さっき読んだばかりのインタビューを思い出してふふ、と和んだ。コーヒーを一口含むと確かに優しい味だった。 「…薄いけど、香りがいい。俺、いつもラテとかで本当はブラック苦手なんだけど、これなら飲める」 「それならよかった」 しばし無言でコーヒーを飲む。
2021-05-31 23:28:56杉の中で完全に入ってきたときの勢いは失われてしまっていた。まあしょうがないです、ファザコンでパパ大好きで、亡くしてまだ1年も経ってないし。まぁそういうことで、頭が冷えた。 「…今日はごめん。いきなり来て」 「?あぁ…」 「あの冊子見たらなんかカーッとなって勢いで来ちゃったけど」
2021-05-31 23:30:58「冊子のことは忘れろ」 「…いや、俺はまぁ置いといてもこの辺の店、レジの横とかに置いてあるんじゃ…」 「言うな」 これ以上ダメージになるのも気の毒で、杉は話題を変えた。 「…でも、元気そうで安心したよ。最後に見た顔がすごくつらそうだったから、俺のせいかって思って」 「……」
2021-05-31 23:32:26「尾形さんに失礼なことするなって、親父が居たらきっと叱られたと思う」 「別に…」 果てしなく気まずい。でも、沈黙はもっといたたまれない気もする。 「今、独りでここで待ってる間、親父のことを思い出してたんだ。ここに本買いにきたのかな、とか尾形と話したかな、とか」
2021-05-31 23:36:37かな、とか尾形と話したかな、とか」 「…大した話はしてない。こういう本はあるかって聞かれて、答えたくらいで、ただの店員と客のありふれた会話だ。特別なことは何もない」 「…うん、でも、この店の雰囲気、少し父さんと似てる気がして」
2021-05-31 23:39:03言い終わる前に少し涙が零れてしまった。声が少し震えたのが分かったのだろう、尾形は何も言わず、すっとどこからかティッシュの箱を取って、俺の近くに置いてくれた。ばか。ますます好きになっちゃうじゃん。たった今まで気持ちを押し付けすぎたって少し反省してたのに。
2021-05-31 23:39:04「多分、ここは父さんにとっても好きな、大事な場所だったと思う」 「…そうか」 尾形もまた、何かを思い出しているようだった。 二人で、どんな話をしたの?お客さんのほとんど来ないこの柔らかい場所で、二人、どんな時間を過ごしたの? 過去には戻れないし、もう杉に知る術はない。
2021-05-31 23:46:30自分が立ち入る話ではないと言えばそうなのかもしれない。でも、父が大事にしていた時間を欠片だけでも知ることが出来たのは良かった。 少しぬるくなったコーヒーを飲み干した。 「ご馳走様。いきなり押しかけてきてごめん」 立ち上がると尾はその動きを追うように杉を見上げた。
2021-05-31 23:49:13やっとこっちを向いてくれたのが嬉しい。 「今日はこれで帰るよ。…でもまた来る。多分、今日の面接、受かると思うし」 「は?」 ポカンと俺を見る尾形の顔は、とてもつい半月前まで真面目に杉の家で蔵書整理をしていた人とは思えない無防備さだった。はは、何これ可愛い。
2021-05-31 23:49:49「今日の面接も親父の知り合いの紹介だし。受かってここに通うようになったら縁があるって認めてくれる?」 「…!知るか!とっとと帰れ!」 言葉は冷たいけれど、怒ってるわけじゃないのは杉にも分かった。
2021-05-31 23:52:00何となく嬉しくなって店を出る。店の外は日差しが強くて、なんとなく、あの店の中は居心地のいい穴倉みたいだったな、と思いながら駅へと向かった。 尾はずっとあの中にいたんだな。きっと、無理に引っ張りだそうとしちゃダメなんだ。少しわかった気がした。
2021-05-31 23:52:01何事もなかったように続き。 杉が出て行ってからも、尾ちゃんはしばらく動けませんでした。 「あいつ、何しに来たんだ…」 尾ちゃんからすればものすごい形相でスーツ姿の杉が現れたと思ったら小冊子握りしめてるし、
2021-06-11 00:00:56っていうかーあれなんだ、インタビューだけならって引き受けたのに何で表紙にまでなってるんだよ、おまけにあいつが百ちゃんとか言ってたってことはジジィ共もなんか言ってたのが載ってるってことじゃねぇか編集するって言ったのに!畜生はめられた!
2021-06-11 00:01:44…で、とりあえず落ち着こうとコーヒー淹れて、戻ってきたら杉が涙ぐんでいた。 あいつ意味わかんねぇ。 その後もぽつぽつなんか勝手に話して、「今日は帰る」って。 それでもなんだか嬉しそうな顏して帰って行った。 なんというか、まるでゲリラ豪雨のようだった。
2021-06-11 00:01:45不思議な男だった。 あの人にそっくりな顏で、まぶしくもないのにまぶしそうな不思議な顔で自分を見る。 最初に会った時の印象からくるくると姿を変える。 初めて会った時は肉親を亡くして寂しそうな遺族。 あの人に似た顔で笑う。あの人とよく似た目で自分を見る。
2021-06-11 00:04:43ただ客として知っていただけの人の側面が見えて来るようで、動揺した。 誰かと父親の話をしたいのだと思った。寂しさがそのまま自分に寄りついてくるような、他に都合の良い対象があれば簡単にそちらへ行くような、そんな寂しさだと思っていた。
2021-06-11 00:04:44それが許されるほどに、彼は人好きのする性格だったし父一人子一人で過ごした時間が長かったという背景もあって、その寂しさを責める気にはなれなかった。 でもだからと言って簡単に恋愛感情に変換されるのは違うと思ったし、あの人と重ねるのも失礼だと思ったから振り切ってきたのに何なんだ。
2021-06-11 00:04:46あっさり目の前に現れやがって。 杉にしてみればあっさりでもなんでもなく、運命でしょ!って言う勢いだったんだけどそんなことは尾ちゃんにわかるわけもなく。 「…なんなんだ本当に」 ちょっと独り言なんか呟いてみたりして、でもその後にハッとするんですよね。
2021-06-11 00:05:14あの記事が表紙になってるってことは自分の顔がこの町のあらゆるところに置かれているということで。「 尾ちゃんは頭を抱えました。 そういえば最近たまに入るでもなく外から人がなかを除いていくな、と思ってたがアレはもしかして。 全然本に興味のなさそうな女性もいてアレは、つまり。
2021-06-11 00:07:20次回、杉くんの再就職と「友達からアタック」開始&ジェラシー発動の巻!お楽しみに! (いや、お楽しみにせんでくださいね…)
2021-06-11 00:09:37ちょっとだけ続きを書きます。 twitter.com/24ki_onICE/sta…
2023-01-12 00:42:25杉父の遺品蔵書整理をする古本屋尾ちゃんと杉のはなし min.togetter.com/wmYfZgi #ミント @min_t_officialより まとめ切れていなかったところを追加したのにそれで満足していた。いかんいかん
2023-01-05 00:34:19さて、押して押さて、押して押して押しまくるのは尾ちゃん相手には多分逆効果なんじゃないかとすんでのところで本能が察知した杉くん、ちょっと考えて、尾の日常に紛れ込むことにしました。というとなんだか戦略的だけどどちらかというと小学生的な発想でまずは「もっと仲良くなろう」としたんですね。
2023-01-12 00:42:25だって会社受かったし(契約社員だけど)運命は俺の味方だってことでしょ? 別にそれで舐めてかかったり思い上がったりするわけじゃないけど、ただ今までやってきたことを信じて、そしてこれからも信じられるように真摯に、慎重に、でも怯えず怯まず、そうやって行けばチャンスはくるし、
2023-01-12 00:42:26運命は自分に味方してくれる。そうやって今まで勝ってきた。伊達にマイナーなぼっちスポーツ選手でここまできてるんじゃないんですね。 なので出勤が始まったら杉は、最初は二三日に一回、そのうち尾の店の開店閉店時間とかそういうペースが掴めるようになったらほぼ毎日ちょっとでも顔を出した。
2023-01-12 00:42:26尾の店はちょうど駅まで行く途中だったし。ランチに行くときもその気になれば寄れる。もちろん忙しそうなときはそっと顔見て通り過ぎることもあったし毎日そんなに話しかけるネタがあるわけじゃないんだけど。
2023-01-12 00:42:27でも朝の通勤時もお昼時も夜も、杉が近辺うろちょろしてるのがわかると尾も意識しないわけにはいかなくなる一方で、当の杉は迫ってくる事は一切なくて、目が合えばニッと笑っていくだけだし、たまに暇なときだけ察知して「売れてる?」とか声掛けてくる。
2023-01-12 00:42:27たまに同僚も一緒だったりとかして「知りあい?」とか聞かれてるのみてコミュ強め…と尾は腹立つんだけど、でも嫌じゃない。そのうち商店街の爺達にも「百ちゃんの友達かい?」とか認知されて、
2023-01-12 00:42:27いやぁ、まぁそんなとこで、とか店の前でやりだしたもんだから「昼飯の時間なくなるぞ!」とか言って尾が追い返そうとしたり閉店業務をわかんないなりに手伝おうとして「邪魔だ!」「なんだよ!」とかやりあったりして、なんやかやで軽口叩く友達みたいな感じになってきた。
2023-01-12 00:42:28尾が店で大量の本運んでたらちょっと持つくらいの手伝いもできるようになったし、尾も安いラーメン屋とかランチのお弁当が安くなる時間を教えてあげたりして。閉店作業手伝ったりするようになるまで1ヶ月、閉店後に上がり込んで夕飯食べるまで3ヶ月。いつの間にか季節は変わっていた。
2023-01-12 00:42:28真面目に本の目録作ったりしてる尾の横顔がかっこいいなっておもったり、尾が爺達には口悪いなりに優しかったり、たまに尾が表紙になったタウン誌見て来た女子高生とかが店覗いてキャッキャしてるの見てイラッとしたり優越感持ったりとかもしてなかなか心中は忙しかった。
2023-01-12 00:42:29というかますます好きになった気がする。同時にこの町の住人なんだなぁと感じる事が多くなった。 本屋のことだけでなく、旨いランチや新しくできた店、昔からある店、杉が見つけて「こんな店があったよ!」とか言うと尾は必ず知っていたし、なんならその店ができる前は何だったかも教えてくれた。
2023-01-12 00:42:29尾はこの街のいわゆる老舗じゃないお店にも詳しくて、もしかして外食ばかりなのかもしれないなと杉は思った。古い本に囲まれて、たまに出張に出たりしながら街のどこかで一人で飯を食う。たまに商店街の爺さん達にやいやい言われるくらいで、そういう尾を、街の生活を少しずつ少しずつ知っていく。
2023-01-12 00:42:30これが、尾の住む街。そして父の愛した街でもあった。父がどんな顔をしてこの街を歩き、何を食べ、何を見たのか。何もわからないけれど、尾に教えられたこの街の色々なことを父もきっと愛していたのだと思う。杉にとっては尾を知る時間でもあり、父を知る時間でもあった。 とりあえず一旦ここまで。
2023-01-12 00:42:30書き溜めてたのを一部放流したんですけど、貼り付けるときに「大体140字これくらい」ってピタっとわかる自分が怖かったです。(とてもどうでも良い)
2023-01-12 00:45:10