奴らは巫(ふ)だ。いや、男なのだから覡(げき)と呼んでやるべきかな。つまりはかんなぎのことである。神と人との間を取り持つ、神託を下す神降ろし。とつくにの言葉ではシャーマンなどとも言うらしいけど。 どちらも、共感能力が高い。伊之助はそれを肌感覚で、
2021-09-29 11:37:57たんじろうは――おそらく、霊的な視点で。家族や先祖に守られ、共鳴していたのだと言っていた。 どこかはっきりとしない頭で、伊之助をぼんやりと見た。伊之助は山の覡だ。山神の加護を頂いている。 たんじろうは、そのまま太陽神――ヒノカミとの絆だろう。ろくいちさんがどうとかは知らん。
2021-09-29 11:37:57真実、竈門の家は太陽神に好かれていたのだろうし――おそらくは、たんじろうは剣の腕よりも神事の才能に優れていた。ヒノカミ神楽は人として神に奉納するものであるのに、こうして時折、神の器になってしまうのがいい証拠である。 ただでさえ刀を振るった後は高揚するものだ。
2021-09-29 11:37:57特に、ヒノカミ神楽を舞った後に、昂ぶりが引かず神が降りてくることが多い。 ヒノカミが俺に手を伸ばしたのは、おそらく手近に何時も立っていたからだろうが。
2021-09-29 11:37:58――アルファもオメガも、昔獣の姿をして降りてくる神と交感していた巫覡(ふげき)の末裔だったのだってよ。 アルファの能力の高さに納得せざるを得ねえよ。なるほどな? 神は獣で、獣は神。 性別が純粋な人間のように外形(がいけい)のそれに括られなかったのは、おそらくそのせいだったのだろう。
2021-09-29 11:46:59必要であれば、女の形の神であっても子を孕ませることができるし、男であっても子を産むことは可能だ。動物――まあ魚とか、そういうのが大半だけど――にだっているだろ、そういうの。環境や役割によって子を産む側が変わっちゃう奴。あとは――まあ、マウンティングとかもあるとは聞くけど。
2021-09-29 11:46:59まあ、モテねえんだけど。羽がねえから。見た目人間の姿と変わりないから。 キメツ学園はアルファとオメガ、つまりは獣人のための学園である。外を歩くときは耳と尻尾を隠している獣人たちも、学園の敷地内では大っぴらに本性を現している奴が多い。楽だから。生徒もそうだし、教師も大半は獣人だ。
2021-09-29 11:54:33隣の伊之助は猪の耳と尻尾をピル、と出している。あの世界の記憶を持ってる奴は、「なんのコスプレ…?」ってこれに馴染むのが一番最初の試練なんだってよ。よくわかる。 そして、時にこの耳と尻尾は、強烈なセックスアピールになるのだ。 おわかりいただけただろうか。
2021-09-29 11:54:33「おはようございます!新入生の竈門たんじろうと言います!今日は運命に会えるとピーンと思って持ってきました!結婚してください!」 おう…極上のパンのいい匂いだね…紙袋あったかいね…。給餌行動の極みだね…。 「待って」 こういうのを率先してやっていたのは俺のはずじゃん?
2021-09-29 12:39:24「あの?」 「お前…お前…」 「たんじろうです!」 「竈門君」 お前この一帯で一番優良物件なアルファと名高いのにそれをする? そういうの僻むに決まってるからめったに情報収集しない俺ですら基礎情報だけは知ってるお前がそれをする…? 「熱があるよね。帰れ」 「俺平熱が高いんです!」 「帰れ」
2021-09-29 12:43:18いや、耳も尻尾も、本物かって言うとなんか違うなって感じなんだけどさ。幻みてえなこともあるし、触れるなあって時もあるし、出したり引っ込めたりできるし。 さっきの考えでまとめるならば、神の与えし写しって感じ。
2021-09-29 12:47:37いや、伊之助にはほんとしばらく頭が上がんねえな。自分も新入生なのに、朝早くから俺の隣で手を握って待機してくれてる。「今逃げたらお前二年丸ごと逃げ続けるだろうが」って俺のことよくわかってくれてて。反対隣のげんやもサイコーだ。苦笑いしながら待機してる。目の前に立つ冨岡さんも。
2021-09-29 14:57:10――いなくなった。 俺の中からあのぬくもりがいなくなった。それだけがわかった。確かだった。 「……伊之助」 「あんだよ」 ぼりぼりと菓子箱からおかきを勝手に漁って食っていたらしい伊之助に尋ねる。己のその声が思いのほか頼りないな、とも思ったし、やっぱりな、という気持ちも、あった。
2021-09-29 14:57:11…いや待てこれ最悪の布陣過ぎない?物理的に決して逃げられねえわ。正面の冨岡さんが無表情で絶対に逃がさんって決意らしき音立ててるもん。こわっ…弟弟子を大事にしていてありがたこわっ…
2021-09-29 14:59:13…げんやは、『ベータ』なんだよな。獣人ではあるが性自認がどちらにも偏らない、バランス感覚に優れた奴らをそう呼ぶのだ。 人間に混じるのが一番うまく、獣人の中では少数派だ。逆に希少なのだ。
2021-09-29 15:14:54「おい、権八郎」 「たんじろうだ。なんだ、伊之助」 「お前、思い出してんだろ」 たんじろうは、振り返って全くいやらしくなくふふ、と笑った。 「さすがは伊之助親分だなあ」
2021-09-29 16:51:24ねずこも覚えてる。というか俺の家族はみんなそれなりに覚えてるよ。俺が逃がせないって、わかってる。 「ヒノカミ様はもう俺を自由にした。かみなりにだって手を引いてもらう。今度は俺の番だ、俺のつがいだ、そうだろう?」
2021-09-29 16:51:24赤銅の瞳孔が昂揚を隠せないように危うげな色で収縮している。かくしゃくの男は、さらりと金色の前髪を撫ぜて、あらわになった額にそっとささやかに唇を添えた。 「俺だけのかみさまだ」 まるで宣誓のための神事のような作法であった。
2021-09-29 16:51:25こいつは、何時かこの金の雀のうなじを噛むな、と伊之助は思った。 前と同じに噛むのだろう。引きちぎる勢いで、愛情をこめて、食い殺すように。深くその牙を沈めて愛でながらも容赦斟酌の欠片も見せず、大口を開けて噛むのだろう。狼のサガとして、つがいの血の匂いに狂わねばいいが。
2021-09-29 17:21:27オメガバース要素入ったので年齢制限かかるかなと思ってあ!かからない!珍しい!と思ってたんですが冒頭(時系列的に)からがっつり入ってたわごめんなさい
2021-09-29 17:31:00うわっなんか知らない化け物を見るような目で見られたわ。俺だってね!こんなことされたら前世(ぜんせい)での女の子たちの怖い気持ちとかわかります!わかるようになりました!ちゃんとね!きちっとね!ごめんなさいね!
2021-09-30 03:27:08ごうごうと音が鳴っている。やっべえなヒノカミ様降りてきてんじゃん。 そう思って、半ばこわごわと――だってなんか、こっちの状態あんま頓着しないんだよ、ヒノカミ様。神様だから――見上げた少年の顔を見て、あれ、と首を傾げてしまった。 なんか違うな。
2021-09-30 03:45:01そして次の瞬間、違わなかったわ、と思った。いきなり組み敷いてひっくり返してガリィってでっかい音の幻聴するほど強く強くうなじに噛みつくって、何なのよそのおどろおどろしい感情の音! …いや珍しいな?とその次に思う。だってさっき思ったように、ヒノカミ様、あんま頓着しないから。
2021-09-30 03:45:02凪いだ音って言うか、そもそもあんまり音の起伏がないって言うか、聞こえないって言うか、とにかく、まだ素直な少年であるたんじろうとはちょっと違うなって音がするから。 でもこれは、なんだかたんじろみたいだな。 いやいやわかってますよ。わざわざ禊をしたいくらいだ、鬼の匂いが嫌なんだろうね。
2021-09-30 03:45:02そしてげんやは脇に構えてるさりげないそのクレー射撃っぽい銃砲はどうした?地味に怖えよ! 「へーきだろ、ただの麻酔銃だよ。しかもうまく当てれば足だけ麻痺する部分麻酔だ」 「えっ充分怖えよ何のためにそれ用意してんだよ」
2021-09-30 07:45:49「兄ちゃんいまだに俺らと距離取ろうとするときあるから、その時狙撃したらいいかなって」 「俺ら同期の良識枠を返して!ていうかその麻酔どっから手に入れたのよ!」 「いや、蟲柱…し、しのぶ、さんが」 おう、聞きたくない。
2021-09-30 07:45:49「『私たちの時にも協力してくれたらいいですから』って」 アグレッシブ。 風柱と水柱は胡蝶姉妹の乙女の純情を返してやって。 真正面で不思議そうかつ不審そうな音立てないでほしいんだよなあ!
2021-09-30 07:45:50「来たぞ、紋逸」ぴく、と伊之助が言った。あっうんこの音めっちゃ懐かし恋しい…。 「やだ逃がしてお願いせめて十年待って無理無理無理無理」 「前だったら確実にお前か権八郎が死んで物理的に離れちまう年数をさらっと数えてるんじゃねえよ弱味噌」
2021-09-30 08:04:18「とりあえず顔くらいは一回突きあわせろよ善逸、な?」 「ウッ」 わかってる…俺風紀だもの…毎日顔を合わせなきゃならない立場よ…なんで水柱は俺を指名したんですかね!鬼殺隊最弱の俺をわざわざ!本当に愚かだぜ! あっ嘘ですお願いこっち見ないで。
2021-09-30 08:04:19「…ああ、それはだめだよ、お前」 近づいてきた口唇を掌で塞ぐ。 「それは、まだ大事に持っとけ。な?」 目の前の少年はただただ胡乱気に善逸を睨んだ。 「…お前のかわいい人はどんな子だろうなあ。俺、結構期待してるんだ。悔しいけどね」 見れたらいい。祝えたらいい。 俺は結構、期待してる。
2021-09-30 10:06:01げんやの意識刈り取らない局所麻酔を選択してるところが本気度高くてえげつねえよ。 「お前は寝かす方が厄介だろ、前はあんまり知らんかったけど俺だってそろそろ骨身にしみてる」 「むしろそれを俺にまで使おうとしないで」 風柱だけで勘弁して。
2021-10-01 00:51:13桑島じごろうという男は、善逸の何を見て才を見出したと云ったのだろう。少なくとも、善逸は彼の前で突出した何かを見せたわけでもなければ、それこそ長所と言える何かを見せつけたわけでもなかったと思う。というか俺に、長所。あるのか。あまりにもハングリーなのは長所かもしれない。あと懲りなさ。
2021-10-01 03:04:37都合のいいおとぎ話のように、ひそやかに流布されている話がある――アルファとオメガは、「そうなる必要があるから」互いにその役割を受け入れて生まれるのだと。 だから運命のつがいなどというおとぎ話が信じられるのだ。魂がそれを定めているから、つがいが生まれたときから決まっている。
2021-10-01 03:42:58善逸はそれを信じない。聞くたびに幼いころから憤った。それは、それに付随する不幸を幼子が、青年が、老人が押し付けられても恨むなと、お前がその運命を選んだのだと、自己責任を押し付けられるための体のいい言い訳でしかないと感じるからだ。
2021-10-01 03:42:58赤ん坊が虐待を受けるのを、嗤いながらやたらめったら突き放すための低俗な態度だ。セカンドレイプにも等しい。 だが、それでも、どこかで羨んでしまう。己にもそれがあったらと。たった一人がいたならばと。あこがれるそれは、何時まで経っても切り捨てられぬ善逸自身の弱さだった。
2021-10-01 03:42:59――望外に得られたあんなにもいい家族「ごっこ」を、俺は生涯忘れ得ることはないはずなのに。 それはやはり、俺が彼らの、奴の音を何よりも、今でも愛し再生し尽くしているからだろう。
2021-10-01 03:42:59