辰星さんは、優雅な手つきで、スイと画面をヒバさんに向けました。「あなたが落としたのは、こちらの、ご家族の写真が初期画面の携帯端末ですか?」ヒバさんの、ゴールドのアイシャドウで飾った目元が大きく開かれます。46
2021-10-31 21:54:00「……私の物です。間違いありません。会社に届けた人が?」画面と辰星さんへ、交互に視線を向けるヒバさん。辰星さんは端末をもう一度ケースに戻すと、ゆっくりとした拍手をヒバさんへ送りました。47
2021-10-31 21:57:00「あの?」眉を寄せるヒバさんに、辰星さんは言いました。「お疲れ様です。モニタリングの結果、あなたは大変実直であり、服務規程にほぼ忠実であると分かりました」48
2021-10-31 22:00:01「んっ……ん? それは……?」ヒバさんが聞き返しましたが、それはとても丁寧に無視されます。ヒバさんは、切れ長で白目がちの目元を少し細めました。49
2021-10-31 22:04:00「社内等級が上がったということです。おめでとうございます。詳細なモニタリング結果については、所属部署にフィードバックします。結果に応じた賞与もありますよ」にこやかな様子で言うのは辰星さんです。50
2021-10-31 22:08:00「……あの、携帯端末は」「それでしたら」辰星さんは金色の携帯端末が入った同色のジッパーバッグを、ヒバさんに向かって差し出しました。『消毒済み』と書かれたステッカーが貼られています。AXEでは、携帯端末の色が変わるのは、社員のスコアを示します。金色は、一番いいスコアです。51
2021-10-31 22:11:00「こちらを。データの移行は済んでいますし、社員証権限が失効次第、鍵として使えるようになります。今後は私的な写真データを転送することは控えてくださいね。違反ですよ」「はい。え……いえ、そうではなく」ヒバさんは尋ねます。52
2021-10-31 22:15:00「私の携帯端末は、紛失するまでずっと通勤鞄に入れていました。どのように入手を?」「それは、現在あなたが所持する情報権限では、お答えできません。ごめんなさい」53
2021-10-31 22:19:00辰星さんは、まるでお茶のお誘いを断るように、軽やかな調子です。「……そうですか」ヒバさんも、表情を崩さずに答えました。54
2021-10-31 22:23:00「最後に。これは協力いただいた皆さんにお伝えしているのですが、今回のモニタリングについて、何らかの形で発信が認められた場合、あなたに対して監査部から通達が入ります」ヒバさんの閉じた唇が右に動きました。55
2021-10-31 22:26:00「私から申し上げることは、これで全てです。ご納得いただけましたか?」辰星さんが尋ねます。ヒバさんは、じっと辰星さんを見てから、薄く笑いました。「……そういう事で結構です。以上でよろしければ退出します」「お時間を取らせましたね。どうぞ、業務に戻ってください」56
2021-10-31 22:29:00ヒバさんは姿勢を正して顎を上げると、新しい社用端末を手に、一礼して会議室を出て行きます。歩きながら密封された袋を開けて、つるりとした長方形の端末を取り出します。今日のToDoリストを確認すると、失くした時のままみたいです。57
2021-10-31 22:32:00「どうだった?」通りがかりに部長さんが声をかけてくれます。「抜き打ちの監査でした」ヒバさんは、鞄から取り出したご自分のボトルに、粉末のお茶と、部長席の近くにあるウォーターサーバーのお水を入れながら答えます。「詳細はお話できませんが」58
2021-10-31 22:36:00「問題なかったんだ?」ボトルの蓋を閉めて、ヒバさんは中身を振り続けます。「緊急対応を紙ベースで控えていたので」これは、朝、駅で見ていたノートの事ですね。「へえ。真面目だねえ」ヒバさんに、からかうような言葉が投げつけられます。ヒバさんは部長さんに向き直りました。59
2021-10-31 22:39:00ヒバさん、ピシャリと言って一礼します。「では、クライアント待たせてるので。一時間延ばしていただいてありがとうございました」全然、ありがたそうじゃないですね…… 61
2021-10-31 22:45:00肩に鞄をかけ、お茶の入ったボトルと携帯端末を持ったヒバさん。廊下の両側に連なる、防音完全個室の『診察室』へ向かいます。ドアの横に置かれたボックスの中に私物の鞄を放り込み、アナログ社員証で鍵を開けると中に入ります。62
2021-10-31 22:47:00人がひとり座って作業できる最低限のスペースが確保された、この真っ白なブースが、ヒバさんのオフィスです。オフィスチェアに腰かけ、業務用デスクトップ端末に携帯端末を接続させて立ち上げたら業務開始です。ヒバさんの肩が、深呼吸に合わせてゆっくりと上下しました。63
2021-10-31 22:50:00自社開発の通話アプリケーションを起動させると、すぐ最初のクライアントがオンラインになりました。モニタに映るヒバさんには、広く開放的な診察室から話しかけている、ごく自然な背景画像が差し込まれています。64
2021-10-31 22:53:00ヒバさんは、これまでの出来事がなかったような穏やかな態度で、画面越しの面談相手に声をかけます。「□□さん【プライバシーのため音声加工をしています】おはようございます。お待たせしてすみませんでした」65
2021-10-31 22:56:00【スタッフ】ナレーション ドロシー/音声技術 琴錫香/映像技術 リエフ・ユージナ/編集 山中カシオ/音楽 14楽団/テーマソング 「cockcrowing」14楽団/広報 ドロシー/協力 オズの皆様/プロデューサー 友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック
2021-10-31 22:59:00特別賞与が口座に入るより前に、ヒバさんはAXEを自主退職しました。現在は、別の企業に産業カウンセラーとして働き口が見つかり、そちらでも、真面目に働いていらっしゃるそうですよ。66
2021-10-31 23:02:00こんにちは! P-PingOZ広報のドロシーです。本日もご視聴いただきありがとうございました。当番組へのご意見、ご感想は #p_poz で受け付けています。実況感想、またはアーカイブをご覧いただいた感想などもお気軽にどうぞ!
2021-10-31 23:06:00アーカイブは数日中に行われる予定ですので、本日の配信に間に合わなかった方もぜひアーカイブをご覧ください。それでは、また! P-PingOZ広報のドロシーでした !
2021-10-31 23:07:00