#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月22日】 12年前にこの家に拾われ、 2ヶ月前に養父が死んだ。 いまは、姉とふたり。 * 村の共同墓地は使わせてもらえず、道場の裏に小さな墓石。どこでもこんなものだ、と云う。長年、サラン家は村を守るという名目で金や作物を貰っ
2020-06-22 08:01:02て食いつないできたが、こういうときにはやはり、よそもの扱いだ。 オツペル=サラン。30年も前に、どこかから流れて来て、当時の有力者に取り入り、ここに道場を開いた。ときたま弟子志望者がやって来たが定着せず、結局、道場はかれの家族が修行するだけの場となっていた。 妻は娘を産んですぐ
2020-06-22 08:01:03に死に、オツペルも病死した。 跡を継いだのは、娘のメイ=サラン。 墓石の前、土のうえにじかに正座して、瞑目して居る。 18歳。といってもパミリス人は少し老けて見えるから、22、3くらいにも見える。白い肌に、細かく結い上げた黒髪がぬるりと這う。紺のズボンの上に似た色のスカート
2020-06-22 08:01:04#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月23日】 「……メイ様!」 若い男の声。 すっと、切れ長の黒い目が開く。唇をきゅっと締めて、とうてい女らしいとは言えない、きつい顔つき。半ばは生まれながらのものだが、残りは表情のせいか。 立ち上がると、かなり背が高いのがわかる。
2020-06-23 08:01:02足もだが、腕がずいぶん長い。剣をとって伸ばせば、たいていの男よりも間合いは広くなる。 ふりむく。声の主は、メイよりもすこし年下の少年である。こちらはパミリス人としてはかなり背が低い。メイの肩くらいか。もっともまだ十六歳だから、これから伸びるかもしれない。太い眉に、ちょっと自信な
2020-06-23 08:01:04#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月24日】 「あぁ、」 メイは、ちいさく眉をしかめて、 「その呼び方は、やめてください。……もう、父もいないのですし。」 「でも、」 「モリス。あなたは、サラン家の養子。わたしの弟ではありませんか。」 「でも、ありましょうが……、」 少
2020-06-24 08:00:03年は、ちょっと目を伏せて、ちいさな声で、 「……あなたは、今やサラン家の当主。私は従者ですから。」 メイは反駁しかけて、口をとじた。眉をいっそうぎゅっとしかめてから、ため息。 「それで、……何か?」 「客人です、」 「あぁ、」 ふもとの村から、誰かあがって来たか。 なんとなく、予
2020-06-24 08:00:04想はしていた。オツペル亡きあと、もう生活の面倒はみられないという話か。構うまい。どうせ、父もただの流れ者だったのだ。 家名を捨てる、よい機会かもしれない。 が、モリスが続けたのは、予想外の言葉であった。
2020-06-24 08:00:05#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月25日】 「……帝都から。」 「帝都?」 ベーマント帝国の首都、ギミス。 知識として知ってはいるが、行ったことはない。いや、村の誰ひとりとして、帝都に足を踏み入れたことなどないだろう。歩いて何日かかるものか、見当もつかない。 むろ
2020-06-25 08:00:03ん、心当たりなどない。 「ラナ=デミギアという、若い女性です。客間に通そうと思いましたが、道場を見たいとおっしゃるので、そちらへ。」 「……すぐ、ゆきます」 ぎっと眉をきつくして、メイは大股に歩きだした。
2020-06-25 08:00:03#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月26日】 * ラナ=デミギアという女は、シーラーナ人のようであった。 子供のように見えるが、シーラーナ人は若くみえるから、もしかするとメイよりも年上かもしれない。痩せぎすで童顔、両手を膝にのせて、姿勢よく道場の床のうえに正座。無
2020-06-26 08:00:02邪気にほおえんでいるように見える。正座すると床につくほどの白髪、結びも結いもせず、流れるにまかせている。浅黒い肌とは対照的に、ただ白い。 服装は、ズボンに丈長のスカート。メイのものとは違って、薄い朱色の、むこうがわが透けて見えるような軽いスカートである。ズボンは、これと対象的に
2020-06-26 08:00:03ぴっちりした素材で、動きにくそうに見える。その上に縞柄の帯を締めて。 上半身は、メイのものとさしてかわらない、ふつうの着物であるが、かえって不似合いに見えた。都の人間はこんなものは着ないと、メイは思っていた。見たわけではないが。
2020-06-26 08:00:05#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月27日】 「はじめまして、」 ラナ=デミギアは、子供のように澄んだ声でそういいながら、上品なしぐさで裾をおさえて立った。右手には、フード付きのマントのようなものを畳んで抱えている。空いた左手をすっと差し出して、 「ラナ=デミギアと申
2020-06-27 08:00:03します。宮廷武術指南役を代々仰せつかっておりますデミギア家の、家人の一人です。よしなに」 「あぁ……、」 その家名にも、肩書にも、心当たりはない。 手を、握る。握手という習慣は、このあたりにはない。やはり都の人間なのだなと思う。 「オツペル=サラン様の武名を伺ってきたのですが、遅
2020-06-27 08:00:03かったようですね」 丁寧な口調ではあるが、少し、不躾ではないか。 そう、思いながら、メイは握手をした手を離そうとした。 離れない。
2020-06-27 08:00:04#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月29日】 ラナが力をいれている様子はない。ただ、すいついたように動かない。 ぐっと力をこめて、むりやり引き剥がそうとする。腕の筋肉が盛り上がり、汗がにじむ。 離れない。 これは、どうしたことか。 「……オツペル=サランの後継
2020-06-29 08:00:03者は、あなたですか?」 にこやかに笑ったまま、ラナはそう尋ねてきた。 メイは唇をかんで、反射的に、脇に目をやった。 モリスは、少し離れたところで、かるく目を伏せて立っている。 とたんに、すっと手が離れた。 「よろしければ、……一手、ご指南頂けませんか。ねぇ?」 子供のように
2020-06-29 08:00:06#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年6月30日】 * 魔剣、と云う。 オツペル=サランが、メイとモリスに教えた武術のことである。 ベーマント帝国が、版図を広げるずっと前から、サラン家に伝わる技だという。 メイは、ひざまづいたモリスから剣を受け取り、握りをたしかめた。
2020-06-30 08:00:05木剣である。が、刃にあたるところに、墨で銘が記してある。 真剣ならば、柄に覆われた内部、茎に刻むところである。 「……なんと付けました?」 そう尋ねる。古代文字である。自分で読めないこともないが、時間がかかる。 「サーリ、と」 モリスが、そう告げる。メイは、 「わかりました」
2020-06-30 08:00:07#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月1日】 とだけ言った。名前の意味は問わない。メイには必要がないからだ。 「……準備は、わたくしがやりましょうか。」 「いいえ。だいじょうぶ。」 低い声で、そう問答する。 準備というのは、呪文のことである。 リ、リ、セカラマス、
2020-07-01 08:00:08ラァイ、マリナ、クラトリェナス。 メイは、低い声で3度、そう唱えた。 古い言葉で、おおよそ、『軽くなれ、軽くなれ、マリナの身体よ、何よりも軽くなれ』というほどの意味である。 マリナというのは、メイのことだ。 人間社会で使う名と、まじないのためにつける名は、別である。そして、
2020-07-01 08:00:09#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月2日】 メイの体には、古代文字でまじない用の名が入れ墨してある。剣に銘を刻むように、だ。 そのようにして、古代語の名前をつけ、その名で呼びかけることによって、ものを自在に操るのが、魔剣術の極意であった。 とんとん、とメイは片足で
2020-07-02 08:00:06跳ねて、体の動きを確かめた。 まじないの効果で体重が軽くなっても、筋力は変わらぬから、身軽に動くことができる。もっと軽くすれば浮くこともできるが、剣撃の威力がなくなるので、そこまではしない。 少し迷って、剣の重さはそのままにした。本当なら、木剣のまま、真剣なみの重さにして威力を
2020-07-02 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月3日】 出したいところだ。しかし、それでは木剣にした意味がない。あくまで試合である。 今回は、防具もつけない。 「……よろしいのですか?」 ぼそりと、モリスが呟いた。 メイは意味をとりかねて、曖昧にうなずいた。いや、言いたいこと
2020-07-03 08:00:07は見当がつく。試合の質を間違えてやしませんか、ということだろう。変わり者の都会人に軽くデモンストレーションして喜ばせてやればよいのか、尋常の他流試合であるのか、 あるいは、死合なのか、ということだ。 モリスがどう考えているのか、知りたかった。少なくとも自分は、命のやりとりをする
2020-07-03 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月4日】 つもりはない。ないが……、 心臓が、ばくんと鳴った。 「準備は、できましたか?」 相変わらずにやついたまま、ラナがそう投げかけてくる。 ラナは、素手である。着替えもしていない。常在戦場、といった雰囲気でもない。単に、は
2020-07-04 08:00:12ねっかえりのお嬢が田舎武術を珍しがっているだけ、というふうに見える。先程の握手がなければ、疑うことすらなかっただろう。 「……結構、」 道場の中心に、5歩ほど離れて、むかいあう。メイは、両手で剣を握っているが、まっすぐに相手に向けるわけではなく、かすかに左にそらしている。 右足
2020-07-04 08:00:14#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月6日】 をわずかに前に出して、きっかり60度の角度で剣をたてる。盾の構え。魔剣術の、基本の構えのひとつである。左に傾けるのは、相手の剣をとらえて防ぐためだ。本来は、あいての構えをみて微妙に傾きを変える。もっとも、この場合は必要な
2020-07-06 08:00:11いだろうが。 そもそも、剣と拳では、あまりにも間合いが違う。勝負になるはずもない。 はじめ、とモリスが叫ぶ。 構えすらしていないラナにいらだって、メイは一気に間合いをつめて剣をつきだした。いちおう、基本の型にのっとってはいるが、あまりにも無造作で、粗い。 狙いは、喉。木剣であ
2020-07-06 08:00:11#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月7日】 ろうが、体重が乗っていなかろうが、まともに入れば大怪我をする部位である。かまうものか、と思ってはいたが、こちらが踏み出しても手をだらりと下げたまま反応しないラナを見て、かすかに迷いが生じる。 その迷いが、剣先に伝わったか
2020-07-07 08:00:10。 瞬間、ラナの姿が消えていた。 身を沈めたのだ、ということはすぐわかった。ただ、その速さが慮外であった。突き出した剣を引くいとまもなく、みぞおちに衝撃が走る。 掌底。 頭が理解する前に、脚が反応している。自然と、ラナから距離をとるように跳ねて、宙をとぶ。掌底の衝撃を殺すまで
2020-07-07 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月8日】 はいかず、内臓が引き裂かれるように痛む。それでも、魔術で体重を削っているおかげで、ずいぶんと軽減されているはずだ。 ふわりと、飛ぶように動いて、着地する。 「……これが、魔剣というやつですか。」 ふらふらと首を左右に傾け
2020-07-08 08:00:09るようにしながら、ラナは興味深げに呟いた。 「まるで、紙を突いているようですね。……でも、これでは、剣に重みが乗らないのではありませんか。」 そのとおりである。 メイは、眉をきつくして唇をかんだ。剣をふりおろす瞬間にだけ体重を増やすような技もあるが、メイはまだ十分に体得していな
2020-07-08 08:00:09#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月9日】 い。 メイは、構えをかえた。 頭上に、大きくふりかぶるように剣をあげる。攻撃の構えである。そもそも、『盾』の構えは、鍔迫り合いを前提とした型である。体重を削った今の状態には適していないし、そもそも相手に剣がない。 これ
2020-07-09 08:00:08は、『槍』の構えだ。……いや、それはおもてむき。 本当は、『弓』の構えという。秘伝だ。 さて、メイは、ふたたび踏み出す。十歩ほどの距離を、たんたん、と二歩でふみこえ、飛ぶ。 はるか頭上に。 ラナからすれば、目の前で相手が消えたように見えたはずだ。空中で半回転して、軽い体重をす
2020-07-09 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月10日】 べて剣に乗せて、後頭部を叩く。 『弓矢』の秘伝。派手な技であるが、知らなければ反応できない。 が、ラナはくるりと身をひるがえして、落ちてくる木剣を片手で握り止めた。 白刃取り、ではない。ただ無造作につかんだように見える。
2020-07-10 08:00:07いかに軽いとはいえ、空中から落ちてくる衝撃は、痩せた女が片手で殺せるようなものではない、はずだ。 力をこめているようには見えない。腕が震えてすらいない。 メイは、なすすべもなく、木剣をつかまれたまま着地するしかなかった。木剣を奪いかえそうと力をこめる。が、微動だにしない。さっき
2020-07-10 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月11日】 の握手のときと、まるで同じだ。 「……軽いでしょう。今のあなたは、私よりずっと軽い。それでは、取れません。」 かんでふくめるように、ラナが云う。だが、それだけか。 「それにね、力の入れ方に、少しコツがあるので……」 すっ
2020-07-11 08:00:02と、ラナが突き放すように手を放して、両手を上にあげた。メイはバランスを崩して倒れそうになる。まるで素人のように。 「ごめんなさい、わたしの負けです。降参します。」涼やかな声で。 「なぜ、」大きく息を乱して問い返すと、 「だって、……真剣だったら、あんなふうには掴めないでしょう? だ
2020-07-11 08:00:03#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月13日】 から、わたしの負け。ご指導、ありがとうございました」 ぺこりと、行儀よく礼をして、二歩、下がる。 メイは、息も姿勢も乱したまま、ただ、ぎりりと唇を噛みしめるしかなかった。 * 「……なぜ、あそこでやめたのです?」 木剣
2020-07-13 08:00:21の文字を、水で濡らした布で拭き取りながら、モリスがそう尋ねてきた。 墨文字は、一度完全に塗りつぶしてから拭き取ることになっており、水拭きで完全にきれいにするのは難しい。モリスは、何度も桶に布をつけながら丁寧に木剣を擦りつづけている。目はこちらを一瞥だにせず、何を考えているのか、
2020-07-13 08:00:22#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月14日】 よくわからない。 「ただの、試合です。」 かろうじて、絞り出すようにして、メイはそう答えた。 木剣につけた『名前』を、使わなかったことを言っているのだろう。 ただの、試し合いだ。奥義をつくして戦うような場ではない。あい
2020-07-14 08:00:06てが降参した以上、こちらの面子も立った。それに、ラナ=デミギアは力自慢の道場破りというわけではない。都の役人で、きちんとした用件あって来たのだから、あれはただの座興というもので──、 いろいろな言い訳が頭をよぎるが、口からは出てこない。 モリスも、それ以上何も言わない。ただ、一
2020-07-14 08:00:08#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月15日】 心に剣を磨き続けているようにみえる。 「今日は、もう……休みます。夕餉は要りません」 そう告げて、立ち上がる。モリスは、こともなげに「はい」と答える。 私室にはいってから、メイは大きくため息をついて、考える。 父なら
2020-07-15 08:00:10、どうしただろう。いや、モリスなら。 彼ならば、あんな無様な試合はすまい。奥義をくりだすまでもなく、きっと── 私は……、 * ラナ=デミギアの用件というのは、こうであった。 宮廷武術指南役という役職がある。武術家が宮廷人となる数少ない役のひとつで、ときには皇帝に直接武術
2020-07-15 08:00:10#朝の連続ツイート小説 #帝都御前試合秘聞 【2020年7月16日】 を指南することもある。 武術家として、公式に得ることができるものとしては、最高の名誉といってよい。 しかし、その選抜は、かならずしも武術の実力によるわけではなく、家柄と政治力によって左右される。現に、ここ数代はデミギア
2020-07-16 08:00:06