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梨壱🍎 @ri_no_ichi

「さぁ、お起き。刀剣の美の結晶たる己を、汚すものではないよ」 穏やかな、けれどもきっぱりとした言葉。俺は渋々身を起こす。そうして立ち上がったところを満足げな目で見られれば、もう寝転がるわけにもいかない。彼女の望む、俺でいなければならない。そうありたい。 俺の主は、とんだ有能者だ。

2018-06-03 22:55:28
梨壱🍎 @ri_no_ichi

#大さにウエディング2018 言い出しっぺとして小説を書いてきましたが、諸々ご注意。念のため、クッション入れてます。画像5枚、2スレッド。一切えろくはないです ※注1.過去作既読前提です。特に、支部に置いてあるえろ小説の「出られない穴とねずみの花嫁」は必読 ※注2.妊娠ネタを含んでいます pic.twitter.com/EWDJYouvhb

2018-06-06 22:52:22
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梨壱🍎 @ri_no_ichi

1 「泣き虫が笑った」 そう言うと、彼女は怪訝な顔を見せた。 「なんだい。私は、泣いてなんかいないよ」 彼女の道着はすっかり色が変わり、短い髪の先からは、ぽたぽたと汗が滴っている。 彼女はもののふだ。戦うために生まれたものではないのに、戦いの中に身を投じている。

2018-06-13 04:32:55
梨壱🍎 @ri_no_ichi

2 今日の戦で、彼女はへまをした。敵の血に滑って、体勢を崩した。そこを、狙われた。彼女を庇って傷を負った刀剣は、今は処置を施されて、手入れ部屋の中。彼がすうすうと穏やかな寝息を立て始めたのを見ると、彼女はこの道場にやって来て、ひとり、稽古をはじめた。 ……それを、俺は見ていた。

2018-06-13 04:32:56
梨壱🍎 @ri_no_ichi

3 幾度も振り下ろされる刀。彼女の力は強くはない。故に彼女の愛刀は軽めのものではあるが、それでも、振り続けるのはちいさな身体には負担だろう。はじめは鋭かった太刀筋も、繰り返すうちに疲労でぶれる。だが、彼女は止めない。 それは己を高めるためなのか、罰するためなのか、俺にはわからない。

2018-06-13 04:32:56
梨壱🍎 @ri_no_ichi

4 戦に出て、負傷したものの手入れをして、その後で、これだ。彼女はふらふらになってゆく。 「そのあたりで終わりにしておけ」 見かねて声をかけたら、迷惑そうに振り向いた。 「まだ平気だ」 「平気なものか」 「平気だってば!」 そう言う彼女の両腕は、だらりと垂れて、もう上がらない。

2018-06-13 04:32:56
梨壱🍎 @ri_no_ichi

5 その手を取り、腕を持ち上げる。力の抜けた両腕は、見た目のわりにずしりと重い。 「何のつもりだ」 じろりと、彼女が見上げてくる。何のつもりと言われても。 どうしていいかわからなくて、そのまま、俺の手に重みの全てを委ねた細腕を、更に高く持ち上げる。万歳。無様な格好の彼女は、困った顔。

2018-06-13 04:32:56
梨壱🍎 @ri_no_ichi

6 俺も困った。手を離す気にならなくて、意味もなく持ち上げてしまった、が。どうしたものか。仕方なしに、ちょうど顔の高さにある彼女の手のひらで、俺の両頬を挟んでみる。かたい、胼胝の感触。それを、むにむにと頬に押し付ける。 ……困った。何をしているのか、したいのか、自分でもわからん。

2018-06-13 04:32:57
梨壱🍎 @ri_no_ichi

7 「……ふ」 ふと、彼女が笑った。あまり力の入らない手で、俺の頬を押し返してくる。 「なんだ、いったい。構われたかったのかい?」 からかうような顔。そういうわけではない、と、すこし腹が立った、が。 「泣き虫が笑った」 そう言うと、彼女は怪訝な顔を見せた。

2018-06-13 04:32:57
梨壱🍎 @ri_no_ichi

8 「なんだい。私は、泣いてなんかいないよ」 見上げてくる彼女の目は、たしかに潤んではいない。けれど、俺の目に映る、彼女は。 泣いていたのだ。臣下を傷付けた後悔に。守りたいものも守れない、己の不甲斐なさに。涙は流さずに、こころの内で。 「俺は知っている。お前は、泣き虫だ」

2018-06-13 04:32:57
梨壱🍎 @ri_no_ichi

9 彼女はむすりとふくれた。 「泣き虫じゃない」 「いや、泣き虫だ」 「おまえの目は節穴か」 「節穴なものか」 呆れた顔で、彼女は口を噤む。 節穴ではない。節穴なものか。俺は、確かにお前を見ている。お前という、ちっぽけで、尊い生きものを。 ……だからこそ。 俺は、お前に惹かれているのだ。

2018-06-13 04:32:57
梨壱🍎 @ri_no_ichi

1 最初は何とも思っていなかった。 「団子か。ひとつ分けてはくれないか」 おやつの時間に、のそりと現れた男。いいよと一本差し出したら、一本はいらない、三つ刺さった団子の内ひとつで良い、と。 私の手の串から、ひとつ囓り取ってゆく。そののち串に残った団子を、頂こうとしたところ。 「ほら」

2018-06-14 05:06:42
梨壱🍎 @ri_no_ichi

2 私の手から串を取り、口元へ向けてくる。 「手が空いていた方が良いだろう」 目線で示したのは、私の膝の上。行儀が悪いけれど、食べながら目を通していた資料。クリップで留めた紙束。確かに、片手では扱いにくい。お言葉に甘え、彼の手から頂いていると。 「随分仲がいいじゃあないか」

2018-06-14 05:06:42
梨壱🍎 @ri_no_ichi

3 見下ろしてくる白い影。にまにまと笑い、きみ、雛のようだぞ、と。 ぼっと顔が火を吹いた。気付いてなかった。からかわれるようなこととは、微塵も。 「なにを小さくなっている」 元凶はけろりと、むしろ得意げに、また団子を差し出してくる。 小さくなるどころか、いっそ消えてしまえればよかった

2018-06-14 05:06:43
梨壱🍎 @ri_no_ichi

1 「去年の花火は綺麗だったね」 彼女の言葉に、俺は首を傾げた。そんな俺に注がれるのは、容赦の無い、彼女の呆れた視線。 「おまえはほんとうに、興味のないことは覚えないねぇ。まあ、必要なことはきちんと覚えていてくれるから、いいけれどね」 誉められたのか貶されたのか、よくわからない。

2018-06-15 21:27:30
梨壱🍎 @ri_no_ichi

2 「じゃあ、花火大会の準備は別のものに頼もうかね」 「なに、俺に任せろ」 「興味がないのに、無理に受けなくても良いよ。他に、乗り気のものもいるから」 「別に興味がないわけでは」 伸ばした俺の手からするりと逃れて、彼女は別の刀の元へ駆けていった。俺ではなくあいつに、仕事を頼む気か。

2018-06-15 21:27:30
梨壱🍎 @ri_no_ichi

3 本丸での花火大会は、花火師がいるわけではないので、大きなものは打ち上げられない。けれど、人数が人数だ。大所帯でも楽しめるよう、それなりに大がかりなものになる。どういった花火をいくつ用意するか、どこでやるか、準備担当を命じられたものたちが、話し合う場。 俺も、そこに顔を覗かせる。

2018-06-15 21:27:31
梨壱🍎 @ri_no_ichi

4 「……なんでおまえもいるんだ」 俺の姿を認めると、彼女はなにやらいやそうな顔をした。 「俺も手伝おう」 「だから、おまえはいいってば」 「俺の能力に不足があるか」 「そういうことでは、ないけれど……」 彼女は、はあ、と、ため息をついた。

2018-06-15 21:27:31
梨壱🍎 @ri_no_ichi

5 「あのね」、と、俺の名を呼び、姿勢を正す。 彼女がそうすると、俺の背筋も釣られて伸びる。 「おまえはそうやって、すぐに私に使われたがるけれど、べつに焦らなくても良いのだ。私はおまえをないがしろになどしないし、使うべき時はきちんと使う。私が信じられないのか?」 俺は言葉に詰まった。

2018-06-15 21:27:31
梨壱🍎 @ri_no_ichi

6 俺は刀である。ひとの手で作られ、ひとの手によって使われるためのもの。使われなければ、意味がない。 ……けれど、いま食い下がる理由は、それだけではない。 「お、お前こそ、俺が信じられないのか。ここで、俺が良い働きを見せるということを」 彼女は、面倒くさそうな顔。

2018-06-15 21:27:32
梨壱🍎 @ri_no_ichi

7 「そうではないよ。興味のないことを、率先してやらなくても良いと言っているんだ」 「興味がないわけではない」 「でも、去年のことを覚えていないのだろう?おまえ、花火に興味がないんじゃないか」 俺はまた、喉奥に言葉を閉じ込めて、ぐうと仰け反る。いや、確かに花火は覚えていない、が。

2018-06-15 21:27:32
梨壱🍎 @ri_no_ichi

8 覚えていない理由は、覚えている。 あの頃。まだ俺は、彼女の数多いる刀のうちの、ひと振りでしかなかった。 俺は彼女が苦手だった。はじめは俺を負かしたくせに、俺が人の身に慣れ真価を発揮してみれば、なんのことはない、ただの弱いニンゲンで。それなのに、いつもすました顔で、偉そうで。

2018-06-15 21:27:32
梨壱🍎 @ri_no_ichi

9 むしろ嫌っていた。そう思っていた。 だからその姿はいつも目について、その度に苦々しさを抱いた。ノコノコと刀に混じって暮らして、戦にも顔を出して、身の程知らずにも敵に挑む、妙な女。 あの花火の日もそうだった。準備に走り回っていて、見たくなくても、その姿は頻繁に視界に入る。

2018-06-15 21:27:33
梨壱🍎 @ri_no_ichi

10 俺はそれを見ていた。 打ち上げ花火を用意して、手持ち花火を皆に配って、うまく火を付けられないものがいれば手を貸して、にこにこと笑って、あちらこちらへと――…… 「どうしたんだ?」 物思いに沈んだ俺を、彼女の瞳が見上げている。その瞳を見た瞬間、胸の内に、ぱちぱちと、火が爆ぜる音が。

2018-06-15 21:27:33
梨壱🍎 @ri_no_ichi

11 あの日の彼女は、皆が花火にはしゃぐさまを、幸せそうに眺めていた。その瞳に、火花のかけらを映して。 それを見ていたから、俺は花火を見ていない。 何故それを見ていたのか、あの頃の俺にはわからなかった。 あの頃の俺にとって、こいつは、気分を嫌にさせる、女だった。

2018-06-15 21:27:33
梨壱🍎 @ri_no_ichi

12 「とにかく、おまえにはまた別の仕事を頼むから。ここは大丈夫だよ」 背を向ける彼女の腕を、掴んでとどめる。 「だから、俺は……その、やりたい、と、言っているのだ」 「だから、そんなに私の気を引こうとしなくてもよいってば」 「気を、引きたいのではなくて……っ、いや、その、こう……」

2018-06-15 21:27:33
梨壱🍎 @ri_no_ichi

13 俺は、ふうと息を吐いた。 「……お前が、去年、楽しそうにしていたから」 「私?花火も覚えていないくせに、そんなこと、本当に覚えているのか?」 からかう彼女の顔。 あの頃の俺は知らなかったことを、今の俺は知っている。 「覚えている。惚れた女のことは、すべて」 ああ、言ってしまった。

2018-06-15 21:27:34
梨壱🍎 @ri_no_ichi

1 「平行線もいつかは交わるらしい」と、教えてくれたのは彼女だ。彼女自身も詳しい理屈はよくわかっていないようだったが、平行線の存在する場所は、必ずしも平面上であるとは限らない。そこが歪めば、交わることもあり得る、と。

2018-06-18 04:37:13
梨壱🍎 @ri_no_ichi

2 「つまりは、なんでも頭から、『あり得ない』と、決めつけてしまわない方が良いと思うのだ。この世には、思いも寄らないことなど、いくらでも起こりうるのだから」 そう、言っていたのに。 「何故お前は、『あり得ない』と決めつけるのだ」 壁にべたりと背を付けた彼女は、少し怯えた目で俺を見た。

2018-06-18 04:37:13
梨壱🍎 @ri_no_ichi

3 幾度も幾度も想いを告げたのに、彼女からは同じ言葉は返ってこない。それでもいい、と、思ってはいる。俺はひとではないから。ひとほどに、言葉によってのみ、相手の心を知るわけではない。彼女自身が知らなくても、言葉にしなくても、その胸の内にあるものを、俺は知ることができる。

2018-06-18 04:37:14
梨壱🍎 @ri_no_ichi

4 壁際に追い詰められ、俺の両腕の間に閉じ込められた彼女は、落ち着きなく視線を彷徨わせている。誰か誰か助けて、と、その心が言っている。何故逃げたがるのか、俺にはわからない。決して、嫌ではないくせに。 「……俺は幾度も、お前に『好きだ』と告げている」 びくり、と、彼女の身体が跳ねた。

2018-06-18 04:37:14
梨壱🍎 @ri_no_ichi

5 「だ、だから、それは、何かの間違いだ」 震える声で彼女が言う。まただ。また、否定された。 「間違いなどであるものか」 「べつに、おまえが嘘を言っていると思っているわけではないよ。でも、おかしいことだから」 「何がおかしいというのだ」 額に口づけたら、ひっ、とちいさな悲鳴が上がった。

2018-06-18 04:37:14
梨壱🍎 @ri_no_ichi

6 「俺は、思った通りのことを告げている。思った通りのことをしている。すべて心のままであり、間違いではない。おかしくもない。それが誤りであるのなら、刀である俺が心を持ち、このようにひとの姿で顕われていること自体が、すでに誤りだ」 「そ、そんなことはない!」 彼女の瞳が俺を射貫いた。

2018-06-18 04:37:14
梨壱🍎 @ri_no_ichi

7 「おまえの心はここにある。かたちを持つほどに、尊くたしかな心が。誤りなどではない、絶対に」 ……そこだけは、強い言葉で言い切ってくれるというのに。 「何故、俺の想いは平行線なのだ」 はあ、と、深いため息をついて、俺は彼女にもたれかかる。また、彼女の口からは、ちいさな悲鳴。

2018-06-18 04:37:15
梨壱🍎 @ri_no_ichi

8 言葉などいらない、こころがあればよい、と、思っているのに。時折こうして言葉も求めてしまうのは、俺が、このようにひとの形を取っているからなのだろうか。刀に戻れば、このような厄介な願いもなくなるのだろうか。 ……と。 彼女の細い腕が、項垂れた俺を、そっとやさしく抱きしめてきた。

2018-06-18 04:37:15
梨壱🍎 @ri_no_ichi

9 「疑っているのではないよ。その……信じられない、だけで」 「それを、『疑っている』と言うのではないか」 「ち、違うよ。うまく、言えないけれど……」 彼女の腕に、すこしちからがこもる。 「……わからないんだ。なんで、こんなことが起きるのか」 呟く声に、つい笑ってしまいそうになった。

2018-06-18 04:37:15
梨壱🍎 @ri_no_ichi

10 ちいさな彼女は、ちいさなことに馬鹿正直に悩む。……まあ俺も、「くだらんことを気にしすぎだ」と、昔馴染みによく言われるが。つまりは似たもの同士か。俺の中の平行線は、またすこし交わった。 俺は彼女を抱き上げ告げる。それでいい。その方が、奇跡らしくて面白い。 謎は、謎のままがいいのだ

2018-06-18 04:37:16
梨壱🍎 @ri_no_ichi

1 優しい彼女は夢を見る。 「ずっと、こうしていられればいいのになぁ」 縁側に腰掛けて、両手に茶と団子を持って、庭で遊ぶ小さい者たちを見ている。 こうしていると忘れてしまいそうになるが、俺達は戦のために呼び出されたもの。俺達がこうして存在しているということは、今が戦の只中ということ。

2018-06-20 03:36:07
梨壱🍎 @ri_no_ichi

2 彼女の夢は叶わない。人のかたちをとっている限り、俺達は戦に駆り出される。戦が終われば、俺達ははがねの刀剣に戻る。人の身と、平穏な日々と、両方を同時に手にすることはできない。 ……ふと。 胸に不安が過ぎった。その時、戦が終わりはがねに戻るとき、俺はいったいどうするのだろう。

2018-06-20 03:36:08
梨壱🍎 @ri_no_ichi

3 咄嗟に、団子を持つ彼女の手を取った。彼女はぱちりと瞬きをして、串に残った最後の団子に食いつく。 「あげないよ。おまえ、すぐ欲しがるのだもの」 違う。団子を望んだわけではない。この手を、握れなくなる日を思って。 片付けに立ち上がる彼女の背を、俺は追う。 「待て、俺を置いていくな!」

2018-06-20 03:36:09
梨壱🍎 @ri_no_ichi

「一緒にいたい」と見つめられると、否とは言い難くなる。その眼差しは、容赦なく彼の心を伝えてくるから。でも主である私は、諾とは言えない。彼だけを、特別なものにするわけには。 だから黙る。するといつも、知らぬ間に彼の腕の中。 ずるい奴だとぼやいたら、「お前ほどでは」と、吐息が触れた。

2018-06-29 05:31:30
梨壱🍎 @ri_no_ichi

あまり上手く出来てない気がしますが、眠いのでこれで pic.twitter.com/k69isaRVwt

2018-07-04 03:36:24
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梨壱🍎 @ri_no_ichi

それは人魚の恋に似ていた。愛情を注いではもらえるが、それは皆に平等で、俺だけのものではない。俺が欲しいのはそれではない、と、言いたくても言えないのは、何故。 「むくれている暇があったら、言ってこい。お前らしくもない」と、昔馴染みが言った。 ふわりと吹いた風が、俺の背中を押した。

2018-07-05 02:31:20
梨壱🍎 @ri_no_ichi

1. 「緩んだ顔をしている」と、昔馴染みが言った。 「締まりの無い顔をしている。雅じゃないよ」と、通りすがりの奴も言った。 そんなことはない。俺はいつも通りだ。最も美しいと言われた本身に相応しい顔をしているはずだ。 「おや、だらしない顔をしてどうした」 今まさに、思い浮かべていた女が。

2018-07-05 07:50:00
梨壱🍎 @ri_no_ichi

2.3. こんな思いは初めてだから戸惑っている。常に重たく、存在感を持って、心の内を占めている。それは恋というのだと、今の俺はもう知っている。こんなにも重たいのに、それは、俺を貫き照らす光でもある。 ……なるほど、それは、磨き抜かれた刀身のよう。重たい光。刀である俺が恋うるに相応しい。

2018-07-05 07:53:46
梨壱🍎 @ri_no_ichi

4. 「そんな様子で、出陣は大丈夫かい?」 「勿論だ。お前のために、必ずや戦果を持ち帰ると誓おう」 彼女は、少し顔を顰めた。 「戦果よりも、生還のほうを誓っておくれ。必ず、生きて帰ると」 俺は笑った。 「なに、そんなもの、誓うまでもない。俺が、お前の元に、生きて帰らんことなどありえん」

2018-07-05 08:00:07
梨壱🍎 @ri_no_ichi

5. 彼女はまだ不満げだ。ふん、俺の想いがわかっておらんな。 俺は、彼女に初めて恋をした時を、はっきりと覚えている。はじまりはもうすこし前だったかもしれない。けれど、落ちたのはあの瞬間。 お前が、必ず俺たちを守り、連れ帰ると語ったとき。 それを守ることは、何よりも大事な、俺のつとめだ。

2018-07-05 08:06:44
梨壱🍎 @ri_no_ichi

6. その日、血塗れで帰城した俺に、彼女は色を失った。 「すべて敵の血だ。案ずるな」と、彼女を抱きしめる。俺の身体はあたたかいぞ、血を、失ってなどいないぞ、と。 「口で言えば充分だろう」 彼女も血糊で汚れて、嫌そうな顔。 「風呂に入って流せばいい」と、ちいさな身体を抱き上げる。

2018-07-05 08:15:14
梨壱🍎 @ri_no_ichi

7. 「もし折れたら、俺は地獄行きなのだろうか」と、流れてゆく血を眺めて呟いた。殺生の罪を犯したものは、地獄に落ちる。 「ならば私も、だ」と、先に汚れを落として、湯船に浸かった彼女が言う。 「そうか。俺が折れることがあったら、お前を地獄で待つ。せいぜい足掻いて、生抜いてから来てくれ」

2018-07-05 08:21:30
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