王宮から独り立ちし、外界での生活を始めたリチャードはある日町はずれの港で東の島国からやってきた半羊人の娘・リュウと出会う。 自分同様家を飛び出し、独り立ちを決意したリュウは父の旧友の女狩人を探しているという。 女狩人探しに協力するリチャードを待ち受けていたものとは?
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セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

石像は硬い石の姿から見る見る有機物へ姿を変え、そのままコウモリの姿に似た怪物になった。 「ギャー!」 おおよそ乙女らしからぬ低い悲鳴を上げて飛び退くリュウと恐怖で固まる子豚。 「慣れてないとビックリするよね。『彼ら』はガーゴイル。 この街の警備隊で案内役でもあるんだ」 pic.twitter.com/pZ6GBUb6bK

2021-04-29 01:42:25
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リチャードの言うとおり、彼らガーゴイルはレイヴンと並びこの大国ヴォストニアの治安維持に欠かせない大切な存在だ。 彼らは宮廷魔導師たちの手によって作られた人工生命体であり、普段は石像に擬態して町中で怪しい人物がいないか監視の目を光らせている。そして必要に応じて戦闘態勢に入るのだ。

2021-04-29 01:48:18
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民間人に紛れて活動する無数のレイヴンたちと連携し内外の驚異から市民を守る彼らは同時に、街の案内人として旅人は勿論市民達の手助けもしている。 彼らは全て集合意識で繋がっている為地域の情報を全てのガーゴイル達が共有している。 よってどのガーゴイルに道案内を依頼しても大丈夫というわけだ。

2021-04-29 01:57:06
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「アラー、おじょうさん、かわったかっこデスネ?よそからきたヒト?ヴォストニアはすてきなところデスから、たのしんでいってクダサイネー」 その悍ましい姿からはおおよそ想像もつかない朗らかな口調で言うとガーゴイルはにっこり微笑んだ。 (あれ?意外とかわいくね?) リュウは心の裡で呟いた。

2021-04-29 02:05:51
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「ここから紅の森まで行きたいんだけど、道はわかるかい?」 リチャードの言葉にガーゴイルはこくりと頷き、 「おまかせクダサイ、しかしちょっととおいデスネ。くらくなるまえにかえらナイト」 「やっぱそう思う?」 意外と賢いらしいガーゴイルは時間の計算までしているようだ。

2021-04-29 14:14:31
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「わかりマシタ、ワタシおともシマス!ケモノくらいならワタシタチだいじょうぶなんデス!」 どんと自らの胸を叩いてガーゴイルが胸を張る。 先述したように元は石であるガーゴイルの皮膚は非常に固く狼くらいまでなら牙を通さない。 人間でも並の者なら武器を持っていても撃退するのが困難なほどだ。

2021-04-29 14:17:47
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「ありがとう、じゃあお願いするよ。いいよね?」 さっきまで怯えていたリュウに問うリチャードに、 「うん、よろしく!」 すっかり緊張も解けたリュウが頷く。 と、ガーゴイルがリチャードの耳元に顔を寄せ、 (だいじょうぶデス、おうじ。ワタシタチみんな、ファルコさまからおはなしきいてマス)

2021-04-29 14:21:22
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「え?!」 まさか自分の正体を知られていたとはつゆ知らず、リチャードはガーゴイルの言葉に目を丸くした。 (デスから、けいびはおまかせクダサイ、きっとぶじにげんちまでおおくりしマスカラ!) 先の一件ですっかり恐れの対象だった伯父の腹心に、この時リチャードは心底から感謝した。

2021-04-29 14:25:34
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【Ⅴ】 「アラー、おでかけデスカー?」 「きをつけてクダサイネー」 街を歩くとガーゴイル達が各所で声をかけてくる。 街の者たちは笑顔で手を振ったり、ありがとう、と返しているところを見ても、ガーゴイルたちがこの国の市民達に愛されていることがわかる。 リュウもガーゴイルに手を振り返した。

2021-04-29 14:41:53
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しかしこれは裏を返せばどこからでもガーゴイル達が見ているということであり、住民達ならいざ知らず、これから悪事を働こうという者たちからしたら明らかな驚異だ。 (伯父上も考えたな…) リチャードは伯父・エリックの強かな防衛戦略に関心した。 そんなことはつゆ知らずリュウははしゃいでいるが。

2021-04-29 14:46:58
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やがて陽も傾きかけてきた頃、ガーゴイルの導きの元ようやく一行は森の入り口までやってきた。 「あれ?」 と、リュウが声を上げた。 「なんか甘~いいい匂いしね?」 リュウの言う通り森全体から蜜を焦がしたような独特の甘い香りが漂ってくる。 「近くに楓糖の工場があるんだよ」

2021-04-29 22:44:40
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リチャードは漂う芳しい香りに目を細めながら答えた。 紅の森は秋に紅葉するサトウカエデの葉で森全体が深紅に染まることからこう呼ばれているが、同時にその樹液から楓糖が盛んに生産されている。 樹液の採取に森に入る人夫の数も多い。 「おや、他所の人かい?」 と、一行の後ろから声がかかった。

2021-04-29 22:59:15
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振り返ると白い髭を蓄えた小柄な老人がこちらを見ている。 「ガーゴイルがいるってことはこの辺の子じゃないな?暗くなったら危険だからそろそろお家に帰りなさい」 老人が少し説教臭い口調で諭すように言う。 「あなたは?」 「俺はこの森で樹液を集めてる業者のもんだ」 どうやら先述の人夫らしい。 pic.twitter.com/moCCkZfqpw

2021-04-29 23:00:35
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「すみません、この森に狩人の女性が住んでいるときいたんですが、ご存知ないですか?」 「ああ、アンナちゃんのことかい?」 リチャードの問いに頷きながら答える老人。 「アンナさんを知ってるの?!」 リュウはリチャードと老人の前に割って入ると、掴みかからんばかりの勢いで老人に問うた。

2021-04-30 14:49:46
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「ああ、この辺の森じゃ結構な有名人だよ。 たった一本の矢でハイイログマを倒しちまう狩人なんてここらじゃアンナちゃんくらいのもんさ」 何故か誇らしげに言う老人。 「あんたたち、アンナちゃんの知り合いなのかい?」 「はい、この子が…」 リチャードがリュウを指して答える。

2021-04-30 14:53:04
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「おっちゃん、アンナさんどこに住んでるの?」 「この森の大分奥の方だ、ついていってやりたいのは山々だが日が暮れてからの森は危険だから、俺は帰るよ」 老人が手で払うような仕草をする。 「できるならあんた達も日を改めた方がいい、森は深いし獣も出るからな」 言い残して老人は去っていった。

2021-04-30 14:57:05
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「どうする?」 リチャードが問うがリュウの心は決まっているらしい。 「行くに決まってんだろ、まだ日も落ちてないし間に合うって!」 ふんすと鼻を鳴らすリュウだが、子豚の方は不安気だ。 「さいあくワタシがそらからもりをみわたせば、ばしょがわかるかもデス。やってミマス?」

2021-04-30 15:00:43
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そんなわけでさっそくガーゴイルが上空から家のある場所を探した。 「アラー!ありマシタ!だいぶとおいデスガ、ここから3じのほうこうデス!」 意気揚々と叫ぶガーゴイルの声に、「いくぞ!がーごちゃん、この調子でたのむ!」 リュウは上空のガーゴイルに向かって呼びかけた。 「アイアイサー!」

2021-04-30 20:58:44
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【Ⅵ】 しかしガーゴイルの作戦は思ったよりうまくは行かなかった。 暗くなってしまい、家の在り処がどこか上空からではわからなくなってしまったのだ。 明かりが灯った家ならいざ知らず、先にガーゴイルが発見した家は家主が留守なのか、いい時間だというのに明かりが灯っていなかったのである。

2021-04-30 21:01:09
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そんなわけで日の落ちた森の中に一行は取り残されてしまう事となった。 「アラー、どうしまショウ…ワタシがあんなていあんしちゃったばかりニ…」 「しょうがないよがーごちゃん、だって暗くなったら何も見えないのなんて最初っからわかってたじゃん」 落ち込むガーゴイルを慰めるリュウ。

2021-04-30 21:04:32
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「ぷむぅ…」 不安気に子豚が鼻を鳴らす中、 「せめて元きた道に引き返せれば街に戻って立て直せるけど…どうしようか、結構置くまで来ちゃったよね」 難しい顔でリチャードが呟く。 事実ここは人の手の入らぬ原生林の中、さしものガーゴイルも流石に未踏の森については範疇外だ。

2021-04-30 21:07:44
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「とりあえず月を背にすれば東の方角だからそれを頼りに歩けばなんらかの道に出るかも知れない、引き返そう」 提案するリチャードだが、リュウは元気がない。 「ごめんな、なんか変なことに巻き込んじゃって…」 ポツリとリュウが呟いた。 先の明るい調子はどこへやら、心底申し訳無さそうな声だった。

2021-04-30 21:10:49
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「気にするなよ、すごく楽しかったじゃないか。実は俺もこんな遠くまで来たのは初めてなんだよ。 今日は残念だったけど明日また付き合うから…」 リチャードの言葉はそこで途切れた。 ガサッ、バリバリ! 茂みを掻き分け小枝を踏む何者かの音でリチャードは息を呑んだ。

2021-04-30 21:14:14
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茂みから現れたのは一頭の巨大なオオカミだった。 足音を忍ばせ、ゆっくりと一行に近づいてくる。 「リュウ!」 リチャードは外套を翻すとリュウと子豚の前に立った。 と、その更に前にガーゴイルが躍り出た。 「おまちを、これはワタシのやくめデス。 おうじをきずつけるモノはユルサナイ!」 pic.twitter.com/bui7NCIR9N

2021-04-30 21:17:56
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しかしオオカミはそれ以上一行に近づくことはなかった。 一行の少し手前で足を止めるとまるで人間の子供がそうするかのようにじっと一行を見つめ、やがて、 「オォーーーン」と、遠吠えを始めた。 まさか仲間を呼んでいるのかと身を固くするリチャードとリュウ。 オオカミを睨むガーゴイル。 と。

2021-05-01 02:49:12
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ガサガサと茂みが揺れる音と共に、ぼんやりと小さな灯りが木々の向こうから近づいてくる。 オレンジ色の暖かな光だ。 「ビリー、そこに誰かいるの?」 オレンジ色の灯火が暗闇の中に微かに声の主を照らし出した。 はじめリチャードはそれを熊かと思った。 しかし熊が灯火を使い人語を喋るわけがない。

2021-05-01 02:53:23
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やがて現れたのは一人の女だった。 オレンジの灯を浴びて艷やかに輝く髪は長くうねっていて、黒曜石のように輝いていた。 一目では女とは思えぬ逞しい体つきをしているが肌は白く、そしてその表情は凛々しくも柔らかい。 「あ!」 リュウは短く叫ぶと女に向かって駆け出した。 「アンナさん!」

2021-05-01 02:56:33
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「…リュウちゃん?まさかリュウちゃんなの?!」 女は驚きに目を丸くした。どうやら彼女こそがリュウが探し求めてきた女狩人らしい。 その証に、女は箙と大弓を背負っている。 リュウは小さな体で女の…女狩人・アンナの広い胸元に飛び込んだ。 「こんなところで…信じられないわ。お父様と一緒に?」 pic.twitter.com/OGKG40PIns

2021-05-01 03:01:38
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「それが…」 リュウは顔をくもらせてこれまでのことを説明した。 「そんなことがあったの…でもそんな危険なことしちゃだめでしょう」 まるで母親が娘を叱るような口調でアンナがリュウをたしなめる。 すると、 「アラー?というとおじょうサンみつにゅうこくしゃデス??」 ガーゴイルの目が光った。

2021-05-01 10:17:31
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「や、がーごちゃんこれは…」 慌ててごまかそうとするリュウに、 「ならおやくしょにいってきちんとざいりゅうきょかしょうをしんせいしてクダサイネー。 そちらのおくさまのサインがあればだいじょうぶデスカラ!」 にこっと愛想よくガーゴイルが笑った。 「おくさん、コセキもってますヨネ?」

2021-05-01 10:20:32
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「ええ、私はこの国の生まれだから。お役所はもう閉まっちゃってるから明日でいいかしら?」 「モチロン!」 どうやら思ったよりすんなり話は進んでいるらしい。 と、アンナがリチャードの方を見た。 「この子をここまで連れてきて下さってありがとう。あなたは街の子?」

2021-05-01 10:23:47
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「はい、郊外のペンドラゴン邸から来ました。田舎貴族の息子です」 少しだけ目を泳がせながらリチャードが答えた。 「そういえばアンナさん、どうして僕らがここにいることがわかったんですか?それにこのオオカミは…」 リチャードはアンナの隣にきちんと座ったオオカミを見て問うた。

2021-05-01 10:26:48
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「実は私は街に出ていたんだけど、森に帰ってくるとき森の入口で楓糖工場の人夫さんにあなた達の事を教えてもらったのよ。でもこの暗さだと道に迷ってるんじゃないかと思ってビリーに探してもらったの」 アンナはしゃがみ込むとオオカミを優しく撫でた。 オオカミはまるで犬のように尻尾を振っている。

2021-05-01 10:34:14
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「この子ビリーって言うの?」 リュウはオオカミ…ビリーの顔を覗き込んだ。 驚いたことにビリーは人によく慣れているのかリュウを見ても物怖じせず大人しくリュウの顔を見上げている。 と、リュウは子豚を抱きかかえ、 「吾輩はブタである。名前はまだない」 子豚をビリーに近づけた。

2021-05-01 10:37:39
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「ぷ、ぷわー!」 恐怖で震える子豚をよそにビリーは大人しくアンナの傍らに座っている。 「子供の頃に怪我をして群れをはぐれた子なのよ、私が治療したらすっかり私のことを親だと思ってくれてね、猟犬の代わりに狩りも手伝ってくれるの」 言われるとビリーは首を伸ばし、子豚の顔をぺろりと舐めた。

2021-05-01 10:42:14
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「だから私が命令しない限り、どんなものにも襲いかかったりしないなら大丈夫よ」 「ほんと?すっげー!」 無邪気に抱き着くリュウの顔をこれまた舐めるビリー。 どうやらこれが彼なりの挨拶なのだろう。 「さて」 ほのぼのした空気をアンナの固い口調が切り替えた。 「今度は貴方を街に送る番ね」

2021-05-01 10:52:44
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アンナがリチャードに向き直った。 「ガーゴイルが付いていても夜の森は危険だわ。私達が郊外まで送るわね」 「いえ、でもそれじゃまた森に戻る頃には…」 慌てて遠慮するリチャードに、 「今晩はリュウちゃんと街の宿に泊まるわ。明日また街に降りて役所に行くよりその方が効率がいいものね」

2021-05-01 19:30:44
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「ほんと?宿屋に泊まるの?」 「そうよ、彼を送って街に出たら、宿で何か美味しいものを食べましょう」 「やった!アンナさんありがとう!」 子豚を抱っこして嬉しそうに小躍りするリュウ。 「あなたもさすがに街の外の道まではわからないでしょ?」 「ハイ、ナニトゾよしなニ…」

2021-05-01 19:33:28
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ペコリと頭を下げるガーゴイル。 「それじゃ行きましょう、これ以上暗くなると本当に危ないわ。ビリー、行くわよ」 「ウォン!」 まるで飼い犬のように返事をして、先陣を切るビリーに一行は続いて街を目指して出発した。 未だ空に微かに残る茜色も、少しずつ闇に染まっていった。

2021-05-01 19:37:13
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「王じ…あ、いや、坊ちゃま!」 屋敷に辿り着いたリチャードを出迎えたのは見慣れた皺だらけの顔と嗄れ声だった。 暗くなった屋敷の前庭に仁王立ちしていたチェーザレが抱きつかんばかりの勢いで飛び出してきた。 「ごめんチェーザレ、すっかり遅くなっちゃって…」 苦笑いするリチャード。 pic.twitter.com/hz7DrtjX04

2021-05-01 19:41:08
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「ガーゴイル共に聞きましたぞ!紅の森なんて、なにゆえあんな辺鄙な場所に…」 「チェーザレ、失礼だよ」 チェーザレはリチャードに言われて初めて彼の後ろに見慣れぬ者たちがいることに気が付いた。 「ご心配おかけして申し訳ありません、この方がこの子を私の所まで道案内して下さいましたの」

2021-05-02 01:21:42
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「なんと!」 チェーザレがただでさえ丸い目を飛び出さんばかりに丸くする。 「そ、そ、それは素晴らしいことですが坊ちゃま!お一人発ちされてすぐにこのようなことになりましたら私は一体伯父上様にどう申し開きをすればよろしいのですか!」 割と本気で泣きそうになって食って掛かるチェーザレ。

2021-05-02 01:27:30
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「ごめんよチェーザレ、これからは気を付けるよ。俺もまだこの街に慣れてないってこと忘れてた」 ばつが悪そうにリチャードは頭を掻いた。 と。 「リック、今日はありがとうな。おっちゃん、大事なぼっちゃん借りちゃってごめんね」 悍ましい顔のチェーザレに物怖じせずにリュウは礼を言い頭を下げた。

2021-05-02 01:30:11
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「は、はあ…」 リュウを見てキョトンとした様子でチェーザレが返す。 「彼女はリュウ、この街で初めて出来た友達なんだ」 「なんと!」 一風変わった娘と足元の子豚、そして背後の大女を交互に見やるチェーザレに、 「吾輩はブタである。名前はまだない」 リュウは子豚を抱き上げチェーザレに見せた。

2021-05-02 01:33:19
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「坊ちゃまのお友達でしたら今から如何でしょう、ディナーでも…」 「ありがとうございます。ですがこの子を送って頂いた上にお食事までなんて…。 私共はこれから宿で一泊して明日役所に用を足し次第森に帰りますの。お気持ちは有り難く頂いておきますわ」 アンナもチェーザレに怖じることなく返す。

2021-05-02 01:39:41
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

森の中から来たというのなら一体どんな野蛮人かと身構えたチェーザレだったが、淑女然としたアンナの物腰に思わず感嘆した。 「それじゃリック、今日はありがとう。今度はもっと早い時間にゆっくり遊びにいらっしゃい。待ってるわ」 「リックまた遊ぼーな!」 笑って手を振るリュウとアンナ。

2021-05-02 01:43:18
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

「わかった、また遊ぼう。約束だぞ!」 リチャードも笑って手を振り返した。 二人の姿が曲がり角に消えるまで、リチャードは二人の背を見送った。 あの日…アンジェロが自分の旅立ちのときにそうしてくれたように。

2021-05-02 01:45:36
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

【Ⅶ】 それから数日が何事もなく過ぎていった。 あれから天気が荒れ模様だったこともあり、数日間リチャードは家のなかで勉強や読書、愛犬スリと遊んで過ごした。 あの後リュウとアンナは無事役所で許可を申請出来たのか、森には帰れたのか、様々なことが頭の中に浮かんでは消える。

2021-05-02 01:50:46
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

思えば産まれて初めて出来た、自分が「選んだ」友達だった。 これまで貴人の子女たちと顔を合わせることも多かったリチャードだったが、腹を割って話せるのは弟であるアンジェロだけだったし、それ以外ではスリくらいしかいない。 それは互いの立場を気にする空虚な「人付き合い」でしかなかった。

2021-05-02 01:53:16
セーリュー(Seiryu) @SeiryuD

でもリュウは違った。 自分の立場を知らないこともあっただろうけど、リチャードは産まれて初めて他人と助け合い気持ちを言葉で交わし合い、そして何かを達成した。 これだけでも王宮を出た甲斐があったと言っていいだろう。 たとえもう一度彼女に会える保証はどこにもなかったとしても。

2021-05-02 01:57:08