会社員×料理人パロ晴道

泥あんこ @V4v7mV9cKzIIWs9

帰宅途中で、ふと路地のような小さな道路があることに気が付いた。ちょうど駅から家に向かう途中である。あの日の夜。疲れきって前後不覚になり迷子になってレストランで食事した夜を思い出した。ここを通ったな。間違いなくあの時の自分は疲れすぎた脳みそがここ通ってみたいと思った。

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人1人が通れる程度の細い道路を進んでいけば、あの日の夜、駅までの帰り道を聞いた際に言われた道まで出て頭を抱えた。あとはこの道の反対側に移動してから少し歩いて、コンビニのある角を左折すれば、あのレストランが見える。この道を右に行けば駅だ。間違いない。

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まさかこんなに近いとは。あのときの自分はどれだけ疲れていたのか。ため息をつきながら、レストランへと歩みを進めていた。確か後輩の紫が言っていたのだ。ランチもやっていると。

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晴「肉定食と、魚定食……」 ランチはこの2点のみ。しかも数量限定らしく、大通りから離れているにもかかわらず、結構賑わっているようだった。晴が看板と睨めっこをしている間にも、昼休み中と思われる女性が次々と店内へ入っていく。どうやら、ランチは女性が多いようだ。

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晴「今日の魚定食は、つぼ鯛のみりん干しに煮物……肉定食は、肉豆腐とサラダ……うーん、どちらも美味しそうですね……」 食べたい。特に魚定食。最近魚はご無沙汰な上に、このつぼ鯛というのも非常に気になる。とても気になるが。 晴「……混んでますし、少し時間を置いてから来ましょう」

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特に今はランチのピーク時間だろう。荷物を置きに帰って、少し休憩してからでいいだろう。そうと決まれば、晴は踵を返した。

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14時をすぎたころ。さすがにこの時間になれば客足も少ないのか、再び訪れたレストランも夜に近い静けさが降りてきている。おそるおそるドアを開けると、夜のメニューを準備していた女性がにかりと笑った。 鬼「やあ、いらっしゃいませ！」 晴「まだランチはやっていらっしゃいますか？」 鬼「ええ！」

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身長が高く、すらりとした肢体の綺麗な女性が空いている席へどうぞと案内する。夜にいつも座る席に腰をおろせば、お冷やとおしぼりを持って女性がやってきた。 鬼「お昼に看板見てたようですが、今日は魚定食は売り切れたので肉定食でいいですか？」 晴「え！？魚定食売り切れたんですか？！」

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鬼「うちは、料理人の魚の目利きがいいもんで、魚定食は人気なんですよ」 晴「……うう、あの時入れば良かった」 鬼「うーん、ちょっと待っててくださいね」 女性は大股で狭い店内を突っ切って、厨房に体を乗り出す。客は晴しかいないので、厨房も忙しいランチを乗り切って一息いれた頃だろうか。

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鬼「道ー！まかない用に残していた僕のつぼ鯛あったよな？！あれ、回してくれ！」 晴「え？！」 鬼「なあ、少し崩れてるけどそれでもいいか？」 晴「だ、大丈夫です！」 鬼「大丈夫だって言ってるから、僕の分のつぼ鯛出してくれ！」

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「ちょうど崩れたのがあって、僕の賄い用だったんだラッキーですね」と笑う女性は料理ができるまでの間、締め作業の続きに入っていた。恐らく夜に使うメニューだろう。丁寧に1ページずつ拭き上げている。 道「……おや、まさかお昼にも来ていただけるとは。いらっしゃいませ」 晴「……どうも」

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厨房から定食を持って出てきたシェフにぺこりと頭を下げる。本当に申し訳ない。恐縮していると、女性が大股で店内を横切って、表からランチメニューが載った看板を裏へと持って行った。 晴「終わり間際にすみません」 道「いえいえ、むしろありがたいことです。仕込みが無駄にならずに済みました」

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道「今日の魚定食は鹿児島県産のつぼ鯛のみりん干しです。副菜は茄子の煮物。本日の味噌汁はなめこと長ネギですぞ」 晴「と、とても美味しそうです……！」 鬼「このみりん干しは道のお手製なんだが、絶品だぞー？僕の大好物なんだ」

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焼き魚に味噌汁、煮物だけかと思いきや、箸休め的な酢の物まである。いただきますと手をあわせれば、女性はにこにこと笑いながらカウンターに腰掛けた。 道「鬼殿、今日賄い食べていく時間はありますか？」 鬼「ああ、急ぎの仕事は入ってないから全然食べるぞ。レジ締めだけはお前に任せてよいか？」

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女性がエプロンを脱いでから、カウンターの上に次々と書類をだしていく。鞄の中から電卓まで取り出した。 道「よろしければ、こちらを」 晴「え？」 道「本日の肉定食についてた卵と、肉豆腐の煮汁です。煮汁を卵と混ぜて卵かけご飯にすると美味しいですよ」 晴「絶対美味しいやつ……！」

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鬼「ああーー！道、煮汁まだあるのか？！僕も食べたい！」 道「ありまする！もう、全くあなたは……まだお客様がいらっしゃるのですぞ？」 鬼「いやぁ、すまんすまん。お前の料理となると目がなくてのぉ」 道「はいはい。……騒がしくて申し訳ございませぬ。うちの店長が」 晴「いえ、全然……店長？」

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道「こう見えて当店の店長です」 鬼「店長だ！元々道の知り合いでな。店を開きたいとのことで、僕がちょうど空き店舗を持ってたので貸してるんだが……料理人は料理に専念した方がいいから、僕が店長ってことでやっている」 道「雇われ料理人やっておりまする」

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鬼「……というか、この店。夜に客がくるんだな」 道「来ますぞ。確かにランチに比べれば微々たるものですが、常連客もきちんとおりまする。というか、ちゃんと収支報告書あなたに提出してますが？」 鬼「紙面上で見るのと、実際目で見るのとでは違うだろぉ？」 道「はいはい、まかないできましたよ」

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鬼「お、今日のまかないはとんかつか！いただきます！」 道「あ、あなたもよろしければどうぞ。まかないの余りなので1つで申し訳ございませぬが」 晴「え？！こんなにいただいていいんですか？」 道「ええ、よろしければ仕込み分の消費にお付き合いいただきたく」 晴「い、いただきます……」

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それは小さな俵型のとんかつで、一目見ただけではとんかつとわからない。さくっと噛めば、口の中にチーズの塩気が広がった。 晴「んんんっ？！」 道「豚バラ肉でチーズを巻いたチーズとんかつです。残った肉を使ったので数がなく、まかない用にいたしましたがお味はどうですか？」 晴「美味しいです」

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道「それはようございました」 鬼「道、おかわり。卵かけご飯まだあるか？」 道「ありませぬ！煮汁は売り切れにございますれば！目玉焼きを作ってあげまするゆえ、もう少しお待ちなされ」

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仲がよいのだろう。賑やかな2人を眺めながらのランチは、いつも1人で静かに食べるランチより楽しかった。 晴「え、このみりん干し、めちゃくちゃ美味しい……！」 甘めの味が、脂ののった身に程よく馴染んでいて、噛めば噛むほど魚の旨味が染み出してくる。

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熱を通すと、どうしても身が固くなるはずなのに、このみりん干しはほろほろと柔らかく、皮目の少し焦げた香りが更に食欲をそそる。 道「つぼ鯛という名前ですが、タイ科ではなくスズキ科です。見た目が余りよろしくないゆえ、味は良いのですが一般流通に乗るのはとても少ない魚にございまする」

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新鮮なら刺身も美味しいんですけどねぇと笑うシェフに、晴はわずかに目を見張った。 晴「とても美味しいです」 道「ようございました。ご飯のおかわりはいかがです？」 この日も晴はご飯をお代わりした。