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そんな悩みを抱き始めたころ、昨年亡くなった作家の早乙女勝元さんと知り合い、どうして貧しい青年男女の恋物語のような、いじましい話しか考えられないんだろうかとぼやいたところ、下町で生まれて東京空襲で奇跡的に生き残ったという早乙女さんは笑いながら「僕も同じです。
2023-06-12 00:40:33
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でも、いじましい話ばかり考えるのはそんなに悪いことじゃないですよ」となぐさめてくれました。 ただ、監督になってからずっと思い続けているのは、あのおばさん、競馬場の屋台店で働いていたあのおばさんが見て「訳がわからないよ」というような映画は決して作りたくないということです。〈了〉🧵
2023-06-12 00:40:33
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【連載⑮】（夢をつくる・山田洋次） 研修が終わった僕が助監督として最初についたのが川島組でした。障害があって足が悪い川島雄三さんのために折り畳みの椅子を持って歩くのが僕の大事な仕事。asahi.com/articles/DA3S1…
2023-06-12 00:48:08
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フランキー堺の『幕末太陽傳』は喜劇の傑作ですが、僕はしっとりとした味わいの『洲崎パラダイス 赤信号』が好きです。助監督の先輩に「川島さんが真面目にドラマに取っ組む作品は品がいい。品がいいというのは映画でとても大事なことだからこの映画を見てよく考えろ」と言われた作品です。〈了〉🧵
2023-06-12 00:48:08
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【連載⑯】（夢をつくる・山田洋次） 僕たち新人助監督がうちそろって撮影所長に面談し、会社は何を基準に助監督を監督に昇進させるのか、つまり一本撮らせるのですか、と質問したことがあります。asahi.com/articles/DA3S1…
2023-06-12 00:54:08
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所長は白髪頭をかきながら、「弱ったな。まあ、しいて言えば顔つきかな」と答えて、僕たちを大いに憤慨させたものだが、撮らせてみなければわからないというのはどうも真実なのです。 ある日、本郷の東大に近い「ブラジル」という木下順二さん行きつけの喫茶店に行きました。
2023-06-12 00:54:09
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「ドラマとは何かということをどう勉強したらいいのでしょうか」という乱暴な質問に、木下さんは困ったような顔をされていたけれど、僕が助監督だと知って「演劇の創作現場を学ぶのがいい、友人が働く人のための演劇学校をやっているから紹介してあげる」と言って、池袋の舞台芸術学院の演出家
2023-06-12 00:54:09
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山川幸世（ゆきよ）さんあての名刺に一文を書いてくださった。 当時池袋の西口といえば闇市の名残でちょっと不気味な路地裏に舞台芸術学院があり、働く若者たちが仕事を終えて駆け付け、目を輝かせて演劇の勉強をしていた。
2023-06-12 00:54:10
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戦前に築地小劇場を設立した伝説的な演出家の土方与志（ひじかたよし）さんがシェークスピアの喜劇を働く若者たちに教えていて、そこに聴講生として参加すればよいと、山川さんに言われました。 それからは毎晩、仕事が終わると大船駅で東海道線に駆け込み、品川で山手線に乗り換えて池袋まで
2023-06-12 00:54:10
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１年以上通いました。若かったからできることでした。 土方さんはスタニスラフスキー・システムという演劇の理論を、手に取るように教えてくれ、演劇におけるリアリズムとは何かということを少しは理解できるようになりました。〈了〉🧵
2023-06-12 00:54:11
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【連載⑰】（夢をつくる・山田洋次） 倍賞千恵子さんが４月末にイタリアで開かれたウディネ・ファーイースト映画祭で生涯功労賞を受賞しました。 思えば、彼女の女優デビューは実に鮮烈でした。asahi.com/articles/DA3S1…
2023-06-12 01:00:22
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1960年代の初期、まだ映画が娯楽の王座を占めていた頃、スター女優といえば上品な令嬢かハイヒールで銀座を闊歩するモダンガールだった時代に、長屋の裏口から飛び出し、サンダルで路地のどぶ板を鳴らしながら駆けて行く生きのいい庶民の女優が誕生したことに、マスコミも観客もびっくりした。
2023-06-12 01:00:23
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彼女は松竹の専属になったから、僕がいた松竹撮影所ではよるとさわると彼女のうわさ、リアリズムを目指す若い監督は競って彼女をキャスティングしたがる。そんな形で新人の俳優が育つ土壌が昔の撮影所にはあったわけです。
2023-06-12 01:00:24
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彼女の「下町の太陽」という歌が大ヒット、これを歌謡映画にするということで僕にお鉢が回ってきた。あの頃は、美空ひばりや都はるみといった歌手が主演でヒット曲をたっぷり聴かせる映画がいくつも作られ、歌謡映画と称したのです。
2023-06-12 01:00:24
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倍賞さんの眼（め）が素晴らしい。悲しみや喜びがその眼にうっすらと浮かぶ。観客が映画やテレビを見る場合、通常は登場人物の顔、その中でも眼を見ている。眼の色からその役者が表現しようとしている感情を読み取るものなのです。
2023-06-12 01:00:25
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この表現が素晴らしい役者は寅さんこと渥美清さん、あの小さな眼が恋する喜びや恋を失う悲しみを見事に表現する。「男はつらいよ」という映画は、渥美清と倍賞千恵子という二人の天才が投手と捕手として名バッテリーを組んでいたからこそ、長続きできたのです。
2023-06-12 01:00:26
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相手の役者の芝居をきちんと受け止める、ということもできる人です。彼女と共演した役者はそれがよく分かるはず。セリフをしっかり聞いてくれているから芝居にも真実味が出てくる。したがって相手の役者の芝居がうまく見える。何人かの俳優が登場していて、なかに下手な人がいても、
2023-06-12 01:00:26
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そこに彼女が１人いることで全体が落ち着くというか、真実味が出てくる。彼女はそんな俳優です。そういう役者のことをアメリカではアンカー、つまり船の錨（いかり）のような役者というらしい。その人がいることで画面全体がどっしりと落ちついて、リアリティーが生まれる、そんな役者。〈了〉🧵
2023-06-12 01:00:27
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【連載⑱】（夢をつくる・山田洋次） 僕が師事していた野村芳太郎監督は僕を気にかけてくれ、自分の作品のシナリオを書く手伝いをさせてくれたりしていたが、松本清張原作の「張込み」（1958年）でシナリオライター橋本忍さんと出会い、続いて「ゼロの焦点」（61年）で、asahi.com/articles/DA3S1…
2023-06-12 01:08:16
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野村さんは僕を橋本さんの助手に推薦してくれた。大変な幸運でした。「羅生門」「生きる」「七人の侍」など、世界映画史を飾る傑作の脚本を書いた橋本忍という巨匠の仕事を間近で見ることができるのだから。こうしてプロの脚本家になる修業が始まったのです。
2023-06-12 01:08:17
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毎朝10時、小田急世田谷代田駅から15分ほどの橋本さん宅へうかがう。「おはようございます」。２階の座敷にあがり、橋本さんと向かい合いに座って仕事が始まる。大きな紙に構成の図面を書いて検討する。何日もかけて構成が決まると「箱書き」に移る。ケント用紙に升目を書いて、その升目の一つ一つに
2023-06-12 01:08:18
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シーンの内容とポイントになるセリフを書く。何度も書いては消し、書いては消しを繰り返す。２週間ほどかけて箱書きがだいたい決まると、執筆に移る。箱のワンシーンを僕が原稿用紙に書いて師（橋本さんのこと）に渡す。師が黙って原稿用紙を突き返すときは、もう一度他のやり方で書いてみろということ
2023-06-12 01:08:18
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だから、懸命にまた書く。師が受け取って「次に進んで」と言うと、僕は次の箱に挑戦する。師も何度も何度も書き直している。無駄話は一切しない。 昼は店屋物のそばをいただき、夕方６時過ぎると、橋本さんが「洋ちゃん、そろそろ置こうか」と言う。「置く」というのは職人の言葉で道具を置くという
2023-06-12 01:08:19
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こと、つまり終了。奥さんの手作りの夕食をいただきながら雑談。昼間黙っていた師が雄弁になり、「羅生門」はじめ数々の黒沢作品の思い出話を聞くのは、僕にはたまらなく楽しい時間でした。夜８時、「お疲れさまでした」と師の家を辞して、星空を仰ぎながら家路につく。
2023-06-12 01:08:20
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「砂の器」（74年）の脚本のとき、いつものように出勤したら、師は興奮した面持ちで「洋ちゃん、昨夜、面白いことを考えついたよ。家で描いている場合じゃない、旅館へ行こう」。師の目がキラキラ輝いていたことを覚えています。すぐに宿に部屋をとり、昼も夜も書き続け、完成したのが、
2023-06-12 01:08:20
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刑事の捜査会議での報告と、犯人親子の哀（かな）しい旅、そこにホールで奏でられる重厚なオーケストラの演奏、その三つが重なりあう、あの有名なラストシーンの脚本でした。 ５年前、橋本さんは100歳で亡くなった。映画界で僕のことを「洋ちゃん」と呼んでくれた最後の人でした。〈了〉🧵
2023-06-12 01:08:21
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第１話(2022.4/23 )～第18話(2023.6/10) pic.twitter.com/CRO0PSLooU
2023-06-12 01:38:16
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【連載⑲】（夢をつくる・山田洋次） 僕の喜劇はその当時各社でよく作られていたＢ級喜劇扱いだから大スターは相手にしてくれない。じゃあ芝居の世界で、ということで新派の光本幸子さんにお願いし、続編は俳優座の佐藤オリエさんに出てもらった。asahi.com/articles/DA3S1…
2023-07-08 10:48:46
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それでおしまいと思ったが、興行成績が尻上がりに良くなり、４、５、６作と続いてもまだ良くなる。追われるように作り続けて、８作目の「寅次郎恋歌」（1971年）の脚本を旅館にこもって書いているときだった。 渥美清さんが陣中見舞いに現れたので次の作品の説明をした。
2023-07-08 10:49:59
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次回のマドンナは誰だろうと言ったら、渥美さんが「吉永小百合でしょう。小百合ちゃんは確か日本テレビの番組で局にいるはずだから、今行って頼みましょうか」と言う。僕は驚いた。脚本や配役について口を出すことは絶対しない彼が、そんな口をきいたのはあとにも先にもあのときだけです。
2023-07-08 10:51:11
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この作品が超満員の劇場で封切られてしばらくすると、小百合さんは結婚して日本中のサユリストをがっかりさせることになるのだけど、彼女が結婚を決めたのはロケ先で渥美さんと語り合ったことが大きく影響していたようです。
2023-07-08 10:51:41
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「小百合ちゃん、役者なんていつやめたっていいんだよ。自分の人生が大事なんだ、役者をやめたら自分でなくなるなんて考えちゃだめだよ」というようなことを言われて、そのとき結婚を決めた、という話を小百合さんから直接、僕も少々がっかりしながら聞いたものでした。
2023-07-08 10:52:06
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１年ほどの休養の後、「寅次郎恋やつれ」（74年）で再度マドンナに登場願いました。34年後、映画『母べえ』で再会。1940年に夫が治安維持法で逮捕され、家族のために暗い時代を懸命に生きる母親を演じ得る俳優は彼女しかいないと思った。戦後の育ちでも彼女はきちんと歴史を学んでいる。
2023-07-08 10:54:06
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原爆詩の朗読会で反核を訴えるということをライフワークとして取り組んでいて、どんなところにでも出かけていく。2011年、オックスフォード大学から招待され、坂本龍一さんが伴奏者として同道し、それ以後心強いパートナーだったはずで、彼の死は小百合さんにとってどれほどの気落ちだろうか。〈了〉🧵
2023-07-08 10:56:01