秋も深まる夜会の日の昼下がり、ベアンハートの使いで街に出たアンジェロはカラスに襲われ恐怖で動けなくなっていた真っ黒な仔猫を保護する。 このまま街に逃がしても他の生き物に襲われかねないと踏んだアンジェロは、ベアンハートに内緒で仔猫を連れ帰り、オスカーと名付けて育てることに。 しかしその晩は夜会で家を空けねばならず…
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「猟犬の代わりに狼とはたまげたな。まあ、犬は元来手懐けた狼が元になっているとは聞いているが…」 言ってベアンハートはビリーをしげしげと見つめた。 アンナの隣で大人しく待ちリュウと戯れる姿は犬というより躾のよく行き届いた人間の子供のようだ。 「子供の頃に怪我で群れから逸れた子なんだ」

2021-12-09 00:05:26
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「本当に小さな頃に主人が拾ってきてから我が家で暮らしていましたから、自分を人間だと思っている節があるんですよ。私にとっては我が子のようなものですわ」 ビリーを優しい目で見つめ、微笑むアンナ。 「なるほど、お噂通りの腕利きですな。話はわかりましたよ、ちょいとお待ちを」

2021-12-09 00:06:04
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

言ってベアンハートは鍛冶場の奥から箙に入った一束の矢束を持ってきた。 「え、これって…」 それを見たアンジェロが思わず声を上げた。 「て、鉄の矢…ですか?」 アンナも目を見開いて続ける。 ベアンハートが持ってきたのはその名の通りの「鉄の矢」だ。 ただし矢尻とシャフトが鉄でできている。

2021-12-09 00:06:37
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

矢羽根には猛禽類の丈夫な羽が用いられている。 しかし一般的に矢は木か竹のシャフトに鉄や石の矢尻を取り付けたものが一般的だ。 「なるほど、シャフトまで鉄で作りゃあそう簡単に折れたりしないわけか」 アンジェロが頷きながら呟いた。 「でもさ、これ重くない?矢は重いと飛ばないんじゃないの?」

2021-12-09 00:07:34
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

商人の子らしくそういうところに目ざとく突っ込むリュウ。 おそらく同じ疑問をアンナも持っているのだろう、同じように訝しげに矢を見つめている。 「うちは力自慢の獣人や魔族のお客も多くてね、人に合わせた武器じゃ力に耐えきれず武器が壊れるお客も多く来るんですよ」 とベアンハート。

2021-12-09 00:08:22
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「で、この矢はシャフトに鉄より軽くて丈夫な金属を使ってて鉄の矢尻を溶接して作った特別製なんです。 重みと飛距離を計算して重さを調節してます。 見たところこの弓を日頃から使える奥さんならこの矢でも問題なく飛ぶと思うんです、矢の重みで殺傷力も上がるしね」 ベアンハートが矢を指して言う。

2021-12-09 00:08:55
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「人間のご婦人を獣人の野郎と同列に扱うのも失礼な話ですが、こいつならきっと奥さんの弓の力にも耐えられるはずですぜ」 言ってベアンハートはアンナに矢を一本手渡した。 …アンナは真剣な眼差しで矢を手に品定めする。 「思ったより軽いわ、これならある程度の本数を携えても山に入れそうね」

2021-12-09 00:13:10
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

矢尻や矢羽根などの細かい部分にも触れ、 「…非の打ち所がないってこういうことを言うのね」 信じられないというふうに頭を振ってアンナは独り言ちた。 「でしょ!これがうちの親方の仕事なんだよ」 何故か自慢げに胸を張るアンジェロをベアンハートは小さく小突いた。

2021-12-09 00:15:47
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「奥さん、もし良かったら試し打ちしていきませんか。 うちはお客にできるだけ試してもらって納得して買ってもらってるんでね。 もちろん合わないなら合わないで遠慮なく言ってください、今後の参考にするんで」 言ってベアンハートは外の射撃場を指差す。 「あ、こないだリックがやったやつだね」

2021-12-09 00:18:34
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リュウが言うとベアンハートは笑顔で頷いた。 「ご親切にありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えてお試しさせて頂こうかしら」 アンナも矢が気になったようで、少し楽しげに答える。 「そうと決まったらこちらにどうぞ。アンジー、その箙をこっちに持ってきてあげてくれ」 「よしきた!」

2021-12-09 00:21:39
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かくして射撃場の的の前で、アンナは鉄の矢を番え弓を構えた。 キリキリと弓の張りつめる音だけが森に響き、大の男でも引くのに苦労するだろう強弓が目一杯にしなる。 次の瞬間、空気を切り裂く鋭い音と共に矢は放たれ、中央の的のど真ん中に命中した。 …かに見えた。

2021-12-10 13:54:43
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

が、 「あれ?矢、どこ?」 リュウが首を傾げる。 的の真ん中を撃ち抜いたはずの鉄の矢が見えない。放たれた矢は確かに真ん中を撃ち抜いたはずなのだが… と、 「おい、よく見ろよ、あれ!」 アンジェロが的を指さした。 なんと鉄の矢は的を貫通し、矢羽の根本まで的に突き刺さっているではないか。

2021-12-10 13:55:28
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「えぇ?!」 リュウが驚くのを尻目にアンナはもう一本の矢を番え、今度は人型の的の頭の部分を狙い矢を放つと、驚いたことに命中した的の頭部分が文字通り木っ端微塵に砕け飛んだ。 「す、すっげー…アンナさんの弓、初めて見たけど…」 「…こりゃあクマも倒せるはずだぜ」 呆然とつぶやく子供達。

2021-12-10 13:56:05
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「見事だね、奥さん」 さしものベアンハートも拍手でアンナを讃える。 「アンジー、矢を回収してきてくれ」 「わかった」 ベアンハートに言われたとおりアンジェロが鉄の矢を回収しに行く。 「すげえ!あれだけの力で撃ったのに矢が無傷だ!」 と、使用済みの矢を手にしたアンジェロが声を上げた。

2021-12-10 13:57:12
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

アンジェロの言うとおり確かに矢は折れるどころかシャフトが曲がるようなこともなく、番えたままの姿で綺麗に残っていた。 「これなら毎回買い足さなくてもいいと思いますがね、どうです奥さん?」 ベアンハートが問うとアンナは満足そうに頷いた。 「とても良い矢ね、いただくわ」

2021-12-10 13:58:01
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ありがとうございました、もしよろしければ今後ともよしなに」 こうしてアンナは鉄の矢を二束ほど買うと帰り際ベアンハートに頭を下げた。 「こちらこそいいご縁をありがとうございます、また何かあればいつでも!」 ベアンハートも笑顔で返す。 「ねえおっちゃん、またにゃんこ触りに来ていい?」

2021-12-10 13:59:54
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

アンナの隣でふてくされたパチコを抱いたリュウが言うのへ、 「ってかお前なんか断ったってくるじゃねぇか」 アンジェロが肩をすくめた。 と、 「みゅーん!」 オスカーが声を上げると看板の下まで駆け出し、道の向こうを見やる。 その方向から客らしき一団がこちらに向かってくるのが見えた。

2021-12-10 14:03:03
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「オスカーはお客が来るのわかんのかな?」 リュウは言って不思議そうな目でオスカーを見つめた。 やがて一団が案の定看板の前にいたベアンハートとアンジェロに、 「あの、金物の修理をこちらでされていると聞いたのですが…」 そう声をかけ、荷車に積まれた壊れた農具を指さした。

2021-12-10 14:05:28
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

【Ⅷ】 「やれやれ、それにしても今日は忙しい1日だったな」 夕飯時、いつもどおりエールを一杯やりながらベアンハートはアンジェロを見やって言った。 「こんなに一遍に人が押しかけてくるなんて珍しいよなぁ」 アンジェロも夕飯のタラのクリーム煮をたっぷりと盛ったパンを頬張りながら返す。

2021-12-12 02:14:38
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

実はあの後閉店までに実に3組もの新規の客が訪れ普段は買い手のない調理器具や農具を買って帰っていったのだ。そしてそのいずれもが… 「コイツが店先にいるだけで客が寄ってくるんだもんな、不思議なもんだぜ」 足元の小皿に盛られた粉がつお入りの粥をパクつくオスカーにアンジェロが視線を落とす。

2021-12-12 02:18:46
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

当のオスカーは空腹だったのか、餌を食べることに夢中だ。 ファルコの言うとおりカツオを餌に足してやると、オスカーの餌の食いつきがよくなった。 「こいつはひょっとして『招きネコ』の才能があるのかも知れないな」 ベアンハートがしみじみ言うのへ、 「まねきねこ?」 首を傾げるアンジェロ。

2021-12-12 02:22:31
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ああ。西大陸では黒猫は不吉の前兆や悪魔の使いと考える地方もあるが、東大陸では逆に魔を除け幸運を運ぶ縁起物と言われて大切にされている。 特にその猫を千客万来のお守りにしたのが招きネコなんだ」 「へー、リュウに聞けば知ってっかな?」 「多分な」 アンジェロの問いに返すベアンハート。

2021-12-12 02:27:25
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「その昔…俺が船乗りだった頃の話だ」 少し神妙な面持ちで目を伏せベアンハートが云うと、一瞬アンジェロの心臓がドキッと大きく脈打った。 「俺の住んでた村は貧しい漁村だったが、船乗りたちにとって猫は船の守り神だったんだ」 ベアンハートは少し感傷的な口調で続ける。

2021-12-12 02:29:51
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「特に交易で援用に出る船では感染症は致命傷になりうる、その伝染病の感染源になるネズミを始末するのに船乗り達は猫を船に載せたんだ。 俺の船にも何匹かいたよ、黄色い縞のやつに、メスの三毛、それにちょうどこいつみたいな黒いやつが」 言ってベアンハートはオスカーを懐かしい眼差しで見つめた。

2021-12-12 02:33:34
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「それで親方はこいつを連れてきても平気だったんだね」 アンジェロは食べ終わった食器を台所に運ぼうと席を立つと、 「みゅ〜ん!」 甘えたような鳴き声を上げながらオスカーがアンジェロの跡に付いてくる。 「いくら猫がすばしっこいからって、間違って踏んじまうなよ」 と、ベアンハートは笑った。

2021-12-12 02:36:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「さて、明日も仕事だ…朝、寒いんだろうなぁ…ん?」 床に就こうとしたアンジェロの耳にガリガリとドアを引っ掻く小さな爪音が届く。 アンジェロがドアを開けると、 「みゅ〜ん」 待ってましたとばかりにオスカーが入ってきてアンジェロの足にすり寄ってきた。 居間で一人で寝るのが寂しいのだろう。

2021-12-12 02:39:58
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「しょーがねぇな、ほら、お前も入れ」 言ってアンジェロは毛布をめくり、オスカーをベッドの中に招いた。 するとこちらも待ってましたとばかりにオスカーはベッドに入るとすぐにアンジェロの横で丸くなった。 「何だお前、意外と温かいな…」 眠るオスカーを撫でながら独り言ちるアンジェロ。

2021-12-12 02:42:45
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

明かりを消し、オスカーの温もりについうとうとしてしまって、アンジェロはすぐにオスカーの後を追うように寝息を立て始めた。 もうじき冬が来るが、どうやらこの冬は凍えることなく過ごす事が出来そうだ。 アンジェロも、オスカーも… 【To be next episode...】 pic.twitter.com/kOhykftMA7

2021-12-12 02:45:39
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