恋ごころが首すじを通って頭の後ろから空中へ霧散していく 酸素と二酸化炭素とチッ素とさまざまのものに紛れてあなたの肺に届く そうしてあなたの呼吸になる 起き抜けのひと息になる ぬるい背中越しにそんな妄想をする
2021-10-20 06:13:46都市の亡霊は立っている 細い路地、古い駅、埋め立てられた川の墓場 名前の載っていない名簿を持った誰かが忘れたほんとうを呟くまで 都市の亡霊は祈っている 褪せたビル、曲がり角、雑草の生い茂る広い空き地 次々とやってくるいらないもの達に席を奪われてしまうまで
2021-10-01 02:55:56当たり棒を折ってゴミ袋に放り投げた時、「火葬が終わりましたよ」と呼び出された瞬間を連想した。 灰になった夏が、砂の入った小瓶と一緒に勉強机の陰からこちらを見つめている。 週末には台風が来るそうだ。 それが去ったら、きっと秋だって直ぐにいなくなる。 秋は短すぎて葬式には適さない。
2021-09-15 19:38:50涼しくも晴れたある日、母と一緒に夏の葬式を挙げた。 かき氷機は隅々まで手入れし、植木鉢の中の枯れた花を捨て、袖丈の長い洋服を出して。 なむあみだぶつ、なむあみだぶつと、周りの大人たちが口ずさむから、空気を読んで白々しくも読経する時のような気分だ。
2021-09-15 19:38:50燃える星色の宝石をちりちりとぶつけ合わせたような声が辺りいっぱい響き渡って、私の浅い眠りに入り込んでくる。 ススキをかすめて低空飛行すれば、宝石たちの共鳴は歓喜のように声量を増し、それから少し静かになった。 朝が来て、息が白くなる頃には、みんな消えてしまうと知っている。
2021-09-15 04:59:50い草の軋むやわい感触 電球から垂れた紐を引いてかちりと鳴る音 硬い煎餅布団は古ぼけて穴あき 枕元にはやかましく騒ぐ夜光時計 枯れていく指のあまい匂い 吹き過ぎ去ったもの なくなったもの達の夜はパレード
2021-08-16 04:34:14入道雲が青空に張り付いている。 両親に愛された子供のひとり部屋のような世界だろうか。 誰か気まぐれな存在がモビールを取り外しただけの、偽物の空。 貴方も、私も、見えない誰かの愛し子だろうか。
2021-07-23 14:16:43案山子は空に憧れるか? 地を這う生き物を模して作られた、夏の日差しに照らされる青白い案山子たち。 もがきながら羽を動かす蝉を見て、何を思うのか?
2021-07-22 13:26:28蛙が鳴いて、道路の気怠い匂いが充満する。滴る水音が暗い室内に響いている。 それだけの触感を、だからなんだと切り捨てられたなら、胸骨の内の風船など膨らまなかっただろうか。 あんまり無闇に大きくなるから、今では俯せで眠ることも叶わない私だ。 外では蛙が鳴いている。それだけだろうか。
2021-07-17 00:47:36世界に朝をこぼすのならば 音をなみなみ注いでおくれ 窓から漏れる走行音や子供の足音 聞かしておくれ 小鳥のさえずりちかちかと 煩いくらいに喚いておくれ それでわたしの嗚咽も全部 なかったことにしておくれ
2021-06-10 06:41:14濡れたタイツの不愉快な感触 頬にはまだ冷めないあなたの温度 砕けた端から立つすえた匂い かろうじてあなただったと分かるくれ石の白、白、白 一片でも持ち帰って、すり潰して、明日食べるスコーンの生地に入れられないかしら
2021-04-07 03:52:15夜風は憂鬱を少しの間だけマシにしてくれる薬だ。 詩を読むときのように、僕の孤独を笑ってくれる。 初めて歩く道のように、僕の自由を許してくれる。 ことばを捕まえるなら、きっと今この時みたいな、静かで冷たい夜が一番いい。
2021-03-30 04:27:57