『同期のYさんは』の監督生視点ですが、これだけでも読めるようになっています。cp要素ありだけどほとんど無いに等しい監督生の一人語り。お相手は特に想定していないので、好きな方を当てはめて頂けたらと思います。モブの主張が強めな幻覚そうめんです。補足+書きたいところという内容なので、とても長くなってしまいました。
0
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

これから話すことは、夢物語と思って聞いてほしい。唐突に脈絡もなく話し出した私を驚いたように見て、しかしMさんは一つ頷いて続きを促した。優しさに甘えた私は、過去に体験した別世界でのこと全てを話した。Mさんは時々頷いたり目を丸くするだけで、何も言わずに最後まで聞いてくれた。

2020-06-24 16:09:03
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

その世界が好きなんだね。話終わると、Mさんがそう言った。嘘だなんだと言う訳でも、驚いて変な目で見る訳でもない。Mさんは静かに微笑んでいた。真偽は関係なく、ただ真っ直ぐに、私の愛した世界があったという事実を受け止めてくれたのだと分かった。優しい……どこまでも優しい人だ。

2020-06-24 21:20:56
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

目頭が熱を持つ。視界がぼやけた。しかし薄布を挟んだ世界の先にいるはずのMさんが、今ははっきりと見えていた。涙が布を溶かしたのか。それとも最初から布なんてなかったのか。おしぼりを掴んでオロオロとするMさんを、今までにないくらい近くに感じた。

2020-06-24 22:24:33
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

信頼どうこう以前に、ずっと前からMさんは大切な人だった。そう気付いた時には全てが遅かった。後悔は先に立たず。全くその通りだ。身勝手に深入りしない関係だと決めつけ、ずっと都合よく接していた私は、その存在の大きさに甘え続けていたのだ。

2020-06-24 22:24:34
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

私は泣くことしかできなかった。それが歯がゆくて仕方がなかった。もっと話したい、もっと聞きたいことがある。そうは思っても、私にはできない。私はこれから、目の前いる大切な人を捨てなければならないからだ。もうひとつの世界にいる、大切な人に会うために。

2020-06-24 22:24:35
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

全部、夢物語だと思ってほしい。妙な話を聞いた、くらいに思ってほしい。最初に言った言葉を繰り返す。夢物語にしてしまえば、どんな負担でも消せるのだ。薄情な人間の涙を、どこまでも優しい人に押し付けたくはなかった。せめてもの償いになれば。そう思うしかなかった。

2020-06-24 22:52:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

その後Mさんと別れてから、どうやってホテルに帰ったかの記憶が無い。気付いたらベッドの上で眠っていた。唯一覚えているのは、ひたすらに泣いて変なことを言いつつ謝ったことと、背中を摩る暖かい手の感触だけだった。明日、色々な意味で謝らないと。そう考えながら、私は再び目を閉じた。

2020-06-25 13:21:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

目覚めると、まだ早朝だった。重い頭を上げ、シャワーを浴びるためにゆっくりと起き上がる。動いていくうちに、数時間前の記憶がじわりと蘇ってきた。あまりにも酷い泣き方だったと思う。そんな後で、Mさんと会うのは少しだけ恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちがした。

2020-06-25 13:21:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

身支度を整えて、壁に設置された鏡を見た。少しだけ目元は赤いが、いつもと変わらない顔。髪も服も、乱れたとこはない。数日前から鏡にも現れるようになったあの人の姿は、今はどこにもなかった。きっと眠っているのだ。おやすみと呟きながら鏡をひと撫でし、私は部屋を後にした。

2020-06-25 13:21:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

会社に着くと、Mさんも丁度出社したところだった。昨日のことについて謝り倒す私に、Mさんは気にするなといつものようにからからと笑った。ほっとしつつ、いつの間にかずり落ちていた鞄の紐を肩にかけ直すと、中からガサガサとした音が鳴る。そうだ。これを忘れてはいけない。

2020-06-25 13:21:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

昼の休憩中、私はMさんに例の本を渡した。どうしてと聞くMさんに、どう答えようかと悩む。渡すことばかりが頭にあって、理由を考えていなかった。少し迷って言ったのは、大切な相棒を受け取ってほしい、とだけ。色々と思うところはあったが、やはりこれに尽きるのだった。

2020-06-25 13:21:24
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

退職当日。大きな花束を貰い、門出を祝われる。送迎会は。今度遊びに行こう。沢山話しかけられた。都合で送迎会は行けない、時間があったらどこかにでも遊びに。そんな風に答えた。こんなにも多くの人々と接していたのだと、今更身に染みてくる。薄布を挟まない世界は、捨てるには温かすぎた。

2020-06-25 13:21:24
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

その中で、Mさんが目元を指で軽く抑えてぱちぱちと瞬きしている様子が目に入った。不思議そうな顔をしているが、私が見ていることに気付くと、何事も無かったかのように手を振る。塵が入ったのだろうか。怪我などしていなければいいが。

2020-06-25 13:36:10
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

夜。片手には花束と色紙、もう片手にはキャリーケースを引きずって私は歩いていた。やり忘れたことはないかと反芻を重ねつつ、向かう先は外回りでよく行っていたオフィス街。すれ違う人は皆疲れた表情でこちらを見た。その流れに逆らうようにして進む私は、どこか異質だったが、悪い気はしなかった。

2020-06-25 14:14:59
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

カァ、と頭上から鳴き声が聞こえた。上を見ると、電線の上には一羽のカラス。またひとつ鳴き、カラスは飛び立った。追いかけるように歩き出す。カラスはゆっくりと飛んでいる。進んでいくうちに、すれ違う人はどんどん少なくなっていった。

2020-06-25 14:21:04
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ついに誰ともすれ違わなくなった時、私はある場所に辿り着いていた。綺麗に整備された広場のような場所。中央には大きな鏡のオブジェ。周りに点々とあるベンチには誰も座っていない。カラスを追いかける形にはなったが、当初から目的地としていた場所に辿り着けてよかった。

2020-06-25 14:28:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

そのオブジェでも一際大きい鏡の前にカラスはいた。カァと一声鳴くと、周囲に羽音が響き、10羽ほどのカラスが空から飛んできてそれに合わさっていく。黒い羽が舞い散る。思わず目を瞑った。少しすると静かになり、ゆっくりと瞼を開けた。目の前には、昔に見慣れていた長身の男。

2020-06-25 22:40:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

本当にいいんですね。確認するように男は言った。今更だ。ずっと私がこの世界から消える準備をしていたのを見ていたくせに。皮肉るようにそう言うと、男は金色の瞳を三日月形に歪めた。それでも心変わりということもあるでしょう?だから確認したまで。私、優しいので。 ……相変わらずのようだ。

2020-06-25 22:40:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

さあ、お待ちかねの人ですよ。男が鏡に手を向けると、写った景色が揺れた。どろりと波打ち、その中心から指が出てくる。次は腕、次は脚。身体。最後に頭。するりと出てきたその人は、ガラス越しに見るよりも大人びていて、身長は記憶にあるよりも随分と伸びていた。

2020-06-25 23:22:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

どちらとも言わずに近付く。現実ではないような気がして、じっと見ては恐る恐る腕を触ったり、服を摘んだりした。彼は困ったように笑っている。その顔を見ている内に、いつの間にか私も笑っていた。先に行っていますよ、あとはごゆっくり。そう言って私たちを後にし、男はすっと鏡の中に入っていった。

2020-06-25 23:22:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

鏡に消えていった後ろ姿に、何年も前に聞いたことを思い出す。“もしまたこちらに来るようなことがあれば、あちらの世界であなたに関することはほとんど消えてしまうでしょう。世界は整合性を保とうとする働きが大きい。イレギュラーが重なると、そういうことについてが一番歪みますからねぇ。“

2020-06-25 23:36:25
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

その覚悟は出来ている。そうでければここに立っていない。大切な人を捨てる覚悟、唯一の人たちから存在を忘れられる覚悟、この世界で紡いだ「私」という存在を消す覚悟。後悔が無いわけじゃない。それでも全てを抱えて、私はあの世界に行く。目の前の彼が生きる、魔法の世界へ。

2020-06-25 23:49:46
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

彼が私の顔を見て、ひとつ頷いた。私も頷き返し、キャリーケースを鏡の向こうへ投げ飛ばした。笑い合いながら、えいとその胸に飛び込む。勢いのあまり、もつれるように二人で鏡の方へ転がり込む。世界を越える瞬間。抱えた花束のむせ返るような匂いと、彼の体温だけが私の腕の中にあった。

2020-06-26 00:04:59
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

どこか、ずれているような気がしていた。あの日、あの時、この世界に戻ってから、世界との間に薄布を挟んだような、そんな感覚が体から離れなかった。 けれど世界は、痛いほどに明るく澄んでいた。ずっと私を包んでいたのだ。ただ、それに気付くのが遅すぎただけだ。

2020-06-26 00:34:27
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

せめて、別れを告げた全ての人の幸せを祈ることだけでも許してほしい。そしていつか、再び会えることがあったならば。また私と笑いあってくれないだろうか。 私が愛した全ての人へ。 願わくば、幸多き人生を。

2020-06-26 00:34:28