兄・リチャードが一人発ちしてから2週間余り、なんの成果も残せずにいる自らの不甲斐なさにアンジェロは苛立っていた。 そんな折に先のやくざ者一味の残党が山に落ち延びて山賊になったことを知り、アンジェロは自らの実力を証明するため部下を率いて山に入るが…
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「仰せのとおりに」 言うと若者は素早くバルコニーから身を躍らせ去っていった。 …陽は既に傾きかけていて、金色の光の帯が薄黄色の兵舎を柔らかく照らしていたが、ファルコは険しい表情のままバルコニーを後にすると兵舎の中に姿を消した。

2021-05-15 04:22:41
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

【Ⅴ】 西陽が水平線に沈み埋み火のような紅色を闇の空に僅かに残す頃、アンジェロ率いる王国陸軍小隊は首都東部の山中に進軍していた。 山中は静まり返り季節柄虫の声も聞こえない。ただ木々の間を縫ってか細い女の声のような風の音が暗闇に響くばかりで、その中に甲冑の金属音に似た足音が混じる。

2021-05-18 00:12:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「報告ではこのあたりのはずだな」 アンジェロは暗闇に目を凝らしながら呟いた。 報告は匿名での通報だった。 東部山中3合目の道中で通報者は襲われ、山頂側の森の中にアジトらしき明かりの灯った家が見えたという。 「しかしアジトに灯りを灯したままとは不用心な奴らだな」 独り言ちるアンジェロ。

2021-05-18 00:14:00
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ゴルジ一家は元は町中で活動していたやくざ者達だ、それが先の一件で憲兵隊の取締が入り街を追われ山の中に落ち延びたのだそうだ。 そうなれば山での活動が不得手でも合点がいく。 アンジェロはその辺の事情を見抜き、灯りがなくても視界が利くギリギリの時間を見て出撃したのだ。 と、

2021-05-18 00:14:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「王子、あれをご覧下さい!」 先頭の列を行く兵士の一人が前方の道外れの森を指差して叫んだ。 兵士の指す方向にぽつりぽつりと橙色の点が暗闇に浮かぶ…恐らく火を灯した松明かなにかだろう。 「ハッ、ご丁寧に迎え火かよ、恐れ入るぜ」 口元を釣り上げアンジェロは嘲笑った。

2021-05-18 00:15:57
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「おい、お前ら」 アンジェロは先の集会で叱り飛ばした二人の兵士を見やった。 「はっ!」 「代表して中がどうなってるか見てこい」 言われた兵士2名はお互い顔を見合わせた。 「今なんと…?」 「斥候代わりに様子を見てこいと言ったんだ、さっさと行け!」 腹立たしげにアンジェロが声を張り上げる。

2021-05-18 00:16:40
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「は、は!只今!」 大声で叫ぶと二人は足早に森の中へと駆け込んで行った。 「…あんな大声で…。灯りを消して行軍した意味がないだろうに…」 後方の高台から小隊を見守るもう一つの一団の先頭に立つ人物が呆れたように独り言ちた。 後ろに並ぶ黒服の者たちも溜息と苦笑いを漏らしている。

2021-05-18 00:17:38
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「閣下、やはり我らレイヴンも同行した方が…」 先頭の男に…ファルコに先の若者が提言する。 しかし、 「いや…今少し様子を見る」 「しかし…」 合点がいかない若者にファルコはかぶりを振った。 「この度の王子の部隊は囮にせよとの陛下のご命令だ」 「なんですって?!」 若者が声を上げた。

2021-05-18 00:19:27
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「此度の王子の出撃は王子に現状の実力を理解させることが目的だ、山賊の討伐が目的ではない。 その為陸軍も成績不振者で隊を編成している。 こんなことの為に陸軍の威信を失墜させかねんのは他の陸軍隊員には気の毒だが…」 ファルコは溜息をついた。 「陸軍だけならまだしも、王家までとなると…」

2021-05-18 00:21:59
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「それではあの山賊共は如何するので?」 若者の傍にいた年嵩のレイヴン隊員がファルコに問う。 「ファイルーズ、お前とトリンデル、ボガードで雑魚を頼む。 マイヤー、モローは逃亡者の追跡を。 他の者たちは陸軍の救援に当たれ」 「はっ」 ファルコの指示に一糸乱れぬ敬礼で答える隊員達。

2021-05-18 00:22:40
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「それと…」 ファルコは若者の方を振り返った。 「ドラコ、お前は王子を安全なところへ」 はっとした顔で若者はファルコを見上げた。 「父上、そのために私を…」 ファルコは若者に…彼自身の息子に頷いてみせた。 が、 「任務の際は閣下と呼べと言ったはずだ。お前が殿下の手本となれ、いいな」

2021-05-18 00:23:28
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ぎゃーーーー!!」 暗闇をつんざくけたたましい悲鳴でアンジェロは顔を上げた。 偵察に二人の兵士を送り出して数分、森の奥から二人のものらしき悲鳴が響く。 「王子、これは…」 先頭にいた兵士に促され、アンジェロは頷いた。 「全軍、足音を忍ばせて静かに進め。目立った行動はするなよ」

2021-05-18 21:47:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

アンジェロの指揮の下、兵士達が各々警戒しながら森へと入る。 不思議なことに森の木々には規則正しく松明が設置されており、まるで何かの目印のようになっている。 恐らく森の地形に明るくないゴルジ一家の者たちが迷わぬよう設置したものなのだろう。 と。 「あっ」 アンジェロが短く声を上げた。

2021-05-18 21:48:32
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

眼の前の開けた場所に、先の兵士2名が縛り上げられており、その周りをゴブリン達が取り囲んでいる。 「お、王子、助けてくださーい!」 情けない声を上げ泣きじゃくる兵士二人。 「あいつら!」 呆れてアンジェロが零す。 と、 輪になったゴブリン達を掻き分け、奥から一際大柄で醜悪な男が歩み出た。

2021-05-18 21:51:06
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

その男にアンジェロは見覚えがあった。 否、ここにいる兵士達全員がその顔を良く覚えていただろう。 情報提供のビラに描かれた醜悪な面構えのハーフオーガがそこにいた。 「お前がゴルジか!」 アンジェロが剣の切っ先を男に向け厳しい口調で問う。 が、男はくつくつと喉を鳴らして嘲るように笑った。

2021-05-18 21:53:21
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ああ、そうだ。 俺様がゴルジ一家の頭目、ゴルジ様よ。 まさか王子ご本人様がわざわざ打って出てくるとはな、あの剣術屋が言った通り、すぐ頭に血が上りやがる」 「なに?!」 ゴルジの不遜な態度に逆上したのか、アンジェロは手にした剣を構えた。 「おっと動くな、こいつらの命はねぇぞ」

2021-05-18 21:54:22
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ゴルジが顎をしゃくると、部下のゴブリンが手にした小刀が捕らえられた兵士の喉元に突き付けられる。 「ひいぃ…!」 兵士達が如何にも情けない悲鳴を上げ、涙混じりの目を剥いた。 「テメェ…!」 アンジェロは剣を構えたまま動けずにいる。 その様子を見て、さも可笑しそうに腹を抱えて笑うゴルジ。

2021-05-18 21:55:40
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「先はウチのモンが随分世話になったみてぇだが、今日は俺達がたっぷりおもてなししてやるからよ!テメェら、やっちまえ!」 ゴルジが叫ぶと周囲の木に隠れていた無数のゴブリン達が一斉に兵士達に襲いかかった。 「クソ!襲撃を読まれてたのかよ?!」 アンジェロが思わず口走る言葉に悔しさが滲む。

2021-05-18 21:56:18
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

不意を突かれた陸軍の兵士達は瞬く間に総崩れとなり、あっという間にアンジェロ一人を残して叩きのめされてしまった。 「おいおい、天下のアポネを滅ぼしたヴォストニア陸軍がこの程度かよ!あの世でアポネ王も泣いてるんじゃねえか?」 大声で笑うゴブリンのその一言がアンジェロの逆鱗に触れた。

2021-05-18 21:59:25
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ゴブリンが気がついた時には既にアンジェロはゴブリンの懐に潜り込んでいた。 ゴブリンの鳩尾をアンジェロの硬い蹄が撃ち抜き、ゴブリンは声も出せぬまま周囲の仲間のゴブリン数人ごと遥か後方に蹴り飛ばされた。 「父上を馬鹿にするんじゃねぇ!」 木霊するアンジェロの咆哮が闇夜の森を震わせる。

2021-05-18 22:00:36
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「おもてもまともに歩けねぇ出来損ないのクズ共がいつまでも調子くれてんじゃねぇぞ、身の程がわからねぇなら俺が教えてやらぁ!」 最早形振りなど構ったものではない。 度重なる失態の鬱憤を爆発させたアンジェロが今度はゴブリン達に襲いかかる。 先まで一方的だった形成が一瞬にして反転した。

2021-05-18 22:02:38
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

剣術指南役も文字通り太刀打ち出来ぬアンジェロの剣の前ではチンピラのゴブリンなど敵ではなかった。 先まで群れで兵士達を襲ったゴブリン達が、今は塊になってアンジェロに薙ぎ倒されていく。 「話には聞いてたがまさかここまでとはな…おい、ヤツを出せ!」 味方の惨状を見ていたゴルジが叫んだ。

2021-05-18 22:04:42
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

刹那、聞いたこともない禍々しい咆哮が夜の森の空気を震撼させた。 「?!」 異様な空気を察知して凍りついたようにアンジェロの動きが止まる。 木の枝を掻き分け巨大な影がこちらに近づいてくる。 やがて現れた"それ"は…悍ましい異形の巨人はアンジェロを見やると再び森が震える程の雄叫びを上げた。 pic.twitter.com/gcAjxXo3SX

2021-05-18 22:08:37
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「まぁ、場末の黒魔導師が作ったとはいえ高ェ金出したんだ、お手並み拝見させてもらうぜデカブツ!」 口元を釣り上げゴルジが言う。 まるで土と血を練り上げて作ったかのような醜悪なその怪物は目のない顔をアンジェロに向けると大きく拳を振り下ろした。 「!」 素早く身を翻し避けるアンジェロ。

2021-05-19 23:38:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

攻撃自体は避けたものの、拳が振り下ろされた土の地面はまるで匙で抉ったかのような大穴が空いている。 それを見ただけでこの化け物が如何程の怪力なのかは推して知るべきであろう。 「上等だぜ、ゴブリンの相手も飽きたしな!」 不敵に笑ってみせるアンジェロだがしかし、内心は冷や汗をかいていた。

2021-05-19 23:39:29
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「閣下、あれは…!」 樹上の闇に紛れた黒衣の一団の中、ドラコがファルコに呼びかける。 「あれが件のゴーレムか…恐らくどこかに心臓部《コア》があるはずだが…」 怪物を凝視しながらファルコが呟いた。 「そろそろ王子の救援に入っては…」 年嵩のレイヴンが呼びかけるがファルコはかぶりを振る。

2021-05-19 23:41:55
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「いや、まだ王子は戦うおつもりだ。心が挫けぬうちに我らが動いても無駄なこと」 ファルコの言葉にレイヴン達は各々無言のうちに同意したようだ。 身じろぎもせずアンジェロの動向を見守る。 「頃合いが来たら俺が合図をする、各個準備を」 アンジェロから目を離さぬままファルコは指示を飛ばした。

2021-05-19 23:43:37
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

恐らく相手の怪力故、打ち合えば武器を弾かれるか壊されるかして戦いは続行不能になるだろう。 そう踏んで怪物の動きを見るアンジェロ。 やがて振り上げた怪物の腕がもう一度地面を抉る時、 「ワンパターンなやつだな、もう動きは読めてんだよ!」 地に振り下ろした腕にアンジェロは剣を叩きつけた。

2021-05-19 23:44:25
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ヴオォォッ」 くぐもった悲鳴にも聞こえる声を上げ、怪物の腕が肘から両断された。 「このまま大人しく…ッ?!」 しかし怯まずに怪物は残る片腕でもう一度アンジェロを殴りつけてくる。 「ヘヘッ、無駄だ無駄だ!そいつにゃあ痛覚がねえからな」 動揺するアンジェロを嘲笑うようにゴルジが言った。

2021-05-19 23:45:10
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「なッ…?!クソ、それなら動けねぇように両手足バラしてやらぁ!」 焦燥をひた隠しアンジェロが再び攻勢に出る。と、 「?!」 先に切り落とした怪物の片腕が盛り上がり、鞭状の長い腕がアンジェロ目掛けて飛んできた。 これにはさしものアンジェロも反応が遅れ、成す術なく後方へ弾き飛ばされた。

2021-05-19 23:46:07
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

彼の想定通りと言うべきか、無情にもと言うべきか、アンジェロが握った剣が手の届かぬ更に後方へと弾き飛ばされる。 未知の化け物相手にアンジェロは丸腰で対峙するはめになってしまった。 しかし、それで心が折れるアンジェロではない。 (この距離で俺の足なら走ればすぐに取りに行ける…はずだ!)

2021-05-19 23:47:37
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

化け物の間合いまではまだ距離がある、幼い頃から剣を頼りに生きてきた自分が、こんな山賊風情に負けるわけがない。 その思いがアンジェロを突き動かした。 渾身の力で地に伏した上半身を跳ね上げ、アンジェロは剣に向かって走り出そうとした。 「…?!」 その時、アンジェロの後ろ足に衝撃が走った。

2021-05-19 23:48:32
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

その衝撃が熱さ、いや、痛感だと気がついたときには再びアンジェロの体は後ろ足を軸に地面に叩きつけられていた。 「ぐあぁッ!」 不意に下肢を襲った激痛に叫ぶアンジェロ。 「ゲッハッハッ!コイツぁ愉快だ、まさかの時にと仕掛けておいたが、本当に踏みやがったぜ!」 下卑たゴルジの笑い声が響く。

2021-05-19 23:49:11
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

アンジェロは脈動と激痛が駆け巡る自らの後ろ足を見やり、戦慄した。 目に飛び込んできたのは足元から伸びる太い鎖、そしてその先端にある山型の大きな歯がついたトラバサミ。 それがアンジェロの足をしっかりと捕え、地面に釘付けにしている。 アンジェロの体から血の気が引いた。

2021-05-19 23:50:21
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「勝負あったな、王子様!」 ゴルジを筆頭にわらわらと配下のゴブリン共がアンジェロに歩み寄ってくる。 「さあ、どんな風にお礼をしてやろうか。お前らに捕まったオークのヴォナンザは俺の片腕だったからな、まずは"片腕"で対価ァ払ってもらおうか?」 歯ぎしりするアンジェロを見て勝ち誇るゴルジ。

2021-05-19 23:51:38
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「閣下!」 ドラコが呼びかける中、ファルコは翼を象った銀の鍔の剣に手をかけた。 その時。 「うおッ?!」 突然暗闇から何かが凄まじい勢いで飛来したかと思うと、ゴルジは後ろに飛び退いた。 飛んできた"それ"はゴルジの足元の地面に突き刺さっている。 …大振りな手斧だ。 場の空気が凍りつく。

2021-05-19 23:52:46
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

(クソ、またフォルコの野郎、余計なことしやが…) 心の中で毒づくアンジェロもそれがファルコの得物でないことに気が付き息を呑む。 すると今度は背後の森から茂みを掻き分ける葉の擦れる音が迫っていることに気がついた。 「待て!」 樹上のファルコはレイヴン達を静止し、再び樹下に目を落とした。

2021-05-19 23:53:54
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

背後の暗闇に目をやるアンジェロの目に飛び込んできたのは、小山を思わせる黒い影。 ゆっくりとした大股で小枝を踏みしめる音が不気味に響く。 それに従ってゆらゆら揺れる橙色の光がランプの灯だと気がついた時、アンジェロは始めてそれが紛れもなく『人』だと認識した。 それもとてつもなく大きな。

2021-05-19 23:54:46
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「おいおい、何やら騒がしいと思ったら随分と物騒なことやってるな。 子供相手によってたかって乱暴するとはいい大人のやることじゃないぞ」 どっしりとしたよく響く低い声で影は…その大柄な男はゴルジ達に言い放った。 「誰だてめぇは!」 ゴブリンの一人が叫ぶ。 「俺はただのしがない鍛冶屋だ」 pic.twitter.com/H7amjNwB5e

2021-05-19 23:57:46
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

アンジェロは驚きに目を剥き、男から目を離すことができなくなった。 『ただのしがない鍛冶屋』と言うにはこの男の容貌は異様すぎる。 右半身を覆う見たこともない刺青、オーガかと見まごうばかりの巨躯、背に負うのは厳つい無数の鋼の武器…そして何よりゴルジ達を睨む寒空色の瞳の刃の如き鋭さ。

2021-05-20 20:00:16
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

緊張に息を呑むアンジェロ。 と、男がちらりとアンジェロの顔を見て、少しだけ殺気を緩めた。 「…さて、どこで見た顔だったかな」 穏やかな声で独り言ちる。 「おい、今は陸軍の任務中だ!民間人は危険だから直ちに…」 「任務も何もこんな状態じゃ何も出来んだろう、こういう時は大人に任せておけ」

2021-05-20 20:01:45
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

男が地に這いつくばるアンジェロに視線を向けて答えた。 …哀れみでも貶みでもない、何かの使命に満ちたような真っ直ぐな視線だった。 それがなんだか頼もしく思え、アンジェロは何も言えずに言葉を飲んで俯いた。 と、 「そのガキの言うとおりだ!今はテメェの出る幕じゃねえ、何しに来やがった!」

2021-05-20 20:03:19
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ゴブリンが男に向けて野次を飛ばすとそれに倣って他のゴブリン達も騒ぎ出す。 「俺は長いことこの山の鍛冶場で仕事をしてる、新参のお前らにそんなことを言われる筋合いはないな。 お前らこそ何者なんだ、越してきたなら挨拶くらいしに来たらどうだ」 が、全く怖じる様子もなく男は山賊共を一喝した。

2021-05-20 20:06:28
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「何すっとぼけたこと言ってやがる。テメェ、ゴルジ一家を知らねぇたぁとんだ田舎モンだな!」 しかし負けじと今度はゴルジが男を罵る。 刹那、 「一家ってことは…賊か?」 男の瞳から穏やかさが消えた。 代わりに周囲の木々を震わせんばかりの殺気が溢れ出す。 思わず一歩退くゴルジと下っ端共。

2021-05-20 20:09:24
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「民間人がこんな時に…閣下、御指示を!」 「いや…」 ドラコの呼びかけに半ば心ここにあらずと言う具合にファルコは返した。 …ファルコは男から目を離せずにいた。 (あの男、まさか…) 「そうに決まってんだろ、アホかテメェは!」 男の殺気に負けじと気丈にもゴルジは返すがその声は震えていた。

2021-05-20 20:11:27
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「いいか、よく覚えておけ。 賊にも賊の流儀ってもんがある。 ただでさえお天道様に顔向けできん生き方をしてるなら、せめて戦くらいは正々堂々戦うことだ」 言うと男は背負った武器から大鎚を手にとった。 「鍛冶屋風情がお説教たぁいい度胸だ、やっちまえ!」 ゴルジの音頭で下っ端が男に殺到した。

2021-05-20 20:12:33
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

殺到した。だがそれはほんの一瞬だった。 いきり立って向かってくるゴブリン共は男の大鎚の一薙ぎで正に木っ端が爆ぜるように吹き飛んだ。 弾かれた、等と言う生易しい次元ではない、半円の視界からゴブリン共が一瞬にして消え去ったのだ。 「ヒィッ!」 吹き飛ぶゴブリン共を身を縮めて避けるゴルジ。

2021-05-21 20:15:26
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「クソ、調子に乗るんじゃねぇ!」 次いで茂みに潜んでいた数人の射手が男に向けて弓を構える。 が、 「フンッ!」 掛け声と共に男は背負った武器から今度は大判の円状の盾を取り出しそれを射手に向かって投げ付けた。 …男の怪力で投げられた盾はさながら空飛ぶ丸鋸だ。 刹那、嫌な音が森に響いた。

2021-05-21 20:16:23
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

盾は円を描くように飛来し、軌道上にいた射手達を情け容赦なく薙ぎ倒していく。 男の手に盾が戻ってきた頃には射手達は一人残らず地を舐めていた。 ここまでほんの十数秒。 呻き声を上げる者、既に動かない者、見るも無惨な姿の者…先程まで陸軍に狼藉を働いていたゴブリン共が今はご覧の有り様だ。

2021-05-21 20:18:10
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「む、無理だぁっ!」 「お助けぇ!」 仲間の惨状を目の当たりにしたゴブリン達は、命惜しさに我先にとゴルジを残して瞬く間に森の奥へと逃げていった。 「ば、馬鹿野郎、頭を置いてく子分があるか!」 独り取り残され、慌てふためくゴルジ。 と。 「ヴオォォッ!」 背後に控えた怪物が吼えた。

2021-05-21 20:19:16
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