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箱の中に引き込まれてしまう話

とかげのしっぽ @wr_erimark

蔵の中に、かぱりと口を開けた箱があった。 私は蔵へ来た当初の目的を忘れてその箱へ近付いた。 蔵の影に紛れるような色合いのそれは、小柄な女性であれば足を伸ばして寝転べるだろう大きさである。 大きさに反して中はカラッポ。蓋に手を掛けると蝶番がギィと鳴った。

2023-03-31 00:39:47
とかげのしっぽ @wr_erimark

私はなんとなく、ほんのちょっぴりの出来心で、箱の中へ入ってみてしまった。 足を畳んで横に寝転がってみると、なんともまあ、居心地がよい。狭くて薄暗くて木の匂いがほんのり香る。開けっ放しの蔵の戸から入ってくる風の音やそよぐ木々の音も、耳を両手で塞いでしまえば聞こえなくなった。

2023-03-31 00:39:47
とかげのしっぽ @wr_erimark

居心地の良さと春の暖かな気候、昼食後も相まって私はすっかり微睡んでしまった。 手の蓋の外からバタンと音が鳴った気がして目を薄らと開けると、瞼の裏と同じ黒一色になっていた。 夕方も過ぎるほど眠ってしまったようだと起き上がると、何かと後頭部を強かにぶつけてしまった。

2023-03-31 00:39:48
とかげのしっぽ @wr_erimark

私は痛みに暫し蹲った。じんじんと痛む頭を撫でつつもう片方の手で箱の内側を触っていると、どうにも蓋が閉まっているのだと分かった。 押しても叩いても蝶番と錠がうるさく音を立てるだけでビクともしない。 ──これは困った。 少しの間だからと思ってこの蔵へ来ることを誰にも伝えていないのだ。

2023-03-31 00:39:49
とかげのしっぽ @wr_erimark

──こまった、コマッタ。 私は現状とは裏腹に再び寝転んでいた。 ──マァ、なんとかなるだろう。 楽観的な考えが不思議なくらい頭を占める。なんとかなる、大丈夫、このまま眠ってしまっても良いさ。そんな考えばかりが浮かんで、また微睡みがやってくる。

2023-03-31 00:39:49
とかげのしっぽ @wr_erimark

もしも、誰も見つけられなかったら。もしも、この蓋が持ち上げられなかったら。もしも、もしも、もしも、このまま、この蔵の一員になれたら── きっとしあわせなことだろう。

2023-03-31 00:39:50
とかげのしっぽ @wr_erimark

探しにきた取り立て屋さんに見つかって叱られるよ。 箱は良くないものだよ。 先生は取り立て屋さんの家に泊まりで遊び(?)に来ていたよ。 蔵には前に見せてもらった時にアレがあったな、と資料探しをしようとしていたよ。

2023-03-31 14:08:51

2023短いの②

とかげのしっぽ @wr_erimark

こういう寒い日はきっと二人は引っ付いて眠るでしょう。 「寒いです」 「だから毛布を片付けるのはまだ早いと言ったじゃありませんか」

2023-04-25 23:24:13
とかげのしっぽ @wr_erimark

「布団が冷えてます。どうして湯たんぽをしていないんです」 「冬ほど寒くはないじゃないですか」 「さむい……」 「寒いのは今だけです。直に体温で温かくなってきますから」 「……」

2023-04-25 23:28:58
とかげのしっぽ @wr_erimark

パンにハマった先生。「僕が作って差し上げましょうか」と取り立て屋さんがそわそわしながら聞くと「私にはこの子がいるので」とリユースで安く買ったホームベーカリーを撫でる先生。 まるで間男を見るような目でホームベーカリーを睨む取り立て屋さん。

2023-05-22 18:30:21
とかげのしっぽ @wr_erimark

僕はこんなパンを作れるし美味しいパン屋さんにも連れて行きます。そのホームベーカリーはせいぜい食パンが作れるくらいでしょう。僕の方が云々 って取り立て屋さんが言ってくるしパンブーム過ぎたから押し入れに仕舞われるホームベーカリー。

2023-05-22 18:34:48

キスの日2023

とかげのしっぽ @wr_erimark

取り立て屋さんが行きたくないパーティから帰ってきたら、女中さんに「お客様が来られています」と言われ、こんな夜中に誰だと不機嫌になりながら居るという書斎に行ったら、洋机の上の本の山に埋もれるように座る先生の姿が。 忙しなく鳴る鉛筆の音とたまに頁が捲られる音の他に、唸る声。①

2023-05-23 20:19:04
とかげのしっぽ @wr_erimark

ゆっくりと閉じたはずの扉の音に顔を上げたその人が、「おかえり」と静かに呟いた。 「留守に上がるのは悪いと思ったのですが、良いからと言われて……」 悪いことをした時の言い訳のように喋る先生は、調べ物があって取り立て屋さんの書斎にあった本に書いてあるはずだと訪れたらしい。②

2023-05-23 20:19:05
とかげのしっぽ @wr_erimark

取り立て屋さんが先生に近付き、目の前に跪いて利き手を取る。手のひらに頬を擦りつければ、飾り気のない黒鉛の匂いと紙の匂いと、煙草の残り香が香る。 「先生」 「うん」 「もう一度、おかえりって言ってください」 「おかえり」 「はい、ただいま帰りました」③

2023-05-23 20:19:05
とかげのしっぽ @wr_erimark

ふわわ、と大きな欠伸をする取り立て屋さんを先生の反対の手が頭を撫でる。 「早く風呂に入ってきたらどうです。どこに行っていたのか知らないけれど、におい、移ってます」 「はぁい」 のんびりと返事をすると、先生の指先に唇を落としてぴょんと立ち上がった。④

2023-05-23 20:19:06
とかげのしっぽ @wr_erimark

にこにこと笑いながら後ろ歩きで扉へ向かう取り立て屋さんに先生はシッシッと、追い払うように手を払った。 キスの日。終わり。

2023-05-23 20:19:07

ジャムを作る取り立て屋さん

とかげのしっぽ @wr_erimark

夜中に鍋で果物をくつくつと煮てジャムを作る取り立て屋さんが見たい

2023-06-29 12:14:27
とかげのしっぽ @wr_erimark

我が家で夜遅くまで灯りがついていることはない。消灯時間を決めていて、その時間を超えると僕が帰る帰らないに関わらず眠ってもらって構わないことにしている。 色んな人に捕まって話を聞かされて長期的な収穫はほとんど無いに等しいが、短期的な収穫だけはあった。①

2023-06-29 21:58:23
とかげのしっぽ @wr_erimark

僕は小脇に抱えた二箱から香る瑞々しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。 甘くて酸味があって鼻に残らない良い匂い。うっとりと嗅いでいれば、今日あった嫌なことが搔き消されていく。 この赤くてつぶつぶとしていて小さくて可愛らしい苺は、今日会った人がお近づきの印に、とくれたものだ。②

2023-06-29 21:58:23
とかげのしっぽ @wr_erimark

幾つかは明日食べて、残りはジャムにしよう。その方が長持ちするし、貰った返礼もできる。 僕はキッチンの机に箱を置くと、ジャケットを脱いで椅子に掛け、ネクタイを解き、シャツの袖を捲った。 どうせ眠気もないし、今晩のうちに作ってしまおう。 (ジャムの作り方割愛)③

2023-06-29 21:58:23
とかげのしっぽ @wr_erimark

赤く粘度のある液体がくつくつと音を立てて細かな泡や大きな泡を拵えては消えていく。焦げ付かないように適度に混ぜていると、少しずつ粘度が高くなり、濃い色へと変わっていく。光沢も出てきて、ルビーの原液のようだ。 匙で掬って垂らしてみれば、良い頃合いの固さに思えた。(粗熱取りと瓶の準備)④

2023-06-29 21:58:24
とかげのしっぽ @wr_erimark

瓶の中へ入れるとより宝石感が増す。日の光に当てればきらきらと輝いてくれるだろう。 一つは先生に持っていこう。 「煮詰まる」は「話がまとまって結論へ近づく」と使われる表現らしいし、縁起が良さそうだ。 取り除いた白い泡─これは灰汁なのだろうか─を舐めてみても食べても大丈夫な味だ。⑤

2023-06-29 21:58:24
とかげのしっぽ @wr_erimark

このまま舐め続けるのも勿体ない。何か無かったかとキッチンを荒らしていると、ソーダ水を見つけた。 これは良い。混ぜて飲んだら苺味のソーダ水になるはずだ! 作ってみると自分でも笑ってしまうくらいに美味しく、ジャムを持っていく時に先生にも作ってあげよう。⑥

2023-06-29 21:58:25
とかげのしっぽ @wr_erimark

ジャムに合う食べ物も持っていこう。 僕は鼻歌を歌いながら、並んだ赤い宝石の瓶詰たちがゆっくりと冷えるのを見ていた。 終わり

2023-06-29 21:58:25

海の日2023

とかげのしっぽ @wr_erimark

海の日 青白い曇り空を写した真白な凪の海はまるで白銀の雪原のよう……とまでは言えぬが、普段の冴えない海とはまた違った印象に見える。 その揺れる淵を素足で歩けば、波が恐る恐る裾を引くように満ち干きを繰り返していた。→

2023-07-17 22:14:04
とかげのしっぽ @wr_erimark

僅かな潮風に煽られた麦わら帽子を脱ぎ、それで顔を扇いだ。フゥ、と吐いた息はすぐに生温い風に溶けた。 曇り空でも夏の日射しを舐めてはいけないと渡された麦わら帽子は、それなりに役に立っているらしい。脱いだ途端に刺さってくる白い光線に私は手をかざした。→

2023-07-17 22:14:05
とかげのしっぽ @wr_erimark

噎せそうなほどの海の匂い、それを運ぶ生温い風、ぶくぶくと太った雲、何をしていなくとも噴き出る汗、空気と自分との境界が分かりにくくなる気温。 起きているだけで体力を徐々に削られているような気分になる。こんな気分ではとてもとても書く気にはならない。→

2023-07-17 22:14:05
とかげのしっぽ @wr_erimark

浜の端まで来た私は反対を向き、麦わら帽子を被り直すと、再び波打ち際を歩き出した。 おわり

2023-07-17 22:14:06
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