長谷部が迎えに来るまでの間、光忠が「君たち、僕が長谷部くんに会いたいなって思うと来てくれるね」「ちゅん」「ちゅん?」なんて会話(光忠は会話だと思っている)をするのも良くある光景。「お陰で、僕は嬉しいけど」「ちゅん!」「ちゅん!」
2023-10-01 07:36:38寄り添って、なんだか得意げに囀る二羽に光忠がつい笑ってしまうのもいつものことになりつつある。そのうちに、長谷部が息を切らせながらやってくるのだ。「と、常盤本丸のへし切長谷部だが、うちのちゅんがお邪魔しているそうで」「ああ、ようこそ長谷部くん。そんなに急がなくても大丈夫なのに」
2023-10-01 07:37:21「いや、こういうことはちゃんとした方がいい。……いつもすまんな。こいつらには言い聞かせているんだがどうにもいうことを聞かん」「気にしないで」長谷部くんには悪いけど、僕は君に会えるから嬉しいし。それは飲み込んで光忠は言った。「お茶でも飲んで、一休みして帰りなよ」「ああ、ありがとう」
2023-10-01 07:37:59「最近どう?」「なんだそれ」「なんだか少し顔色が悪い気がして」長谷部は自分の頬に手を当てて、「そんなことはないと思うが」と首を傾げた。顔色が悪い、よりは浮かない表情と言った方が良いのだろうか。「ちゃんと元気かい?」「……ああ」「何かあったら何でも言って。……少しは、頼ってね」
2023-10-02 06:07:16「ちゅん!」「ちゅん!」ちゅん達が、まるで僕に加勢するように鳴いてくれる。「ありがとう」「遠慮しないでね。……僕たち、友達だろ」「うん。そう、だな」もう、その答えがすでに遠慮しているって、彼は気づいているのだろうか。多分気づいてないだろうな、と内心しょんぼりする。
2023-10-02 06:07:38きっと何だって他人に頼らず、ひとりでやってきたのだろう。二振り目の『はせ』である自分だって、せめて『へし切長谷部』の名に恥じぬように、と。それが彼にとっての日常だし、矜持なんだろう。一度崩れたら、もしかしたら素直になってくれるかもしれない。
2023-10-02 06:11:07けれどそれは同時に、長谷部が深く傷つくことを期待するようにも思えて光忠は唇を噛む。「はせべちゅんもみちゅも、ありがとう」「ちゅんちゅん」「ちゅん」「でも、もう勝手にここにきちゃダメだぞ」「ちゅうん……」「うっ、そ、そんな顔しても絆されないからな」
2023-10-02 06:13:59微笑む長谷部は相変わらず可愛らしかったけれど、今にも砕けそうに儚くも見えて、どうにも切なかった。 彼の、平均的な『へし切長谷部』じゃないところが、光忠は好きだ。そう伝えたら、彼はどんな顔をするだろうかーー。
2023-10-02 06:14:51◆ 「こんばんは、長谷部くん」「こんばんは、光忠」電子端末越しのおしゃべりももう慣れたもので、長谷部は光忠と会話しながら、二羽のちゅんを膝の上で遊ばせている。たまに画面を見切れてゆくちゅん達を構ってやりながら、長谷部くんは言った。「ちゅんの服の店ができたらしいんだ」
2023-10-14 07:49:42「万屋のある商店街だよね」「よく知っているな」「チェックしてた。長谷部くんが好きそうだなと思って」「……ふん」長谷部が照れてそっぽを向く。そうすると、赤くなった耳の先を光忠の方に晒すことになるのだが、本刃は一向に気づかない。
2023-10-14 07:50:10透けそうなくらい薄い耳、それを堪能したい光忠は、決して彼には言わない。「ねえ、次のお休み、一緒に行こうか?」「いいのか?」きらきらと、アメジストの瞳が画面の向こうで輝いた。長谷部はこうして誘えばどこへだって一緒に行ってくれる。お互いの本丸にだって、ちょっとした買い物だって。
2023-10-14 07:50:35だからきっと嫌われてはいない、と光忠は思う。ちょっと踏み込んで、おそらく好かれてはいるのだろうな、とも。ただ、その『好き』がどういう種類のものかは分からない。曖昧なままでいいとは思っていない。他の本丸の刀だとかそんなのは関係ない。いつかは彼を自分のものにしたい。
2023-10-14 07:51:00けれど今、自分の勝手な思いと欲を彼に打ち明ければ、きっと彼は受け止められずに傷つく。白黒付けるのは、長谷部の抱える何かが少しでも軽くなってからでいい、と思う。「もちろんだよ。いつが空いてる?」「そうだな、内番のない日だと――」
2023-10-14 07:51:32長谷部の悩み。例えば、錬度一つ取ってもそうだ。長谷部と出会ってしばらく経つが、彼は未だに錬度がかなり低いようだった。光忠は、長谷部から出陣の話を聞いたことはなかった。
2023-10-14 07:53:17常盤本丸がどういう育成方針なのかは知らないが、光忠と出会ってからはずっと畑、馬、手合わせなどの内番を努めているらしい。もしかしたら、彼との出会いのきっかけになった、演練場の『尋ねちゅん』のポスターも、長谷部が貼ったものではなかったのかもしれない。
2023-10-14 07:54:23「長谷部くん!」「待たせたか?」「僕も今来たところ」 デート(と思っているのは光忠だけだろうが)当日、長谷部はいつものカソック姿で現れた。おそらくそうだろうと思い、光忠も防具は外しただけの戦装束の黒スーツにした。お揃いだ、と光忠は密かに笑う。
2023-11-27 20:31:01電子端末の地図アプリと睨めっこしながら、お目当ての店へと向かう。ちゅんやもち、ねんどなどといった小さな眷属のグッズの店らしい。長谷部は、肩からかけたスリングからひょこりと顔を出したはせべちゅんを指で撫で、
2023-11-27 20:32:42「こいつらの服を新調したいんだ」と言った。「大分くたびれてきたしな」「少しの綻びくらいなら繕えるよ。やり方、教えようか」「そうか。では後で頼む」本丸の外で見る長谷部は、いつもよりやや血色が良い。「良かった。今日はちゃんと元気そうだ」「いつもは、そんなに不健康に見えるか」
2023-11-27 20:35:32眉間に皺を寄せ、長谷部は首を傾げた。「実は、な。うちの本丸の燭台切と一振り目からも、似たようなことを聞かれた」「そうだったんだ」「……俺はきっと、違うんだ。普通のへし切長谷部とは。だからこうして皆に心配をかけてしまうし、」「そんなことない!」「光、忠」
2023-11-27 20:36:41「君は、傷を負っても、それを隠して元気なふりで過ごすつもりかい?」「そういうわけでは」「だったら、弱音吐いたっていいじゃないか。それに、大事な友達や同僚が元気なかったら声をかけるのは当たり前のことだよ。僕も、常盤の僕らも、きっと君がへし切長谷部らしいとかどうとか考えてない。
2023-11-27 20:38:04君のことが、ただ本当に心配なだけだ」「わかった、充分にわかったから、少し落ち着いてくれ」「わかってくれたなら」「こんな、往来で。声が大きい」長谷部の視線を追う。あたりを見渡すと、自分たちが通行人から遠巻きにされているのに気づいた。どうやら、痴話喧嘩とでも思われたらしい。
2023-11-27 20:38:59「……熱くなった。ごめん」「謝ることじゃない」 ありがとう、と長谷部の小さな声がした。 目的の店には、小さな眷属向けグッズと、それにその他の雑貨もたくさん並んでいた。長谷部が欲しがっていたちゅん達のジャージはもちろん、戦装束風や軽装風のデザインに、
2023-11-27 20:39:39猫やうさぎの着ぐるみなんてものまであって、ついつい二人で目移りしてしまう。あれこれ悩んで、結局はジャージと戦装束風のものの二種類に決めた。 服を選び終ると、試着スペースで散々着せ替え人形にされた二羽はスリングの中で昼寝を決め込んでしまった。「いい買い物ができたね」「ああ」
2023-11-27 20:40:10「ねえ、僕らも何か買って帰らないかい。普通の雑貨もあるみたいだし」「何か、と言うと」「うーん」言い出したのは光忠自身だが、そんなに深く考えて口に出したわけではなかった。今日の記念に、お揃いにできそうなものなら何でもいい。
2023-11-27 20:41:12ぐるりと店内を物色して、ふた振りが手に取ったのは刀剣御守のレプリカだった。ちゅん向けマスコットの小さな御守と同じデザインで、実際に戦場に持ってゆく御守と同じサイズのもの。ただ刀剣御守とは異なり、赤や黄色、果ては金銀まで様々な色が取り揃えられていた。
2023-11-27 20:41:48添えられたポップには『小さい子たちとお揃いでいかが?』とある。「いいな、これ」「ねえ、良かったら僕にプレゼントさせてよ」「いや悪いだろ」「だめかな」眉を寄せた光忠に、長谷部はうっと呻いて「じゃあ、お願いする」と呟いた。「そうだ、光忠の分は俺が買おう」「わあ、プレゼント交換だ」
2023-11-27 20:42:35「何だそれは」「お互いにお互いが喜びそうな贈り物を選ぶんだよ。うちの本丸はクリスマスに毎年やるんだ」「ふうん。楽しそうだな」「じゃあ、僕はこれを贈らせてもらおうかな」そうして光忠が長谷部に手渡したのは、山吹色の御守袋だった。自分の瞳の色だなんて、あまりに欲を表に出しすぎだろうか。
2023-11-27 20:44:09そう思ったが、長谷部はにっこりと笑い、受け取ってくれた。「ありがとう。大切にする。……じゃあ、俺からも」「わ、紫色だ」「お前の真似だが」「ううん、嬉しいよ」恥ずかしげに、そうっと差し出された紫の御守を、光忠は大事に懐にしまった。 ◆
2023-11-27 20:52:55