兄・リチャードが一人発ちしてから2週間余り、なんの成果も残せずにいる自らの不甲斐なさにアンジェロは苛立っていた。 そんな折に先のやくざ者一味の残党が山に落ち延びて山賊になったことを知り、アンジェロは自らの実力を証明するため部下を率いて山に入るが…
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が、ベアンハートは俯きかぶりを振った。 「…悪いが俺は鍛冶屋だ、剣術家でも戦争屋でもない。そういうのは他所をあたってくれ」 言ってアンジェロから背を向ける。 と。 「頼む!…この通りだ、どうしてもあんたじゃなきゃだめなんだよ。 今あんたと戦わなきゃ、俺はこれ以上前には進めねえんだ!」

2021-06-08 02:17:00
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昨日の不遜さはどこへやら、跪いて頭を垂れるアンジェロ。 …ベアンハートは息を呑んだ。 「…あんたは強い、それもただ腕っぷしが強いだけじゃねえ。 俺も強くなりてぇ…強くならなきゃダメなんだよ…。 でも、今のまんまじゃ俺は一歩も進めねえ。だから…」 言ってアンジェロは更に深く頭を下げた。

2021-06-08 02:18:06
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「…今更俺とやりあったところで、お前の探している答えが見つかる保証はどこにもないぞ」 一度アンジェロに向き直りベアンハートは低い声で告げた。 「それでも構わない、どうか…」 顔を上げずアンジェロが返す。 …ベアンハートは溜息をついた。 「なら立て、剣でも槍でも好きな得物を使えばいい」

2021-06-08 02:18:42
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【Ⅶ】 アンジェロは普段から愛用している鳥の頭骨を象った印象的な鍔の剣を抜いてベアンハートに対峙した。 対するベアンハートは昨晩の得物である大鎚を手にアンジェロと睨み合う。 西陽が山間の鍛冶場を茜色に染める中、二人の決闘の火蓋が切って落とされた。

2021-06-10 00:12:20
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最初から勢いを付けて撃ち合いに行くのは賢い方法ではないとアンジェロは踏んでいた。 昨夜の戦いでベアンハートの豪腕は嫌というほど目にしていた。 それこそゴーレムの怪力を以てしても真正面から打ち破る膂力が相手では真っ向勝負で勝ち目はない。 本来ならば出方を待つのが筋ではあるが…

2021-06-10 00:12:58
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しかしそこは古強者たるベアンハートだ、間合いを取り合う時点で既に一部の隙もない。 じりじりとした睨み合いが続く。 と、最初に動いたのは意外にもベアンハートだった。 挨拶代わりとばかりに下から掬い上げるように大鎚の一撃が飛んでくる。 「!」 不意の一撃であったが見きれない程ではない。

2021-06-10 00:13:39
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大振りな打ち上げをかわし、アンジェロはその隙を突いて斬りかかる。 が、 「うぉっ!」 なんとベアンハートは体を軸に片腕で大鎚を振り上げた勢いのまま横に薙いできた。 辛うじて剣で一撃を受け止めるアンジェロだが衝撃と共に強烈な痺れが両腕を襲う。

2021-06-10 00:14:45
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片腕の力とは言え遠心力のついた重い一撃に体制が崩れそうになるのを辛うじて持ちこたえるアンジェロ。 もしもこの一撃が両腕での全力の振りだったならこうはいかなかったろう。 再度槌を構え直すベアンハートに、今度はアンジェロから斬りかかる。 「オラァッ!」 鋭い上段からの振り下ろしだ。 pic.twitter.com/1edXRohz3h

2021-06-10 00:15:37
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しかしそれを大鎚で受け止め、押し返すベアンハート。 が、押し返されたアンジェロにもまだ余力が残っている。 (たしかに腕力で攻めるのは悪手だ、でも…) アンジェロは素早く次の一手に狙いを定めた。 (手数なら俺の方が上手だ!) 更に畳み掛けるようにベアンハートにアンジェロが斬りかかる。

2021-06-11 00:58:03
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一合、二合、三合…続けざまに素早く剣撃を繰り出しベアンハートの動きを封じる。 …押しているという手応えがある。 あのファルコと刺し違えるほどの腕を持つという海賊を相手に今自分は優勢を保っている。 アンジェロの心には幾分余裕が生まれていた。 (そろそろ終いに…!)

2021-06-11 00:58:42
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鋭利で俊敏な刺突がベアンハートの懐を捉える。 アンジェロは勝ちを確信した。 が。 「うあっ!」 ガキィン、という耳を劈くような金属音と共に、それまで防戦一辺倒だったベアンハートの強烈な一撃がアンジェロの剣を弾き返した。 一瞬面食らうアンジェロ。 そして驚愕のうちに、彼は見てしまった。

2021-06-11 01:00:44
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かち合った瞳と瞳。 そこでアンジェロは見てしまったのだ。 …ベアンハートが微かに笑っているのを。その瞳が爛々と闘気を湛えて輝くのを。 そしてアンジェロは気づいてしまった。 ベアンハートは押されていたのではない。 アンジェロの手並みを見るために全ての剣を敢えて受けていたことを。

2021-06-11 01:01:45
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それからの展開は圧倒的と言わざるを得なかった。 反撃の後のベアンハートの大鎚の一撃はまるで軽い竹の竿でも振り回すかのようにしなやかだが、その一撃はアンジェロの防御を打ち砕くには十分すぎた。 最初の一合で守りを崩され、辛うじて防いだ二合目でアンジェロの鋼の剣は真っ二つに砕けた。

2021-06-11 01:02:51
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砕けた剣を片手に呆然とするアンジェロに、無情にもベアンハートの鉄槌が下される…と、大鎚はアンジェロの額の既の所で止まり、こちん、とアンジェロの額を軽く叩いた。 勝負はあった。 全てを悟り、アンジェロは膝から崩れると、折れた剣を取り落して両手を地についた。

2021-06-11 01:03:32
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「…ありがとうよ、完敗だ」 俯いたままアンジェロが言うと、ベアンハートも大鎚を下ろした。 両者の間を涼しい夕暮れの風が吹き抜けていく。 「…一つ聞いていいか?」 顔を上げぬままアンジェロはベアンハートに問うた。 「…なんだ?」 静かに答えてベアンハートはアンジェロの次の言葉を待つ。

2021-06-11 01:20:28
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「あんたもファルコも…強い奴はどうして謙虚なんだ? その腕前があればどんな奴にだって幅を効かせられるのに」 アンジェロの問いにベアンハートは視線を落とした。 そして、 「お前が言う強さとはただの暴力。 そんなものは強さでもなんでもないからだ」 低く、だがはっきりとベアンハートは答えた。

2021-06-11 01:20:55
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「暴力は力のない者に対しては有効だ、だが暴力は更に強い暴力の前では無力になる。 そして暴力だけでは勝てないモノがある」 アンジェロが顔を上げるのと、ベアンハートが己の胸を指したのはほぼ同時だった。 「本当の強さはここにあるものだ。 親方が…沢山の人が俺にそう教えてくれた」

2021-06-11 01:21:39
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「そのことに気が付いたならお前はまだまだ強くなれる。 いいか、本当の戦いは暴力じゃなく心で決まるんだ。 そのことを忘れるな」 言うとベアンハートはアンジェロに笑ってみせた。 その時だった。 それまで張り詰めたような表情をしていたアンジェロの顔が歪み、双眸から大粒の涙が溢れたのは。

2021-06-11 01:22:15
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

堰を切ったようにアンジェロの瞳からボロボロと涙が溢れて来る。 ベアンハートが眼前にいることも構わずアンジェロは男泣きに泣いた。 あの夜から今まで、ずっと答えに窮して迷走してきた虚しさとその答えが見つかった晴れやかさから、アンジェロは溢れて来る涙を止めることが出来なかった。

2021-06-11 01:23:21
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アンジェロの傍らにベアンハートはやってくると、 「若い身空で重荷を背負うのも大変だったろう。 今日は休め、お前一人食わしてやれるくらいの食材はある。 味の保証はできんがとにかく飯を食って寝ろ。 腹が減っては戦はできないからな」 ごつい手でアンジェロの背を軽く叩きベアンハートは言った。

2021-06-11 01:24:37
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ベアンハートに促され、アンジェロは立ち上がると手の甲で涙を拭った。 それでもなお止まらぬ涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしたアンジェロの頭に手を置き、 「まだまだこれからだ、強くなろうな」 寄り添ってくれたベアンハートの言葉にアンジェロはしゃくり上げながら頷いた。

2021-06-11 01:25:22
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【Ⅷ】 数日後、ヴォストニア王宮・謁見の間にて。 国王エリックは殿上の玉座から眼前に跪く甥・アンジェロを見ていた。 「するってぇとアレか、お前ェも表出て街場に降りると」 自らをしげしげと眺める伯父に少し強張った顔付きながら真っ直ぐな視線を向け、アンジェロは頷いた。

2021-06-11 23:59:33
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「一度お断り申し上げた言葉を翻すご無礼は重々承知しております。 しかし私はようやく自分の目指すべき道、学ぶべきものを見つけました。 伯父上が申されました通り、新たな環境下で自分を見詰め、弱点を克服する必要性を痛感しております。 つきましては此度の学びの機会を今一度お与え下さい」

2021-06-12 00:00:14
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

先の戸惑いに満ちた面立ちとは打って変わって晴れやかなアンジェロを見て、 「ほう」 エリックが軽く頷く。 と。 「して、その学びの場というのは?」 刹那、神妙な口振りで言葉を挟む者が一人。 玉座の側に侍るファルコだ。 満更でもないエリックとは対象的に厳しい目でアンジェロを見つめる。

2021-06-12 00:01:23
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こうなることはアンジェロにもとうに予想はできていた。 「王都東の山中に工房を持つ鍛冶屋、ベアンハートなる者です。 先の山賊討伐にて私は彼の者に救われ、大切なことを教わりました」 怯むことなく真っ直ぐに伯父の目を見て答えるアンジェロ。 が、 「なりません」 ファルコが即座に割って入る。

2021-06-12 00:02:02
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「お言葉ですが殿下、御自分の御立場を軽く見られますな。 殿下はいずれはこの国の全軍、ひいては国防を背負って立たれる身。 そのような下賤の者に教えを請うなどと軽々しく…」 「別にいいんじゃねぇか」 と、今度はファルコの言葉をエリックが遮った。 「なっ…お言葉ですが陛下…!」

2021-06-12 00:03:58
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「じゃあ聞くがアンジー、その野郎にお前ェが教わった大事な事ってなァなんでぇ」 顎をしゃくってエリックがアンジェロに問うとアンジェロは頷いた。 「人を動かすのは暴力ではなく心。暴力を制することができるのもまた心です。 強さとは他者を傷付け奪うことではなく、心を持って接することだと」

2021-06-12 00:04:40
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「伯父上の仰る通り私は強さとは何かを履き違えておりました、それを自ら悟れなかったのは痛恨の極みです。 ですが彼の者の戦ぶりを見るにつけ、私はそのことに気がつくことが出来ました。 ですから彼の者の下で強さとは、力とは何たるかをもっと知りたいのです」 淀みなくアンジェロは答えた。

2021-06-12 00:05:18
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ん、そうか、わかった。 んじゃあひとつその野郎ンとこで学んで強くなって帰ってこいや」 さらっとした返事でエリックは返した。 「伯父上!」 「陛下!」 アンジェロとファルコが声を上げたのはほぼ同時だったがエリックは血相を変えたファルコを片手で制した。 血の色の瞳をギラリと光らせながら。

2021-06-12 00:06:17
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「いいか、わかってるたァ思うがお前ェが王家のモンであることは伏せろ。 お前ェは今日から田舎貴族ペンドラゴン家の次男坊だ」 エリックが言うのへ、 「御意、ご厚恩感謝致します」 アンジェロは敬礼で返した。 「で、住むとこァどうするんでえ、街場に降りるにしたって家がなきゃ話にならんだろ」

2021-06-12 00:07:13
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「それなのですが…実は彼の者には既に話はつけております。 かつて彼の者が先代の主人であった名工・スコグルの下にあったときに使っていた住み込み部屋がそのまま残っていると…」 少しわくわくと瞳を輝かせてアンジェロが答えた。 …話は昨夜に遡る。

2021-06-12 00:08:16
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*** 「そんなわけでおっさん、頼む!俺を弟子にしてくれ!」 夕飯後、少しだけ内緒でベアンハートと酒を酌み交わしたアンジェロは地に額づいて教えを乞うた。 いきなりの要請にさしものベアンハートも口に含んだエールを思わず吹き出した。

2021-06-12 13:19:41
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「で、弟子ってお前…さっきも言ったが俺は鍛冶屋だ、剣術家でも戦争屋でもない。 その俺から何を学ぼうってんだ?」 慌てて返すベアンハートをアンジェロは据わった目で見返した。 「詳しくは言えねぇけど、俺は将来人の上に立って軍を率いなきゃならねえ。でもご覧の通り今の俺じゃそれは無理だ」

2021-06-12 13:20:17
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「悔しいけど用兵術は兄貴に勝てねえし、一騎打ちじゃあんたに勝てねぇ。まだまだ部下の兵士達からも信用もされてなけりゃまともに動かしてやれる実力もねぇし…だからって今教えを請える人間もはっきり言って一人もいねぇ。 なぁ、あんただけが頼りなんだよ」

2021-06-12 13:20:50
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一度弱みを見せて吹っ切れたのか、アンジェロが訴える実情はなかなかに逼迫していて切実だ。 そんなアンジェロの様子を見て考え込むベアンハート。 「それに…あんたさっき言ってただろ。 沢山の人の助けになるために自分が今できることをしたいって」 アンジェロの一言でベアンハートが顔を上げた。

2021-06-12 13:22:17
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

今アンジェロが述べたのは、さっき酒飲みがてらベアンハートに問うたことへのベアンハート自身が述べた答えだった。 「どうしてあんたはそうやって近所の奴にまでよくしてやってるんだ?鐚一文の得にもならないのに」 アンジェロが問うとベアンハートは先のように答えたのだ。

2021-06-12 13:22:49
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「たしかにそれはそうだが…」 自分の心からの答えだったとはいえ口籠るベアンハート。 「ならあんたが教えた兵法で俺が国を守るとしたらそれって最高の人助けだと思わないか? 鍋や釜をただで直すのもいいけど、これなら何万何千の民の暮らしを守れるんだぜ、それこそああいう賊や他国の奴らから」

2021-06-12 13:23:51
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再び俯き考え込むベアンハート。 やがて、 「わかった、そこまで言うなら考えないこともない。 だが俺は鍛冶屋だ、あくまで俺の本分は武器や農具を作って人の生活に奉仕することにある、斬り合い殺し合いが本分じゃない。 だから俺に弟子入するなら鍛冶屋の門弟として下についてもらうぞ」

2021-06-12 13:25:28
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「お、俺が鍛冶屋になるのか?!」 呆気に取られて思わず上擦った声で返すアンジェロ。 「それが嫌なら他を当たれ。 ただし空き時間や休みの日に稽古をつけてやることは出来るし、兵法と用兵術を学びたいならできる限り力にはなろう」 これで引くならそれまでと内心思いつつ、ベアンハートは答えた。

2021-06-12 13:27:56
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

が、 「マジで?!兵法を勉強させてくれるだけじゃなくて名工の下で武器の錬成まで教えてもらえるのかよ! すげえ、武器の専門知識があれば装備の編成と兵站に効果抜群じゃねえか!な、ほんとにいいのか?!」 顔を輝かせて返すアンジェロの斜め上の返答に、今度は逆にベアンハートが呆気にとられた。 pic.twitter.com/PPvmoabRhY

2021-06-12 13:29:03
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

*** 「ほう、もうそこまで話が固まってんなら俺がどうこう口ィ挟むこともねぇな。 そんならお前ェの気の済むようにやってこいや。 とりあえずなんやかんや入用ならそこらのカラスなりガーゴイルなりに声かけろ、手配はすらぁ」 エリックは肘掛けにもたれていつもの軽い調子で告げた。

2021-06-13 00:44:42
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「ありがとうございます。伯父上のご厚恩に添えますよう、必ずや成果を上げてご覧に入れましょう」 真っ直ぐに自身を見つめるアンジェロにエリックは笑って頷いた。 「あぁ、あとせっかくだから月イチの定例会にゃ面ァ見せに来いや。 リックもそんときゃ面ァ見せるって言ってたからな」

2021-06-13 00:45:17
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「承知致しました、私も伯父上やリチャードに見(まみ)えることを楽しみにしております。 それでは暫しのお別れを」 アンジェロはもう一度エリックに深々と頭を下げた。 「おう、体に気ィ付けて、達者でな」 エリックは気のいい笑みを浮かべて謁見の間を後にするアンジェロの背を見送った。

2021-06-13 00:48:53
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

足取りも軽く謁見の間を後にするアンジェロを見送った後、殿上には珍しくエリックとファルコのみが残った。 甥の門出を楽しげに見送るエリックの横でファルコは硬い表情を浮かべている。 やがて、 「本当に彼の者の下に王子の身柄を預けるおつもりで?」 怒気すら含んだ低い声でファルコが問うた。

2021-06-13 00:49:45
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「不満かよ?」 ファルコを見もせずエリックが返す。 「真に国を思えばあのような者に国の未来を担う大切なご自身の妹君の子を預けるは狂気の沙汰と存じますが」 遠慮もなしにファルコは低い声で答えた。 「よもや彼の者が何者であるかをご存知ないとは言いますまい」 その声は怒りに震えている。

2021-06-13 00:50:47
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「お前ェが仕損じた『フナムシ』共のアタマだってぇんだろ、そう熱くなるない」 臆するでもなくちらりとファルコを見やりエリックが返した。 「奴からすれば王子は言わば一族の仇の子、そのような者の処に王子を預けるのは我が子を蛇の穴に落とすも同然、違いますか?」

2021-06-13 00:51:41
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

憤怒の形相のファルコにエリックは溜息で返した。 「そう見損なってやるないファルコ。野郎と殺り合ってるお前ェならわかるだろうよ、フナムシにはフナムシなりの流儀がある。 本気で一族の仇を取りてえなら奴ァ単騎だろうがとうの昔に俺の首を取りに来たろうよ。 …だが奴ァそれをしなかった」

2021-06-13 00:53:35
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「それに…『あいつ』が意図して『生かした』奴が今更そんなことしねぇことくれぇお前ェが一番わかってんじゃねぇか? …だからこそお前ェからすりゃ腸が煮えくり返るんだろうがよ」 図星を突かれたのか、ファルコは絶句した。

2021-06-13 00:54:23
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「別にお前ェと喧嘩してぇわけじゃねぇんだ、ただ今のお前ェは野郎憎しで目が曇ってやがる。 らしくねぇじゃねえかファルコ。 仕事に私情は挟まねえのがお前ェの信条だったろうよ。 お前ェも少し頭冷やせ」 血の色の瞳が冷たく見詰めるのへ、ファルコは俯き視線を逸した。 確かに彼らしからぬ行動だ。

2021-06-13 00:58:51
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

ファルコは何か思うところがあったのか、 「承知致しました、陛下の仰る通り私としたことが差し出がましい真似をしました。…此度はこれにて」 目を伏せ静かに言うと、一礼して謁見の間を後にした。 謁見の間に一人残るエリックは小さく溜息を吐いたが、その顔はどこか満足そうだった。

2021-06-13 01:01:34
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