異文化探訪ファンタジーです。
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楠羽毛 @kusunoki_umou

異文化探訪ファンタジー「トンネルの向こうの異世界」。毎週金曜日夜8時にツイートを追加します。 ツイートまとめ(mint) min.togetter.com/hGA6tq1 ↓下記ではすでに完結済 小説家になろう ncode.syosetu.com/n3934fc/ bookwalker bookwalker.jp/de4ffe9b4c-e57… pic.twitter.com/8VFakTpvCX

2021-03-05 20:00:06
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楠羽毛 @kusunoki_umou

1 リールー  惑星ロガー。太陽系から21.4光年。  火星基地から50数回のジャンプを経て、ようやく辿り着いた、相棒の故郷。 「……これは、」  上空1200メートルを巡航するミニ・ボートの操縦桿を握りつつ、ケイはつぶやいた。    火星で、小惑星帯で、シルヴァで、砂漠の惑星ギドン

2021-03-05 20:00:08
楠羽毛 @kusunoki_umou

で、  いくども死闘をくぐりぬけて、愛機を失ってまで。  こんな星に━━ 「……こんなふうなのか、ロガーは、」 「いいえ、」  リールーは、うつくしい顔をゆがめて首を振った。水晶色の瞳に、きらりと涙がみえた。  ケイは首をふって目をふせた。自分のことばかり考えていた。リールーにとって

2021-03-12 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

ここはふるさとなのだ。 「ちがいます。これは……」  地平線の端から端まで、見渡すかぎりの紅い荒野。まるで火星の未開拓地のよう。  文明の気配はおろか、動植物も、水さえ。 「あれを……、」  リールーが、強化クリスタルの床をみおろして、青い人差し指をすっとつきだす。  とおい地表に、何

2021-03-19 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

かをみつけたようだ。  地球人のケイには、何も見えない。 「ここか、」  操縦席右側のキイを操作して、カメラの映像をメインディスプレイに大写しにする。  拡大。リールーの目線をうけて、さらに、拡大。  固まった岩石漿になかば埋もれた、四角い塔のようなもの。たぶん、大きな建造物の一部━

2021-03-26 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

「……あれは、ロケット基地です。わたしが、火星へゆくときに使った……」  リールーの声はふるえていた。 「じゃあ、ここが首都……」 「……わかりません」  陰鬱な会話、それから、タイトル。   * 『惑星ロガー』  十二年前の夏、日曜の朝に放送されていた、特撮番組である。  最終回の

2021-04-02 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

日、裕太は畳の上に正座して、くいいるようにして見た。  けれども、どうしてか、ラストシーンだけがどうしても思い出せない。    なんども、なんども、夢にさえ見たはずなのに。   * 「如月さん━━如月さん!」  どんどん、とドアを叩く音。  まだ八時半だ。裕太は、のそのそと布団から

2021-04-09 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

這い出して、脇に転がしてあったジーパンをはいた。築27年の学生向けワンルーム。床に転がっているのは昨日脱いだものと鞄くらいだが、棚とテーブルの上は山のように散らかっている。  枕元からセルロイドの眼鏡を拾って、かける。これがないとほとんど何も見えない。寝癖を直そうと頭に手をやって

2021-04-16 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

、あきらめる。あけっぱなしのバスルームに目をむけて、ちらりと鏡を覗く。いつもの、さえない顔。ちびで、痩せっぽちの身体。 「はい、」  眠い目をこすりながら、ささくれ立った木製のドアをあける。  黒い背広をきた男がいた。郵便配達のような肩掛け鞄をして、四角い名札を首にさげている。  市

2021-04-23 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

役所の、企画課。 「如月裕太さん、ご本人ですね。」 「そうですが……」 「これを。……召喚状です。」  右手に持っていた封筒を、さしだす。そっけない官製封筒。閉じ目には四角い印影。 「しょうかん?」 「どうぞ、ご確認ください」  わけがわからないまま、受け取り、指で封を切る。開け口がや

2021-04-30 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ぶれてびりびりになる。  中には、三つ折りにされたA4の紙が2枚、入っていた。  一枚は、まだら模様の入った青いマット紙。  もう一枚は、普通の再生紙で、びっしり細かい文字で埋まっている。  青い厚紙を、広げてみる。筆で手書きしたものの複製か。大きく、これだけ。  如月雄太殿  曇天国

2021-05-07 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

より  血の盟約により、汝を召喚す 2 景 「……ですから、次回までにこの本を読んで、レポートを書いておくように。欠席者には、誰かが伝えてあげて下さい。今期の単位は、……」  社会学入門。教養課程で興味本位でとっただけだから、あまり真面目に受ける気はない。それでも、一応ノートはとる

2021-05-14 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

。  黒板に記されている、書名と出版社名をメモしながら、ふと、手がとまる。  目線が、なんとなく黒板からはなれる。  いつのまにか、少し違うところを鉛筆が動いていた。  女の顔。  いや、女ではない。ロガー人に性別はないからだ。しかし、地球人の女に似ている。  ただ、すきとおった青い

2021-05-21 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

肌と、二本の大きな角、それから額に大きなくぼみ。  あとは、人間と同じだ。大きな二重の目に長いまつげ、小さな唇。  故郷をはなれて火星に流れついた、異星人。  もちろん、そっくりには描けない。  絵をちゃんと描いたことなんかないのだ。  とにかく、目から描きはじめる。輪郭、鼻、口、角

2021-05-28 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

……  首から上ができたところで、ふと、隣からの目線に気づく。  隣にいるのは、景。木下景。  あわてて、落書きを消す。  なぜだかわからないが、そうした。   *  景は、うつくしい女である。  たぶん、だれもがそういうはずだ。はっきりと聞いたことはないが。  背が高すぎるという者

2021-06-04 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

もいる。裕太はあまり気にしたことはないが、向かいあうと、自分より10センチは高い目線に、とまどうこともある。そのせいかどうか、ヒールのある靴をはいているのを見たことがない。  きれいな黒髪を、いつもはそのまま垂らしているが、絵をかくときだけは縛る。絵筆を握るところを何度か見たが、

2021-06-11 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

とても真剣な目をしていた。  それから、きれいな爪。  それから── 「また、ぼうっとして」  景はもう立ち上がっていた。 「ごめん、」  謝って、ノートと筆記用具を鞄につめこむ。  もう、と小さくつぶやいて、景はそっぽをむいた。  一緒に、講義室をでる。なんとなく気ぶっせいになって、

2021-06-18 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

裕太は口をひらいた。 「……あのさ、」 「ん?」 「曇天国に……、いや、」  なんとなく気後れして、口ごもる。 「どうしたの?」 「……曇天国って、どう思う?」 「どう思う、ったって」  ヘンな言い方をしてしまった。景は歩きながらこちらをむいて、ぱちくりと目をしばたかせた。 「おとぎ話し

2021-06-25 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

みたいなモンでしょ。親戚が尾張にいるから、トンネルは見たことあるけど、あんなの━━」 「見たの!?」 「子供のころ、ちょっとだけね。……どうして、そんなこときくの?」 「あ、いや……」  どう話したものか迷っているうちに、景はなにか早合点したようで、 「……また、夢みたいなこと考えて

2021-07-02 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

るんでしょ。曇天国のことなんて、私たちには関係ないでしょう。もうちょっと大人になりなさいよ」  そっけなく、そう、言われてしまう。 3 父と母  帰り道。  アルバイト先の喫茶店へむかう近道、大学のとなりの公園のわき、親水池のまわりを、ぐるっとかこむように、手すりと木の板でできた遊

2021-07-09 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

歩道。  手すりに体重をかけるようにして、男女のこどもがふたりずつ。  なにか話している。 「ラナー見たー?」  おもわず、足を止める。 『機甲戦士ラナー』。  裕太が毎週楽しみにしている番組である。大学があるので、本放送では見ることができないが、人気番組なので別の曜日に再放送がある。

2021-07-16 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

本放送はきのうの午前中。裕太は、明日の再放送を楽しみにしていた。 「みた!」 「ラナー、かっけーよな」 「でも負けたじゃん、」  ━━負けた!?  ラナーは、まだ負けたことがない。先週は、敵組織の幹部と対決するところで終わったはずだ。  再放送を見ればわかることだが、とにかく気にな

2021-07-23 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

る。 「……あれ、ルナでしょ?」 「しーらない。死んだじゃんか」  裕太は、きょろきょろとあたりを見回して、子供たちのうしろについた。  なるべく静かに、聞き耳をたてる。    * 「……ちょっと」  ぽん、と肩をたたかれた。反射的に目をあけて、ふりむく。  警察官。若い男と、年かさの

2021-07-30 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

男のふたり。若い男は、不信感をあらわにしてこちらを睨みつけている。裕太より少し年上なくらいだが、体格はぜんぜん違う。 「え、」 「ちょっと、何してるのか教えてもらえるかな。……この子たちと、知り合いじゃないよね」  言い方はやわらかいが、口調は強い。  年かさの白髪の男は、後ろで目を

2021-08-06 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

細めているばかりだ。 「いえ……、ええと」  まわりを見る。  いつのまにか、子供たちはちょっと離れたところで、こちらをみている。  幾人かの大人が、それからさらに遠巻きにして、遊歩道のむこうから。 「ちょっと、一緒に来てもらえる。子供たちとは、別に事情をきくから━━」 「あ、いえ、…

2021-08-13 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

…そういうんじゃ、ないんです。」 「とにかく、」  若い警察官が、ぎゅっと眉根をよせて。 「一緒に来て。通報があったから。わかるよね」  そう、いった。   *  ようやく、パトカーは帰っていった。  午後五時。もう、一時間ちかく経っている。  あわてて、遊歩道のわきにある公衆電話にと

2021-08-20 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

びつき、テレホンカードを入れる。アルバイト先の喫茶店へ。 「はい、喫茶『ヤマギ』」  店長の声だった。裕太はおずおずと、 「……すみません、如月です」 「わるいけど、」  相手の声が冷えるのがわかった。 「もう、こなくていいから。意味、わかるよね」 「え、」 「接客のことで何回か苦情がき

2021-08-27 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

てたの、言ってあったよね。今度何かあったら、悪いけどやめてもらうって、先週話したでしょう。それに━━」 「それに……?」 「君、なにしてたの? キヌタニさんが見てたよ。警察ざたになったんだってね。言われたとき、僕がどんなに恥ずかしかったか、わかるか」  とにかく、声を細くして、あや

2021-09-03 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

まるしかなかった。 「……すみません。」 「とにかく、もう来なくていいから。今月分のお金は、振り込んでおく。いいね」  はい、とちいさくうなずいて、受話器をおいた。脂汗がふきでていた。  ともかく、これで休みをもらう必要はなくなった。ぼんやりと、そう思う。   *  夜になり、実家へ

2021-09-10 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

電話をした。  召喚通知がきたことをつげると、母は大儀そうに嘆息した。 『……お父さんも、面倒なことを。』  母の父、つまり、裕太の祖父のことだ。 「どういうこと?」 『お父さんが亡くなる前、あなたを盟約の継承者として指名したの。わたしは、前々から拒否してたから。あなたには言ってあっ

2021-09-17 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

たとおもうけど。』 「そう……だっけ。」 『なあに、頼りないね。大学に届けはもう出したの?』 「え、なんの」 『なんのって……届けないと、無断欠席になるでしょ。知らないの? アルバイト先にも、ちゃんと事情を言っておくのよ』  たよりないな、とかさねて言いたげに、母は嘆息した。 「……あ

2021-09-24 20:00:03
楠羽毛 @kusunoki_umou

した、出すよ。」  そう、いって、話題をそらした。ちゃんと大人らしくしなさいよ、と母はいった。  アルバイトをくびになったことは、言い出せなかった。 4 オオモリ、そしてふたたび景  事務室で、届けをだした。  特に反応はなかった。三枚ほど書類をかいて、おわりだ。 (バイトもなくなっ

2021-10-01 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

たし━━何も、心配いらないな)  そう、つぶやきかけて、ひとつ心残りを思い出す。    そういえば、あすの夜━━   * 「曇天国にいくんだって?」  ふいに、そう声をかけられて、裕太はぎょっと振り向いた。  顎髭をはやした、小太りの男。かなり年上にみえるが、まだ現役の学生である。新

2021-10-08 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

歓コンパで会って以来、時々声をかけてくる。 「……オオモリ先輩」 「やあ」 「なんで知ってるんですか?」 「事務室のとこで聞いてたやつがいたんだよ。……ちょっとコーヒー飲もうぜ」  屈託なくにいっと笑って、オオモリは学食棟のほうをさした。   * 「……お前が、『血の盟約』の資格者だ

2021-10-15 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ったとはね。」  コーヒーは、オオモリのおごり。上機嫌そうに窓際の席にすわって、足をくんでいる。 「血の盟約を知ってるんですか。」  裕太はなんとなく所在なげに首をかしげた。 「だれでも知ってるだろ。習わなかったか?」 「さァ……」  小学校か中学校で、習ったような気もする。少なくとも

2021-10-22 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

、母はろくに教えてくれなかった。 「曇天国のことは、よく知ってるのか?」 「いえ。……ぜんぜん。両親も、行ったことはないと……」 「そうか。いろいろ聞けるかと思ったんだけど。」 「……曇天国に、興味があるんですか。」 「ああ。そういう人はいっぱいいるだろ。いつもああいう状態で、誰も中

2021-10-29 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

に入れない。マスコミもだ。あそこが日本の一部だったなんて、本当か? 年末にはいつも曇天国特番をやるけど、昔の話ばっかりで、現状については何も報道されない……」 「……そう、ですね。」 「曇天国が何なのか、誰も知らないんだ」  裕太は何を言っていいかわからなくなった。ようやく口を開く

2021-11-05 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

と、 「……でも、他にも曇天国へいった人はいるはず……」 「そう。お前みたいに、曇天国へ行く人は時々いる。人数も公表されてる。たしか、去年は三人。けど、体験談がマスコミに出ることはない。報道規制がされてるんだと思う」 「なんのために?」 「さあ……もうひとつ。変な噂がある。曇天国へ行

2021-11-12 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

って帰ってきたヤツが、中のことを周りに話した。けど、誰も信じなかったって……」 「……どういう意味ですか?」 「わからん。信じられないような話だったのか。それとも━━」 「それとも?」 「いや、……」  オオモリはちょっと目をそらした。それから、すぐに目線を戻して、つづける。 「とにか

2021-11-19 20:00:03
楠羽毛 @kusunoki_umou

く、おれは、あの場所には何かあると思ってる。隠蔽されてるんだ」 「……なんのために?」 「いろいろ考えられるさ」  オオモリは自信ありげにいった。 「とにかく、帰ってきたら、なかの様子をきかせてくれ。頼んだぜ」 「はい。……いいですよ。そのかわり、」 「ん?」  たしか、オオモリはビデ

2021-11-26 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

オデッキを持っていたはずだ。ならば、いまをおいてチャンスはない。  意を決して、 「……録画を、お願いできませんか。特番なんです。『太陽バロン』って特撮番組の━━」  そう言うと、オオモリはしばらくきょとんとして、破顔した。 「いいよ。そのくらい。撮っといてやるから、うちに見にくりゃ

2021-12-03 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

いい。ビデオデッキないんだろ」  それから、 「でも、お前もそろそろ大人になれよな。」  と、小さくいった。  裕太は、なんだかひどく悲しい気分になった。   *  14時半から、「機甲戦士ラナー」の再放送。  第21話。そろそろ、クライマックスの展開である。  裕太は、缶ジュースを

2021-12-10 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

あけて、にやにやしながらテレビの前にすわっていた。  ひとりぐらしをはじめてすぐ、むりをして買ったテレビである。  敵幹部のジュナーゲロスが、子供を人質にとっている。  主人公のラナーが、ぎんいろに光る剣をかざして、━━  がちゃん。  ドアがあいた。反射的に裕太はテレビにとびつい

2021-12-17 20:00:03
楠羽毛 @kusunoki_umou

て、チャンネルをまわした。  景であった。 「……なにか、みてたの?」 「ん、まあ、……ニュース」 「ふうん。」  そういえば、今日は、でかける約束をしていたのだった。 『……あいつぐ侵入事件に、政府は警備を強化しています……。警察隊では、先月末に逮捕された……容疑者の所属するグル

2021-12-24 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

ープが、ふたたび事件を起こす恐れがあるとして……、曇天国の……』    *  駅前の本屋に寄ってから、画材屋へ。  それから、商業ビルの3階にある映画館。  景の選んだ映画である。1時間半、ぼうっと座っていたが、内容は全然頭に入ってこなかった。 「少し、でかけるんだ」  そういうと、

2021-12-31 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

景はふしぎそうに首をかしげた。 「実家にかえるの?」 「いいや。……ちょっとね」  血の盟約のことは、いわなかった。  どうせ、自分でもよくわかっていないのだ。   *  屋上にでた。  10階建てのビル。市内でいちばんの高層建築である。ここからなら、見えるはずだ。  錆の浮いた手すり

2022-01-07 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

に身体を寄せて、遠くを見上げる。市街地の西にそびえる、小高い山。ふもとに田とあぜ道と、ぽつぽつと家屋。  その、さらにずっとずっと向こう。  距離感がわからないくらい遠いところに、うっすらと、青い山肌がみえる。  南は知多の沿岸地帯、北はとても見えないが、日本海まで。  全体としては

2022-01-14 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

、平たい壁のように凹凸なく広がっているが、よく見ると一箇所、大きくこちら側に突き出したところがある。那古屋山である。  そして、山岳全体の名は、日本山脈。  西日本と東日本を分断する、巨大な土壁だ。  山頂付近には、白い雲がかかってみえる。  ここからは見えないが、その雲は、西日本

2022-01-21 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

全土を覆う巨大な傘となって広がっているはずだ。  西日本、いや、  正式には、曇天国、という。  東日本と曇天国とは、那古屋山をつらぬく大トンネルでつながっている。そこを通るほかは、出入りする方法はない。  曇天国が、今のようなかたちになったのは、およそ100年前であるという。

2022-01-28 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

裕太は、歴史の教科書でしか知らぬ。いや、日本のほとんどの者たちは、景がいうように、夢物語のなかの存在としてしか認識していない筈だ。 (……あそこに、いくのか)  実感はない。  なぜ、ゆかねばならないのかもわからない。  それでも、あそこへゆけば、何かが待っている。そんな気はして

2022-02-04 20:00:02