確かに納戸からは掘れば掘るほど本が出てきて、予定外に時間がかかっていた。加えて専門外の本が多いから何とも判断しがたいものも多かった。何より故人をしのぶといわれたら、断るのも悪いような気がしないでもない。毎日一緒に昼ご飯を食べて少しは情のようなものもあったし、故人そっくりの男が
2020-11-13 22:52:23酒を呑んでいる姿を少し見てみたい気持ちもあった。 本を一つ一つ辿りながら、もしあの人がゲイだったら自分はどう映っただろうか、杉が言うように、食べ方をほめられたりしたのだろうか、そんなことをつい考えることも多くて、本当は止めにしなければいけなかったのだが。
2020-11-13 22:52:24朝お布団から出たくなくて二人で顔寄せ合って「俺の顔親父にそっくりでしょ?」スリ💕「…キズが違う…」「ん〜?キス?」チュ💕「ちが、傷」「そっかぁキスかぁ」チュチュ「おま…」「もっかい言って?」「…」「言ってぇ?」 みたいなとこまで早く進んで欲しい。
2020-11-14 09:30:54さて、先の話はともかくとして月命日を名目に二人で初めて囲んだ夜の食卓。 「尾ガタさん、日本酒大丈夫ですか?これ、親父が好きだったやつなんで良かったら」 「いただきます」 注がれて軽く盃を合わせ、口に含む。尾も日本酒は詳くはないが、勧められて呑むものはそれなりに美味しいと思う。
2020-11-15 00:12:06あの人はどんな顔で呑んだのだろうか。舌に残る後味を意識する。向かいにいる杉はその姿を嬉しそうに眺めて、食卓の説明をし始めた。 「筑前煮は親父が好きだったんです…って言いましたっけ、うちはしいたけとか入れないんですけど蓮根は絶対入れてて」
2020-11-15 00:12:06アジフライ、柴漬け、冷ややっこ、ポテトサラダ、五目御飯、と会食と言うには脈絡のない家庭料理が並ぶ。 「このアジフライね、駅の反対側にある総菜やさんのなんですけどこれが俺も好きで」 フライ出すならビールだったかな、と笑う杉が促すままに食べる。どれも家庭の味で旨かった。
2020-11-15 00:12:07変に上品な味でない所がいいと思った。以前はこんな風に父子で食卓を囲んだのだろう。 「…やっぱり、誰かと一緒に食べるのっていいですね」 尾はあまりそういう感覚が無かったけれど、一般にそういうものであるという知識はあったので曖昧に頷いた。 杉は尾の座った位置を見つめて笑った。
2020-11-15 00:12:07「父も、そうやって静かにゆっくり食ってました。…懐かしいな」 そういわれても尾にはなんと答えたらいいのかわからない。遺族の感傷に付き合うのにも限界があるのはわかっていたのに、故人に残っていた自分の感傷がこんな、普段やらないような食事をしている。
2020-11-15 00:43:27「尾ガタさんは、父を覚えていましたか」 いきなり核心を突かれた気がして尾は驚いた。どう答えたらいいのだろうか。少し迷って、頷いた。 「こちらに伺って、仏壇のお写真を見て思い出しました」 「やっぱり」驚いた ほぅ、と安心したように杉が笑った。
2020-11-15 00:43:28「初めて尾ガタさんが来た日、手を合わせてくださったときに少し驚いた顔をしていたのでもしかして、と思ってたんです」 そんな所まで見られていたとは思わなくて尾は少し恥ずかしい気持ちになった。そうでなくても食事をするとき、杉の視線を感じることが多くて落ち着かない気持ちになったのに。
2020-11-15 00:43:28ゆっくりと話をしながら、故人の思い出を聞く。こんな風に語れる誰かを持たない尾は、不思議な気持ちで杉の話を聞き、聞かれるがままに答えた。杉は勧め上手で、尾が想定していたよりも呑んでいたらしい。 「すみません、そろそろ帰らないと」 「もう泊って行けばいいじゃないですか」
2020-11-15 00:47:11「いや、そういうわけには」 「明日もどうせ来るんだし」 何もなければそれがいいのかもしれない。だがいい加減杉に付き合うのにも苦痛を感じていた。客だからと丁寧にしていたが、本来顧客の感傷に付き合う義理も無いし、何よりも俺はあんたの大事な父親に軽くとはいえ懸想していたゲイだ。
2020-11-15 01:00:42親子の細やかな愛情を目の当たりにして自分の生まれや家族の縁、性志向など、いちいち考えては後ろめたさを感じるのは割に合わない。お前は寂しいのかもしれないが、それに付き合う義理はない。 「いい加減にしてくれ」 声を絞り出すと杉がハッとして固まったのが分かった。
2020-11-15 01:00:42「…男の一人暮らしにゲイを気軽に泊まらせようとするなんざ、不用心にも程があるぜ」 「…」 「…引いただろ。手を放せ」 (いつの間にか杉は尾の手を掴んでいたようです…) 離れるかと思った杉の手は、逆に尾の腕を掴む力を強くした。 「…マジで?」 「……」 放せ。その手を放してくれ。
2020-11-15 01:08:33たった一人の家族を喪った男の感傷にこれ以上付き合う義理はない。 「…もしかして、そうかなって思ってたけど」 なら猶更だ。 「だったら好きになっていいの!?」 「…?」 今、何を言われた?
2020-11-15 01:12:11「ていうか親父の事ちょっと好きだったでしょ?」 「!?」 「俺の顔も好みでしょ絶対!」 「…な、なに言って…」 「いーじゃん、そんなら好きになっても問題ないじゃん!」 ぐい、と手を引かれてぎゅう、と抱き締められた。 「…そりゃ、好みじゃないとかならアレだけど…」
2020-11-15 01:19:42「尾ガタさん、俺の顔好きでしょ?お昼とか今日のこれとかもお願いしたらイヤそうでも聞いてくれたじゃん」 いや、こんな図々しい男だったか?? はてなマークでいっぱいの尾だけど、そりゃまぁこの杉はすぎおの杉だし顔がいいから好かれるには慣れてるんですよね。
2020-11-15 01:26:04まぁそんなことは尾ちゃんは知る由もないので、ただただ混乱してるんですけどどうにかこうにか杉の腕から抜け出して、やっとこさ「…今日は帰る」ってだけ言ったんですけどね。帰ろうとしたんだけどちょっとフラッとしちゃって、杉にそっと支えられちゃいまして。
2020-11-15 01:30:31「別に尾ガタさんが俺になんかするとか思ってねぇし、俺も襲ったりしないんで、マジ、泊ってってください…」 って言われていろいろ気が抜けちゃって、その晩はおとなしく泊まることになりました。 尾に用意された部屋は仏間兼ねた客間で布団も寝間着代わりのスウェットも知らない家の匂いがした。
2020-11-15 01:37:48これはこの先のメモなんですけど、そういうことを日常的にするようになったすぎお、仏間から見える部屋で盛り上がった尾ちゃんが事に及ぼうとしたらなんか杉が焦って「んだよ」って強引に杉の上に乗り上げたら「ダメっ…!」「あ?💢」「お父さんが、見てるっ…!」って言う…すぎおです…。
2020-11-16 18:20:41途中で止まってた、呑んで泊ったとこからの続きです。すぐ終わらせるつもりだったのにめんどくさいほうに舵を切ってしまった自分のばかばか。 pic.twitter.com/mPKWkY6KWm
2020-12-05 22:32:12告白したものの尾ちゃんに頑なに拒まれて、ぺしょぺしょに凹んだ杉ですが、まぁ凹んでもいられないんですよね。家の整理もしなくちゃだし、今まではバイトだったけど仕事もしないといけないな、って中で尾ちゃんからのビジネス一辺倒のメール(査定額連絡とか振り込み連絡とかにまた凹むみたいな日々。
2021-05-30 23:05:42そんな中亡き父の友人が仕事を紹介してくれた。正社員じゃないけどアマチュアスポーツで世界大会に出る人とかの応援採用があるって事で、一応マイナースポーツとは言え世界ランクに入ることもある杉、チャンスだなと思って面接に赴きます。 寂しくても独りでも、生きていかなければならない。
2021-05-30 23:05:42面接の場所は神〇町。初めて来た街だったけど、新しいビルもたくさんありつつ古本屋街もあって、面白い街だった。なんとか面接を終えて、コーヒーでも飲んで帰るか、と適当に店に立ち寄ると、地域の繋がりが強い土地柄なのか、入り口近くにパンフレットのようなフリーの小冊子がいくつか置いてあった。
2021-05-30 23:08:19何気なくそれに目をやってぎょっとした。表紙には古本に囲まれた尾ちゃんがいた。 えっえっええええええ?ってなりながらとっさにその冊子を手に掴んで席に着いた。 どうやら古書店街をアピールする冊子であるらしく、尾は表紙だけでなく巻頭記事にもなっている。ドキドキしながら杉は読み始めた。
2021-05-30 23:08:20読んでる途中からドキドキしてしまって、ページをめくる手が震えた。 「そういう縁だったんだ」 そういってたけど、なんだよ、縁を繋ぐって。どんな顔で言ってんだよ。そんな余所行きの顔で笑って、何なんだよ。
2021-05-30 23:13:07先代からの客の遺品整理ってウチのことじゃねぇか、いや、ほかにもあるのかもしれないけど、そんな頻繁にあるわけじゃねぇだろ、おまけに魚の食べ方って。俺の事だろ?こんなところでそれ言うの?俺の目に届かないところでならそんなこと言うわけ?なんなんだよ。
2021-05-30 23:13:07感情がぐちゃぐちゃだった。なんだよ、やっぱり俺の事好き…かどうかは分かんねぇけど少なくとも嫌いじゃねぇじゃん!ふざけんなよ、ビビりやがって。こっちが見てないとこでそんな風に言うならこっちだって絶対あんたの視界に入ってやる。
2021-05-30 23:14:16カップに残ったコーヒーを飲みほして、タウン誌を握りしめた。中のMAPにあった尾形の店、はすぐ2ブロック先の、手の届くところにいる。出張買取で店を閉めることがあるって言ってたけど、これで今俺が行って店が開いてたら縁があったってことだろ。絶対そうだ。
2021-05-30 23:14:16はやる気持ちを抑えきれないまま、初めての町を速足で歩く。この本ばかりの町で、しらねぇけどじーさん達にも可愛がられて、町で頼りにされてそれなりによろしくやって、その間俺はあんたに振られて落ち込んだり虚無ったりやっとちゃんと就職しなきゃってなったとたんにこんな形で俺の前に現れて。
2021-05-30 23:16:18何なんだよほんとに! この角を曲がると尾形の本屋があるはずだ。少しひるむ気持ちを押さえて思い切って曲がると、果たしてその書店は開いていた。 「…ほら見ろ。俺は土壇場で勝負強ぇんだよ」
2021-05-30 23:16:56あと2~3日で終わらせたいという意思。続け続け~~! 「こんにちは」 声をかけて入ってくる客は少ないのか尾形は少し驚いたような顔でこっちを見て、そして固まった。 「久しぶり」 ニっと笑ってやっても微動だにしない。 「……」
2021-05-31 23:00:33多分色々と何を言うべきか固まりながら頭の中でくるくる考えているんだろう。じーさんたちにやいやい構われるのには慣れてても、こんな不意打ちには弱いのかもしれない。やべぇ、可愛い、好き。見たことない顔が嬉しい。やっぱり好きだ。 「近くの会社に面接に来たら、これ見つけて」
2021-05-31 23:00:34「なんだこれ!」 「いや取材受けてたんだろ?」 「表紙なんざ聞いてねぇ!ジジィ図りやがったな!」 「えっそうなの?」 表紙を凝視したまま、尾形はへなへなと座り込んだ。 「…道理でそろそろ出るころなのに持って来ないと…」 「…愛されてんなぁ、『百ちゃん』」
2021-05-31 23:00:34「…マジか…編集するって言ったのに…」 「面白かったぜ。…ますます好きになった。尾形の仕事もすげぇ仕事だと思ったし、俺の父ちゃんの事も、俺の事も言ってたし」 「…言ってねぇ」 わかりやすく目を逸らすの、逆に肯定でしかなくないか? 「嘘だね」 「知らん」
2021-05-31 23:01:46ちょっとやそっとじゃ聞かないことを察して、尾形は諦めたようだった。 「…茶でも入れてくる。その辺の椅子に座ってろ」 観念したのか、尾形が店の奥に入っていった。奥からカチャカチャと何か用意する音が聞こえてくる。
2021-05-31 23:04:49てっきり缶コーヒーかなんかを持ってくるのかと思ったら本当に何か用意しているらしい。お湯の湧く音、食器を用意する気配。そういえばこんな風に誰かに飲み物を用意してもらうのもずいぶんと久しぶりな気がする。
2021-05-31 23:04:49その辺にあった丸いパイプ椅子に腰かけて、所在なく周りを見回してみる。古い本が積みあがっている本だらけの空間は、初めて来たのになんだか居心地が良かった。…そうか、少し親父の部屋と似てるんだ。誰かの手に馴染んだ本のあの感じと、埃と、陽を避けた窓からの淡い光、柔らかな陰影。
2021-05-31 23:18:52本なんかいくらでもかっていいよって言ってやればよかった。他に大した趣味があるわけでもなし、もっと優しくしてやればよかった。 考えてもどうしようもないけれど、ふとした瞬間にこみあげるものがあった。 ここは父にとってもきっと特別な場所だった。ここでどんなふうに父は過ごしていたのだろう。
2021-05-31 23:22:28気が付くと杉は少し涙ぐんでいて、ここに踏み込んできたときの勢いはすっかり削がれてしまっていた。 気が付くと尾形が傍らに立っていた。 「コーヒーでいいか…ってもう煎れちまってるが」 「ああ、うん、何でも」 「組合のじじぃどもがここをサテン代わりにするもんだから…」 「へぇ…」
2021-05-31 23:26:16そういえばインタビューにもそんなことが書いてあったな。 「味は薄いぞ。じーさん仕様がこっちも癖になっちまった」 「じーさん仕様?」 「濃いの煎れると胃にもたれるとかキツイとかジジィ共が文句言うんだよ」 「そうなんだ」 それでちゃんと薄いのを煎れてやる尾形は優しい。
2021-05-31 23:26:17