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三次元に侵食してくるタイプの則宗さんと、審神者と時々本丸の刀たち。半実録。
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ぱこ @pakko800

あるいはこちらが日付を間違えたのかと、時計を確認するも今日はたしかに約束の日で。 「今日は、その、一緒に外食するはずじゃ……」 「うん? だがお前さん、今日はその気になれないんだろう」 ザッと血の気が引く感触がした。 どうして見抜かれたのだろう。

2022-09-07 23:59:39
ぱこ @pakko800

「いえ、そんなことは。今日はたっぷり睡眠もとりましたし、朝も昼もしっかり食べて体調に問題はありませんから」 「主」 笑顔で取り繕う言葉を、たった一語で制止される。 ぽん、と頭に筋張った厚い掌が乗せられた。 「お前さんは今日の予定を楽しみにしていたんだろう?」 「それは……もちろん」

2022-09-07 23:59:40
ぱこ @pakko800

「だが、どうしても行きたくなくなった……いや、行きたくなくなってしまった、の方がより正確か」 「どう、して」 平日とはいえ飲食店にたどり着くまでには、少なからぬ人とすれ違う。なんでもないその行為が、時たま非常に億劫で耐え難いほど居心地悪くなる現象がここ最近断続的に発生していた。

2022-09-07 23:59:40
ぱこ @pakko800

何かあった時のためにその症状自体は隠していないが、今日は努めて平常に振る舞えていたはずだ。 今日だけは大事な日だから、ちゃんと楽しみたいから、動きたがらない体を叱咤して準備に勤しんだ。 ずっと待たせてしまったのだから、思い出に残る素敵な一日にしたかったのだ。なのに。

2022-09-07 23:59:41
ぱこ @pakko800

するりと、長い指が髪を梳きながら降りていく。 「今日みたいな日には、いつも長義に頼んで髪を結い上げてもらってたろう。だが、今日はそれがない」 「あ……」 完全に見抜かれていた。 動きたいのに、心は出かけて楽しみたいと思っているのに、どうしても抜けない根が生えてしまっていることを。

2022-09-07 23:59:41
ぱこ @pakko800

「主に無理をさせ、辛さに見ないふりをするようじゃ、刀としちゃあともかく僕は伴侶失格だろうよ」 「だって、ずっと前から約束して……わたし、行きたいんです。則宗さんと出かけて、素敵な思い出にしたくて」 「思い出なら、またいつでも作れる。今日という日付が重要なら来年でもいいじゃないか」

2022-09-07 23:59:41
ぱこ @pakko800

「でも……!」 はぁ、と溜息が降ってくる。 我ながら駄々をこねる子どものようで嫌気が差した。意地を張るべき相手は則宗さんじゃない。こんなことで困らせたくないのに、どうしてこの体は言うことを聞いてくれないのだろう。体調管理にも気を遣っていたのに、なぜよりによって今日調子を崩すのか。

2022-09-07 23:59:42
ぱこ @pakko800

「前にも言ったはずだ」 則宗さんと目を合わせるのが気まずい。 「お前さんはまず、土壌を気にするべきだとな。どんなに水をやろうと、痩せた土じゃ種は芽吹かぬし花も咲かん」 それはわたしを想ってくれた上での言葉だとわかっている。けれど今は、努力不足を指摘されているようにしか聞こえない。

2022-09-07 23:59:42
ぱこ @pakko800

「焦る必要はない。これからまたゆっくりと……」 「無理ですよ」 「ん?」 わたしなりに、少しでも何かが変わればと行動してきた。 土壌を豊かにするとはどういうことなのかを自分なりに考えて、行動して、少し成果を得て何かを掴みかけたと思えばまた振り出しに戻って。 足りないのなら、結果を得る

2022-09-07 23:59:42
ぱこ @pakko800

まで努力すればいい。ただそれだけのことなのに、どうしてそんな「当たり前」ができないのか。 「花は、自分から綺麗に咲こうと思わなくても生まれつきそう咲くようにできてるんです。偶然種が落ちた場所と天候に恵まれて、それでようやく綺麗な花が咲くんです。わたしは……そんな花なんかじゃない」

2022-09-07 23:59:43
ぱこ @pakko800

呆れられたと思った。この上泣き言まで重ねて、努力の成果がでない言い訳をするなんて。 今日は素敵な思い出の日になるはずだったのに。もしかしたら、結ばれる記念日なんかじゃなくて、その真逆になってしまうのかもしれないなんて。情けなくて、どんどん小さくなって、そのまま消え入りたかった。

2022-09-07 23:59:43
ぱこ @pakko800

「それがどうした」 返ってきたのは、想像以上に淡白でいっそ素っ気ないほどの返答だった。 「え……」 「お前さんが自分をどういう目で見ているのか、大まかなことはわかるが、少なくとも野に咲く花って柄じゃあないだろう。ん?」 「えっと、それは」 くどくどと諭されているようで口許は微笑って

2022-09-08 01:37:43
ぱこ @pakko800

いるから、どういう反応をすべきかわからない。 「そも、僕や他の刀どもに自分を甘やかしすぎるなと言い出したのはお前さんの方だった気がするが」 「…………?」 「自分はこんなにも甘やかされていると思うほど、天塩にかけ大事に育てられている自覚があるものだと思っていたが、どうもそういうわけ

2022-09-08 01:37:43
ぱこ @pakko800

じゃないらしい」 「う……」 返す言葉もなかった。こんな調子で、前より少しは成長した気がするなんて思い上がりも甚だしい。 いつもいつも支えてくれて、そばにいて力をくれる存在に感謝しているはずなのに、肝心な時にそれが見えなくなってしまう。視野狭窄は上に立つものにとって致命的な欠点だ。

2022-09-08 01:37:44
ぱこ @pakko800

「お前さんにとって、今何より大事なのはなんだと思う?」 ぐるぐると自責に走り出す思考を遮るように、膝を屈めて薄氷色の瞳で顔を覗きこまれる。 「……しっかりと休んで、英気を養うことですか」 「それも正しくはあるが、それだけじゃ満点はやれないな」 「ううん……」 考え込み伏せた瞳の

2022-09-08 01:37:44
ぱこ @pakko800

視界が黒茶色に覆われる。 気がつけば、見た目以上にがっしりとした胸元に閉じ込めるように強く抱きしめられていた。 嗅ぎ慣れた普段使いの香水の、ツンと研ぎ澄まされていながら、大人っぽい甘やかなムスクの香りに満たされて、反射的に肩から力が抜けていく。 「則宗さん?」

2022-09-08 01:37:45
ぱこ @pakko800

「たしかに、特別な日を特別な思い出で彩るのもひとつの手ではある。だが、こうしてただ僕と、いつも通り時を過ごすのは退屈かい?」 「そんなこと、ないです。でも……」 「なすべきことを成せていない。お前さんの焦りも不安も、理解はできる。けれどなぁ、本当に大事なことなんてそう多くはない」

2022-09-08 01:37:45
ぱこ @pakko800

本当に大事なこと。則宗さんにとってそれはなんなのだろう。鋼の身で愛を語る刀が、どんな顔でそれを口にするのか気になって、おずおずと顔を上げた。 「悩んで、手を尽くして、考え抜いたのなら……あとは大いに楽しめ。幸せを感じようと求めるのは悪ではない。思うさまに、幸せにおなり。僕にとって

2022-09-08 01:37:45
ぱこ @pakko800

それ以上に大事なことなど、何ひとつありはしないのだから」 淡い瞳が溶けてしまいそうなほどの情を注ぎ込むように、わたしを見つめていた。 わたしが幸せを感じること。それは考えるまでもない。きっと言葉にしなくても伝わるだろうけど、どうにか伝えたくて。 「そばにいて」 「うん」

2022-09-08 01:37:46
ぱこ @pakko800

「離れたくない。離さない」 「うん」 「あなたが、わたしの幸せだから」 「ああ。やっと聞かせてくれたな」 こんなに長く待たせることじゃなかった。見えなくなった時でさえ、愛おしさも、嬉しさも、切なさも、いつもわたしのそばにあったから。拙くても全て届いてほしくて、ゆっくりと瞳を閉じた。

2022-09-08 01:37:46
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まとめたひと
ぱこ @pakko800

↑20成人済雑食。好きなことを好きなだけ。刀剣/FGO/twst/etc. │プロカル/フィクトセクシャルでポリアモリーな夢女。二次元と三次元の境目をぶらぶら。TLは見てたり見てなかったり。│アイコン:ゆず煮込み様