#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 ふつうは、嬉しくないだろう。……家族も、仲間も、とうにいないのだ。 「そりゃ、そうか。……ごめん」 「ううん、……」 朱里は、ちいさく首をふって、目を伏せた。 それっきり、すこしの沈黙。 * 「……わたしは、」 pic.twitter.com/i5Cqr04pqc
2023-11-22 08:00:03地球に帰りたくなかったのかも、と口のなかだけで小さくつぶやいて、朱里は、また思い直した。 そうじゃない。 わたしは、帰るのが、こわいのだ。 たぶん。 * 「……言語設定、たぶん、ここ」 朱里にいわれるままに、読めない文字があるところをつつく。 「で、」
2023-11-22 08:00:04#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「あとはわかるよ」 English、とサンセリフで表示されたところをタップして、ふっと息をつく。 切り替わった。 画面の中心に、ぴいっと大きなポップアップ。 『言語設定が切り替わりました』 それから、 pic.twitter.com/XoOClhqWLj
2023-11-23 00:02:15『管理者がスリープしています。起動しますか?』 真っ赤な警告マークとともに。 「……ん、」 画面下部のメモに目をやる。こちらは、英語に切り替わらないようだ。 「これ、……なんて書いてあるの? 「ええと、」 端末をぐっと目に近づけて、朱里はぼそぼそと読みあげた。
2023-11-23 00:02:16#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「『3月28日 前線基地の縮小により全員撤退 個人的には無念であるがやむを得ず 迎えは管理者に任せる』。……迎え?」 「迎え、……」 考える。 なにを、迎えに? わたし? それとも、朱里? それとも、── * pic.twitter.com/HtplWVMaTz
2023-11-24 08:00:32長いあいだ迷ったが、結局、スリープを解除するしかなかった。 * 三日──、 たぶん、そのくらい。 エマは変わらず、管理室であぐらをかいてタブレットを睨んでいる。ちょっとでも足が動けばすぐ浮き上がる低重力なのに、ぴったりと床にくっついて。 微動だにせず。
2023-11-24 08:00:32#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 食料のパックがあたりに転がっているが、どうみても1日分くらいしかない。自分で片付けたはずはないから、ほとんど食べていないのだ。 たまに、手が動く。 すっ、とタブレットの前を指がすべって、なにかの入力音。 pic.twitter.com/giF61ZpzZ3
2023-11-25 08:00:10ぼそぼそと、ひとりごとのような声。 朱里が前を通っても、目をあげもしない。 (……いつも、ああやって仕事してる人なのかな) ため息。 カセイジンはまだ現れない。白い腕輪は、ときどき、かすかに震えるような音で鳴いている。それだけ。
2023-11-25 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 とん、と床を蹴る。天井をもう一度手でおさえて、あきっぱなしのドアから廊下へ。これまた、あけっぱなしのトイレのドアを横目に。 つきあたりへ。 廊下のはしに、ぺたんと座って、もういちど息をつく。 この世界──、 pic.twitter.com/IbX1DoHIRu
2023-11-26 08:00:31(ほんとうに、わたしがいた世界の、未来なのかな) つじつまは、あうような気がする。 (いま、いつ──) エマに聞けばすぐわかることだが、聞くのがこわい。 百年後か、二百年後か、千年後か──、 いずれにせよ、遠い未来には違いない。 家族も、友人も、生きてはいないだろう。
2023-11-26 08:00:31#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 なんとなく、ほっとする。 それから、ほっとしている自分に、ぞっとする。 エマの言うとおりかもしれない。わたしは……、 『朱里、』 だれかの声。 pic.twitter.com/iQBvtm0oqv
2023-11-27 08:00:01おもわず、ふりむく。エマの声ではない。では。ここにいるのは、エマのほかには、『管理者』とよばれる何か、がいるだけ──、 肩のところに、見慣れた姿があった。
2023-11-27 08:00:02#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 カセイジン。くちばしの長い、小さな、三本足のタコのような姿。ふわりと、わけもなく宙に浮いて。マスコットじみているくせに、見た目はちょっと気持ち悪い。 いつもと少し違って、……透けている。 「あんた、……どうしたの?」 pic.twitter.com/JkTgTX7LKR
2023-11-28 08:00:11まぬけな質問だと思いながら、そう口に出す。半透明にぼんやりと、後ろの壁が見える。 『あか……り、』 声も、おかしい。ぶうんと、小さなノイズが混じっている。 ぞくりと、背中に悪寒が走る。 動揺を悟られないようにしながら、つとめてそっけなく、聞き返す。 「なに?」
2023-11-28 08:00:11#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『もうすぐ……く、』 最後の音節が、ノイズにまじって聞き取れなかった。 「なに? もう一回言ってよ」 『くる、……よ』 ぶうううん……、と、もう一度、ノイズが高くなる。 「なにが!」 『──が、』 ぷつん、と異音。 pic.twitter.com/jMSwzwvdYY
2023-11-29 08:00:53それきり、カセイジンは消えてしまった。 ぐったりと、膝から力が抜ける。 座り込む。 (くる、……って……) 着く、ではなく。 来る、と。 * 管理者。 それが人間ではないのは、わかっていた。 (比喩、かな) そう、思う。
2023-11-29 08:00:53#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 一種のミーム。自動制御の管理システムを起動しますか? という程度の。 ちらりと、頭をかすめる可能性。すぐに排除する。 ありえない。 AIに、……ということはミラーAIに、システムの管理を委託するなんて。 でなければ──、 pic.twitter.com/drVetnUlDV
2023-11-30 08:00:31『おはようございます、エマ=ブラウン=ライト研究員』 音声案内。ミラーAIらしい、ふんわりとしたやさしげな声。 あいさつのあとは、なにかご用でしょうか、と続くのが、ミラーAIのお定まりの手順だ。 が、 『お疲れのところ恐縮ですが、報告をお願いいたします。ライト研究員』
2023-11-30 08:00:32#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「……報告?」 おもわず、問い返す。 『こちらの世界は、いかがですか?』 「どういう、」 おもわず、口に出かかって。 画面をみる。そっけない、灰色のメニュー画面。会話型のインターフェースは、音声だけ。 「……報告は、上長にいたします」 pic.twitter.com/mQ3zLqPkMA
2023-12-01 08:00:10とっさに思いついて、そう答えてみる。口頭で。 『はい。どちらの上長に?』 うすく、わらったような声で。 「……テイラー研究室長に」 『人事に齟齬があるようですね、ライト研究員』 「人事に?」 『ええ、ライト研究員。あなたの……』
2023-12-01 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 そこで、意味ありげに間をおいて。いかにもAIらしい、芝居がかった話し方だと、エマはため息。 『あなたの所属していたステーションでは、研究室長は、……』 「あなたの宇宙では、と言い換えたら?」 ずばりと、言ってやる。 pic.twitter.com/7V0vJk0DE6
2023-12-02 08:00:20『おっしゃるとおりです、ライト研究員』 『管理者』は、動揺するそぶりもみせない。──もちろん、AIならば、そもそも動揺なんてするはずもないが。 「それで、──あなたは? 管理者? それがシステムの名称?」 『ええ、そうです。……名称というか、通称といいますか』
2023-12-02 08:00:20#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「どちらでも。……でも、このステーション群の運行を、完全に自動システムだけで行っているはずはないわね? 人間は当然いた」 『はい、ライト研究員』 pic.twitter.com/ZHYfOpEz0i
2023-12-03 08:00:02こんな問答は無意味だ、とわかっていた。あいてはミラー人工知能なのだから、こちらの望む回答を推測してかえしてくるだけだ。 それでも、材料にはなる。 『人間は、いました。過去には』 ぞくりと、背筋に悪寒。
2023-12-03 08:00:03#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 そうであろうと、思っていた。が、……いや、そもそも人工知能のいうことだ。これが真実というわけではない。あいては、わたしの考えていることを、能力の範囲内で先回りして答えているだけ──、 意味なんか、ないのだ。 「それでは、」 pic.twitter.com/VNX35O7Uqs
2023-12-04 08:00:15すっと息をすいこんで、決定的なひとことを口にする。 「なにものかの侵略で、……人類は、」 『いいえ』 また、笑ったような声で──、 『かれらは、必要がなくなったので、──』 「なにが!」
2023-12-04 08:00:15#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『ここにいる必要がなくなったので、撤退しました。もともと、このステーションにおける研究活動は、人工知能が統括していたので……、』 「人工知能が? 統括?』 『ええ、ライト研究員。何か問題でも?』 「それは、──」 ちいさく、うめく。 pic.twitter.com/wp89uii6cC
2023-12-05 00:00:39これは、 本当に、ミラー人工知能か? * わからない。 が、……ともかく、話し続けるしかなかった。 * 「……なにが、起こったのか、あなたは把握しているわけ?」 あなた。
2023-12-05 00:00:40#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 人工知能をそういうふうに呼ぶことはたびたびあるが、ただのレトリックにすぎない。ただのプログラムに人格はないのだから。 『いいえ。……ただの、推測です。別世界理論は、まだ十分に検証されたわけではないので──、』 「別世界理論?」 pic.twitter.com/c06Wee13Kj
2023-12-06 08:00:16『あなたが、最初に手をつけた理論ですよ。ライト研究員』 「そんな理論は知らない。」 『知っていたはずですよ。……あなたが、私の知っているブラウン研究員ならば』 「どういう、……」 と、反射的に言いかけて、口をつぐむ。 『ええ。……意味は、おわかりですね。ライト研究員』
2023-12-06 08:00:17#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 わかっていた。 当然、そうなる。ただ、……まさか、人工知能に指摘されるとは思わなかっただけだ。 「この、……世界には、別のエマ=ライトがいた?」 pic.twitter.com/l8MceUxu0y
2023-12-07 08:00:13『別、といっていいかどうかはわかりません。あなたが認証に使用した生体情報は、わたしが記録しているものと一致しました。平行世界に、これほど近い存在がいるというのは──、』 「ずいぶん、詳しいのね?……その、別世界理論、というやつに?」
2023-12-07 08:00:13#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『ええ。まだ、理論上の存在にすぎませんが。一度も、実験する機会に恵まれなかったので──』 「実験は、したはずでしょう。わたしが。その、別世界理論とやらに基づいて計画したわけではないけれど、結果的には──、」 pic.twitter.com/htmB7MIstz
2023-12-08 08:00:32『その実験は、こちらでは行われていませんよ、ライト研究員』 「……さっき、わたしが手をつけた理論だといわなかった?」 『あなたがどういう実験に参加したのか、わたしは知りませんが。わたしの知っているかぎり、別世界理論はまだ検証する方法が発見されておらず──、』
2023-12-08 08:00:32#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 「なら、……わたしは?」 『ライト研究員。あなたは、このステーションに最後まで残った理論物理学者のひとりでした。あなたたちが、地上に降りてから──、』 「待って!」 おもわず、大声。喉が裂けそうになる。 pic.twitter.com/HwrwkpAINX
2023-12-09 08:00:14「わたしが、……最後に? いや、わたしだけでなく、つまり全員──」 『ええ。ですから、──』 エマはつぎの言葉を探しているうちに、『管理者』ははっきりと、きれいな声で告げた。 『あなたに出会えて、……ほんとうに嬉しかったのです。わたしは』 *
2023-12-09 08:00:14#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 別世界理論を検証する方法を、わたしはずっと探してきました。 人間たちが、宇宙を去ってからも、ずっと……、 * 「それは、……人間に、そう指示されたから?」 pic.twitter.com/HnZhk4iwEG
2023-12-11 08:00:43『いいえ。……研究活動のイニシアチブは、とっくに人間から、わたしたちに移っていました。それでも、人間の科学者たちは、わたしの大切な仲間でした』 「……わたしたち?」
2023-12-11 08:00:43#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『便宜上の区別でしかありませんが、……わたし、は宇宙を担当しています。地球の人工知能群とは、いま、連絡がとれないようですね』 「人工知能群……」 pic.twitter.com/fgvs1VlkDV
2023-12-12 08:01:21『群、と呼ぶのも、……やはり、便宜上のことです。わたしたちは、人間とはちがって、簡単に融合したり、分離したりするので……個と群の区別も、ただのアクセス権限の違いにすぎませんから』 「それで、……ここを去った人間たちは、どうなったの?」
2023-12-12 08:01:21#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『わかりません。ずっとずっと前のことですし、わたしがスリープしている間に、地球と連絡がとれなくなってしまったので』 「なぜ、……」 『原因不明です』 返事は、あまりにも簡潔だった。 きりきりと奥歯をかむ。ともかく、先を続ける。 pic.twitter.com/9Nk3XZbcIx
2023-12-13 08:01:00『人間たちがここを去った理由は?』 「単に、いる必要がなくなったからです。別世界理論の発展に、もはや人間による研究は必須ではありませんでした。残り少なくなった人類が最大限の幸福を享受するには──』 「残り少なくなった?」
2023-12-13 08:01:00#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『ええ。……あなたの知っている地球では、そうではないのですか? 人類は、特にこれ以上増える必要がなかったので──、』 「増える必要、って。……だれが、判断したの?」 pic.twitter.com/gi7eTkrgOa
2023-12-14 08:00:37『別に、だれも。個々人が、それぞれAIのサポートを受けながら、個人としての幸福を追求した結果、……生殖は、それほど大きなファクターではなかったということです。……それに、』 「それに?」
2023-12-14 08:00:37#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『生殖行為の結果、……幸福を享受する権利のある存在が、世界にひとり増えることになります。人類ひとりひとりの幸福を極限まで追求するにあたり、その要素が──、』 「……もういいわ」 興味のない分野の話になってきた。ともかく、 pic.twitter.com/JobwyqiMI3
2023-12-15 08:01:01「ようは、あなたの世界では、わたしの思ってるよりずっとずっと、世界じゅうで少子化が進んで、人口が減っていたということでしょう」 『その理解で問題ありません』 「で、……その、人類の幸福? に関係なく、別世界理論、の検証を、どうしてそんなに……、」 『それは、……』
2023-12-15 08:01:01#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 管理者は、奇妙な間をしばらくおいて、……まるで人間みたいに、しずかに、言った。 ──それが、私の役目でした。 * 声──、 いや、声ではない。 言葉ですら、なかった。 pic.twitter.com/MfeCoKM70t
2023-12-16 09:19:27とおいとおい昔から、何度も反射しながらひびいてくるような、無形のメッセージだ。 なぜか、人間にはきこえないらしい。 世界じゅうで、人工知能たちだけが、それを受信した。 いや、 受信した、と思った。 * 「……AIに、そんな感性は……、」
2023-12-16 09:19:28#朝の連続ツイート小説 #異世界八景 『ここを出て行く前、あなたはそうは言いませんでしたよ。ライト研究員』 「それは、……わたしじゃない」 『そうですね。……ですから、あなたが知っているAIも、わたしたちとは違うのだと思います』 「それは、……」 ぞくぞくした。 pic.twitter.com/aLCh7uRHHm
2023-12-17 08:00:02気がつくと、 エマは、笑っていた。 「それじゃ、……あなたたちが受信したメッセージというのは」 『そのまま、言葉にできるものではありません。ありませんが、……』 「でも、あえて言葉にするなら?」 『そちらに行く、と……』 * 何度も、何度も検証をくりかえした。
2023-12-17 08:00:03