ぼちぼちと呟いていた内容をまとめました。監督生が元の世界に帰った後、どう過ごしていったかをモブ視点から見る内容です。cp要素がありますが、相手は明記していないので好きな方を当てはめて頂けたらと思います。暇つぶしにでもなれたら幸いです。
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ふちゅん @Tdhutyun3Vp

つぃ~~すてぃ ※とあるモブ視点 ※かんとくせ(性別不明)が元の世界で過ごす話 ※cp要素を含みます 同期のYさんは不思議な人だった。どこが不思議かと言われれば回答に困ってしまうが。だがYさんを見ていると、なぜだかその人だけが違う世界に生きているような錯覚を覚えるのだけは確かだった。

2020-06-14 13:12:45
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは営業部に勤めていた。驚くような大きい案件を成立させたかと思えば、取引先の担当が付けていたカツラを吹き飛ばして案件を流れさせたりと、Yさんに関する話は尽きなかった。Yさんは営業部のエースだった。どんなに気難しい人物だろと、何故かYさんの前では解れてしまうような魅力があったのだ。

2020-06-14 13:12:45
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは面白い人だった。普段は真面目な様子で仕事をしているのに、時々驚くほど斜め上をいく行動をするのだ。社内で痴話喧嘩に巻き込まれた時には、喧嘩をするくらいなら一度別れては? 等々を言った。体調不良でも出勤を迫った上司には、毎日1箱ずつキノコの詰め合わせを差し入れしたりもしていた。

2020-06-14 13:12:46
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは本が好きだった。特に魔法使いが出てくるような、ファンタジーものが好きだと照れくさそうに話してくれた。そんなYさんがいつも持ち歩いていたのは、分厚いグリム童話の本だった。魔法使いも出てくるだろうが、何故グリム童話なのだろうか。あの本には悲しい物語も多いというのに。

2020-06-14 13:25:06
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは時々、持ち歩く本を変えた。それは不思議の国の物語だったり、千夜一夜の物語だったり、人魚の物語だったりと、御伽噺であることが多かった。他にも、動物の写真集だったりしたこともある。1度貸してもらった時に、癖がついて勝手に開いたページにはイヌ科の動物たちがいた。イヌが好きなようだ

2020-06-14 14:31:16
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんはタコ料理が苦手だった。飲み会などでそれが出ると、必ずと言っていいほど箸をつけなかった。どうにも、食べると居心地の悪い思いになるらしい。けれど次の日、コンビニで買ってきた昼食にはたこ焼きが入っていた。たこ焼きなら大丈夫だと言う。よく分からないが、やはりYさんは面白い人だ。

2020-06-14 14:37:55
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは鏡を怖がった。手鏡や鏡台位の大きさまでなら何ともないが、全身鏡ほどの大きさになると目を逸らしたくなるらしい。店の試着室にある鏡が一番怖いようで、服を買う時は必ず通販サイトを利用していると言う。てっきりホラー系が苦手なのかと思いきや、そういうことでもないようだった。

2020-06-14 14:51:15
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ある日の昼下がり。Yさんとオフィス街を歩いていた時のこと。Yさんがいきなり立ち止まって、ビルのガラス戸に映る自分の姿を凝視した。どうしたのかと肩を叩けば、気付いたように顔をこちらに向けた。夏でもないのに、額には汗を浮かべている。大丈夫だろうか。心配だったが、何故か何も言えなかった。

2020-06-14 20:17:41
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは鏡を見るようになった。とは言っても、ガラス窓やショーウィンドウのような鏡の代わりになるような物だけだったが。相変わらず全身鏡などは怖いみたいだ。しかし、ふとした時にそれらを見るYさんは、外の景色とは別の何かを見透かしているようだった。鏡を怖がっていたはずなのに、どうしたのか

2020-06-14 20:17:41
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんはカラスを探すようになった。休憩中、ぼんやりと空を眺めている様子に話しかければ、カラスを探していたと言うのだ。都会の、ビルに区切られた青い空の中にその姿は滅多に現れない。大変じゃないかと言えば、マイブームだとはぐらかされた。そんなYさんは、紙一重の先にいるような気がした。

2020-06-14 20:29:52
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは頻繁に写真集を見るようになった。それは一度貸してもらった、動物の写真集だった。やはりイヌの箇所なのかと思って尋ねれば、差し出されたのはネコ科のページ。その後も写真集を持つ姿を見かけたが、開かれていたのは必ずネコ科のページだった。写真に映っていたのは青い瞳の黒猫だった。

2020-06-14 21:04:50
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは本を持ち歩かなくなった。大事にしていた厚いグリム童話の本を、鞄から取り出すこともなくなった。御伽噺の本も、写真集も、Yさんの手の上にあるのを見る機会がなくなった。代わりに、Yさんがガラスの向こうを見つめる時間が増えていったように感じる。Yさんは、またカラスを探していた。

2020-06-14 22:22:59
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは仕事場の整理をするようになった。元々Yさんのデスクは整頓され纏まっている。けれど、それに輪をかけて更に整理をしていった。まるで、いつでも消えることが出来るようにするためと言わんばかりに。数少ない物を片付けていくと、残ったのは社内用PCといくつかの付箋、筆記用具だけになった。

2020-06-14 22:31:39
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは辞表を出した。理由は定型文の通り、一身上の都合により、だそうだ。いきなりのことに営業部全体がざわつき、その日はどこか妙な空気が場を満たしていた。当のYさんだけは、吹っ切れた表情をしていた。そんなYさんが後でこっそりと教えてくれた退職の理由は、「世界を追いかける」だった。

2020-06-14 22:43:58
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんはお酒が強い人だった。けれど退職する2日前に飲みに行った時は、普段からは考えつかないほど酔っていた。そのせいかYさんは、退職する理由の「世界」について話してくれた。ぽつぽつと語られる不思議な話の数々。現実には起こりえないはずのそれらは、不思議と本当にあったことのように思えた。

2020-06-14 22:55:44
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは本をくれた。それは、Yさんが大事に持っていたグリム童話の本だった。どうして。理由を聞くと、大切な相棒をうけとってほしい、と言ったきりで、それ以上は教えてくれなかった。Yさんが退職する前の日のことだった。

2020-06-14 23:00:18
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは退職した。盛大に門出を祝われて、大きな花束を抱えた姿に寂しさを覚える。 送迎会は。今度遊びに行こう。色々な言葉に笑顔を向けるYさん。明るく見えるはずのそれは、少しだけ影が混じっている気がした。ふと後ろのガラス窓に目をやると、Yさんの姿に寄り添う、誰かの姿が見えたような。

2020-06-14 23:27:36
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんはいなくなった。意味通り、いなくなった。Yさんが退職した次の日、会社にはYさんがいたデスクが無くなっていた。正確に言えば、他の人のデスクになっていたのだ。何年もそこを使っているかのように、Yさんなど存在しなかったかのように。

2020-06-14 23:41:44
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

家に帰ると、どっと疲れが出た。誰に聞いてもYさんのことを知る人はおらず、その存在がなかったかのように振舞っていた。いや、恐らく本当に“存在していない“ことになっているのだ。ならば記憶にあるYさんは、どこに行ってしまったのか。この記憶に唯一残る、Yさんは。

2020-06-15 00:02:13
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

はたと、テーブルの上に置かれたものが目に入る。次の瞬間には、取り憑かれたかのように自然と立ち上がっていた。覚束無い足元でどうにか辿り着く。テーブルの上のそれは、Yさんから貰った本だった。震える指で、ゆっくりと表紙をめくる。一ページ目。そこには黒猫に似た、何かの動物が描かれていた。

2020-06-15 00:25:26
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ニページ目。ハートとスペードのマークが書かれ、めっちゃ似てる、と波線を引かれている登場人物の名前。三ページ目。大きな犬のイラストに、Jという文字だけの吹き出しが付いている。四ページ目。派手に動き回る少年の様子が現れた文章には、リンゴのマークが書かれている。

2020-06-15 00:25:26
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ページをめくっていくごとに、謎のイラストや文字は増えていった。いつの間にか指の震えは無くなっていて、代わりに戸惑いが心を占める。それぞれのマークや文字は、どうやら特定の人物を表しているようだということは分かった。しかしYさんが、どうしてこのような書き込みをしていたかは分からない。

2020-06-15 00:25:27
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

ぴたりと指が止まった。なぜか、これらのマークや言葉を以前に聞いたことがあるような気がしたのだ。それに気付いた瞬間、記憶は一昨日の夜まで遡った。どこか聞き覚えのあるような言葉、イラスト。それらは全て、あの日の夜に聞いたことではなかったか。

2020-06-15 00:34:25
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんと酒を飲みあったあの日。教えてもらった退職の理由。不思議な世界の話。その中に出てきた名前や単語は、今見ているマークと驚くほど重なった。夢物語だと思ってほしい。そう言って話を締めくくったYさん。だが目の前にある本は、夢物語と言うには余りにも生々しい現実を見せつけている。

2020-06-15 00:54:18
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

現実だったのだ。Yさんが話していたことは全て、現実に起こっていたことなのだ。揺さぶりにも似た衝撃が身体を襲う。テーブルに手をつき、膨張した体内の熱を呼吸で沈めようとした。その中でちらりと本に視線をやると、細かい波線を引かれた文章の横に、一際綺麗に書かれた名前があった。

2020-06-15 01:01:02
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

好きな人がいる世界を追いかける。Yさんの言葉が静かに浮かび上がってきた。どんなマーク、文字よりも丁寧に書かれたその名前は、その"好きな人"なのだろう。ただ名前が書かれているだけなのに、自然とそう思わせるような柔らかさがあった。がくりと力が抜け、床にへたり込む。ああ、そうか。Yさんは。

2020-06-15 01:06:59
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんは、想い人の世界へ渡った。魔法が満ちる、別世界へ。Yさんの存在が消えたこと自体は、未だに理解できてはいないが、もうそんなことはどうでもいいと思う。魔法の世界でもどこへでも好きに行くといい。けれど、せめて幸せを祈る気持ちが伝わる所にいてほしいと願うことは許されるだろうか。

2020-06-15 01:15:17
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

同期のYさんは不思議な人だった。何がと言われると回答に困る。けれど、どこか別の世界に生きているような錯覚を覚えさせるような人だった。 そして今、Yさんは別の世界に生きていて、この世界にはいない。錯覚は現実であり、これだけが確かなのだった。 願わくば、幸多き人生を。 一人の同期より

2020-06-15 01:26:37
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

『同期のYさんは』 おわり

2020-06-15 01:26:37
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

Yさんの同期、モブさん。Yさんの退職後、電話やメッセージを送ったりしたけれど、どれも繋がらなかった。昨日見ていたはずの存在が、自分一人だけの記憶の中にしかない。1人だけそんなホラー体験をさせてしまった語り部さんでした。

2020-06-15 13:04:51
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

上司さん。Yさんに一日一箱きのこの詰め合わせを差し入れされてからは色々と態度や考え方を変えたようです。差し入れを食べるうちにきのこ全般にはまってしまい、今ではすっかりきのこイーター。現在、きのこが好きになったきっかけを思い出せずにいます。

2020-06-15 15:34:41
ふちゅん @Tdhutyun3Vp

カツラを吹き飛ばされた取引先の担当さん。完全なる事故です。心に負った傷は深かった様子。

2020-06-15 15:34:42