#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年4月26日】 すばやく持ちあがる。モリスの喉元にむけて。ほんのわずかの間に、爪の先が、 ラナ=デミギアの喉に、なにかが刺さっていた。 短剣であった。 ザジ=ダームが、わずかに身をおこしてこちらを睨んでいた。ラナの喉を裂いたのは、ぶ
2021-04-26 08:00:26きみな色に輝く短剣。よく見ると、なにかの液体が塗られているようだ。毒か。 「……甘すぎる!」 ザジは、吐き捨てるようにそう言ってから、意識を失った。 そして、ラナ=デミギアは、絶命した。 * 惨惨たる状況であった。 誰が生きていて、誰が死んでいるのか、すぐにはわからない。と
2021-04-26 08:00:27#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年4月27日】 にかく、治療しなければ。治癒術を使えるのは、自分と、メイと、それから螺旋闘術の使い手。といってもエマ=ナンラは失神しているし、パナンはまだ屋敷の中だ。メイは魔術語をマスターしていないから、自分がサポートしなければ難しいだ
2021-04-27 08:00:09ろう。とにかく、すぐ動かなくては。 「メイ!」 叫んでから、敬称を忘れていたことに気づく。 「急ぎましょう。まずはエマを──」 違和感。 メイは、防壁布のところで伏せたままだ。もう危険はないのに。 矢は当たっていなかったはずだ。 絶対に。 「メイ!」 脂汗。メイはひどく青ざめ
2021-04-27 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年4月28日】 ていた。呼吸が浅い。脈をとる。ほとんど感じられない。ピントのあっていない目から、まぶたがゆっくりと落ちていく。体温が。 青白いひかりが、メイの全身からきらめいて落ちる。地面に吸い込まれていく。 寒気がした。 何度も名前
2021-04-28 08:00:12を呼ぶ。立ち上がって、あたりを見る。ほかに、光が見えるのは、2箇所。まさか。 ……まさか。 「モリス、……」 震える唇をひらいて、かすかな声を絞り出す。 「私は、……怖くありません。一度……」 何を、ばかな。 怖くないはずがあるか。きりりと、奥歯をかみしめる。 「……モリス=サ
2021-04-28 08:00:13#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年4月29日】 ラン。……あなたを、サラン流魔剣術の後継者とします。」 ふざけるな。 あなたが、あの男を殺し、後継者となったのではないか。 メイ=サランの呼吸が、止まった。 生と死は、武芸者のならい。そんな言葉が、脳裏にちらつく。
2021-04-29 08:00:19ひざまづいて、メイの肩をつかむ。冷たい。 もう、動かない。何の反応もない。 救命措置を、と一瞬考えてから、思いなおす。そうじゃない。 魔剣術の使い手は、元々の名前のほかに、魔術語の名をつけて、身に刻む。 メイ=サランの別名は、マリナ。強きもの、という意味だ。 モリスはすう
2021-04-29 08:00:20#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年4月30日】 っと息をすって、魔術語の呪文をとなえた。 短い呪文を、何度も何度も、歌うように。 ル=サーシャよ、地に沈むマリナの命をとどめたまえ。 身代わりに、この私を。 * 目覚めたとき、モリスは自分がどこにいるのかわからなか
2021-04-30 08:00:10った。 清潔な寝台。ふんわりしたシーツ。それから、カーテンからもれる日のひかり。 朝陽か。いや、それとも夕焼けか。 生きていることに一瞬だけ安堵し、それから失望する。身をおこし、見回す。誰もいない。いや、部屋の隅に、ひとり。 禿頭の小男。パナン=ミムルだった。 「ほォ、目が覚
2021-04-30 08:00:11#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月1日】 めたかよ。」 「ここは、」 「デミギア家の、まあ客室かな。たぶんな。家のものがおらんので、勝手に使っている。あれから、大騒ぎだったよ。だが、まあ、大体かたがついたようだ」 「……今は、いつなんです」 「まだ、一日も経っておら
2021-04-30 08:00:38んよ。今夜じゅうに目覚めなかったら、どうしようかと思っていた。……かたがついたと言ったのは、あくまでもおれたちの話だ。デミギア家がどうなるかは、知ったことじゃない。ケイ=バムンのやつは、色々大変なめにあっとるようだが」 「そう、ですか……」 モリスは一度口をとじて、また開いた。そ
2021-04-30 08:00:40#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月1日】 れから、また閉じて、ひらく。 訊かねばならないこととは、べつのことを、訊いていた。 「ラナ=デミギアは、何をしようとしていたのです?」 「さァ。帝国は、あまりに恨みを買いすぎたということだろう。デミギア家は代々、宮廷に仕え
2021-05-01 08:00:31る武術の家だが、ラナの母方の家は、帝国に併合されたシーラーナ王国の、王家に近しいものだったということだ。ケイから聞いた話だがね」 「では、これは……反乱、だったと?」 「反乱の準備、かな。おれたちは、とんだとばっちりだ。……そんな話より、おれぁ、どうやって、のほうを知りたいね。おれ
2021-05-01 08:00:32#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月2日】 たちの技を奪って……それどころか、何もないところから、武器をつくりだしたりしたというんだろう。そんなことが──、」 「ぼくにも、わかりません。……ですが、この土地の地下に、戦神とかいわれるものが、本当にいたというのなら……
2021-05-02 08:00:08」 モリスは首を振った。まばたきを三度。それから、勇気をふるいおこして、 「パナン、あの……、」 「……死ぬものは、死んだよ。」 くらい顔をして、そう答える。モリスはおし黙った。 「戦神だかの力をもってしても、死者をよみがえらせることはできなかったということなのか、あるいは最初か
2021-05-02 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月3日】 らそのつもりはなかったのか。わからんが、おれがあがっていったときには、すでに死んでいるものもいたし、──治療がまにあわず、すぐに息をひきとったものもいた。できるだけのことは、したつもりだがね。」 「それでは……」 「が、あん
2021-05-03 08:00:26たの想い人は無事さ。」 モリスは目を見開いた。パナンは、にやりと笑って、 「屋敷から出たときいちばん近くにいたんで、あんたたち二人に、まっさきに気を注ぎ込んでやった。それが効いたか、あんたの呪文のおかげか、わからん。まあ、奇跡とでも思っておくさ。」 モリスは無言で寝台をおりて、
2021-05-03 08:00:27#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月4日】 服を整えた。すぐに行かなくては。 「ああ、──御前試合は、予定どおり行われるとさ。」 「え?」 足をとめる。予定どおりといったって、相手がいないではないか。 ラナ=デミギアは死んだ、はずだ。 「皇帝陛下の御意向だとか。……
2021-05-04 08:00:05もっとも、勝てば指南役になれるとかいう約束は、いったん棚上げらしい。もともと、勅令ではじまったことだ。デミギア家が吹っ飛んだからといって、簡単に中止にはできんということかね。……ともあれ、武術指南役の席があいたのは確かだ。おれたちには、またとない時機かもしれん」 パナンは、うれ
2021-05-04 08:00:06#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月5日】 しそうに頬を緩ませていた。 「では、誰と誰が戦うのです。……決勝戦を闘った、ザジと、エマが?」 「そういう話もあったが、エマは嫌じゃというたよ。鍛えなおしての再戦ならばともかく、一度決着がついたものを、くいさがるような真似は
2021-05-05 08:00:06したくないとさ。……そういうところが、頑固でいかんのよ。あやつは」 「では……?」 「おぬしを、ザジが指名した。」 モリスは、思わず息をとめて、眉をしかめた。 「なぜ……、」 「なぜ、もあるか。あのラナ=デミギアを叩きのめしたそうじゃないか。」 「それは……、」 たまたまです、と言
2021-05-05 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月6日】 いかけて、やめた。魔剣術の秘技に属することだ。 かわりに、背を向けて、ドアに手をかけた。 「……受けるのかね?」 どこか冷え冷えとした声で、パナンはモリスの背中に声をかけた。 「当主と相談して、……決めます。ぼくは、ただの
2021-05-06 08:00:03門人ですから。」 「そうかね。」 「いえ、……」 モリスは首をふった。手が、かすかに震えていた。あのとき、ラナ=デミギアにとどめを刺そうとしたとき、止めてしまった手。それでも、 「……受けようと、思います。いま決めました」 「そうかね。」パナンはもう一度、頷いてそういった。さきほど
2021-05-06 08:00:04#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2021年5月7日】 とは違った声音で。 「ありがとうございました。……それでは。」 ドアを、開ける。 外には、光があふれていた。 (終)
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