秋も深まる夜会の日の昼下がり、ベアンハートの使いで街に出たアンジェロはカラスに襲われ恐怖で動けなくなっていた真っ黒な仔猫を保護する。 このまま街に逃がしても他の生き物に襲われかねないと踏んだアンジェロは、ベアンハートに内緒で仔猫を連れ帰り、オスカーと名付けて育てることに。 しかしその晩は夜会で家を空けねばならず…
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

いばらの壁の向こうから~双子の王子の物語~ 【Episode7】夜空の黒、月の金 pic.twitter.com/iWEkqfwwlq

2021-11-18 01:23:52
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【Ⅰ】 黄泉返りの夜が終わった後のヴォストニアの気候の変化は実に目まぐるしい。潔いと言って良い。 美しく色づいた落ち葉たちはお役御免とばかりに早々に枯れ草の上に散り、半月もすれば初雪がやってくる。 そうなればいよいよヴォストニアの長い冬の幕開けだ。 冬の足音はもうそこまで迫っていた。

2021-11-18 01:25:00
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話は変わり、鍛冶屋の朝は早い。 朝5時半に起き、顔を洗って朝食を摂り、着替えて鍛冶場に入ればもう職人仕事の始まりだ。 その朝はこの秋の中でも一等寒い朝だった。 「…ぐおぉ…寒ッみぃ…」 起き抜けに第一声、カチカチと歯を鳴らしながらアンジェロは寝間着に包まれた両腕を擦った。

2021-11-18 01:26:08
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アンジェロの住み込み部屋は民家とはいえ石で作った気密性の高い部屋だ。元は師・ベアンハートが大師匠・スコグルの元で修行していたときに使っていた由緒ある部屋である。 しかし城育ちで気温による不便を知らないアンジェロからすれば山の野中の一軒家である居住区の寒さは堪えるものがあった。

2021-11-18 01:26:50
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アンジェロが熊の毛皮でできた毛布から出られず包まっていると、 「アンジー、起きてるか?」 重いノックとともに扉の向こうからベアンハートの声が聞こえてくる。 「あ、ああ…い、今いく…ックション!」 思い切りくしゃみをして鼻を啜りながらアンジェロは震える体でベッドから這い出した。

2021-11-18 01:27:37
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「随分寒さで不便してるみたいだな、大丈夫か?」 鍛冶場の竈で暖をとるアンジェロにベアンハートは心配げに問うた。 「うん、まぁ、大丈夫なんスけど…なんせ実家が暖かかったもんで…」 「まあ、お屋敷から来てこんな辺鄙な山小屋で冬を越すのは確かに厳しいかもしれんな」 考え込むベアンハート。

2021-11-18 01:28:28
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「でも確か今夜だったろう、実家に帰る用事があるのは。 今夜は親元の温かい寝床で眠れるな」 ベアンハートが白い歯を見せて笑う。 「あっ、そうか!今日だったか、やっべー、忘れるとこだったぜ」 ベアンハートに言われてアンジェロはハッとして独り言ちた。 …今夜は王宮の定例夜会なのだ。

2021-11-18 01:29:32
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先の黄泉返りの夜のように例外もあったがリチャードもアンジェロも城から出て数ヶ月、定例の夜会の晩には必ず王宮に戻り伯父であるエリック王や王宮の者たちに近況を報告するのが習慣になっていた。 それは双子にとっても城の者たちにとっても掛け替えのない大切な時間であった。

2021-11-18 01:30:28
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「今日は夕方までにここを発つんだろ、悪いがその前にグルニールさんの所に買い出しに行ってきてくれないか。これから寒くなるから保湿用品なり色々必要なんだ」 ベアンハートの言葉を聞いてアンジェロは内心小躍りした。 「しゃ、しゃーないっスね。ま、俺もハンドクリーム尽きそうですから…」

2021-11-18 01:31:12
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口ではそう言いつつアンジェロはウキウキ気分で張り切っていた。 大好きな趣味の買い物に今夜は夜会…すぐにでも仕事の時間が過ぎてほしいと、珍しく内心ではそんなことを思っていた。 「早く帰りたいって顔に書いてあるぞ」 刹那、ベアンハートの大きな手のひらがバシンとアンジェロの背中を打った。

2021-11-18 01:31:59
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【Ⅱ】 「ミルクと干し肉、タラの塩漬け…押し麦も買ったし、あとはグルニールさんとこか」 道中食料品の入ったズタ袋を担いでアンジェロは手元のメモを確認した。 朝の仕込みが終わり、買い出しに出かけたアンジェロはひとまず食料品を買い込んでグルニールの薬局へと向かっているところだ。

2021-11-18 19:59:51
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相変わらずベアンハートが少し多めに小銭を持たせてくれたので、近日発売予定と言われていた秋・冬用のハンドクリームと香水を見るのが楽しみで、心なしか蹄の音も早くなる。 薬局はもう目と鼻の先だ。 と。 「ん…?」 ふと、アンジェロは微かに聞こえる異音に気がつき足を止めた。

2021-11-18 20:00:37
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「みゅーん!」 アンジェロの耳が、か細く甲高い助けを求めるような鳴き声を捉える。 思わずあたりを見回すと、 「あっ」 アンジェロの目にある光景が飛び込んできた。 路地に立て掛けられた立板の隙間を狙い、があがあと耳障りな声を上げ、カラスが嘴を突き立てているではないか。

2021-11-18 20:01:21
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カラスはバサバサと大きな翼を羽ばたかせ、何度も何度も執拗に立板の隙間から何かを引き摺り出そうとしている。 その度に先のか細い「みゅーん」という悲痛な鳴き声が上がる。 …恐らくカラスは立板の隙間に入った猫でも狙っているのだろう。 アンジェロはとっさに足元の小石を拾い上げた。

2021-11-18 20:02:03
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「このっ!」 アンジェロは拾った小石をカラスに向かって力任せに投げつけた。 小石は見事に翼を上げたカラスの脇腹に命中し、「ゲッ!」という苦悶の声を漏らしながらカラスは堪らず飛び去っていった。 アンジェロは足音を忍ばせ、立板の側まで行くと、そっと立板を手前に倒して中を見た。 と。

2021-11-18 20:03:01
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「うおっ」 ピカッと光る2つの大きな目に一瞬びくっとしたアンジェロであったが、よく見ると壁のどん詰まりと立板の隅の隅に挟まれた小さな黒い塊が見える。 立板を完全にどかして見ると、それは小さな黒い猫だった。 全身隈無く墨で塗ったような黒い被毛に、大きくまんまるな金の瞳をした若い猫だ。

2021-11-18 20:03:53
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「お前か、みーみー言ってたの…」 アンジェロはしゃがみこんで猫に手を触れようとした。 が、 「むー!」 なんとも間の抜けた声を上げ、怯えた猫がアンジェロの手をこれまた小さな手ではたく。 しかし爪を出すわけでもなく、ただ単に小さな丸い手をポフポフするばかりでなんの攻撃にもなっていない。

2021-11-18 20:04:31
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黒猫は生まれたばかりというわけではなく、かと言って大人になりきっているかと言えばそうでもない、小柄とはいえそれなりの大きさの猫だ。 あまりの鈍さにすわ飼い猫かとも思ったが、ゴワついた被毛や人に慣れていないところを見ると鈍いなりになんとか生きてきた野良猫なのだろう。

2021-11-18 20:05:02
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逃げ出せば良いものを、逃げることもせず隅に丸まってむーむー言っている(恐らくは怖くないけど威嚇をしているであろう)黒猫を見て、アンジェロは再びカラスの襲撃を予想せずにはいられなかった。 今回は運良く自分が通りかかったから良いものを、このまま放置すればいずれはカラスの餌になるだろう。

2021-11-18 20:05:31
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「んー…しょうがねぇなぁ…」 アンジェロは黒猫のポフポフを物ともせず、むんずと襟首を捕まえて持ち上げた。 やはりあまり食べていないのか、妙に軽い。 と、 「ゲッ!」 黒猫からピンピン、と黒い小さな粒が跳ね上がる。…ノミだ。 このノミや猫の痩せた体を見てアンジェロは猫が野良だと確信した。 pic.twitter.com/XflnYMJcZD

2021-11-18 20:06:12
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「ちょ、ちょ、おまッ…!そりゃまずいって!」 慌てながらもアンジェロは片手で猫を持ちながら前掛のポケットにしまっておいた予備の買い物袋を取り出し器用に広げると、中に猫を放り込んで口を縛った。 「みゅ〜ん!」 突然のことでさしもの黒猫もうごうごと袋の中でもがいている。

2021-11-18 23:45:08
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「居心地わりぃかも知んねぇけど、ちょっとの間大人しくしてろよ」 荒い麻布でできた袋なので中の猫が窒息することはないだろうが、このままにしておくのもそれはそれで宜しくない。 アンジェロは黒猫を入れた袋を抱いてグルニールの薬局までかけ足で向かった。

2021-11-18 23:45:51
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「いらっしゃいませ、グルニール調剤薬局へようこそ…おお、これはペンドラ…」 お決まりのグルニールの挨拶はそこで途切れた。 「恐れ入ります、そちらの袋は…」 うごうごと動く麻袋を持ったまま入り口に立ち尽くすアンジェロにグルニールは声をかけた。 「や…店には入んない方がいいと思って…」

2021-11-18 23:49:10
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清潔感が命の薬局にまさか虫だらけの猫を入れるわけにもいくまい、アンジェロは入り口に立ったまま事の経緯を説明する。 「なるほど、承知致しました。たしかにノミを店内に持ち込まれては他のお客様のご迷惑になります。 恐れ入りますが脇道から店の裏にお回りくださいませ、小生もすぐに参ります」

2021-11-18 23:52:47
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グルニールに言われて脇道から店の裏に回ったアンジェロは、勝手口らしき扉の側でグルニールを待った。 するとすぐに勝手口が開き、 「お待たせいたしました、まずは猫ちゃんの様子を拝見させていただきますね」 グルニールに言われてアンジェロは麻袋の口を解くと、黒猫は中で丸まっていた。

2021-11-19 01:49:44
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暴れ疲れたのか最早無抵抗で袋の口が開くと光に反応したのか「みゅーん」とか細く鳴いた。 アンジェロの言葉通り、麻袋の内側には所々に猫から飛散したと思しき黒い粒…ノミが貼り付き、中には元気に跳ね回っているものまでいる。 「よしよし、怖かったですねぇ、もう大丈夫ですよ〜」

2021-11-19 01:53:14
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猫を麻袋から取り出すと、グルニールはあやすように猫を撫でた。 「ちょ、おっさん、ノミが…!」 「お下がりください、ペンドラゴン殿。 小生の皮膚は丈夫で自己補修能力がありますのでノミに刺されたくらいではどうということはありません。 しかしペンドラゴン殿は馬の脚をお持ちですので危険です」

2021-11-19 01:55:46
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言われてみればアンジェロの下半身は馬なので毛の隙間にでも入られたらたまらない。 もちろん毎日体は風呂で洗っているので清潔には保っているのだが。 「大人しい良い子ですね。さあ、これからノミを落としましょうね」 グルニールに敵意がないことを悟ったのか、黒猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。

2021-11-19 01:59:15
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まずグルニールは目の細かいブラシを取り出し、猫の地肌に直接毛を当てるようにして優しく毛を漉き取っていく。 すると払い落とされたノミがボロボロと猫の毛の隙間から落ちてくる。 …アンジェロは内心で身震いした。 こんな小さな体にこんなにたくさんの寄生虫を飼っているとは。

2021-11-19 02:02:27
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ノミは水に弱いので本来はお風呂に入れてやさしく洗ってあげるのが良いのですが、見たところ痩せて体力も落ちているようですから、今日はひとまず駆虫薬とグルーミングでお手入れをいたしましょう」 言ってグルニールは不思議な形の瓶を取り出した。 ポンプ式の霧吹きのような小瓶だ。

2021-11-19 02:06:09
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

グルニールは丁寧に猫の毛を分けるとポンプを押して中の薬液を吹き付けていく。少しずつ丁寧にブラシで毛を分けては吹付け、毛を分けては吹付け、薬液を猫になじませていく。 「…その薬、一体なんなんだい?」 恐る恐るアンジェロは問うた。

2021-11-19 14:02:38
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「よくぞ聞いてくださいました、こちらの商品は『インセキラーG』、当店のベストセラー商品の一つでございます。 被毛を持つ全ての獣人のお客様、及び家畜に対応した駆虫薬になります。 小生の薬液と毒液から生成された薬効成分がお肌に浸透し一時的に血液に駆虫作用を持たせる商品となっております」

2021-11-19 14:07:26
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「有効成分が皮膚から体内に浸透し、その血液を吸ったノミやダニ、更には体内の寄生虫を駆除します。 もちろん成分は哺乳類の使用者様にとって安心、安全の成分で害は御座いません。 ねこちゃんですと毛づくろいで舐めた薬剤が体内にも入りますから蟯虫や回虫をも駆除できる画期的商品なのです」

2021-11-19 14:10:54
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「す、すげえ…そりゃあ売れるはずだぜ…」 話を聞いてアンジェロは思わず生唾を飲み込んだ。 「一度の使用でだいたい3ヶ月作用が持続し、効果は即日で現れます。 またお肌の炎症を鎮める成分も配合しておりますからノミに刺された痒みや腫れも緩和しますので定期的に使ってあげてください」

2021-11-19 14:15:31
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

グルニールの丁寧なグルーミングで、ゴワついた被毛はすっかり整い艶が出て、黒猫は見違えるほど美しくなった。 耳のあたりを後ろ足で掻くと、早くも死んだノミがボロボロと落ちてくる。 「せっかくですからドライシャンプーで毛の汚れも落としましょう。 これで駆虫は完璧なはずです」 pic.twitter.com/NBwA0DTROT

2021-11-19 14:18:26
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

手元に置いた緑の瓶の蓋を開けると、塩や胡椒の容器のような穴の空いた中蓋がついている。 中身はきめ細かな白い粉でこちらも同じように猫の背に振りかブラッシングしていく。 「タルクを中心とした水がない環境でお使いいただけるシャンプーでして、粉に汚れを吸着させ、ブラシで落としてやれば…」

2021-11-20 12:24:39
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

先の段階でだいぶ毛艶も出てきれいになった猫が今度は先まで野良猫だったとは到底思えないほど清潔感のある美猫に変身し、さしものアンジェロも舌を巻くほどだ。 「あまりやりすぎますと先の薬剤も落ちてしまいますからこの程度で良いでしょう」 「や…え、これ、さっきの猫…だよな?」

2021-11-20 12:26:57
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「勿論でございます。如何ですか、当店のケアグッズは?」 すっかり体の不快感から開放され、猫はゴロゴロと喉を鳴らしてグルニールの手にすり寄っている。あたりはノミの死骸やら汚れやらで汚れているものの、それもやがては風が散らしていった。 「ふ、フルセットで頼む、いくらだ?!」

2021-11-20 12:29:29
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【Ⅲ】 「さて、どうしたもんかなぁ…」 薬局からの帰り道、新しい麻袋を抱きかかえ、アンジェロは独り言ちた。 猫は木箱にぼろ布を敷いてそれを麻袋に包んだものに入れており、先よりも居心地良さそうな猫は時々「みゅ〜ん」とご機嫌に鳴いている。

2021-11-21 01:18:11
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

結局頼まれた買い物以外小遣いは猫の買い物に消えた。 そしてここまでした後にアンジェロは気づいてしまった。 自分が居候であったことに。 そもそも連れて帰ってきたものの家主であるベアンハートになんの許可もとっていないことに。 人の良いベアンハートのこと、頼んで断られることはないと思うが。

2021-11-21 01:22:10
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しかし頼み込んで置いてもらっている以上、通すべき筋はある。 さらにもしかするとベアンハートが猫の毛につくダニなどに過敏反応してしまう体質であるということもなくはない。 色々な考えが頭を巡るうち、アンジェロは鍛冶場に帰ってきた。 …対策は何も思い浮かばないまま。

2021-11-21 01:25:10
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いきなり拾ってきた猫を見せるわけにも行かず、ひとまずアンジェロは猫を自室に隠すことにした。 幸い買ってきた食料の中にミルクがあり、先程グルニールの店で買った保存用の餌はミルクや水で戻して与えるようにできている。これで餌は解決だ。 しかし問題は猫をどこに隠すかだ。

2021-11-21 01:28:04
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ひとまずこっそり自室に帰ってきて猫を麻袋から出す。 初めて室内に入ったからか猫は不思議そうに部屋を見回している。 「いいか、今日からここがお前の家だぞ…たぶん」 アンジェロは猫を抱き上げ呟いた。 「そういえばお前、名前がないよな」 言ってアンジェロは考え込んだ。

2021-11-21 01:31:20
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

猫の絹のようになめらかな漆黒の被毛を見て、ふとアンジェロは特区の夜祭を思い出した。 夜闇色の体、月のような瞳… 「Oscuro(オスクロ)…確かグレーブレルムでは闇はそう言うんだっけ」 あの晩、大叔父・メルヴィンに教わったグレーブレルム地方の言葉をアンジェロは思い出していた。

2021-11-21 01:37:06
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

グレーブレルム地方は西大陸南岸西部にルーツを持つ移民たちが住む地方だ。よってグレーブレルムでは特区に限らず南岸西部の言語を話す住民が多い。 グレーブレルムを統治下に治めていたメルヴィンは南岸西部の言語も堪能だとあの晩の伯父から聞いた。

2021-11-21 01:44:39
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

あの幸せな晩の記憶が、何故かこの黒猫を見ていると思い出される。 「Oscuro…オスク…オスカー…。お、いいなこれ!」 アンジェロは猫を抱き上げその黄金の月のようなまんまるな瞳を覗き込んだ。 「オスカー!そうだ、お前は今日からオスカーだ、わかったか!」 アンジェロは嬉しそうに猫に告げた。

2021-11-21 01:48:12
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

本人…本猫は全くわかってなさそうだが、猫は…オスカーは金色の瞳をくりくりさせて「みゅーん」と人懐っこく鳴いた。 「よーし!今日からよろしく頼むぞ相棒!」 さっきまでノミにまみれて汚れていたことなどすっかり忘れ、アンジェロはオスカーをぎゅっと抱きしめた。 と。

2021-11-21 01:50:49
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「おいアンジー、帰ってきてるのか?」 重いノックの音と共に聞き慣れたよく響く声が聞こえてくる…ベアンハートだ。 「やべっ…!」 とっさにオスカーを背に隠し、 「あ、はい!親方、すいません!」 慌てて応答する。 「おお、ご苦労だったな」 言ってベアンハートがドアを開けて入って来た。

2021-11-21 01:55:11
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「帰ってきたなら一声かけてくれればよかったろう」 幸い気づいていないのか、ベアンハートは普通に語りかけてくる。 「自分の買ったもん部屋においてからと思って…あ、小遣いありがとうございました。すぐ仕事戻りますんで!」 背後を気にしてしどろもどろになりながらアンジェロは返した。 pic.twitter.com/QkYe0hTpnu

2021-11-21 01:58:01
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「夕方にはリックが迎えに来るんだろ、今日は早めに上がって支度していいぞ。 後で買ってきた食料品だけ台所に置いておいてくれ」 「わ、わかりました、ありがとうございます…」 それだけいうとベアンハートは部屋を出て鍛冶場に戻っていった。 …安堵に胸を撫で下ろすアンジェロ。 「危なかった…」

2021-11-22 14:52:22
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