『同期のYさんは』の監督生視点ですが、これだけでも読めるようになっています。cp要素ありだけどほとんど無いに等しい監督生の一人語り。お相手は特に想定していないので、好きな方を当てはめて頂けたらと思います。モブの主張が強めな幻覚そうめんです。補足+書きたいところという内容なので、とても長くなってしまいました。
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ふちゅん @Tdhutyun3Vp

つぃ~~~~すてぃ 監督生が元の世界で過ごしていく話 ※一人称「私」 しかし監督生の性別は不明 ※喋らないモブの存在がでてくる ※全てが概念 どこか、ずれているような気がしていた。あの日、あの時、この世界に戻ってから、世界との間に薄布を挟んだような、そんな感覚が体から離れなかった。

2020-06-21 23:15:44
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

私は普通の高校生だった。朝だるい体を起こして学校に行き、授業は真面目に受けるが、ノートには落書き。放課後に友達と冗談を言い合っては、家に帰ってゲームのイベントクエストを消化したり。夜は暖かい食事を食べ、風呂に入ったら課題を片付けて眠る。平々凡々、正真正銘の普通な高校生だった。

2020-06-21 23:23:02
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

そんな「普通」の高校生の日常は、いとも容易く崩壊を告げた。不意に目覚めた先の世界、魔法、知らない顔。度重なる出来事と、刺激に溢れた日常ではない何か。どこまでもイレギュラーなことに、いつの間にか私は「普通」ではなくなっていた。

2020-06-21 23:29:14
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

元の世界に戻り、時が経っても壊れた「普通」は直らなかった。今まで何を考えることもなく送っていた平凡な日常に、平凡な生活。ずっと繰り返してきたはずのこれらよりも、どうしても、あの魔法の世界で身に染み込ませた空気を吸いたくなっていたのだった。

2020-06-21 23:45:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

「普通」が壊れた私は、様々な出来事全てが霞がかって見えるようになった。まるで古い映画を見ているような、白くぼやけたスクリーン越しに景色を見ているような気分だった。けれど、夢のような世界の記憶だけは鮮やかに色付いていた。

2020-06-22 00:01:00
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ある時、私は一冊の本を買った。出先の書店へ何気なく入り、ほとんど衝動買いのような形で購入した。それは、分厚い装丁の単行本で、ざらりとした紅い紙の手触りが特徴的だった。背表紙には金色の文字で『グリム童話』と書かれている。懐かしい、黒毛の生き物の姿が見えたような気がした。

2020-06-22 00:08:09
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

買ったその日から、私は本に書き込みをするようになった。文章を読んではマークを書いたり、ラインを引いたり。時にはイラストを描いたりして、自分の記憶にある彼らの姿を本の中へ写していった。文字と余白だけの空間は、次第に私の書いたもので埋め尽くされていった。

2020-06-22 00:21:54
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

本を読み終える頃、またはほぼ全てのページに書き込みがされた頃。私は新しく数冊の本を買った。それは不思議の国の物語であったり、千夜一夜の物語であったり、人形の物語だっりもした。そして、つい手に取ってしまったのが動物の写真集。ライオンはネコ科だっただろうか。ハイエナは、オオカミは。

2020-06-22 00:39:33
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

私はイヌ科のページがお気に入りだった。そこにはオオカミが載っていて、銀の毛並みや鋭い目に、かつて見たことのある姿が思い出された。それと同じくらい、ライオンとハイエナのページを行ったり来たりした。すると、それぞれの丁度真ん中ほどにあったイヌ科のページに癖がついてしまっていた。

2020-06-22 00:50:10
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

私は本を持ち歩くようになった。主にそれは最初に買った『グリム童話』の本だった。記憶の中で薄れていく、獣を乗せた肩の重さ。互いを片割れとして、常に側にいた存在。それらを擬似的にでも感じたかったのだ。

2020-06-22 01:15:49
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

時々、持ち歩く本を変えた。いずれも以前に買った、不思議の国の物語や写真集だった。トランプカードをテレビで見た日、雑誌で砂漠の国の特集を読んだ日など、小さなきっかけからふと手に取り、日がな眺めていたくなるのだった。そういう日は鞄に入れ、時間がある時に取り出して読むのが常だった。

2020-06-22 01:28:50
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

本を持ち歩くようになってから数年。私はもう、高校生ではなくなっていた。世間一般に言われる「大人」になったのだった。長いような短いような。そんな気持ちだった大学生活も終わり、採用された企業の新入社員として、本格的に社会活動をスタートした。未だ、世界とは薄布で隔てられていた。

2020-06-22 01:43:44
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

慣れないスーツに慣れない通勤。慣れない仕事に慣れない生活。そんな日々も過ぎていき、気付けば私は新入社員ではなく、若手と呼ばれる微妙な立ち位置にいた。けれど別段変わったことはなく、少しだけ仕事ができるようになったかどうかくらいの変化だった。失敗も成功も、なぜか他人事のように見えた。

2020-06-22 17:22:37
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

しかし仕事をしていく中で周りから反応を貰うと、どこか安心する自分がいた。やはり生まれ育った世界と隔てられる感覚は堪えていたのか。私は以前にも増して仕事をこなすようになった。それでも、頭の片隅にはかつて過ごした別世界の情景が離れることはなかった。色鮮やかに、染み付いていた。

2020-06-22 23:13:30
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

そんな日々でも、何も無かった訳ではない。ある時は社内の痴話喧嘩に巻き込まれたり、ある時は取引先の担当が被っていたカツラを吹き飛ばしてしまったり。嫌味な上司には、差し入れと称してキノコの詰め合わせを押し付けたり。そんな出来事があった日は、曇った空が晴れるような心地がした。

2020-06-23 04:23:11
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

同期のMさんは、その話題が出る度に私のことを面白い人だと言った。毎度からからと笑い、楽しげに話す様子は無邪気な子供のようだ。私はそんなMさんに、かつての友人たちの姿を重ねていた。下らないことで騒ぎ、はしゃぎ、励まし合った彼ら。Mさんは、何故かその面影を感じてしまう人だった。

2020-06-23 04:45:49
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

元々の馬が合うのか、それとも友人の面影を重ねられるせいか。Mさんは同期の中でも特に親しい人だった。同じ部署に所属していた為、一緒に行動する機会も多く、仕事終わりによく酒を飲みに行ったりもした。けれど、どんなに仲良くなっても、Mさんは決して深入りなことは聞かなかった。

2020-06-23 13:23:18
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

例えば、常に分厚い本を持ち歩くというあまり一般的ではないことに対しても、好きなんだという一言で話を収めたり。タコ料理を積極的に食べないことに対して、居心地が悪い気分になるなどど妙な言い訳をしても、そうなのかと言って終わったり。私は、そんなMさんの距離感が心地よかった。

2020-06-23 13:23:18
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ある意味、私は幸せだったのだ。煌めく魔法も、押しつぶされそうなほど大きい刺激も無い、穏やかに流れる月日。 友人と呼べる存在と、少しの懐古。人として生きるために必要なもの、大切なもの全てを、私は得ていたのだから。 しかし、その日はやってきた。かつて棺に入れられた時のように、突然。

2020-06-23 13:54:41
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

昼下がり。Mさんと一緒に外回りへ出ていた時のこと。ガラス張りのオフィスが立ち並ぶ中、私たちは他愛のない談笑をしつつ歩いていた。ふと、視界の隅に何かが映りこんだ。思わず足を止め、ガラス張りのオフィスの方を見る。息が詰まった。そこには私の映る姿に重なるように映り込む、彼の人の姿が。

2020-06-23 14:12:20
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

体の芯に熱湯を流し込まれたような感覚。心臓は早鐘を打ち、頬に季節外れの汗が伝った。ガラスに映るその人は目を大きく丸め、忙しなく口を動かして何か言っているように見える。何を、何を言っている。そうして一歩、ガラスの方へ近付こうとした時、肩に何かが触れた。はっとして息を吸い込む。

2020-06-23 14:27:48
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

振り返ると、Mさんが心配そうな表情でこちらを見ていた。肩に触れたのは、Mさんの手だった。汗が、と言ってハンカチが差し出される。具合が悪いのかと聞かれるが、私はぎこちなく首を横に振るので精一杯だった。もう一度ガラスの方を見ると、あの人の姿はどこにもなかった。

2020-06-23 14:27:48
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

これ以来、私はガラス窓やショーウィンドウのような物をよく見るようになった。元の世界に帰ってきてから、鏡のような類の物を見るのは苦手としていたにも関わらずだ。自分の姿しか写さない銀や透明色の、特に大きなものは見ることだけでも苦痛なはずなのに、今では不思議と目が向いていた。

2020-06-23 15:25:54
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

相変わらず大きな鏡を見ることはできなかったが、確実に自分の姿を写す物へ向ける時間は増えた。鏡の類が苦手だと唯一知っているMさんが、時折心配そうな視線を向けてくることに気付き、それに申し訳なさを覚えつつも、私は自分の行動を抑えることができなかった。

2020-06-23 15:25:55
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ある時から、ガラスの先を見る私の目にカラスが写るようになった。都会の、高層ビルで区切られた青空の中に、普段はその姿さえも見つけ出すことは難しいはず。しかし、日を追う事に一羽二羽と増えていった。どこか見覚えのあるような風貌のそれらは、ゆっくりと旋回をしては何処かに去るのを繰り返した

2020-06-23 15:52:05
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

カラスの数が大分増えた頃。それらは私の目にしか写っていないことが分かった。きっかけはMさんだった。仕事の休憩中に、昼食も食べないでどうした、と尋ねられたのだ。カラスを数えていたらつい。そう答えると、Mさんは僅かに目を見開き、今日はいないようだが大変じゃないか。そう言った。

2020-06-23 16:12:13
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

マイブームだ、けれど今日は1匹もいなくて、と苦しい言い訳をする。やはりMさんは深く追求してこなかった。混乱した思考にはそれがありがたかった。そんな私をよそにして、カラスたちは空を飛び続けていた。彼らがこの世界のものではないと私が気付いたこともお構いなしといった風だった。

2020-06-23 16:40:26
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

カラスは増え続けた。休日、なんとはなしに部屋から外の景色を見る。もう10羽は越えただろうかと思った時、そのうちの一羽がベランダの淵に足を留めた。艶やかな黒羽、一際大きい体、鋭いくちばし。じっとこちらを見る瞳は、金色だ。見覚えのあるその色に、気付いたら立ち上がって窓を開けていた。

2020-06-23 18:58:19
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

もう少しで繋がる。聞き覚えのある声でそう言って、カラスは再び空へと飛び去った。強い風が吹く。目を細めて瞬きをすると、カラスたちの姿はなくなっていた。立ち尽くしたまま言葉の意味を考える。繋がるとは。もう少しで。徐々に脳内で理解されていく。意味を完全に把握する頃、私は泣いていた。

2020-06-23 19:07:51
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

その日のうちから私は準備を始めた。会社への有給申請、両親への連絡、マンションの解約手続きの問い合わせ。他にも色々なことをやっていると、いつの間にか夜中になっていた。有給はもぎ取るような形になってしまったが仕方ない。明日、私は実家に帰ることにした。幸いにも、新幹線の席は空いていた。

2020-06-23 19:22:34
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

突然の帰省に両親は驚いていたが、何も言わずに出迎えてくれた。久しぶりの実家に、胸がくすぐったかった。一緒にだらけてみたり、テレビのチャンネルを無造作に変えたり、なんてことのない会話をしたりと、全てを忘れて過ごした。唯一の場所、唯一の人たち。そこで過ごした記憶を、私は刻みつけた。

2020-06-24 00:21:12
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

次の日。私は自分の部屋の整理をした。ゴミ袋をもらって、ありとあらゆるものを燃えるゴミと燃えないゴミに分けていく。あまりにも急なことに両親は訝しんだが、断捨離だと言うと何も言わなくなった。その日の終わり、部屋にはベッドと机、いくつかのダンボール箱を残して何も無くなった。

2020-06-24 00:21:13
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

2,3日が経ち、実家を離れる日となった。駅まで送ってくれた両親にありがとうと伝える。さようならと言えるのが1番よかったのだろうが、私にはそれが出来なかった。もごもごと言い淀む私に、両親はただ一言、行ってらっしゃいと言った。それに私は、行ってきますとだけ答えた。他には何も言えなかった。

2020-06-24 00:21:13
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ぎゅっと二人を抱き締める。いい大人が恥ずかしいだろうが、そんなのは関係なかった。これが最後なのだ。私という命を繋いでくれた人。その体温を感じることができるのは。どれだけそうしていただろうか。スマホのバイブが鳴り、新幹線の搭乗時刻が迫っていることを知らせた。

2020-06-24 00:21:14
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

行ってきます。またそう言って、今度こそ私は二人に背を向けた。振り返ることができなかった。この時両親はどんな表情をしていたのか、確かめる術は無い。

2020-06-24 00:21:14
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

帰省から戻り、私はやりかけの物事を再開した。まずは実家でやったように、部屋中の整理。元々、そんなに物がある方ではなかったので、夜になる頃には各種大量のゴミ袋と、片付けた途端に生活感の無くなった部屋が出来上がっていた。次の日には大量のゴミ出し、マンションの解約手続きの準備をした。

2020-06-24 00:35:23
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

すっきりしすぎた部屋にあるのは、ベッドと備え付けのクローゼット、テーブルとその上に置かれた何冊かの本だけとなった。何やかんやとして疲れた体をベッドに落とし、何をする訳でもなくじっとテーブルに置いた本を見る。どうしても捨てることの出来なかった物だった。

2020-06-24 00:35:24
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

特に分厚いグリム童話の本は、この世界での相棒と言っていいものだった。肩の軽さに寂しいと思った時、彼らのことを思い出そうとする時、眠れない夜があった時。ずっと傍らにあったのは、その本だった。しかし、私はもうすぐかつての相棒と呼んだ片割れと出会えるのだ。なら、この本はどうすれば。

2020-06-24 01:04:55
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ふと、Mさんの事を思い出した。いつもからからと笑う、朗らかな友人。決して深入りはしてこず、それでも心配そうにしていた優しい人。気付けば私は、いくつも自分の事をMさんに話していた。タコ料理が苦手なこと、鏡を避けていること、ファンタジーものが好きなこと。本当にいつの間にか、だった。

2020-06-24 01:04:55
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Mさんにこの本を預けたい。自然とそう思った。自分でも驚くほどするりと出てきた考えだけれど、この上ないほど納得がいくものだった。知らない間に私は、Mさんに大きな信頼を寄せてしまっていたようだ。あんなにも互いに深入りしない関係性を好ましく感じていたのに、随分と身勝手なことだ。

2020-06-24 01:32:02
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

本のアテが思いついたところで、私に残ったのは辞表を書くことくらいだった。ベッドから体を起こして立ち上がり、数少ない道具類を用意してテーブルに置いた。ネットで検索をかけて、テンプレート通りの文言を用意した書いていく。一身上の都合により。異世界に行きます。……紙は破り捨てた。

2020-06-24 01:43:32
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

次の日は上司に退職の旨を伝えたり、溜まっていた仕事を片付けたりと、どこか忙しい日だった。お供の本は、この日から写真集になった。しかし開くのはイヌ科ではなくネコ科のページ。そこに写っているのは、青い瞳の黒猫。ほんの少しだけ、肩に乗せていた重さを思い出せるような気がしたのだ。

2020-06-24 02:09:32
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

常に持ち歩いていた分厚いグリム童話の本は、ずっとテーブルの上に置いたままだった。Mさんに預けようと決めた時から、不思議と執着が無くなってしまったようなのだ。ふつりと体から離れたことで、その本は私の相棒であり、加えてこの世界で生きた証としての分身になったようだった。

2020-06-24 02:09:32
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

カラスは、というと、1度だけ話しかけられてから姿を見なくなっていた。何となく、私の準備が終わるのを待っているのだと思った。きっと、準備が終わったらまた現れる。私、優しいので。そんなことを言いながら。

2020-06-24 12:06:50
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

仕事の引き継ぎ準備もできた頃、私は上司に退職届を提出した。よく分からない顔をして、上司はそれを受け取った。その日のうちに、私が退職をする話が部署内に伝わった。色々な人に話しかけられた。一身上の都合と茶化した風にして、それ以上は話さなかった。Mさんだけは何も言わなかった。

2020-06-24 12:06:51
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

約1ヶ月の間、私は仕事の引き継ぎや取引先への挨拶、残った家財の処分諸々を済ませていった。マンションも立ち退き、退職まで暫くはホテル暮らしになった。その間、ガラスなどに映る自分以外の姿はどんどん色を濃くしていき、ついには向こう側にいるのではと錯覚を起こしそうなほどはっきりしていった

2020-06-24 12:06:51
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

こんこん、と指で境目をノックする姿。静かにこちらを見る瞳。薄らとした影は色彩鮮やかに、私の世界と重なった。その時が近い。言われなくても分かるほど、その人の存在をガラス越しに感じた。もう少し待っていてほしい。そう伝えるように、手のひらをガラスに押し付けた。退職は3日後に迫っていた

2020-06-24 12:26:25
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

退職の2日前。仕事の引き継ぎ作業が全て終わった。私が担当していた仕事はほぼ全てMさんが引き継いだ。仕事を増やして申し訳ない気持ちと、Mさんに任せられる安心感があった。休憩中、二人で昼食を取りながらその話した。任せてくれと笑うMさん。連られて私も笑った。笑いが収まり少しの間が流れる。

2020-06-24 12:43:16
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ぽろりと、私の口から言葉が零れた。それは退職の理由だった。世界を追いかける。それで仕事を辞める。自分でも要領の得ない、よく分からない言葉。少しだけ口を閉ざしたあと、Mさんはいつものようにからからと笑った。やっぱり面白い人だ。そう言って、何も聞いてこなかった。やっぱり優しい人だ。

2020-06-24 12:43:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

その夜はMさんと飲みに行った。いつもの店で、入社した時のことや辛かった時のこと、楽しかった時のことを話した。酒は進み、私は酔った。珍しいと水を差し出すMさんは、困ったように眉を下げて笑っている。なんだかそれがこそばゆくて、話題を逸らすかのように私はまた口を開いていた。

2020-06-24 16:09:00