日本の戦時標準船における鉸鋲数と溶接長
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天翔 @Tensyofleet

戦後の撮影だけれども、「生きて動いている」戦時標準船2A型は初めて見る気がするな。 youtu.be/T_zitbCy6co?t=4

2018-07-24 21:55:34
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天翔 @Tensyofleet

元動画はこちら。 Check out this CriticalPast video. criticalpast.com/video/65675070… @CriticalPastさんから

2018-07-24 21:56:07
天翔 @Tensyofleet

"Date: 1949, July"を信じるなら、大郁丸は昭和24年7月20日にナホトカから2,000人の引揚者を乗せて舞鶴に入港しているのでその時の映像だろう。

2018-07-24 21:57:39
天翔 @Tensyofleet

戦時標準船2TL型、いわゆる戦標タンカーの中央断面図。よく見ると、船底と上甲板はすべてリベット接合、舷側も上端のシアストレーキと下端のR部の上で、それぞれ外板1枚がリベット接合になっている。 pic.twitter.com/srgcDRAXDM

2018-07-28 13:33:11
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天翔 @Tensyofleet

戦標2TLは『溶接を相当に(概ね三分の一くらい)』(戦時造船史より引用)使用したものだが、残り2/3は鋲接である、ということでもある。戦時造船-ブロック建造-溶接の流れで理解されることが多いけれども、イメージよりはリベットが使われている部分が多いのではなかろうか。

2018-07-28 13:36:05
天翔 @Tensyofleet

NHHCより、戦時標準船2A型の神佑丸(岡田商船)。昭和20(1945)年10月頃の撮影とされており、"At Hiroshima"とあるのでおそらく三菱広島造船所の岸壁だろう。本船は昭和19年末に日本鋼管鶴見で建造されている。 history.navy.mil/content/histor… pic.twitter.com/PRLk5ZZhd5

2018-07-28 13:45:10
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天翔 @Tensyofleet

戦標A型の中央断面図。こちらは概略図だけれども、先の2TLのものよりはかえって分かりやすいかもしれない。A~Nが船体外板を構成する鋼板、その隣の数字が厚み(mm)。やはり船底と上甲板のすべてがリベット接合で、舷側にもリベット接合部分がある。 pic.twitter.com/fqpA2TgwQJ

2018-07-28 13:55:32
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天翔 @Tensyofleet

さて、先の神佑丸の一部を拡大したもの。図面では溶接となっている筈の部分に、太い筋状の突起物が見受けられる。 pic.twitter.com/LSrWHtylwY

2018-07-28 14:02:47
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天翔 @Tensyofleet

昭和24(1949)年7月撮影の大郁丸。三井玉野で建造された戦標2A型にも同様の凹凸がある。船体最上部の側板一列がシアストレーキで、図面上この下側はリベット接合。 Check out this CriticalPast video. criticalpast.com/video/65675070… @CriticalPastさんから pic.twitter.com/enbmDL7g1F

2018-07-28 14:08:47
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天翔 @Tensyofleet

戦標2A型も溶接を相当に(1/3)、のクチなのだけれども、どこまで溶接を採用するかはある程度造船所側の裁量であったらしい。結果、外板を全部リベット接合したのもいるようだ。 pic.twitter.com/4Wr5DIPVJV

2018-07-28 14:30:01
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天翔 @Tensyofleet

当時の回想では、三井玉野は溶接・鋲接した外板を10m四方程度のブロックにして建造を進めていたらしいのだけれども。

2018-07-28 14:35:50
天翔 @Tensyofleet

溶接工法の採用が船舶の建造期間の短縮につながった、と考えられることが多い。けれども、単純に比較すると横向・上向作業において手溶接はリベット打ちに比べて能率が劣る。溶接はすべての問題を解決してくれる魔法の手段ではない。 pic.twitter.com/tfBLWBlKxd

2018-07-29 15:49:19
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天翔 @Tensyofleet

鯨をフェンダー代わりに南氷洋上で接舷する大型船2隻。おそらく左手が捕鯨母船日新丸(戦後建造)、右手が中積油槽船第二天洋丸(ex大橘丸,戦時標準船1TL型)と思われる。第二天洋丸は続行船で戦後冷凍工船→油槽船と改修されているが、どうやら戦標1TLの船体はほぼ鋲接と見てよいようだ。 pic.twitter.com/w30DJjL3m3

2018-07-29 18:40:13
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天翔 @Tensyofleet

↑は書籍に掲載されているものだけれども、ほぼ同一のタイミングで撮影された写真がこちらにある。 tetchi88.wixsite.com/hogei/nakadumi…

2018-07-29 18:42:17
天翔 @Tensyofleet

同様に南氷洋上で接舷する大型船2隻。こちらも左手が油槽船さんぢゑご丸(戦前建造)、右手が捕鯨母船第一日新丸(ex大攬丸,戦時標準船3TL型)の船尾方向と思われる。第一日新丸も続行船だが進水は戦後、捕鯨母船改装時にかなり手が入っているのでどこまで原型をとどめているかはよく分からない。 pic.twitter.com/UUMFT6GZEc

2018-07-29 19:05:36
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天翔 @Tensyofleet

溶接と鋲接を併用して建造された艦船の溶接使用率を求めるのは難しい。鋲接された部分=溶接されなかった部分であるが、それを溶接長に置き換えるには、正確に計算するなら図面を一つずつ追っていくしかないだろう。こんな計算式もあるようだが、ここでいう「本艦」は戦艦大和のこと。 pic.twitter.com/HWakrOziLz

2018-08-02 23:00:03
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天翔 @Tensyofleet

ではこの計算式に、三井玉野で建造された戦標2A型34隻の平均値を放り込んでみよう。12.77/(12.77+0.1*368.2)=0.2575、溶接率は約26%ということになる。 pic.twitter.com/JP9smFSguC

2018-08-02 23:07:10
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天翔 @Tensyofleet

リバティ船のこれらのデータについては未だ見つけられていないが、とある資料で溶接長272,000フィート(=82,905.6m)、別のところでリベット数約2万6千、また別のところで約3万8千というような数字を見かけたので、仮に溶接長83,000mとリベット数4万とすれば83/(83+0.1*40)=0.9540で約95%になる。

2018-08-02 23:17:14
天翔 @Tensyofleet

第4次戦時標準船4ET型。播磨造船所で起工されたものの、終戦までには遂に1隻も進水に至らなかった。戦後に原設計のままで3隻、溶接範囲を拡大し主機をディーゼル(23号乙8型)に設計を改めて1隻が完成している。 pic.twitter.com/G5VdC2uHxS

2018-08-03 22:44:07
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天翔 @Tensyofleet

例の計算式に代入して、溶接使用率は12.5/(12.5+0.1*43.5)=0.7418で74%。 pic.twitter.com/9WnlJ0CEY3

2018-08-03 22:49:45
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天翔 @Tensyofleet

最後の設計を改めた1隻は新和丸(1,199総トン,飯野海運)で、本船を紹介する論文では題名に「全溶接船」と高らかに歌い上げているが、よく読むと鋲を全廃している訳ではない。 CiNii 論文 - 全熔接船に就て ci.nii.ac.jp/naid/110003870… #CiNii

2018-08-03 23:45:32
天翔 @Tensyofleet

4ET改とはいえもはや別物ではあるな。。。時代にもよるのだろうけれども、「全金属製」航空機の補助翼が帆布張であったりするように、「全溶接船」にも鋲を用いた部分があるということだろう。 pic.twitter.com/r32EMaOjur

2018-08-03 23:45:56
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天翔 @Tensyofleet

EC2-S-C1型ことリバティ船の溶接施工要領。1941年9月に1番船が進水したアメリカの戦時標準船は、船側外板はおろか船底外板まで溶接工法で組み立てが行われる。その溶接使用率は、3年遅れて建造の始まった戦標2A型の比ではない。 pic.twitter.com/emUhOhQFja

2018-08-03 23:59:55
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天翔 @Tensyofleet

加えて外板溶接のほとんどは"Machine Welding"、ユニオンメルト自動溶接を用いて行われている。日本では終戦までついに試用の域を越えなかったもの。同じ「溶接」を用いた建造でも、技術レベルに格段の開きがある。 pic.twitter.com/mTwXwYecCh

2018-08-04 00:04:42
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天翔 @Tensyofleet

リバティ船でリベット接合が用いられたのは、わずかに外板と肋骨の接合においてのみ。鋲を使った使わないといった言葉遊びでは埋められない格差を見て取れるかどうかが、戦時造船の本質に近づく第一歩だろう。

2018-08-04 00:11:16
天翔 @Tensyofleet

戦後に調製された、戦時中における浦賀造船所の修理艦船調査表。戦没船はともかく、戦時中の軍艦や民間船舶の修理の状況は全くといってよいほど分からないこともあって、中々面白い。 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… pic.twitter.com/hxaWXUJ8GV

2019-10-28 22:57:10
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天翔 @Tensyofleet

1945(昭和20)年の入渠工事と沖工事の状況。澤風が4月1日から7月7日まで沖工事をやっているのが目を引く。 pic.twitter.com/SSvSB9q0fL

2019-10-28 22:59:56
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天翔 @Tensyofleet

何から何まで燃やしおってからに。。。 pic.twitter.com/J2679gT5aI

2019-10-28 23:01:21
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天翔 @Tensyofleet

この資料は、米国戦略爆撃調査団が「民間造船所に対する質問事項」として要求したものに対する回答の一部であるようだが、他の造船所のものにはこれに類する資料がないことから、浦賀造船所が独自に作成したものではないかと思われる。

2019-10-28 23:04:42
天翔 @Tensyofleet

本資料の個人的見どころの一つ。戦時標準船について、「1.進水時における船の重量の合計」「2.最終組立前に製造した最大の単一部分の重量」「3.船体外板の溶接と鋲打の割合」を回答したもの。 pic.twitter.com/OAsmI2uRMp

2019-10-28 23:14:52
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天翔 @Tensyofleet

戦時標準型車両渡船W型は浦賀の専売特許なので、W型の進水重量1,650トン、最大ブロック重量12トン、リベット数23,000/(23,000+溶接長40,000m*10)=0.365..から船体外板の「鋲接」率37%とされていることが分かる。

2019-10-28 23:25:08
天翔 @Tensyofleet

この式に放り込むと、溶接長40,000m/(40,000m+230,000*0.1)=0.6349...で溶接率63%ですね。 twitter.com/Tensyofleet/st…

2019-10-28 23:27:23