葉の落ちた木々が冷たい風に揺れている。足元の枯れ葉を踏みしめて、一歩、また一歩。寂しい風景とも思えるが、僕は枝ばかりの木々と身を切るような寒さが嫌いではない。命の気配を限りなく遠ざけた静寂は、いっそ心地よくすらある。冷え切った空気をいっぱいに吸って、人一人見えない寂れた道を行く。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/kv1HZiADfE
2023-11-29 05:22:51「宝石のようですね」カウンターの友人は感嘆の息をつく。カンパリにブルー・キュラソー、クレーム・ド・ミント。瓶の中に色彩を閉じ込めたそれらは灯りの下に煌めく。「何か作ろうか」「いいんですか?」「もちろん」僕は見習いで、金を取れる腕前ではない。それでも大切な友のために、特別な一杯を。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/ZIHjvL8yqC
2023-11-30 05:15:532023年12月の旅
「ごめん」と、そいつは突然頭を下げた。「どうした?」「知らなかったとはいえ、無神経だった」その言葉に思い当たる。帰省の話。実家の話。「気にしてないよ」僕に帰る場所がないなんて、言われても困るだけだろうし。そいつは心底申し訳なさそうにするが、僕にとって、これは単なる事実でしかない。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/hhKB6HMh7F
2023-12-01 05:19:48髭を剃り、癖のついた髪を整える。油断をすると毛先がてんでばらばらに向いてしまうので、店に立つときはことさらしっかり撫でつける。鏡を覗き込めば、冴えない面ながら、何もしないでいるよりは見られる姿。目立たなくていい、ただ、彼女のそばでは不自然に見えないように。少しでも釣り合うように。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/Xf3uJtw3m7
2023-12-02 07:50:57猫の集会に迷い込んでしまった。路地裏の奥の奥が、どうもこの辺りの猫たちの集会場だったらしい。大きさも色も柄もまちまちの猫が、場違いな闖入者を睨む。刺々しさだけが伝わる沈黙。宵闇に輝く無数の目は、警戒にぎらつく。「すみません、すぐ立ち去ります」伝わるかどうかはともかく、頭を下げた。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/1fT5oTG0N6
2023-12-03 06:27:58「自分探しか?」旅の理由を説明できない僕に、同席の客が笑う。自分探し。よく聞く言葉だが、「いえ、自分は自分です。探すものでもないかと」僕には意味がわからない。「そうか?」客は身を乗り出し、僕の目を覗き込む。「兄さん、迷子のガキみたいなツラだぞ」途方に暮れて立ち竦む、子供のような。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/EXYuR5JK5b
2023-12-04 05:18:05「いつもの」「かっこつけるな」「いいだろ減るもんでなし」そいつは昔から酒がだめなので、オレンジ、レモン、パイナップルジュースをシェイカーに。「さまになったね」「仕事だから」そいつの視線を受けてシェイカーを振る。午前零時のシンデレラのように、いつか必ず解ける魔法だとわかっていても。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/9QNv67H7Rq
2023-12-05 05:10:18列車は星空の下をゆく。窓の外に点る家々の灯も、闇に煌めく星のよう。あの星の一つ一つに、人の暮らしがある。それは、何も暖かなものばかりではあるまい。それでも「うらやましいな」ぽつり、声がこぼれ落ちていた。目に映るどの星も、僕のものではありえない。それとも、いつかのどこかでは、僕も。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/VAjKS9NcWU
2023-12-06 05:07:48「お前が辞めるとはな」先に前職を離れていた探偵の彼が、肩を竦める。「何の用だ。まさか旧交を温めるだけじゃないだろ、お前に限って」頷き、写真を示す。彼と、それから、共にいるべきでない女性の写真。鋭い舌打ち。「お前の方がよっぽど探偵向きだ」これは、褒め言葉と受け取っていいのだろうか。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/OV7b4gxOiw
2023-12-07 05:56:03静寂に響く、時計の針の音。今何時だろう、常夜灯すら消えた部屋では何一つ定かではない。手探りで傍らの彼女の頬に口づけ、寝台を降りる。部屋は眠りに落ちる前の温もりが嘘のように冷え切っている。しかし、この、冴えるような空気は好ましい。身の奥の熱を吐き出すように、深呼吸をひとつ、ふたつ。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/78nBCebncf
2023-12-08 05:05:18観覧車から見る景色は、どこか作り物めいていた。よくできたミニチュアのような遊園地と、アトラクションの間を埋める豆粒の人々。その一人一人に物語があることを思う。遊園地なんていつぶりだろう、物心ついた頃以来ではなかろうか。「楽しんでる?」そいつの問いには、「それなりに」率直に答えた。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/ut0kVgerTz
2023-12-09 06:21:54そこは、誰もが秘湯と称するだけはあり、とにかく山の奥の奥、やたらと険しい場所にあった。やっとのことで見つけた、岩の間で湯気を上げる温泉は、確かに得難い宝物のようにも思われた、が。「入るのはいいけど、帰りが困るな……」せっかく汗を洗い流しても、帰り着く頃には元の黙阿弥になりそうだ。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/MpQTOOmWwO
2023-12-10 07:17:28口笛を吹くと、応えがあった。山彦ではないだろう、こんな広々とした荒野なのだから。青すぎる空に赤茶けた地平線、色を失った木や草がぽつぽつ見えるだけ。しかし、もう一度口笛を鳴らすと、同じ音が一拍遅れて響く。どのような仕組みなのやら、ただ面白く思いながら、僕は上手くもない口笛を奏でる。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/PbVvVmGbc3
2023-12-11 05:26:36「おはようございます!」快活な挨拶。今日も友人は元気そうでほっとする。「おはよう」「お早いんですね」「仕込みがあってね」でも、朝早いのは友人だって同じで、むしろ僕よりも、ずっと。「何かお手伝いしましょうか?」「大丈夫。今日も仕事、頑張って」この心優しい友が折れないでほしいと願う。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/eZlEm8bjNj
2023-12-12 05:20:50傘も差さずに歩いていたら、声をかけられた。雨宿りもせずずぶ濡れで黙々と歩いている姿は、相当奇異に映るようだ。「風邪を引きますよ」と差し出される傘。「雨宿りできるところまで、案内します」時間を取らせてしまうのは心苦しいが、「お願いします」その言葉が、冷え切った心にあたたかく沁みる。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/j4tfedG50w
2023-12-13 05:15:30ハンドルを握るなんていつぶりだろう。それでも体はしっかり当時を覚えていて、足は意識せずとも必要なだけアクセルを踏み、丁寧にブレーキを踏む。少しばかりうるさいエンジン音が、なんとも快い。車を運転している間は、不思議と心が安らぐ。自分がよくできた機械の一部である、そんな心地とともに。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/aFrDYt0uk4
2023-12-14 05:51:59「つーかーれーたー」デスクに突っ伏し、今にも溶け出しそうなそいつが言う。「もうやだ帰りたい!」強行軍に慣れっこの僕でもハードな仕事、そいつにとっては尚更だ。「その仕事が終わったら一旦帰りなよ、残りは僕がやる」「いいの?」「待ってる人、いるんだろ」君の平穏が守れるなら、安いものだ。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/jE2HX3J9ll
2023-12-15 05:40:52湖は刻一刻と水面の色を変えていく。日の光の角度によるものと聞かされたが、それだけとは思えないほどに幻想的な光景。今の色は燃えるような橙。今、この手で触れたら火傷するのではないか。「試してみるか?」彼女は笑う。案外、本当に手が焼けてしまうのかもしれない。彼女はいつだって正しいから。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/3Dw2iMBLrV
2023-12-16 06:51:21冬とは思えぬ暖かさに誘われたのか、固く閉ざされた花の蕾が一つだけほころんでいる。この先さらに冷え込むだろうに、一度開いた花を閉じることもできまい。花としての役割を果たすこともできぬまま、枯れ果てるのみなのだろう。ただ、それでも、否、だからこそ、たった一つだけ咲く花を美しいと思う。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/MjkTHI7WT4
2023-12-17 06:59:41事実とは、現実に起こった出来事でなければならない。「しかし」と弁護士が眉を下げる。「仮に事実を解き明かしたところで、あなたの利にはならない」そして当然、僕のしたことが許されるわけでもない。それでも、「私は」僕は。「虚偽がさも事実かのようにまかり通るのが、どうしても許せないのです」 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/vSr58xJtVt
2023-12-18 06:04:53瞼を開けば見知った場所だった。バーのカウンター、しかも客ではなく供する側の。目の前にはグラス、それからカクテルに必要な一通り。作れということだろうか、この場には僕一人だというのに。それでも自然と体が動いて、背後に並ぶ瓶に手を伸ばす。その配置も記憶の通りで、喉の奥の苦みを飲み下す。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/c8LsW6omKb
2023-12-19 05:09:36お決まりの文句は聞き飽きた。俺は悪くない、悪いのはあいつだ、お前らの目は節穴か、きちんと調べろ無能ども。僕が有能だとは思わないが、「僕ら」を侮られるのは不愉快だ。すると横からそいつの指が伸びてきて、僕の眉間を揉む。「やめてくれるか」「顔に出てたから」「出てた?」「わかりやすくね」 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/c2XaUGrrAs
2023-12-20 06:05:48いつの間にか眠っていたらしい。慌てて起きあがろうとすると、何かが僕の額を押さえる。「もう少し寝てろ」彼女の声。僕は今、どこに頭を委ねているのか。枕とは違う感触に、頬が熱くなる。「すぐにどくよ」「いや」僕を見下ろす彼女の指は、熱を帯びた額に心地よい冷たさで。「今は、このままでいい」 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/HtZ0KtddZV
2023-12-21 06:14:37蛇口をひねる。掌に水を受ける。普段通りなのに妙に気分が浮つく朝。「話がしたいのです」そう言った友人は真っ直ぐに僕を見据えていた。そうだ、これは不安と、それ以上の高揚。不謹慎だと君は怒るだろうか。蛇口の下に頭を突っ込み、水を浴びる。頭を冷やさねば、君たちの期待には応えられないから。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/xXnngE0Gq6
2023-12-22 06:12:17「東京の方から旅を?」「はい」正確には少し違うのだが、「の方」なのは嘘ではない。「この辺は本当に何もない、つまらない場所ですよ」各地でそう言われてきた。確かに世に知られた名所ではないのかもしれないが、「そんなことは、ないですよ」僕の知らない地は何もかもが目新しく、興味が尽きない。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/MWOYGymPvN
2023-12-23 06:48:24「妊娠したんだ」そいつが唐突に言った。「君が?」「まさか」「冗談だ」僕の冗談はいつも下手くそだ。「めでたいな」「うん。無事産まれたら遊びに来てよ。俺の大切な相棒を紹介したいんだ、新しい家族にも」僕は思わず目を見開く。僕もそこにいていいのか。君が思い描く、とびきり幸福な未来の形に。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/WXr8QNhjc1
2023-12-24 08:12:31煙草の先端から、灰が落ちた。我に返ってすっかり短くなった煙草を灰皿に押しつけ、くしゃくしゃの箱からもう一本取り出す。気分を切り替えるためなら普段は一本でも十分で、つまり今の僕は煙草一つ程度では何も切り替えられない程度に参っている。当然だろう、僕はあいつのために、何もできていない。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/nhv9WUIB6I
2023-12-25 06:01:09カウンターの片隅に、密やかに置かれた小さな瓶。金色と赤を混ぜた複雑なグラデーションの光を閉じこめたそれを、常連のひとりが不思議そうに覗き込む。「これは何ですか?」彼女は口の端を持ち上げて笑う。「何に見える?」簡単にはわかるまい、これが初日の出の空を切り取った、魔法の小瓶だなんて。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/tjWh6TI2xm
2023-12-26 06:07:40まだここにいていいのだ、と宿の主人は言った。急ぐ旅でもなかろう、と。確かにその通りなのだが、それでも、ただでさえ少ない荷物を詰め直す。ありがたいと思う。もったいない言葉だとも。平穏で幸福な日々は、僕には過ぎたものだ。預かった小さな鈴を鞄のジッパーにつけ、再び知らない場所を目指す。 twitter.com/aonami/status/… pic.twitter.com/1WVC6DkUSG
2023-12-27 06:17:13写真のそれが、知った顔だと誰が気づけるだろう。顔も形も判別できない、肉塊とすら呼べない死体は、あまりにも現実味からかけ離れすぎていて、もはや悲しみも怒りも湧かない。今は、あいつのことだけを考える。愛する人を失ったあいつが誰よりも傷つき苦しんでいるのだ。僕にできることは、ただ一つ。 pic.twitter.com/oAiQZGPQkf
2023-12-28 06:00:00最後に一つ、望みがあるとすれば。「手を、握ってもいいですか」その人は驚きの表情を浮かべながらも、頷いて手を差し伸べる。僕のそれとは似つかない、白く、すべらかな、傷ひとつない手。どうか、あなたはそのままで。僕のように、間違うことのないように。切なる願いを込めて、そっと、握りしめた。 pic.twitter.com/D6ZQBTgtZ4
2023-12-29 06:00:01僕はいつか彼女を殺す。彼女はいつだって正しくて、故に彼女の予言だって外れないだろう。頭では理解していても、僕は。「どうした?」一歩前を颯爽と行く彼女が、僕を振り向く。ちぐはぐな、僕と鏡合わせの双眸が笑む。思わず、腕を広げて彼女を抱きしめていた。確かな熱と鼓動を感じる。今は、まだ。 pic.twitter.com/KMt6oVxrJx
2023-12-30 06:00:00僕が実の親からもらったものは、名前くらいだ。由来は知らない。物心つく頃には、名付けたその人はいなかったから。ただ、漢字一文字の意味を考えることはある。擦り切れたリュックを背負い直し、靴紐を縛る。歩いて、歩いて、歩き続けて。この名の通りに、いつか、目指した場所に辿り着けるだろうか。 pic.twitter.com/lHVE54ZAfK
2023-12-31 06:00:00