"Kingston valve"がどのような構造の弁で、どのような目的で用いられたかについて
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天翔 @Tensyofleet

いわゆる「キングストン弁」については、船舶の船外に通じる配管に設けられた弁、というところは概ね共通であるものの、年代と共に用途が移り変わっているのでより理解しにくいものになっているように思う。

2018-10-22 00:01:00
天翔 @Tensyofleet

John Kingstonによって開発され、1837年に英国王立技芸協会のメダルを受賞した"kingston valve"は、当時海水を用いていた船舶用ボイラーの缶水を海中に排出するためのバルブだった。 books.google.co.jp/books?id=TSg7A… pic.twitter.com/tlC5WVefxV

2018-10-22 00:04:42
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天翔 @Tensyofleet

海水をボイラーで焚けば、当然その塩分濃度は上昇する。この煮詰まった海水を排出するための配管に設けられたのが、当初の「キングストン弁」の役割であった。 海軍五等機関兵機関学教科書(明治29年=1896年出版) dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… pic.twitter.com/snls06gTqX

2018-10-22 00:13:16
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天翔 @Tensyofleet

やがて缶水に海水が使われなくなってからも、船底弁にこの名称が用い続けられたのだろう。1908年にアメリカでFrederick Charles Kingston氏が、今に続くバルブの製造会社F. C. Kingston Companyを興したことが話を複雑にしているように思う。 海軍五等機関兵機関学教科書附図 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… pic.twitter.com/JwHVPOV86S

2018-10-22 00:22:08
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天翔 @Tensyofleet

なお、缶水に真水を用いてもやはり定期的に缶水を入れ替える必要があるので、この役割を持つ船底弁は引き続き使用されています。 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… pic.twitter.com/SLuGnX5P5d

2018-10-22 00:53:42
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天翔 @Tensyofleet

日本で軍艦の機関が製造され始めた頃には、すでに舶用蒸気機関の缶水に海水を用いた時代は過ぎ去っていた。千代田形は例外で、これは復水器を持っていなかったようだ。 この断面図面も、よく見ると船殻は木造らしい。twitter.com/Tensyofleet/st…

2018-10-24 22:42:17
天翔 @Tensyofleet

日本で二番目に建造された軍艦である天城(初代,スループ)。主機関は『還働,横置,三気筒,二回膨張連成式』らしいが、図面を見るに、どうやら3つ並んだ同径のシリンダーの中央が高圧シリンダーで、その排気が前後のシリンダーに導かれているようだ。 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… pic.twitter.com/BT0Fb3Ch16

2018-10-24 22:50:18
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天翔 @Tensyofleet

ちなみに一番目は清輝で、さらにその前に建造された迅鯨(外輪スループ)と明治維新前に建造された千代田形を除く場合である>日本で二番目

2018-10-24 22:55:57
天翔 @Tensyofleet

少々脱線すると、準同型の清輝・天城共に主機の排気を表面復水器を経て主缶に戻すという後世まで続く方式だが、千代田形は大気放出のようだ。缶水が海水の場合は、主機排気に海水を吹き込む直接接触復水器(注射復水器)が使用されていた。

2018-10-24 23:03:18
天翔 @Tensyofleet

千代田形の建造当時、欧米では直接接触復水器が用いられていたようだが、日本海軍は幸いにして缶水に海水を用いる時代を経験せずにスタートを切っているようだ。明治維新以前に諸藩が購入した蒸気船がどうであったかは分からないけれども。。。

2018-10-24 23:05:54
天翔 @Tensyofleet

ということで、日本海軍においては"kingston valve"開発時の用途である「海水を使用した缶水を海中に排出するための弁」というものは、当初より存在しなかったことになる。もちろん、引き続き缶水排出用の弁は存在していたのだけれども。 twitter.com/Tensyofleet/st…

2018-10-24 23:16:39
天翔 @Tensyofleet

しかし、文書上でも「キングストン」の名称が用いられている。『汽缶付属』だから、缶水排出用の弁と見てよいだろう。天龍 (スループ)は、天城の7年後に就役した艦。 機械/19年3月24日 天龍艦汽缶付属のキングストンファグスピンドル破損に付修理の件 jacar.archives.go.jp/das/image/C101… pic.twitter.com/EyzvcDvsr6

2018-10-24 23:21:01
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天翔 @Tensyofleet

同年代の他の文書では、『シーカック弁キングストンウァルブ』などの表記も見られる。中々に複雑なようだ。 20年1月14日 春日艦シーカック并キングストンウァルブ摺合竣工御届の件 jacar.archives.go.jp/das/image/C101…

2018-10-24 23:24:35
天翔 @Tensyofleet

時代は下って明治37(1904)年、防護巡洋艦明石の修理に関する文書。『弾薬庫「キングストン」』『7インチポンプ「キングストン」』なる単語が出てくる。 明石 jacar.archives.go.jp/das/image/C090… pic.twitter.com/oGsLkbtnid

2018-10-25 23:15:48
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天翔 @Tensyofleet

その4年後の1908年、アメリカはロサンゼルスでFrederick Charles Kingston氏がF. C. Kingston Companyを興す。 kingstonvalves.com/about-kingston…

2018-10-25 23:21:27
天翔 @Tensyofleet

1837年に"kingston valve"を開発したJohn Kingston氏は、イギリスのウールリッチ造船所で働いていたらしく、ファミリーネームは同じであるものの、関係者かどうかは分からない。 twitter.com/Tensyofleet/st…

2018-10-25 23:25:34
天翔 @Tensyofleet

とはいえ、F. C. Kingston Company製の弁が「キングストン弁」の由来、というのは無理があるように思う。

2018-10-25 23:26:59
天翔 @Tensyofleet

色々間違っていることが分かる日wikiの「キングストン弁」の項。ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD… ちなみに、冷凍工船摂津丸沈没時の関係者聴収書には、「船底弁」「シーサクションバルブ」という言葉は頻出するけれども、「キングストン弁」という単語は一切出てこない。

2018-10-27 19:37:33
天翔 @Tensyofleet

"kingston valve"は、構造上弁棒が折損しても海水圧力で浸水が防げる利点がある一方、欠点としては円錐型の弁を弁棒と一体に製造する必要があり、弁が大型になるほど折損時に自重で外れる可能性もあることから、やがて用いられなくなっていく。 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… pic.twitter.com/o0BYdj2gkY

2018-10-27 20:21:36
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天翔 @Tensyofleet

明治41(1908)年発行の「軍艦機關計畫一班」では、先のような理由から、すでに用いられなくなっている旨の記述がある。確認した国会図書館所蔵のものは、大正8(1919)年の増補版だけれども。 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…

2018-10-27 20:26:38
天翔 @Tensyofleet

いずれにせよ、この頃から「キングストン弁」は、その構造を指したものではなく、元来の海水の吸入・排出を行う船底弁としての用途を指したものとなったのだろう。

2018-10-27 20:31:23
天翔 @Tensyofleet

その曖昧さが、艦艇の自沈に際して用いられる、「キングストン弁を開く」という慣用句のような何か、に繋がるのかもしれない。

2018-10-27 20:50:17
天翔 @Tensyofleet

『「キングストン」を開き自ら沈没し』との表記が出てくる文書、日付は明治38年5月31日。日本海海戦の装甲艦ドミトリー・ドンスコイのようだ。 日本海海戦電報報告3(6) jacar.archives.go.jp/das/image/C090… pic.twitter.com/2ihVC1dJFk

2018-10-28 13:05:31
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天翔 @Tensyofleet

同じく日本海海戦時、装甲艦アドミラル・ナヒモフ。『「キングストンワルブ」を開くべからざる旨告げしめたりという』とあり、自沈処分の手段としてキングストンを開くという方法(あるいは表現)が一般的だったのだろう。 佐渡丸戦闘詳報 jacar.archives.go.jp/das/image/C090… pic.twitter.com/KuOo7t6XQ1

2018-10-28 13:14:47
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天翔 @Tensyofleet

もっとも、船底弁を開いたところで即座に船内への浸水が始まる訳ではなく、弁から缶や復水器、ポンプ等に繋がる配管を外すなど、それなりの破壊手段を講じる必要があるだろう。もしその必要性がないものがあるとすれば、火薬庫への注水管くらいだろうか。

2018-10-28 13:24:18