病気のU作さんに貢ぐ尾の話

にじかれー🦄🦛🐰🐉🌸🐈 @nijikare2

意味不明の世界線の勇尾。異母兄弟はとても仲が良かった。例え父親が尾を認知しなくても、養育費の支払いをしていなくても、母親が尾を疎ましく思っても良かった。愛らしい弟が笑ってくれるだけで良かった。だけどそんなある日弟が病にかかった。花沢家の財力でもその治療費は経済的に負担らしい。

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だから尾は自分が頑張って稼ぎ、生きるのに最低限必要な分だけ取って花沢家に渡し続けた。父親は直接受け取ってくれないから、玄関先で使用人に渡し続ける。いつかこのお金が少しでも弟の身体のためになったと思えればいいのだ。弟が生きるために生きる尾だった。

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しかしその金は使用人が着服して、弟のために使われることも無かったし、父親もそれを知らされていなかった。雀の涙ほどの金だから余計に使用人からしたら着服しても罪悪感が湧きにくかった。尾は毎日毎日働いて、一週間に一度弟の様子を聞きに行った。少しでも良くなっていることを願いながら。

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弟は母親が見つけてきた医者のおかげで回復するけど、使用人がずっと具合が悪いと嘘をつき続ける。尾は弟が東京の学校に入り屋敷に居なくなっても金を持ってき続けた。弟のため、と日々僅かな金だけで暮らす尾。もっと実入りが良い仕事を、と思って東京へ出稼ぎに行くことにした。

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東京にはいくらでも仕事がある。昼夜問わず働けば田舎よりもけた違いに稼げその金を送り続ける。だがある日、陸軍が施設を修繕するという仕事に就くことになった。そこは士官学校だというのだ。尾はそこで危ない仕事も厭わず働く。そんなある日、尾が人一倍資材を運んでいると、兄様と声をかけられる

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それはU作だった。だが最後に見たときのあの、儚げな姿とは打って変わり、上背も体の厚みも段違いだ。尾が目を見開いている。「U作さん、あなた……病気は……」「はい！二年前に完治いたしました！」「二年……前……」尾は訳が分からなかった。だが、あの使用人からしか弟の病状を聞いていなかった

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そうか…騙されたのか、と合点がいく。恐らくあのも弟の治療には使われていないのだろう。下手をしたら弟にも父にも知られてはいないだろう。身体中から力が抜けていく。意識がふっと遠のく。身体がぐらりと揺れて尾はそのまま意識を失った。遠くで弟の声が聞こえる。だが尾は目を開けていられなかった

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U作は倒れ込んだ尾を抱きかかえる。その体は運んでいた資材よりも軽いのではないかと思えるくらい痩せていた。目の下には隈もある。坊主頭のそこはところどころに禿があった。兄はどうしてこのような状態なのだろうか。U作が病になってから兄に会えなくなった。玄関先までは来ているようだった。

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兄に会いたい。あの優しくて、U作の全てを慈しんでくれる兄に会いたかった。それは恋慕にも似た感情だとU作は自覚していた。だから兄に会うために必死に身体を治した。兄と会うときに立派になりましたね、と言われたくて士官学校にも通うことになった。立派な将校になって兄に褒められたかった。

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兄の現状にU作は驚愕した。やせ細って、よくよく耳をすませばひゅうひゅうと喘鳴も聞こえる。何が兄に起こったのだろうか。U作は兄の身体を抱えて歩き出した。道中兄の仕事仲間だろうか、老年の男が百じゃないか、と声をかける。「あいつ、金のほとんどを病気の弟に送っちまうからなぁ…」と呟いている

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「飯もろくすっぽ食わねぇで働くからなぁ、最近は咳もしてたんだ…」U作が男の言葉を聞いて、なんとなく察する。己の敵はどうやら屋敷にいるようだ。男が兄に触れようとするので、振り切るようにして歩き出す。狼狽する男を置いてU作は医務室に駆け込んだ。常駐の軍医が驚いている。

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部外者は、と言うので私の兄です、とねじ伏せた。軍医はため息をつきながら尾の診察をした。詳しい検査をせねば分からないが、栄養失調からくる風邪だろうと。だがこのままの状態だと結核になってもおかしくない、とも言った。U作はすぐさま母に電話をした。東京の家に引いたばかりの電話が役に立った

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事情を話すと母も驚いていた。しかし家の女主人として不正をするような人間を放っておくわけにはいかない。いずれ花沢家の財産にも手を出すかもしれない。いや、もう出しているかもしれない、と言うことで調査をすることにした。幸い誰かのめぼしは付いている。

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U作は電話を終えて医務室に戻った。軍医はどうする？病院に移すかい？と聞いてきたので、病院を紹介してもらう。幸いに士官学校で支給された金がある。U作は兄を入院させることにした。すると母から話を聞いたのか、父が士官学校にくると言う。U作からしたら意外だった。父はいつも兄にそっけなかった

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だがそれはもしかしたら己の母に対しての後ろめたさだったのかもしれない。兄の存在は己の不貞そのものだからだ。だが心の中では息子として接したかったのかもしれない。現に兄とU作が会うのを許してくれていた。状況を聞いた軍医は顔を引きつらせている。そりゃあ陸軍大将が来るなんて顔も引きつる。

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U作は穏やかに眠る兄の背中を撫でた。背骨がごつごつしていて、顔色も悪い。眠っているのに次第に体温が上がっている様で、ふうふうと息が荒い。兄はどんな暮らしをしてきたのだろうか、U作のために、こんなに身を粉にして働いてくれたことがU作は嬉しかった。「私は兄様に愛されている…」

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その呟きを聞いている者は軍医だけだった。だが軍医は聞こえないふりをしてくれた。それからしばらくして、父が医務室に駆け込んでくる。軍服すら着ていなかったので、本当に慌てて来たのだろう。「百之助！一体何があったんだ！」「し、父上、兄様が起きてしまいます」U作がそう言えば、父は黙る

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事情を説明すれば父は顔を真っ赤にして怒り狂っている。だがその怒りを抑えながら父は「まずは百之助を入院させろ。滋養のあるものをたらふく食わせる」U作は不思議だった。金すら渡していないくせに、こんなにも愛情を示すなんて。後から知ったが兄への金は方々遠回りして渡していたようだ。

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それは兄も兄の母にも分からないようにしていたようだ。苦虫を噛みつぶした顔で「あれは私の倅だ」そう言う父の顔は様々な葛藤があったのだろう。「私の不貞のせいで百之助には苦労させた、そのせいであやつに刺されても仕方ないと思っている」と言っていたらしい。だがその時は父の気持ちは分からない

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兄を入院させたところでU作は学校がある。後ろ髪引かれる心地で病室を後にした。医者はまずはゆっくり休ませることが大事だと言った。U作は医者に念押しする。兄を絶対に病室から出さないようにと。なんとなくだが、兄はこの事態に気づくと逃げてしまう気がしたからだ。

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授業が終わると学校に外泊届を出す。父の名前があるそれは、自動的に受理された。U作が病院に戻ると兄は目を覚ましていた。酷く困惑した顔で部屋の隅にうずくまっている。「兄様、お身体はいかがですか？」U作がそう声をかける。道中で買ってきた卵焼きを見せる。一緒に食べましょう、と誘った。

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ずっと困惑して、でも良い匂いの卵焼きにごくりと生唾を飲んだ。「お身体の調子が悪いと思いますが、食べられますか？」と聞くと、兄は少し考えて頷いた。病室にある椅子に座り、卵焼きを二切れ食べた兄は、ふう、と満足げに腹を擦っている。そんな兄の肩をU作は優しく撫でた。

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「兄様、兄様をだました者は直ぐに捕まえましたよ」 「……そうか」 「私のために、ですよね？」 「……U作は、俺の可愛い弟だから」 「ええ、そうです、ええ……」 「良くなって良かった……もう、俺は」 「兄様」 U作が兄の言葉を遮る。U作は兄の手を握った。逃がさない、と言う意志を込めて。

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「兄様、私が士官学校を卒業したら、一緒に暮らしてください」 「へ？」 「この数年、兄様とお会いできずとても苦しかった。もう離れてはいけません」 「で、ですが、父が……」 「私が説得します」 兄はおろおろと視線をさ迷わせる。否とは言わせない。次は私が兄のために身を粉にする番だ。

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そもそも父も否とは言わないだろう。U作に見つめられて兄は眩しそうに瞬きした。 「はい、沈黙は肯定ですからね。決定です」 「は？」 「ささ、その前に兄様にはお身体を丈夫にしていただきませんと！」 「へ？」 「花沢の名に賭けますよ！」 その日から兄の名前が尾形百之助から花沢百之助になった。

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兄をだました使用人は死んだ方がましという状況に落とした。彼の行方はU作も知らなし知るつもりもない。今U作の頭の中は兄に似合う着物を仕立て、帽子を買うことでいっぱいだったからだ。着物の柄で父と喧嘩することになるが、そこは譲るつもりは毛頭なかった。兄を幸せにするのは弟の役目です。終