読みものとしてある程度まとまっているツイート
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とかげのしっぽ @wr_erimark

『私』の一人称視点で進んでいく(FPSみたいな画面)『私』が男か女かは分からない。男にしては華奢で、女にしては太く節くれだった指をして、右手の中指にペンだこがあった。恐らく何か文字を書く職業に就いているのだろう。くらい色の海が見える宿舎の二階、五畳しかない狭い部屋に『私』は住んでいた

2020-08-23 12:19:24
とかげのしっぽ @wr_erimark

この狭い部屋に文机が一つ、薄っぺらな布団が一式。部屋のそこかしこには原稿用紙が散らばっている。それは蚯蚓が這ったような字が途中まで書かれていたり、白紙のものだったり、ちり紙のように丸められていたり様々だ。 そんな部屋で私は拗ねた子供のように背を丸めて生きていた。

2020-08-23 14:15:55
とかげのしっぽ @wr_erimark

ここに越してから早二月、薄曇りの空ばかりで晴れた日など一度だってありやしない。まるで私の心のようだ。なんて少し詩人に影響された事を思っていた。 ノックもせずにドアが開く。そんな無礼な態度を取るのはあの取り立て屋に違いない。アァなんておそろしい。

2020-08-23 14:21:14
とかげのしっぽ @wr_erimark

彼は私がまだ生んだと認知すらしていない文達を取り上げて持っていくのだ。今回の取り立て屋は余計にそうだ。 先月変わったばかりの取り立て屋はサスペンダーにノリの効いたシャツ、そして前任者と同じ眼鏡をしている大男だ。

2020-08-23 14:26:05
とかげのしっぽ @wr_erimark

大男といっても巨木のようなどしりとした体型ではなく、若竹のようなすらりとした体型だ。生まれつき左目だけが視力が弱く、年々色も変わってきているらしい。 「先生、出来ましたか」 「出来てません」 「それは困りました。早く書いていただかないと僕が怒られてしまいます」

2020-08-23 14:30:30
とかげのしっぽ @wr_erimark

「そうは言ってもですね」 私はそう区切ると煙草に火を点けた。彼は嫌煙家で私が煙草を吸っていると途端に嫌な顔をする。まぁ、要するにいやがらせだ。 「先生、煙草はおやめになってくださいと前からお願いしているじゃありませんか」 「なぜです」

2020-08-23 14:34:13
とかげのしっぽ @wr_erimark

「あなた方人間の一生なんて百年もないのにそれを更に短くしてどうするんです」 「その言い方はまるでお前が人間じゃないみたいだね」 「そういう話をしているんじゃありません」 「こわいこわい。燻られたくなかったらさっさと出て行けばよろしい。都へ帰って新しい人と変わりなさい」

2020-08-23 14:37:29
とかげのしっぽ @wr_erimark

「先生」 ぎゅっと眉間にシワを寄せて肩を怒らせるのは彼が怒った時の癖だ。 「明日には書いてなくともいただきますから。途中で良いと仰るならそれで構いませんが、嫌だと言うなら今日中に書いてください」 と捨て台詞を吐いて彼は部屋の扉を乱暴に閉めて去っていった。

2020-08-23 14:42:44
とかげのしっぽ @wr_erimark

これは今日中に仕上げなければならないのだろう。この二月の間に一度だけ彼を本当に拗ねさせた事がある。 私が途中で放り捨てた原稿用紙に書かれた内容を大きな声で朗読しながらこの町を練り歩いたのだ。ギャアと私が叫んで止めても止まらず、

2020-08-23 14:47:41
とかげのしっぽ @wr_erimark

以来ただの旅行客として存在していた私は『書き物をしにやってきた先生』になってしまった。完成したものならともかく途中の物をなんて彼の性格の悪さがにじみでている。しかも誤字すらそのままに、だ。 拗ねさせると厄介だが取り立て屋が彼に変わってから出版社からの催促の手紙がぴたりと止まった

2020-08-23 14:50:31
とかげのしっぽ @wr_erimark

「僕がいるんですから必要ない物でしょう。止めさせました」 と彼が言っていたのを思い出す。全くもって有難い。取り立て屋の元締めの催促はそれはもう舌が三枚生えているんじゃないかと思うような品なのだ。これが書けるなら貴方が書いた方がよろしいんじゃないかしら。と思うばかりであった。

2020-08-23 14:58:15
とかげのしっぽ @wr_erimark

彼に催促されたからと言って数日前から机にしなだれかかって考えても出てこないものは出てこないのだ。無い袖は振れぬ。勝手に外を出歩いていれば彼は怒るだろう。見つかる前に帰ればいいと、ふらり草履を履いて私は出掛けた。

2020-08-23 15:07:11
とかげのしっぽ @wr_erimark

夜。私は筆を走らせていた。 結局散歩には行かなかった。行く前に、仲居から面白くない話を聞いたからだ。 昼と同じ様に彼が部屋に入ってくる。背中を向けたままの私に彼が話し始める。 「近くで死体が見つかったそうですよ」 「それは怖いね」 「知っておられましたか?」

2020-08-23 15:14:24
とかげのしっぽ @wr_erimark

「もちろん。仲居が楽しそうに話をしてくれました」 「楽しそうにとは恐ろしい」 「そうだね。まあ仕方ないでしょう。閉鎖された環境、特に面白味もない毎日。そんな生活に石を投じられたのですから。話したくてしようがないと思います」 「先生もですか」

2020-08-23 15:17:08
とかげのしっぽ @wr_erimark

「私は今の生活に面白味がないと思っていませんので」 ねぇ、と私は振り向いて彼を見た。靴を脱がず、入口の前に立った彼はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。 「時に、見つかった死体は男だそうです。首筋に噛まれた傷があり、それが致命傷だと聞きました。私、その死体を見せて頂いたんです」

2020-08-23 15:20:57
とかげのしっぽ @wr_erimark

「知っている男でしたよ。ねぇ、お前も知っている男だと思います。一度見てきなさいな」 「いやですね、先生。そんなつまらない事をしてはいけません。もっと楽しみませんか」 終わり

2020-08-23 15:23:27

新聞記者が来る話

とかげのしっぽ @wr_erimark

吐いた煙草の煙よりも薄い色の雲が障子紙のように空を覆って、日差しを遮っていた。この僻地から出れば薄曇りとされる空模様でもここでは晴れの扱いをされるらしい。「たまにしかない晴れなンだから先生もお蒲団干しましょうよ」と世話焼きな女中に急かされて、→

2020-11-24 20:38:49
とかげのしっぽ @wr_erimark

万年床寸前の布団一式と少量の洗濯物を外の物干し竿に干して数時間。 扉も窓も押入れの扉も開け放つと少し肌寒さを感じる潮風がビュウビュウと入っては出てゆく。煙草を吸うよりもこうして寒いくらいの場所にいる方が頭が冴えるものだな。と手癖で煙草に火を付けた。→

2020-11-24 20:48:50
とかげのしっぽ @wr_erimark

こうして開け放っているのにも訳がある。洗濯物を干した後、「ついでなのでお掃除もどうですか」と掃除道具一式を渡されたのだ。 渋々、と掃除をしていたのだが、中々どうして興が乗り、押入れの中身をひっくり返す所まで至ったのである。 そうして先程ひと息吐いた所であった。→

2020-11-25 00:29:35
とかげのしっぽ @wr_erimark

「先生ェ、お客さまですよ」と階下から女中の声。わざわざ知らせるという事はあのこわァい取り立て屋ではないのだろう。彼であれば勝手知ったる顔でここまで来るのだから。 「今行きます」と言葉を返し、まだ長い煙草を揉み消して、足を付ける度にギシギシとうるさい廊下へと出る。→

2020-11-25 08:42:04
とかげのしっぽ @wr_erimark

玄関で待っていたのは女中と、少年から青年への転換期なのだろうか、幼さをまだ幾ばくか残した二人の青年であった。秋が深まった頃の紅葉の山々ように明るそうな青年と、荒く削り取った黒曜石にように実直そうな青年は揃いの濃い灰色のスーツを身にまとい、左の二の腕に真っ赤な腕章を付けていた。→

2020-11-25 12:34:46
とかげのしっぽ @wr_erimark

「貴方が"先生"って人?」 紅葉(もみじ)の方が私を真っ直ぐ見据えて言った。「おい失礼だろ」と黒曜石が肘で小突いている。 「構いませんよ。一応"先生"などと大仰な呼び名を頂いておりますが、人違いでしょう」 「先生、何仰ってるンですか。この町で先生と呼ばれているのは先生しかいませンよ」→

2020-11-25 20:12:15
とかげのしっぽ @wr_erimark

「だ、そうです」 この町には学校や塾、お稽古教室という物がない。全て峠を一つ越えた先にあるここよりも大きな町にあるのだ。あれがあの時あんな事をしなければ"先生"などと呼ばれずに済んでいたものを。まるで拡声器でも使っているかのような遠くまで通る声で朗読され町中を闊歩された記憶が蘇る→

2020-11-25 20:16:48
とかげのしっぽ @wr_erimark

脳裏を掠めるだけで頭痛がする記憶をかぶりを振って落とす。 目の前の青年らが着ている灰色の背広から覗く赤と黒の派手なベストと真っ赤な生地に金字の腕章。 どれもこれも見覚えがある。こちらも頭が痛くなりそうだ。 「話は上で聞きましょう。茶など出ませんがね」→

2020-11-26 01:37:35
とかげのしっぽ @wr_erimark

「それで、新聞記者様が私に何の用です」 長時間、風に晒された部屋は冷え冷えとしていた。二人がぶるりと身体を震わせたので窓やら何やらを全て閉めていった。私が「どうぞ」と着席を促すまで座らなかった所から少しは躾が行き届いているらしい。→

2020-11-26 01:42:08
とかげのしっぽ @wr_erimark

座った途端に渡された名刺には、予想していた通り、大手新聞社であるH社の社名が記されてあった。 彼らの顔付きを見るに新入社員であろうか。私が先の疑問を口にすると片や背筋を伸ばし、片や前のめりとなった。 「お聞きしたいのは数ヶ月前にこの近くで死体が発見された事件についてです」→

2020-11-26 01:50:09
とかげのしっぽ @wr_erimark

「そんな事もありましたね。その事件についてなら私よりも警察に聞いた方がよろしいのでは?」 「それは……」 「大方、警察に門前払いされてこちらへ来たのでしょう。数ヶ月前に解決したとされている事件を今更になって蒸し返されるのは良い気はしませんからね。構いませんよ。何が聞きたいんです」→

2020-11-26 01:53:29
とかげのしっぽ @wr_erimark

「と言っても、私からも警察が発表している以上の情報は出ないと思いますが」 「じゃあ質問なんスけど」 前のめりになっている紅葉が挑戦的に片眉を吊り上げた。 「先生は被害者の遺体を見たんですよね。なんかおかしな所とかなかったですか」 「おかしな所、ですか」→

2020-11-26 01:58:48
とかげのしっぽ @wr_erimark

「何でも良いんです。違和感のある所とか、不自然に思えた所とか」 「そう言われましても、中々答えに困る質問ですね。警察の発表通り、致命傷の首の歯型も野犬か何かに襲われて出来た物の様でしたが。……一つ、こちらからも質問を、よろしいですか」 「はい。何でしょうか」→

2020-11-26 02:05:27
とかげのしっぽ @wr_erimark

「君たちは何に疑問を持ってここへ赴いたのです。解決した事件を今更になって蒸し返すという事は余程気になる点があったのでは」 ちらりと二人が視線で示し合わせると紅葉が口を開いた。 「まず、俺たちは会社の命令じゃなくて独自で動いてるんです」→

2020-11-26 08:54:19
とかげのしっぽ @wr_erimark

「無茶をしますね。君たちは新入社員でしょうに」 え、と声をあげて瞠目する二人の左腕を指さした。 「腕章です。社員一人一人に作られる特注品だと聞きました。一年も付けていると色褪せて少し薄くなるんです。それが無いので」 逸れた話を本筋に戻して続けるように促す。→

2020-11-26 08:54:19
とかげのしっぽ @wr_erimark

新聞記者を志し、大手新聞社へ就職した若い二人が反発し合いながらも結託して探偵の真似事を。とはまるで物語の中のようだ。彼らの話は良い糧になってくれるだろう。 「まだ話を続けるおつもりで?」 聞き覚えのある声が部屋の外から聞こえたと思ったら開けられた扉の隙間からぬろりと巣穴から→

2020-11-27 01:14:30
とかげのしっぽ @wr_erimark

這い出づる蛇のように件の取り立て屋が、その巨躯を部屋へと滑り込ませた。右脇には今朝干した布団であろう塊が抱えられていた。「先生」と、私と自分の間にいる二人の事など見えていない風に言った。 「日がかげってきたので取り入れてしまいました。構いませんでしたよね」 「えぇ。助かりました」→

2020-11-27 01:14:30
とかげのしっぽ @wr_erimark

厄介な男が来た。 彼は二人の間をその長い脚で簡単に跨いでしまうと、布団一式がいつも敷かれている位置へ塊を落とした。 そして私の隣に無駄のない最低限の動きだけで座ると、訝しげな表情でこちらを窺う二人へとにっこりと微笑みかけた。→

2020-11-27 01:14:30
とかげのしっぽ @wr_erimark

この男がこうして口を結び、口角だけを上げ、目を山なりに細めて笑顔を作るのは面倒臭い相手と対峙している時だった。女中に捕まって終わりの見えない話に付き合わされている時や、酔っ払いに絡まれた時などに見たことがある。 「聞屋がこんな所までご苦労な事ですね。都はよっぽど平和のようだ」→

2020-11-27 01:14:30

短いもの

とかげのしっぽ @wr_erimark

②~⑤ 先生と取り立て屋から 今の所全てに繋がりはありません ②その後 ③心の内 ④私の周りの人が凄い ⑤初めましての挨拶 pic.twitter.com/WPiqJQHkxN

2021-01-02 23:50:24
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とかげのしっぽ @wr_erimark

町で結構な金持ちの大旦那が逝ってしまって、マァ話したこともあるしご焼香だけでも上げに行きますか。と家を訪ねたら、「価値の分からない人間からしたら紙屑と同じです」って蔵にあった本を全冊譲られそうになって先生が卒倒する回

2021-04-13 22:28:33
とかげのしっぽ @wr_erimark

「先生、吉報じゃないですか。何をそんなに頭を抱えていらっしゃるんですか」 「おまえっ、おまえね、あの部屋のどこにあの量の本を置くんです。床が抜けますよ」

2021-04-13 22:31:00
とかげのしっぽ @wr_erimark

「どうして素直に言葉通りの意味を受け取ってくださらないんですか」 「投げ手の技量に問題があるのでしょう」 「受け手が取る気が無ければどこに投げたって一緒ですよ」

2021-05-01 00:46:48
とかげのしっぽ @wr_erimark

先生と取り立て屋 先生が、いつかくる現実が怖いね。いつ来てもいいようにお前も準備しておきなさいよ。と話しているだけ pic.twitter.com/JdhYJQo4TJ

2021-05-22 02:13:28
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とかげのしっぽ @wr_erimark

「何とか賞ってありますよね。先生はアレを目指さないのですか」 「目指していません。私にとってあれは仙丹や人魚の肉と同じですから」 「実在しないもの、ですか」 「そう。転じて絶対に手に入らないもの。食べた人の名は広く長く知れ渡るのだから不老不死と同義でしょう」

2021-06-21 20:20:14
とかげのしっぽ @wr_erimark

出掛ける様な服を持ってないって先生が言うから「じゃあ買いに行きましょう。先生は洋装よりも着物の方が似合いますから呉服店に行きましょう。反物は僕が選びますね」から始まり竹林の中の庵風の休憩スペースの縁側に足組んで座っている先生が見たい。

2021-06-23 22:37:24
とかげのしっぽ @wr_erimark

竹林を眺めながら「そういえばお前、”若竹の君”と呼ばれているそうですね」って入れたい。若竹の君エピソードはどこかで絶対入れるって決めてたから入れたい

2021-06-23 22:38:54
とかげのしっぽ @wr_erimark

「お前が帰った後ね、よく訊かれるんです。”若竹の君は次いつ来られるの”って。私としてはお前が来なければ〆切も来ないので書き終わるまで来ないで欲しいのが本音です」 「本音は隠してこそですよ。先生」

2021-06-23 22:51:43
とかげのしっぽ @wr_erimark

お出かけ用のシャレオツなスーツ着てる取り立て屋さんの横に立ちたくない先生に「近寄らないでくれます?」って言われて「なんで!;;;;;;」なってる取り立て屋さん見たい

2021-06-23 23:01:05
とかげのしっぽ @wr_erimark

ガッタガタの爪先と縦に波打つ表面をキレイにして貰った後、手のひび割れとかにワセリン塗って貰って、べたべたするから包帯も丁寧に巻いて貰って、最後に「あ、そうだ先生。この軟膏、可燃性なので煙草は吸わないでくださいね」って

2021-06-26 17:19:30

メンタルがボロボロになってる先生

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