何年掛かるか分からんが、国内情勢が戦争直後に比べればずいぶんとマシ程度には落ち着いた頃、周囲から休みを押し付けられて城から離れたどこか遠くの郊外で休暇を過ごすディミトリが見たい。
2019-09-01 18:10:44きっとあるでしょ王族所有の保養地みたいなのが。王家の者が静かに過ごすための場所が。元は何代か前のご隠居が使っていたようなお屋敷が。(ふんわりツイート)
2019-09-01 18:12:03「ドゥドゥー、明日の予定は」「ありません」「は?」「明日から3日間、陛下のご予定はございません」「………冗談、か?真顔で言うのはやめてくれ。反応に困るだろう」「冗談ではありません。明日から3日間、陛下には休暇を取っていただきます」
2019-09-01 18:12:37「そんなことをしている場合ではないだろう。しばらく大きな動きがないとはいえ、帝国復興派は居なくなったわけじゃない。次の準備をしているだけという可能性も十分にある。パルミラとのやり取りも軌道に乗り始めたばかりだ。決して油断のできる情勢では、」「陛下」
2019-09-01 18:12:51「だからこそです。油断のならない情勢であることは確かです。これから何が起こるのかも分かりません。…だからこそ、休むなら今しかありません。これからのために力をお蓄えください」「だが、」「それに」「?」「すでに他の予定は固まっています。…陛下が不在であることが前提の予定です」
2019-09-01 18:13:04「今から陛下が明日の予定を覆せば各所に影響が出ます」「……………ドゥドゥー」「はい」「いつから動いていたんだ、これは」「何年も前から」「お前ひとりの仕事ではないな」「みな快く手を貸してくれました」
2019-09-01 18:14:31「……変わらないな、お前の過保護は」「陛下が御身を労ってくださらないからです」「どうだかな。…まあいい、分かった。休もう」「陛下…!」「ただし今回だけだ。次からはこんな騙し討つような真似はやめろ。いいな?」「はい、…はい!」
2019-09-01 18:17:31んで翌日、ホッとした表情を浮かべる家臣たちに見送られ、朝早くから2人で出掛けてゆくドゥドゥーとディミトリ。人が多いとディミトリはすぐに「王様」しようとするので、着いていくのはドゥドゥー(と敷地周辺の警護をする騎士団)のみ。家事炊事も身辺警護もできるドゥドゥーくん強い。
2019-09-01 18:18:06何も知らされずドゥドゥーに行先を任せていたディミトリ、着いた先を見て少し驚く。そこはかつてディミトリが今は亡き先王や継母とも訪れた場所であり、友と共に一夏を過ごした場所であり、ダスカー征伐の際に大怪我を負ったディミトリが療養に集中するため城を離れていた時に使用していた邸宅だった。
2019-09-01 18:18:36「…残っていたんだな」一時は国を二分する戦争状態にあったファーガスだ。この屋敷も戦火に巻き込まれ失われたものと思っていたのだ。最後に訪れたのは戦前、もう十年以上前の話である。
2019-09-01 18:19:26「このあたりは戦火を免れていたようです。戦時中は管理が行き届かず多少は荒れていたそうですが、今はもう元通りだと」「そうか。…そうか、良かった」邸宅を前にしてホッとしたような表情を浮かべるディミトリを見て、これだけで無理にでも連れ出して良かったと思っているドゥドゥー。
2019-09-01 18:24:21あとディミトリと共感できて嬉しい気持ちもあった。ここが無事だと分かってホッとしたのはディミトリだけではない。ドゥドゥーを庇って大怪我を負ったディミトリの療養にはドゥドゥーも連れ添っていたので、ここはドゥドゥーにとっても思い入れのある場所だったのだ。
2019-09-01 18:27:57んで「懐かしいな」とか言いながら一通り屋敷内を見て回ったあと、いよいよ何もやるべきことがない状況に放り出されたディミトリは途方に暮れる。「俺ほど休暇に向いていない人間も居ないな」と自嘲するディミトリに「そうですね」と返すドゥドゥー。
2019-09-01 18:32:21「おれは昼食を作ってきます。何か希望はありますか?」「任せる」「分かりました」ディミトリは味覚を取り戻しつつあった。それでも完全に取り戻したわけではなく、昨日までは分からなかった味が分かるようになることのある一方、昨日までは味わえたものが突然分からなくなることもあった。
2019-09-01 18:36:41だから頼んで料理を作らせるのは怖かった。これを作ってくれと自分から頼んだのにその味が分からない、となるのは嫌だった。自然とお任せになってしまうのだが、不思議とドゥドゥーの料理は何が出てきても味が分かることが多かった。
2019-09-01 18:40:01ドゥドゥーが厨房に引っ込んでしまうといよいよ話し相手すら居なくなってしまったディミトリ。意味もなくウロウロと部屋の中を見て回る。が、特に目新しい発見もなく、時間を潰せそうなものも見つからず、諦めてソファに腰を下ろす。
2019-09-01 18:44:01厨房から料理する音が聞こえる。トントンだとかジュージューだとかグツグツだとか。こうしてドゥドゥーの作る料理が出来上がるのを待つのはいつぶりだろう。ガルグ=マクに居たころは時たま料理当番となったドゥドゥーの背中を見ていたことがある。だが最近は厨房に近付くことすらない。
2019-09-01 18:47:57いやそれよりも。近頃はのんびりと料理を待つような時間がなかった。――いつぶりだろう、こんな穏やかな時間は。そんなことを考えながらボーッとしていたディミトリ、ドゥドゥーが料理を作る音に包まれて、うとうととして、そのまま居眠りしてしまう。
2019-09-01 18:52:06「陛下、昼食の準備ができました」そう言いながら戻ってきたドゥドゥー。だが返事がない。「…陛下?」答えがない理由はすぐに分かった。ディミトリはソファに身を預けて寝入っていた。ドゥドゥーは一度部屋を出て、毛布を片手に戻ってくる。ディミトリが目覚めぬよう慎重に、そっと毛布をかける。
2019-09-01 18:58:41ディミトリの目の下には隈ができている。どれだけ遅くに眠りに就いても夜明けと同時に目を覚ます主君は、いつだったか「目が覚めてしまうんだ。眠っていられないんだろうな」と自嘲ぎみに笑って言っていた。その彼がこうして居眠りをしているのだ。それがドゥドゥーにとってどれほど嬉しかったことか。
2019-09-01 19:04:15んで夕方ぐらいにハッと目覚めるディミトリ。居眠りなんてここ十年以上したことがないので自分で自分にビックリする。「お目覚めですか」「ああ。…すまない、昼食が…」「起こさなかったのはおれの判断です。気になさらないでください」「…ありがとう」
2019-09-01 19:14:37「食事はどうされますか。すぐにご用意できますが」「そうだな…」と言ったと同時にディミトリの腹が鳴る。ちょっと顔を赤くして視線を逸らすディミトリ。「…すぐに用意してくれ」「分かりました。少し早いですが夕食にしましょう。あとで夜食もお作りしましょうか?」「そうしてくれると助かる…」
2019-09-01 19:19:28話の中でドゥドゥーがディミトリを「陛下」と呼んだ。「それはやめろ」「それ、とは」「陛下、だ。この休みの間は2人きりなんだろう?」ディミトリの言いたいことが分かったドゥドゥー、少し顔を赤くしてモゾモゾとした様子を見せる。でも意を決してディミトリに向き直った。
2019-09-01 19:29:10「分かりました。…ディミトリ」「よし。そうだ、敬語もやめてくれ。俺のほかに聞く者も居ないのに示しも何もないだろう」「分かり…、…分かっ…た、…ディミトリ」「よし」
2019-09-01 19:32:00このあと食後のティータイムをこれまたダラダラと過ごしたり、夜食にと作った軽食を手に夜の庭に出たりする。冬ではないとはいえファーガスの夜だ。寒いは寒いのだが慣れ親しんだファーガスの寒気だ。どうということはない。
2019-09-01 19:37:04郊外の夜空はことさらに美しかった。「夜空を見るのも久しぶりだ。しかしすっかり首が凝り固まってしまっているな。見上げるのが少し辛い」「書類仕事のしすぎでしょう」「ドゥドゥー」「…お許しを…、…いや、許してくれ、ディミトリ」「お前のその凝り固まった口調と共にどうにかしたいところだな」
2019-09-01 19:42:32この2人は肉体関係のある2人なので同じベッドで寝ます。というか使用人用の部屋に引っ込もうとしたドゥドゥーをディミトリが自分の寝室に引きずり込んだ。ディミトリはセッするつもりだったが、「今日は長旅で疲れただろう」と言ってやんわり断られたので断念した。幸いまだ休みはあと2日あるし。
2019-09-01 19:54:35うとうとと昼寝をしてしまった実績がある以上、そんなことはない大丈夫だとも言いがたい。結局は2人で抱きしめあいながらゆっくりと眠りに落ちていった。
2019-09-01 19:57:06東の空が白みはじめるころに目覚め、朝日が昇りきるころには朝の支度を終えている主人に合わせて起床するドゥドゥーである。時刻にすれば9時過ぎといったところだったが、普段の生活を考えれば寝坊もいいところだった。
2019-09-02 22:06:07ドゥドゥーの気配を感じて目覚めたのであろうディミトリもドゥドゥーと似たような表情を浮かべていた。こんな時間に目が覚めたのはいつぶりか。居眠りといい自分の思っていた以上に疲れていたのか俺はとディミトリは思う。
2019-09-02 22:12:09思わず顔を見合わせるディミトリとドゥドゥー。「…ここが城でなくてよかったな」とディミトリは笑って言う。2人の脳裏には同じ人物が浮かんでいた。白い髪をぴっしりと纏め上げ、ピンと背筋を伸ばした老婆の姿。王家に仕えて40年、鬼のメイド長と呼ばれる厳しくも厳しい女性である。
2019-09-02 22:25:08「…朝食の支度をしてきます」「ドゥドゥー」「…してくる。少し、待っていてくれ」「ああ。楽しみにしている」足早に寝室を出て行くドゥドゥーの姿をディミトリはベッドの上から見送った。んっ、と伸びをするとずいぶんと体が楽になっているような気がした。
2019-09-02 22:33:18で、朝食。服を着替えて顔を洗ってと大したことはしていないはずなのに、たったそれだけの間によくもこれだけの物が用意できるものだなとディミトリは感心する。「魔法みたいだ」温かなスープは野菜の優しい甘みの中に少しだけ塩味が効いていて美味しかった。…味が分かって、ホッとする。
2019-09-02 22:38:51「おれは、魔道を使えないが」「知っている。だが俺にとってはそれほど不思議なものなんだ、お前の料理は」それはドゥドゥーの手際の良さを讃える言葉でもあったし、彼の腕前や彼の心遣いへの感謝の言葉でもあった。「お前の料理はいつも美味しい」それはディミトリにとって奇跡のような幸福だった。
2019-09-02 22:48:03「…また何度でも作る。何十回でも、何百回でも」ディミトリの言葉の意味に気付いたドゥドゥーは静かに、だがはっきりと告げた。「ああ、そうしてくれ」ディミトリは自然と笑みを浮かべて答えた。柔らかな朝日が2人の食卓をそっと包み込むように照らしていた。
2019-09-02 22:59:40「まだ馬の扱いは苦手か?」「…正直、あまり」戦時中は苦手だなんだと言っていられる状況ではなかったので馬にも乗ったが、あれはドゥドゥーが馬の扱いに慣れたというよりもあの馬がたまたまドゥドゥーをあまり恐れない馬だったのだとドゥドゥーは思う。今でも初対面の馬には怖がられがちだ。
2019-09-02 23:17:42「いざとなれば2人で乗ればいい。俺が手綱を握れば大丈夫だろう」とか言いながら馬小屋へと向かうディミトリとドゥドゥー。何頭かの馬はドゥドゥーを警戒するような仕草を見せ、少し凹んだドゥドゥーがディミトリに慰められもしたが、幸いなことにドゥドゥーを恐れない肝の据わった馬も居た。
2019-09-02 23:34:54ドゥドゥーが周辺警護を務める騎士団に出掛ける旨を伝える間にディミトリが準備をする。戻って来る頃にはすっかり用意が終わっていたことに申し訳なさそうな表情を浮かべるドゥドゥー。「…すまない」「気にするな。手持ち無沙汰だっただけだ」
2019-09-02 23:39:292人は馬を走らせた。風が頬を撫で景色が後ろへと流れて行く。王家の所有する敷地内にはディミトリとドゥドゥーの2人以外に人の姿は見当たらない。久方ぶりに感じた何物にも縛られることのない開放感をディミトリは堪能した。
2019-09-15 23:01:29しばらく馬を走らせると、話に聞いた通りの丘があった。その頂上から見た景色に、ディミトリの口から思わずほうという声が漏れる。開けた視界の先には緑の絨毯の先に広がる一面の大海原があった。
2019-09-15 23:05:52時間もいい頃合いだったので、そこで昼食を取ることにした。ドゥドゥーが馬の背に乗せていた荷物を降ろし、場の用意をする。敷物が敷かれ、料理が並べられていく。「それでこの大荷物だったのか」とディミトリは呆れたように呟いた。
2019-09-15 23:10:39並べられた食事は手掴みで食べられるものばかりだった。王城ではあまり出されることのない類の料理にディミトリの気分も高揚する。城から、責務から、遠く離れた場所に来ているのだという実感が増す。
2019-09-15 23:14:08「冷めたものですまない」と言いながらドゥドゥーが申し訳なさそうにコップに紅茶を注いだ。「今はこれぐらいが丁度いい」と言ってディミトリはコップを受け取った。馬を操り火照った体は水分を欲していた。紅茶を口に含む。カミツレの甘く爽やかな香りがディミトリの鼻を抜けた。
2019-09-15 23:25:08で、2人で昼食を取る。なんちゃらサンド的な料理に手掴みでかぶりつく。王城でも軽食としてこの手の料理が出されることはあったが、それはたいていの場合、一口で食べきれるような大きさに切られていた。だから、こんな上品でない物の食べ方をするのは戦時中以来だった。
2019-09-15 23:32:54