ななし
@m22461722
井伊家には鬼がいる。 鬨の声を上げ地を踏み鳴らし、兵士たちが朗々と歌っている。その真ん中に真っ赤な鎧姿が眩しい男が一人、あれが井伊の赤鬼、井伊直政。 微熱に浮かされた眼差しの先で、鬼は誇らしげに笑っている。おお、いやだいやだ、なんて恐ろしい顔だろうか。
2020-05-01 21:54:02
ななし
@m22461722
獲物を抱きすくめ、硝煙の香りに瞼を閉じれば響く炸裂音に安堵する。鉄砲はいい。人を突く、斬る、裂く感触に怯えることも無く、「死んだ、」と考える間を与えぬまま死に至らしめることが出来る素晴らしい武器だ。その銃口を向ければ最後、撃たれて死ぬ。死ねなくても激痛に悶え苦しむ。
2020-05-01 21:56:50
ななし
@m22461722
そうして緩やかに死へ向かうのだ。老若男女問わず、足軽だろうが大将だろうが、殿様だろうが。 目が合った。 馬上のつり上がった双眸が、じっとこちらを見つめていた。息を殺し、銃口をさげ、無抵抗だと両手を掲げるも鬼は視線をそらさない。
2020-05-01 21:59:13
ななし
@m22461722
美しい赤鬼だと思う。白い肌に赤い唇。鷹のように鋭い双眸とよく通る声。そしてなにより、主家への忠義は随一であり、……それが酷くカンに触った。 彼の世界に他者は必要ない。ただひたすら愚直に、徳川と言う腹の中が見えぬ古狸を信じるだけだ。
2020-05-01 22:02:16
ななし
@m22461722
わたしの世界を食い潰し、吐き出した挙句に、わたし自身をも食い尽くすつもりだ。貴方は頼りになると笑い、あなたには無理をして欲しくないと慈しみ、お前を死なせる訳には行かないと哀願し、……絆されてしまうに決まっている。
2020-05-01 22:04:31
ななし
@m22461722
「……」 銃口をその背に向けたまま息を殺した。引き金に指を、震える唇を噛み締めて得た鈍い痛みに手汗が凄い。 赤鬼は背を向けたままだ。次から次に言祝ぎを受けて、きっと当然だと言わんばかりに得意げな顔をしているだろう。 爪が引き金を軽く弾いた。関節にひっかけ、息を吐き、
2020-05-01 22:07:22