すると、何故か手には金槌が握られていた。無茶苦茶直接攻撃か。「走れ!」ogtはそっと缶バッジに変身させられた夢主を咥え、一目散に走り出した。残された童子の目の前で、女の姿が崩れ始めた。「よう畜生」ふわふわと空中に浮かぶ童子が、子供らしからぬ大人の声を発した。「僕と遊ぼうか」大きな
2020-05-29 07:12:43大きなイタチともサンショウウオとも知れぬ大きな黒い化け物が、口を開けた。kdkrが外で戦っている妖魔の分身だった。次の瞬間、青年の姿に変じた童子は、声を上げて襲いかかった。
2020-05-29 07:12:44…ogtが外の世界へ走る間も、幻が二人を苛んだ。“なあ、もういいだろう?その女を寄越せ”事もあろうに、自分の声が後ろから追ってくる。“あの女とは相性良かったろ。最高だったよな?そんなつまらない女より、あいつとの方が幸せになれるんじゃないのか”黙れと叫びたかったが、夢主を落とすわけには
2020-05-29 08:57:51いかない。向こうは、それが狙いなのだ。“つまらない女と結婚したよ。お前とやり直したい”あの女の細腰を抱いて、幻のogtが笑う。デタラメだ。みんな。信じるな夢主。“ホント、あんな冴えないのと、あのイケメンが結婚できるとか意外〜”“ほら、言ってたでしょ。胃袋で捕まえたって”“マジそれかー。
2020-05-29 08:57:51私も料理習おうかな。スキルで捕まえた旦那かぁ…”“それに、上司のtrmさんからの紹介でしょ?旦那になる人も後々出世に有利だものね”結婚式の招待客らしい連中の、口さがないやり取り。“ほら、あれ見て”“ああ、秘書課にいた?”“ogtさんと付き合ってた人。相変わらず綺麗ねぇ”“彼女、ogtさんと同期で、
2020-05-29 08:57:52付き合ってたんだって。結婚までいくと思ってたら、彼女、〇〇社の御曹司と……”“うまくやる人は、やるのねぇ”“その会社、うちの取引先だし、やむを得ない事情だったのかも知れないけど、元カノだった嫁まで来る〜?”“御曹司のママと、彼女上手くいってないんだって”“やだ!その話聞きたーい”
2020-05-29 08:57:52“彼女と別れたいなら、力を貸すわ”事実と虚構が幻覚に入り混じる。呼び出されたバーカウンターに置かれた彼の手に、女の大きなダイヤが光る指先が触れる。“あなたと、やり直したい”先頃離婚したという元恋人が、潤んだ瞳で隣に座るogtを見上げた。もう、どうでもいい。もう独りになりたい。
2020-05-29 09:13:03そのためなら何でも利用してやる。この女も……。“そうか。そうだな”ogtはその手を握り返した。“もう見たくない。聞きたくない”夢主の、涙を含んだ声が聞こえる。“離して。離して。もういいの。消えてしまいたい。嫌い、嫌いよ。貴方も、彼女も”(嫌だ、離さない。お前は、俺のものなんだ。もう
2020-05-29 09:13:04誰にもやらないし、この先離してなぞやるもんか)後ろから追ってくる気配をひしひしと感じながら四つ足のogtはひた走る。その時、不意に後ろから激しい衝撃が来た。
2020-05-29 09:13:04小さな黒猫の身体が、耐えきれず宙を飛んだ。咥えていた口元から缶バッジが離れる。ぱしんと音がしたと思うと、次の瞬間、封印から開放された蝶が、再び暗闇の宙を舞う……。起き上がろうとしたが、力が入らなかった。黒い影の大きな足が、ogtの身体を踏みつける。骨が、筋肉がみしみしと音を
2020-05-29 09:41:16立て始めた。「……逃げろ!逃げてくれ……!」血泡を拭きながら、ogtは叫んだ。「その先を行けば外だ。今ならきっと、お前は助かるんだ…!!」蝶は迷うかのようにひらひらと近くを舞った。「サン…トワマミー……」声が、出なくなってきた。「生きてて欲……」“人間風情が”踏みつけられる力が一層
2020-05-29 09:41:17強くなっていく……。その時、黒い影の脳天を、風を切って飛んできた金槌が直撃した。「ごめーん!!逃がした!!」大人の姿に変わった、童子とはもう言えなくなった彼が、能天気に坊主頭を掻き、小さな黒猫の身体を抱き上げた。「逃がすなよ…」「ツッコミ入れられるなら余裕でしょ」飛んでいた蝶も
2020-05-29 09:41:17ついでにつまみ上げ、ogtの頭に止まらせる。どういう仕組みなのか、怪物に命中した金づちが青年の手に返ってきた。「お前ーー!!逃がしてんじゃないよ!!」背後から、烏帽子を付けたタヌキがやってきて、ogtと同じく突っ込んだ。…kdkrの声で。
2020-05-29 09:41:18「いやー、いつ見ても笑えるね。其の姿」青年がkdkrが変身らしきタヌキのユーモラスな姿に吹き出す。リアルなタヌキというより、見た目は完全に信楽焼のアレだった。地面すれすれにぶら下がる、八畳敷と思われる……「あんま見ないで!!」
2020-05-29 10:51:19「人と神魔の間(あわい)は、人の姿では入れないけど、性質の近い姿に変じるらしいんだよね」「人型を保てるのは式神のお前くらいだよ。宇佐美童子」先刻の金槌ミサイルが効いているのか、のたうち回る怪物を前に二人は呑気だった。ogtの気が遠くなりそうな中、蝶々を止まらせている猫が
2020-05-29 11:00:40白目を剥きかけているのを気が付いたタヌキが慌てた。「おいおいおい、あんたが死にかけてどうすんだ。何処かから取り出した大きな徳利の蓋を開け、タヌキ…kdkrが中の液体を飲ませた。なんで、なんで徳利にエナジードリンクが……。「今、禁酒中だから……」だが、不思議なことに、身体の痛みが取れた
2020-05-29 11:00:40ばかりか、気力が戻って来るようだった。「さあ、先に外に出てて」宇佐美童子が夢主の蝶に触れると、今度は黄色い首輪に変じる。前にぶら下がるプレートには蝶の模様。これを、彼の首に取り付けた。「これで走っても大丈夫。行け!」闇の中に再び下ろされ、また逃走は続く。
2020-05-29 11:08:04「幻に惑わされるな!」その背中を、kdkrの声が追った。“嫁御を返せぇぇぇぇぇぇ”「だからお前のじゃないっつの!」「もー、なんでいつも、人妻なの?!今度という今度は、もう許さない!」二人の健闘を祈りながら、黒猫は蝶を抱いて走った。
2020-05-29 11:10:50「うるせぇ!いい子で縁結びの神やってれば、こんな事にはなんねえんだよ!」「たまには主食を食いたい?だから、人間はやめとけって言ったじゃない?!わっかんない奴だなぁ!!」何かしら怪物もコミュニケーションを取れるらしい二人の、怪物を罵倒する言葉を背に、外界の光に向けて彼は走る。
2020-05-29 11:17:06扉を体当たりして開いた途端、ogtは激しい立ちくらみに襲われた。しばらく動けず、息を整えていると、人の身体に戻った自分に気が付いた。「夢主は……?!」黄色い揚羽蝶が、ひらひらと彼の前に舞い降りる。その掌に包むと、急いで自分の部屋に戻った。
2020-05-29 11:24:32