千葉市立郷土博物館による一連の投稿。サイト内で「千葉氏史料集編集雑記」と検索してもなぜか出てこず、まとめることに。
0
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記1】 当館では目下、千葉開府900年(2026年)記念出版『千葉氏史料集』(仮称)の刊行に向けて編集作業をすすめています。冒頭には収録史料から興味深いものをチョイス。現代語訳や解説をもうけ、史料集を手にされた方々を千葉氏の世界にいざないたいと考えています。(曄)

2023-11-01 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記2】 編集中の『千葉氏史料集』。どんな作業を行っているのか? 編集現場を少しのぞいてみましょう。まず収集した千葉氏に関する史料を原文と対照し、正確に翻刻(活字化)します。史料の多くは「くずし字」で書かれているため困難をともないますが基本かつ大切な作業です。(曄)

2023-11-02 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記3】 また翻刻の作業上で重要なことに、史料の原文には存在しない句読点をどこで打つのか、という問題があります。つまりどこで文章を区切るのかも史料を理解する上で大切なことです。ということで文章を区切るお話。しばしつづけましょう。(曄)

2023-11-03 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記4】 「ここではきものをぬぐ」。読点をどこに打つかで文意が異なりますね。「ここで、はきもの(履き物)をぬぐ」もありますし、「ここでは、きもの(着物)をぬぐ」もあり。以上は小学校で出された問題ですが、状況判断が求められます。翻刻する史料でも同じです。(曄)

2023-11-04 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記5】 文章がずらりと並んだものにお経があります。日本には漢訳されたお経(漢訳仏典)が伝えられましたが、日本伝来前から、経文をどこで区切って文意を捉えるのかという問題がありました。中国天台宗の祖、智顗の著した『法華文句』はその代表的なものです。(つづく )(曄)

2023-11-05 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記6】 智顗の門下である湛然は『法華文句』の由来を「今ただ句をもって、その文を分かつが故に文句と云う」といっています。日本天台宗の開祖、最澄も漢字の並ぶ経文について区切る箇所を指示し、お経の理解に供しました。(曄)

2023-11-06 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記7】 現在は句読点を打って文章を区切りますが、中世の日本では違った手法もありました。親鸞の『唯信鈔』にみられる「分かち書き」です。親鸞自筆を研究した吉沢義則氏が発見したことです。(つづく) (曄)

2023-11-07 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記8】 「分かち書き」という言葉自体は、親鸞が名付けたものではありませんが、親鸞は文章を区切る箇所にスペースを設けました。たとえば「ちばうじのしりょうしゅうをへんしゅうちゅう」だったら「ちばうじの しりょうしゅうを へんしゅうちゅう」のように。(曄)

2023-11-08 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記9】 文章をどこで区切るのか? 内容に加え、古文書の原本を見て分かることもあります。「墨継ぎ(すみつぎ)」です。鉛筆などと違い、墨をつけた筆は、書いているうちに擦れ、やがて墨がきれて書けなくなります。そこで墨を継ぎたす。これが墨継ぎです。(つづく) (曄)

2023-11-09 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記10】 和歌では墨継ぎの作法があって、初句・三句・五句で墨継ぎを行います。書状でも敬意対象となる語句や、区切りの良い箇所で墨継ぎをすることが多くみられます。墨を継いで最初に書いた文字は、当然墨が濃くなり、その濃淡で区切った箇所を見分けることもあります。(曄)

2023-11-10 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記10-2】 墨継ぎの例(文書)です。ゴシック体で強調した箇所が起筆と墨継ぎ部。墨の濃淡に注目してください。文章を区切る箇所や敬意表記すべき語(公方様=将軍 東叡山・御霊前=将軍の墓前 御参詣=将軍の動作)にも用いられています。(曄) pic.twitter.com/kjhQR4XWQQ

2023-11-11 09:00:01
拡大
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記10-3】 つづいて和歌・短冊における墨次の例です。初句にはじまり・三句・五句で墨が継がれています。ゴシック体で強調した文字、および図版に見られる墨の濃淡に注視してください。ちなみに作法にのっとっていない例も多くあります。(曄) pic.twitter.com/e88ay9QNfR

2023-11-12 09:00:01
拡大
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記10-4】 本日アップした画像(屋代弘賢短冊の釈文)内で次の誤りがありました。ここに謹んで訂正いたします。(筆写) 【誤】「隔てありしや」【正】「隔てあらしや」

2023-11-12 09:01:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記11】 『千葉氏史料集』では、史料を活字化するにあたり、書き手が誤った文字を含め、なるべく原文に忠実であるよう心がけました。もちろん誤字には正字を注記していますけれども、史料をありていに伝えることは、本邦に文字文化が根づく過程を知る上でも大切なことです。(曄)

2023-11-13 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記12】                  そこで文字の話です。人類史を紐といてみると文字は新参者で、ホモサピエンスの時代から今日に至るまでの間、人類が文字を使用した期間はわずか3%。97%は話し言葉だけで生きてきたといいます。(NHK『ヒューマニエンス』60)(曄)

2023-11-14 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記13】 文字が誕生する前、人々は記録ではなく記憶を大事にしてきました。先に文字が並んだ経典の話をしましたが、当初は釈迦の教えも口伝されていました。文字の誕生によってスートラとなり経典となったわけですが、冒頭句はみな「如是我聞(このように私は聞きました)」です。

2023-11-15 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記14】 現在でも人間の脳は文字文化を受容しきれず、ディスレクシアは、そのためではないかという研究者もいます。しかも日本の文字文化は独特で、表語文字(一つで語意を表す文字=漢字)に加え、表音文字(音を組み合わせて語意を表す文字=平仮名・片仮名)もあります。(曄)

2023-11-16 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記15】 ですから特に中世以前、漢字・片仮名・平仮名を駆使できる人は極々限られた人だけでした。時代が遡れば遡るほど顕著です。現在は全くペンも紙も使わない人は稀有ですが、かつては筆と紙を持つ人の方が稀でした。義務教育もありませんし、文字とは無縁の民衆が殆どです。

2023-11-17 08:59:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記16】 そんな時代の文字文化を関口裕子氏は「文字を知らない当時の民衆にとり、言葉を永久(長期)に記録する力をもつ文字は、はなりしれない威力(魔力)を持つものとして意識されたはずであり、それが文字に呪力をもたせた最大の要因」(『日本古代女性史の研究』2018)と指摘。

2023-11-18 09:00:02
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記17】 関口氏は文字について、先進文明社会の産物であり、体現するものであり、それは先進文明の全般に通じて言えることと指摘。刀などの武器も文字と同様、呪力をもつものとして受容された例を挙げています。文書や武具をご覧になる際は、そんな一面も想起してみてください。

2023-11-19 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記18】 文字に閑話休題。現在では平仮名→片仮名→漢字の順で学習をしてゆくのが常ですが、かつては片仮名の方が読み書きしやすく、意思を伝える上でも確実性が認められたようです。平仮名は種類も多く、くずし字・連綿も多用され、難易度が片仮名よりも高かったのでしょう。

2023-11-20 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記19】 鎌倉期の仮名法語としても多く読まれる親鸞の書状も片仮名化が顕著で、著作のルビにも片仮名が多用されています。永村眞氏は「法語に平仮名ではなく片仮名が用いられた理由も、傍訓と同様に、平易さと正確さを求めた結果」(『高田学報』94,2006)と指摘しています。

2023-11-21 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記20】 教科書に登場する著名な武士には、多く右筆と呼ばれる書記がいました。文字を扱う専門職です。しかし古文書を読んでいると、そんな右筆の執った書状でも、音が通じている字であれば、語意が異なっていても使用したり、字形の似ている漢字を充てたりが頻出します。(曄)

2023-11-22 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記21】 例えば中山法華経寺蔵『天台肝要文集』紙背文書に、富木常忍あて日蓮書状(代筆)が収められています。日蓮の弟子が書いたと推定されますが、差出人は「日連」(既刊書翻刻「日蓮」は誤り)。師の名を書き間違えるなど現在では考えられませんが、これも珍しくはありません。

2023-11-23 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記22】 先述のとおり『千葉氏史料集』では、そんな当て字・誤字等が使用されていても、そのまま翻刻し、傍注をほどこしました。史料をありていに伝えることで、本邦当該期における文字文化の様相を示し、知ることができるからです。これも史料集の大切な役割と考えます。(曄)

2023-11-24 08:59:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記23】 ここ一週間、主に翻刻文と原文の照合作業を行いました。新出と思われる千葉氏関係の文書と出会ったり、 それなりに成果をおさめることができました。 御配慮いただいた所蔵機関に多謝。(曄)

2023-12-19 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記24】 照校作業を通じ、たった一文字の読み違いで、こんなにも文書の位置づけが異なるのか、という重事も痛感。「一字尽千思一語廻万慮=一字に千思を尽くし一語に万慮を廻らす」。肝に銘じます。(曄)

2023-12-20 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記25】 続いて佐藤進一氏の玉文。「文書を正しく読んで、正しく翻刻する、正しいテキストを作る作業のなんと難しいことか」「翻字によって影印は生かされ、影印によって翻字の価値が証される」。(曄)

2023-12-21 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記26】 また笠松宏至氏は「古文書解読の三大要素」を「くずし文字の解読、中世語彙の知識、そして文体のもつ論理性」と云々。私も体得できるよう精進の思いあり。(曄)

2023-12-22 08:59:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記27】 小学校で出された「雪がとけたら□になる」という穴埋め問題。「水」と書いた生徒は「〇」。 ところが、ある生徒の回答「春」に先生は「☓」を付けたとか。この話を紹介した大田堯氏と同様、私も「むげに☓を与えるという対応には首をかしげたくなり」ました。(曄)

2024-01-16 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記28】 古文書を翻刻(活字化)する際、虫喰い・破損等によって解読できない箇所は□をもって表記します。翻刻に携わる人の多くは、□部分を凝視し文脈その他によって模索しますが、私はそんな折「雪がとけたら春となる」と答えた生徒を想起することしばしばです。(曄)

2024-01-17 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記29】 □部分は、たとえ文字が完全に欠失していても、決まり文句等によって埋められることがあります。たとえば「有り難う□ざいます」だったら、□に何が入るかは論ずるまでもないでしょう。この場合は「□(ご)」のように( )をもって補います。(曄)

2024-01-18 09:00:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記30】 いっぽう、確定できない場合は「□(ごヵ)」等と表記しますし、想定すらできない場合は□のままです。『千葉氏史料集』(仮題)の翻刻文にも□が多くあります。なるべく埋められるように努力はしますが、何より柔軟な思考をもつことが大切だと思う昨今です。(曄)

2024-01-19 08:59:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記31】 中山法華経寺(市川市)所蔵の聖教紙背には、千葉氏の文筆官僚、富木常忍の扱った文書が多数収められています。先に「□」を埋める話しをしましたが、その作業によって、どんな成果が得られるのか、具体例をあげましょう。(曄)

2024-01-31 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記32】 図版は「某書状」です。石井進氏が指摘するように、筆跡から法橋長専の書状断片と思われます。既刊書に従って読むと2行目に「くハしき事ハをちつ□候ハヽ、くたり候へハ、さためてきこしめされ候ハんすらんと存候也」とあります。(曄) pic.twitter.com/17ltwu5nK5

2024-02-01 09:00:00
拡大
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記33】 しかし既刊書の翻刻「をちつ□候ハヽ」では、何が下ってくるのか、皆目見当もつきません。そこで原本写真を細見すると「をとつるかハヽ」と読めます。漢字を充てれば「乙鶴が母」でしょうか。ともかく正読によって、歴史に埋もれていた女性の存在が蘇りました。(曄)

2024-02-02 08:59:00
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記34】 数文字ですが、原文の正読によって当該部は「事の詳細は〝をとつるかハヽ〟が下ってきたら聞くよう」指示した一節と解りました。活字資料「をちつ□候ハヽ」では、何度読み返しても正答は出てきません。ここに原文照合、正確な翻刻文を提供する意義があるのです。(曄)

2024-02-03 09:00:01
千葉市立郷土博物館 @chibashikyodo

【千葉氏史料集編集雑記35】 「史料解釈の厳密さが何より必要である、それが凡てであるとさえいえる。出発であり結末である原拠史料を「誤読」しては土台お話にならない」(笠松宏至氏)を肝に銘じ、緊張感を持って編集作業を進めてまいります。(曄)

2024-02-04 09:00:01