兄・リチャードが一人発ちしてから2週間余り、なんの成果も残せずにいる自らの不甲斐なさにアンジェロは苛立っていた。 そんな折に先のやくざ者一味の残党が山に落ち延びて山賊になったことを知り、アンジェロは自らの実力を証明するため部下を率いて山に入るが…
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

いばらの壁の向こうから~双子の王子の物語~ 【Episode3】剣と槌~もうひとつの巣立ち~ pic.twitter.com/e5gQywj5Cz

2021-05-03 00:27:41
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【Ⅰ】 いよいよ晩春の気配も深まり、緑は濃く、花々は芳しく香る頃だった。 白き神の座・エノク山脈の広大な裾野の一角、木々のさざめきと鳥の声に交じり美しい高音の旋律が風に乗って森に響く。 細い弦を爪弾き奏でられたその音色はたおやかだが力強くもあり、森の木々も聴き入るかのようだった。

2021-05-03 00:37:03
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

やがて指先が最後の旋律を奏でると、 「すっげー!お前、城とかで演奏に呼ばれたりしないの?」 木漏れ日を大きく見開いた瞳に写し、リュウは奏者に…友人である半馬の少年・リチャードに問うた。 「お城かあ…うん、ないこともないけど」 リュートに似た弦楽器の弦を弾きながらリチャードは答えた。

2021-05-03 00:43:02
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前述の通りエノク山脈には広大な裾野があり、ヴォストニアの背後を守るもう一枚の壁の役目を果たしている。 先にリュウを保護したアンナが住む紅の森の更に東、こちらは広葉樹が広がる美しい緑の森だ。 紅の森とは違いこちらは林業が盛んなため山はある程度人の手が入っており、近隣には町もあった。

2021-05-03 00:48:58
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

きのこやベリーを採りに山に入る者も多く、そうした安全性も鑑みて今日は日当たりの良い気持ちのいい緑の森で音楽でも、という話になったのだ。 リチャードは歌を愛した母・ジャネットの手解きで早くから音楽を手習いにしており、その実力は夜会に出向く出入りの楽士もかくやと言うほどのものだった。

2021-05-03 00:53:16
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「な、もう一曲いこう、もう一曲」 黒目がちな目を輝かせながらリュウが言うと、 「じゃあ次はどの曲にしようか」 笑ってリチャードは答えた。 「もう一曲弾いてくれるって。パチコどうする?」 「ぷむー」 パチコは曲よりむしろリチャードが連れてきた金色の子犬…スリに興味津々のようだ。 pic.twitter.com/aWpspQeYsa

2021-05-04 02:35:49
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リチャードが「それじゃあ…」と、弦に指をかけた瞬間、ピヨン、と間の抜けた音を立てて弦の一本が弾けた。 「あっ」 弦が切れてしまったのかと弦を調節するペグを見てみると、どうしたことだろう、ペグが中でポッキリと折れてしまっていた。 「え、どうした?」 「参ったな、楽器が壊れちゃった」

2021-05-04 02:40:34
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「弦を調節する部分が折れちゃったんだ、ほら」 リチャードは折れてしまったペグの頭をリュウに見せた。 「えー!じゃあどうするんだよこれ…」 「街に行って楽器屋で修理してもらうしかなさそうだな。金属のネジは街に行かなきゃ多分ないだろうから…」 リチャードは表情を曇らせた。

2021-05-04 02:45:53
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「とりあえず今日の帰りにでも街で楽器屋を探すよ、ガーゴイルに聞けばきっと教えてくれるから」 言うとリチャードは楽器を抱きかかえて立ち上がった。 「それじゃあもう少しこの辺の森を探検しようか、このへんは人の手が入っているからなにか面白いものがあるかも」 「面白いもの?」

2021-05-04 02:48:56
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ぱっと明るい表情でリュウがリチャードに続く。 「この先に道があったからまずそこに出よう、どこに続いてるか見てみようよ」 「よし、いくぞパチコ!」 「ぷむー!」 山道を歩くには足の弱いパチコを抱き上げてリュウは軽快な足取りでリチャードの後について森に入っていった。

2021-05-04 02:51:35
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【Ⅱ】 「あれ、なんか聞こえる…」 リュウが尖った耳をぴくりと動かし顔を上げた。 先にリチャードが見つけた山道を歩いていたリュウの、否、二人の耳に聞き慣れない音が響く。 まるで鐘を打つような、だがもっと澄んでいて甲高い金属音だ。

2021-05-04 02:56:00
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カーン、カーンと一定の間隔で響くそれはどうやら山頂側から聞こえてくるらしい。 「なぁ、行ってみよっか。なんか面白いもんがあるかも」 好奇心旺盛なリュウのこと、多分止めても無駄だろう。それにリチャード自身その聞き覚えのない音に興味が湧いた。 「よし、行こう」 二人は山道を登り始めた。

2021-05-04 02:59:18
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やがて少し山道を登った所に奇妙なものが見えてきた。 少し開けた場所に隆起した小高い小山があり、そこから石の山のようなものが突き出しているのだ。 驚いたことに石の山からはもくもくと白煙が上がっている。 「…なんだあれ」 リチャードははたと思い当たった。 「あれ、ひょっとして煙突かな…」

2021-05-04 03:03:03
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

先程の金属音はどうやら底から聞こえてきているらしい。 「煙突のある建物…火を使って…金属…あっ!」 いつもの癖でぽつりぽつりと呟くと、リチャードはなにかひらめいたらしい。 「ねぇリュウ、あれ、鍛冶屋さんじゃないかな?」 「鍛冶屋?マジ?ってことは刀とか槍とか作ってんのか?」

2021-05-04 03:05:41
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「何だよそれ超面白そうじゃん!パチ、いくぞ!」 「ぷむー!」 知ったが早いかリチャードを置いて走り出すリュウ。 そして何故かこんな時だけやたらと足が速いパチコ。 「あ、ちょ、ちょっとリュウ!」 壊れた楽器を抱えたリチャードとスリは慌てて後を追う。 「まだそうと決まった訳じゃないのに!」

2021-05-04 03:10:59
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小山の方に走っていったリュウは先の石の山の前に立った。 たしかに何かを燃やして出ている煙のようで黒い煙がもうもうと立ち昇っている。 「あっ」 そしてどうやら今自分がいるのは屋根の上であることに気がついた。 証拠に目の前に合掌に組んだ三角屋根があり、その向こうは一段低くなっている。

2021-05-04 19:36:35
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

山育ちで高いところに対する恐怖心の薄いリュウはパチコを再び抱きかかえると、脇の斜面の突き出した大きめの石に足をかけ、ぽんぽんとステップを踏むように降りていった。 半羊人は切り立った崖すらも蹄が乗る範囲の突起があれば登ってしまえるのだ。 登れるのだからその逆もまたしかりである。

2021-05-04 19:39:39
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

やがてたどり着いたそこは小山をくり抜いて作られた工房のようだった。 が、先まで聞こえた金属音は聞こえない。 眼の前には木を組んだ壁に無造作に作られた入り口が口を開けており、工房の中は薄暗いがぼんやりと見える。 リュウはそっと近づいて中の様子を伺った。 「あっ」 と、声を上げるリュウ。

2021-05-04 19:45:02
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

篝火を灯した工房の中はむせ返るような暑さで、入り口のすぐ脇に大きな竈やふいごがあり、竈の中では石炭なのか木炭なのかが赤々と燃えている。 そのそばには大きな金床が据え付けられ、更に奥には金属を磨く機械や研ぐ機械などが置かれている。 そして何より目を引くのは工房の奥にある様々な武器だ。

2021-05-04 19:49:13
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

こうした工房は父に見せてもらったことがあるのでリュウには見覚えがあった。 父のお抱えの工房の中にはこうした武器を作る職人の工房もあったからだ。 つい懐かしい気持ちになってリュウは足音を忍ばせ恐る恐る工房に足を踏み入れようとしたその時… 「こら!」 後ろから低く野太い声が響いた。

2021-05-04 19:52:02
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「あっ」 迂回して坂を下り工房の入り口にやってきたリチャードは声を上げた。 リュウが何やら見慣れない男と話をしている。 革のエプロンに汚れた作業着、分厚い革の手袋をはめた体格のいいその男は一目見て鍛冶職人だとわかった。 リュウはなにやら楽しそうに男と話をしている。 pic.twitter.com/1KYlHAzBNb

2021-05-04 19:54:51
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「詳しいなお嬢ちゃん、鍛冶屋の知り合いでもいたのかい」 「うん、父さんが工房抱えててそこの職人さんたちのシゴト見せてもらったことがあるんだ」 「工房抱えてて…親父さんは商会が何かをやってたのか」 「うん、ぼすとにあに輸出する調度品とか絹とか作ってたよ」

2021-05-04 22:20:19
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

リュウは楽しそうに話しているが、リチャードは男の異様な姿に目を奪われた。 先に出会った女狩人・アンナも並の男より大柄だったが、この男はそれより更に一段目線が上ではというほど上背が高く、また筋骨隆々の体格は正しく小山と呼ぶに相応しかった。 二の腕などはリュウの脚程の太さはありそうだ。

2021-05-04 22:25:22
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

そして更に異様なのは右半身を覆う見慣れぬ文様の刺青だ。 街のやくざ者でもここまで広範に刺青を入れている者は稀だ。 この男、本当にただの鍛冶屋なのだろうか? 訝るリチャードの視線に気付いたのか、男がリチャードの方を振り返った。 「ああ、お客さんか、それともこのお嬢ちゃんの友達かい?」

2021-05-04 22:36:19
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「連れが失礼を。お商売のお邪魔をしてしまっていたのなら申し訳ありません」 帽子を取ってリチャードは男に頭を下げた。 「この子もそうだがこの辺じゃ見ない顔だな」 「はい、近頃郊外のペンドラゴン邸に越してきました、田舎貴族の息子です」 いつものように頭を下げるリチャード。 が、

2021-05-04 22:40:12
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「田舎貴族?奴らならもう少し無礼で金持ちを鼻にかけるもんだが…いい親御さんに育てられたな」 男に素性を言い当てられた気がしてリチャードは引き攣った笑みを浮かべた。 …やはりこの男、只者ではない。 ファルコやレイヴンの上層部の人間に似た、何か張り詰めたような空気を感じる。

2021-05-04 22:44:40
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

強張ったリチャードの様子を察したのか、「うちにもいろんな客が来るからな、金を持ってれば上客というわけじゃない」 男は頷いた。 と、 「あ、そうだ。リック、あの壊れたやつおっちゃんに見てもらえよ!」 「え?!」 唐突なリュウの提案にリチャードがすっとんき素っ頓狂な声を上げた。

2021-05-04 22:53:41
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「おっちゃん、こいつの楽器…何だっけ、うーんと…とにかくなんかどっかが壊れちゃったんだよ。街まで降りて楽器屋さんに行かなきゃいけないらしいんだけど…」 「ほう、どれ…」 男はゆっくりとした所作でリチャードから楽器を受け取るとペグに目をやった。 「なるほど、金属疲労でネジが折れたな」

2021-05-04 22:57:37
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「見たところ大事に長い年月使ってきたものなんだろう、楽器も幸せだな」 穏やかな目で楽器の胴を一撫でして男はリチャードの方を見た。 「亡くなった母の形見なんです。多分僕が生まれる前からあります。いつも手入れは欠かさなかったんですが…」 「そうか、それなら多少ガタが来てても仕方ないな」

2021-05-04 23:01:39
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

言うと男は楽器を再びリチャードに渡すと、 「ちょっと待っててくれよ」 言って工房に入っていき、なにやら工具入れのような箱を持って戻ってきた。 工具入れについている小さな引き出しを開けると中には金属製の様々なネジが雑多に入っている。 鍛冶屋は通常これらの仕事は範疇外のはずだが。

2021-05-04 23:04:56
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「大きさは丁度これくらいか…」 ペグと同じ位の大きさのネジを見つけると、男は見慣れない道具を駆使してネジに穴を開け、壊れたペグから金属部分を抜き取り差し替えた。 穴に弦を通し、先を結わえて本体に戻す。 「さぁ、これでどうかな。しばらくは保つはずだ」 言って楽器をリチャードに手渡す男。

2021-05-05 12:53:04
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

恐る恐るペグを回して調律してみるリチャード。 使い心地も違和感がない。 「すごい、ちゃんと直ってる!」 思わずはしゃいだ声を上げ、リチャードは弦を爪弾いた。 息を吹き返した楽器も嬉しそうに歌うが如く甲高い弦の音を工房にひびかせた。 「マジで?!え、楽器屋行かなくていいじゃん!」

2021-05-05 12:58:08
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「まあただこれはあくまで応急処置だから、近いうちに楽器屋でちゃんとしたものを新調したほうがいいぞ、その方が楽器のためだ。 おふくろさんからもらった大事な形見ならなおさらな」 細かい手作業で外していた手袋をはめ直しながら男は言った。 「ありがとうございました。あの、お代は…」

2021-05-05 13:00:55
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ああ、門外漢が小手先の知識で直したもんだから。仕上がりの保証もないからお代は結構だ」 男の言葉に目を丸くする二人。 「おっちゃん商売なんだからさ、お代は取ろうよ!」 驚き声を上げるリュウに、 「いや、俺は鍛冶屋だ、楽器屋の真似事で金は取れない」 男はかぶりを振った。

2021-05-05 13:05:06
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「あ、あの、それでしたら…」 閃いた、というようにリチャードが声を上げた。 「よろしければこちらで作られたお品物を拝見させて頂けますか?」 「ああ、いいが…うちのは殆どが武器か農具だぞ、見た感じお前さん、どっちにも縁がなさそうだが…」 身なりの良いリチャードをしげしげ見て言う男。

2021-05-06 23:55:35
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「手習いで弓を練習していまして…武具を見るのも好きなんです。もしよろしければ…」 むしろ遜ってさえ見える慇懃な口調で頼み込むリチャードに、「こんな田舎の鍛冶屋に頭を下げる貴族の子とは恐れ入るな。わかった、工房の中にあるから見てってくれ」 男は工房の中に二人を招き入れた。

2021-05-06 23:59:36
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

工房の中に並べられた武具を見て、リチャードは思わず息を呑んだ。 「し、失礼、こちらを手にとっても?」 「ああ、構わない」 男に言われ、リチャードはまるで壊れ物に触れるかのような所作で一振りの剣を手に取る。 これ程厳かに扱うのは武器が怖いからではない、「それ程の品」だからだ。

2021-05-07 00:09:17
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「信じられない…どうしてこれだけの品が…」 「なんかすげぇのこの剣?」 気安く手を伸ばしたリュウを、 「待てリュウ、そんな触り方しちゃだめだ」 慌ててリチャードが制す。 「これだけの質の剣、都に行ったってそうそう簡単に手に入るものじゃないよ」 魅せられたように刃を見つめるリチャード。

2021-05-07 00:14:26
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

リチャードは大国の未来を担う皇太子として文武両道、どちらに於いても様々な勉学に励み、日々研鑽を重ねてきた。 当然武術の心得もあり、特に弓の腕に於いては宮廷でも並ぶ者がいない程だ。 それ故道具にはそれなりに拘りのあったリチャードは以前はよくアンジェロと市中の工房を見て回っていた。

2021-05-07 00:18:06
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

当然国の上に立つ者として相応の品…世間では超一流と言われる武具を使っていたので武具を見極める目も肥えている。 しかしそのリチャードの目から見ても今自分の眼前には並べられたこれらの武器ははっきり言って「別格」だった。 市中の店の「特級品」など、これらの前では鉄で出来た玩具のようだ。

2021-05-07 00:24:07
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「これらは皆、ご主人が?」 「ああ、俺の親方が当代一と言われた刀鍛冶だったんだが、亡くなる前に工房を俺に残してくれてな。 ありがたいことに都や山向こうからわざわざ買い求めてくれるお客もいるんだ」 腕組みしながら男が笑って言った。 …当代一の鍛冶屋の門弟。正にその名に恥じぬ名品揃いだ。

2021-05-07 00:31:14
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

そこではたとリチャードはある武器に目を留めた。 黒塗りの木に美しい装飾を施した弓だ。 「これは…!」 思わず手に取ってみる。 不思議なことにまるでリチャードの手に合わせて作られたかのようなしっくりと来る握り心地、そして絶妙な弦の張り。 …またたく間にリチャードはその弓に魅せられた。

2021-05-07 00:35:29
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「弓が得意なのか?」 男が弓に夢中なリチャードに声をかける。 「え、いや、得意ってほどじゃ…」 「謙遜するなよ、弓の握り方を見ればわかる。自然と構えるくらいには慣れてるんだな」 男に言われてリチャードはハッとした。 確かに手癖で弓を持つときはいつでも撃てるようについ身構えてしまう。

2021-05-07 14:54:00
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「良ければ少し試し撃ちしてみないか、買うにしても見るにしても自分に合ってるかどうかは見ておきたいだろう」 「え、いいんですか?!」 気前の良い男の提案にリチャードは上ずった声で答えた。 何か小刀でもと思っていたがこれはとんでもなく嬉しい誤算だ。 「外に射撃場がある、ついてきな」

2021-05-07 14:56:51
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

男に連れられて行った鍛冶場の側の開けた空き地には無造作に並べられた大小高低バラバラの的が立てられていた。 どうやら男の言う射撃場らしい。 (なるほど…確かに敵の大きさは一定じゃないもんな) 的をしげしげ眺めリチャードが心の裡で呟く。 こうした所を見ても男には戦の心得があることが伺える。

2021-05-08 06:28:43
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「それじゃあ自由に撃ってみてくれ、そして後学のために忌憚のない意見を聞かせてほしい」 男に言われてリチャードは早速矢を番えて試しに最初の一矢を放った。 矢はまるで吸い込まれるようにど真ん中の的の中心を見事に打ち抜きた。 「すっげえ!」 はしゃぐリュウを尻目にリチャードは涼しい顔だ。

2021-05-08 06:33:41
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

次にリチャードは素早く再び矢を番え、一矢、ニ矢、三矢を目にも留まらぬ速さで放つと、そのどれもが的の中心を射抜く。 最後に走りながら一気に3本の矢を番えると、三本の矢は三つとも人型の的の頭を撃ち抜いた。 「ま、マジかよ…」 はしゃぐのも忘れ驚愕に目を見開いて的を見つめるリュウ。

2021-05-08 06:38:53
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「…大したもんだな、心得があるのはなんとなくわかってはいたが…」 男もリチャードの手並みに言葉を継げぬようだ。 「弓がいいからですよ、正直ここまで手に馴染む弓に僕は出会ったことがありません」 ようやく緊張が解けて微笑みながらリチャードは男に返した。 「やったじゃん!買いだよそれ!」 pic.twitter.com/bvWhBV7DEd

2021-05-08 06:43:12
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「この弓、おいくらですか?」 リチャードの問いに、 「弓と矢15本で合わせて350キフカでどうだ?」 男は答えた。 「…さ、350?!そんな値段でいいんですか?」 リチャードは再び目を丸くした。 「都で買えば1000は下らないと思いますが…」 「ここは田舎だしな」 ははは、と笑う男。

2021-05-08 13:02:14
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「店に卸すならもう少し値も張るだろうがうちの直売だし、貴族とはいえ子供からそんな大金は取れんだろう」 「で、でも…」 言い淀むリチャード。 「おっちゃん、一応職人なんだからさ!もっとお金に貪欲になろうよ!」 商売人の娘であるリュウはそのへんはシビアだ、何故か男を諭すような口調で言う。

2021-05-08 13:07:36
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