしてしっかりアンジェロを現実に引き戻すファルコであった。

2021-11-27 07:29:42
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【Ⅴ】 このところあの新入りが来てからというもの、狭く感じていた食卓が今夜は妙に広く感じる。 一人分の夕食とエールを食卓に並べながらベアンハートは少し寂しい気持ちで席に着いた。 ほんの数ヶ月程前まではこれが当たり前の光景だったのだが、寒さのせいもあるのか不思議と寂しさが募る。

2021-11-28 01:45:02
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アンジェロが来てからの数ヶ月ベアンハートはかつて師が自分にしてくれたことをなぞるようにアンジェロと接してきた。 そのせいかかつて師が自分と過ごす中どう思っていたのかがうっすらとわかってきた気がしていた。 だからこそアンジェロがいない晩は師がいなくなった頃のような寂しさを覚えるのだ。

2021-11-28 01:46:18
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気を取り直して昼間アンジェロが買ってきてくれた塩漬けのタラのクリーム煮を頬張ったそのとき、 「みゅ〜ん!」 不意に聞こえてきた不思議な声にベアンハートは顔を上げた。 聞こえてきたのは猫の鳴き声だ。 しかしこんな山の中まで野良猫が入ってくるのは考えづらい。 ベアンハートは首を傾げた。

2021-11-28 01:47:06
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すると、 「みゅ〜ん!」 まただ。間違いなくか細い猫の鳴き声がベアンハートの耳に届いた。 ひょっとしたらトビや鷹に襲われて山の中に連れてこられた猫が助けを求めているのかも知れない。 そう思ってベアンハートはスプーンをテーブルに置いて椅子から立ち上がってもう一度声が聞こえるのを待った。

2021-11-28 01:47:37
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しかし妙だ、鳥に捕われたにしては聞こえてくる声が近い、まさか屋根の上にでも落とされたのだろうか。 そう思っていると、 「みゅ〜ん!」 声はドアの向こうから聞こえてくる気がして、ベアンハートは廊下に出た。 「?」 と、ベアンハートの耳が異音を捉える。 ガリガリと壁を引っ掻くような音だ。

2021-11-28 01:48:52
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

その時ベアンハートはあることを思い出した。 『親方…その、こ、今晩は俺の部屋には入らないでくれ。 ちょっと買い物で散らかってるから…』 アンジェロの不自然な言葉に合点が行った。 案の定音はアンジェロの部屋の方から聞こえてくる。 「そういうことか…」 ベアンハートは苦笑いして独り言ちた。

2021-11-28 01:49:39
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入るなと言われてはいたが、家の所有権は自分にある以上権利は行使させてもらうこととする。 禁を破ってベアンハートはアンジェロの部屋のドアを開けた。 アンジェロの言葉に反して部屋は片付いており、机の上に今日のものらしき買い物袋が無造作に置かれているだけだ。 そして…

2021-11-28 01:50:16
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「みゅ〜ん!」 ガリガリという引っ掻き音と助けを求めるような切なげな鳴き声がベッド脇のチェストから聞こえてくる。どうやら声の主はこの中にいるらしい。 …なんと言うか、非常に分かりやすい。 ベアンハートは少しだけ隙間の開いたチェストを開けると、案の定中には小さな黒い子猫が入っていた。

2021-11-28 01:50:51
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「む〜…」 ベアンハートを見るなり一瞬怯む黒猫…オスカー。 しかしベアンハートは慣れた手付きでチチチ…と舌を鳴らすと注意深くオスカーに手を差し伸べた。 見ればオスカーはボロ布の上に用を足しており、餌が入っていたであろう皿は空だ。 炊事で気づかなかったが結構長い時間鳴いていたのだろう。

2021-11-28 01:52:35
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

部屋も冷えているし恐らく寒さと空腹と不自由さで不安になって鳴いていたのだろう。 やがてベアンハートは怯えるオスカーの眉間あたりを優しく指先で掻いてやると、怯えていたオスカーも徐々に落ち着きを取り戻して来た。 それを見計らい、ベアンハートはオスカーをそっと箱から取り出し、抱き上げた。 pic.twitter.com/DL3lIprXQz

2021-11-28 01:53:38
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「寒くて狭くて怖かったろう、もう大丈夫だ」 ベアンハートは大きな手でオスカーの背を撫でながら言い聞かせるように呟いた。 と、オスカーの毛の隙間からボロボロと死んだノミが落ちてくる。 「ちゃんとノミ取りしてもらったのか」 オスカーの瞳を覗き込みベアンハートはオスカーに問うように言った。

2021-11-28 16:45:38
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

勝手に猫を連れ込んだり自分に黙っていたアンジェロに対し、ベアンハートは別段怒りは感じていなかった。 恐らくああ見えて人のいいアンジェロのこと、恐らくこの猫を放っておけず連れてきてしまったのだろう。 ヴォストニアの冬は雪深く寒さが厳しい、このまま路上にいたならこの猫の命はないだろう。

2021-11-28 16:46:14