0
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

本当は、彼が許せないのじゃない。あの日、彼へのコンプレックスが、例の彼女を見たことで吹き出してしまった。ogtが夢主との結婚を匂わせ始めたのを機に、なりを潜めていたそれは、あの可愛らしい女性を見たことで眠れる獅子どころか、化け物じみた勢いで蘇ってしまった。一瞬、

2020-04-18 15:07:56
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

なんて似合いの二人だろうとまで感じた。気が強くて、顔つきもちょっとキツいと言われる自分とは違う。彼の後ろに隠れて、怯えた様子も、自分が当事者でなければ、庇ってしまいそうになるほど儚げだ。ああ、なんで気が付かなかったんだろ。私は、この人に最初から相応しくなかった。この人に似合うのは

2020-04-18 16:13:11
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

きっと、おっとりとして、家庭的な人なのだ。こんな、気の強い女ではなく……。 「あんこう鍋美味しい」鼻をすすりながら夢主は笑った。次は、きっとそんな人が彼の向かいで鍋を一緒につつくのだろう。もういいや。やっぱり飲みたくなってきた。少しだけ貰っちゃおう。

2020-04-18 16:13:12
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

酎ハイの缶を手に取った夢主に、ogtが箸を止める。「おい、それは……」「少しだけ」やるせない気持ちをレモンの香りと一緒に喉奥へ流し込むと、ふわりとした酩酊感に、胸の痛みが少しだけ和らぐような気がした。少し飲みすぎても、今のogtは不憫なことにE|Dだ。一時的なもの……だと思うが。

2020-04-18 16:26:19
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

器が空になると、ogtがすかさず夢主の手から取り上げて、盛り付けてくれるた。「もう謝るな」彼は言う。「俺だって、本当は……記念日だって知っててやったんだ」忙しい最中、仕事帰りに夢主を外食に誘っても残業と断られ、なら休みの日をと思うと、いろんな理由で、その日も駄目と言われる。

2020-04-18 20:54:17
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

学生時代に付き合った女と同じパターンだった。二股の挙句、向こうが良いと離れていった。その時の女とは元から長続きさせる気もなかったから気にしなかったが、結婚を考えていた相手……夢主だと当然別の話だった。焦りと生来の嫉妬深さが行動を謝らせた。今思えば、面と向かって訊けば良かった。

2020-04-18 20:54:17
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

喧嘩になったかもしれないが、夢主もすぐ秘密を明かしてくれただろう。いつもなら、あんな女の言うことなど気にもしなかった。 “彼氏に隠し事なんて…こんなこと言いたくないけど…” ことに夢主のこととなると、時々彼は判断を誤った。本当に、誤ったのだ。

2020-04-18 20:54:17
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

それだけ言うとogtはしばらく黙り込み、器の中で解した魚の身を口にした。「…お互い、一番美味いのを食べ損ねたな」きゅう、と胸の奥が痛んだ。最後、最後なのに。「お前が言うほど、俺は器用じゃねぇよ。…これでわかっただろ」夢主の空になった器を

2020-04-19 03:35:49
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

取ろうと、再び鍋の向こうからogtが手を伸ばしてくる。鍋が空になったら、今度こそ終わりなのだ。あんこう鍋は美味しかったけれど、彼女にとっては、もう通夜に供される膳と変わらない。惜しまれながら弔われるのは、ogtと彼女の、すれ違いの末終わる恋だ。鍋の底には、ちょうどひとすくい分……。

2020-04-19 03:35:50
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

「こんなことになっちまったが、好きだったよ」弔いを思わせる沈んだ口調に、夢主は止めをさされた。器を満たした最後のひとすくいを、涙を流しながら食べた。時間をかけて。合間に飲み物を流し込み、少しづつ、少しづつ味わった、自分で決めて、ようやく相手も納得した。なのに、こうしている間に、

2020-04-19 03:35:50
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

「やっぱり、もう一度やり直そう」と言う言葉を待ち望む自分がいる。正気を保つ自信がなくなってきた夢主は、また震える手で缶チューハイを開けた。(…私は結局、“美味しい”って言ってもらえずに終わる)鍋には濁った汁が残っていた。ご飯を入れて、雑炊にしたらワンチャンあるだろうか……?

2020-04-19 03:35:51
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

そう思う自分が情けない。「少し多いかと思ったけど、食べきれたな」実行する前に、ogtは鍋をキッチンへ持っていってしまった。後片付けもしてくれるらしい。手伝おうと立ち上がりかけて、自分が酷く悪酔いしているのに気が付いた。頑張って。今、今言わないと間に合わなくなってしまう。

2020-04-19 03:35:51
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

やっぱり別れたくないと言う、それだけだ。まだ彼に気持ちが残っているなら、誤解が解けたなら、もうなんの心配も問題もなくなる……。 「hyknsk……」ふらつきながら、何とか立ち上がり、こちらに背を向けて食器を洗い始めたogtに抱き着いた。ああ、温かい。いつものオーデコロン、彼の匂い……。

2020-04-19 03:35:51
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

「おい……」ogtは水道の栓を閉め、手拭いを使ったあと、夢主が胸元に回した腕を外した。そのまま、抱き抱えられ、梱包された家具の中でただひとつ、そのままで残されていたベッドに下ろされた。「帰らないで」それだけ言うのが精一杯だった。沈黙のあと、唇が塞がれ、強く抱き締められた。

2020-04-19 03:35:52
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

あれ?そう言えば…と一瞬何か思い出しかけた夢主だったが、身を包む安心感と、酔い心地になった頭が考えることを許してはくれなかった。ああ、これで、やり直せるんだ と、嬉しさに何度も彼の名を呼んで縋りついた。もう離れない。あの楽しい日々が戻ってくる。また、朝、一緒に目覚め、夜は共に眠る

2020-04-19 03:35:52
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

そんな暮らしが帰ってくる。そうだ、今度こそ手料理を食べてもらおう。実家に電話しないと。部屋はこのまま引き払ってしまうけど、次の勤め先を探して、そこから近い場所で暮らせばいい。それまで、彼の家で厄介になるか、もし、もしhyknskが望んでくれるなら、一緒に暮らすのも……。

2020-04-19 03:35:52
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

幸せの中で、夢主の意識は蕩けて、遠くなっていった。

2020-04-19 03:35:53
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

明くる日、幸福の余韻と共に夢主は目覚めた。そして、いつの間にかベッドから消えた恋人を夢主は目を擦りながら探してまわった。 昨夜のことははっきり覚えていた。確かに少し酔ったが、以前のように荒れ狂うこともなく、愛を交わしあったと確信できた、そんなひと時だったはずだ。だから、絶対に違う

2020-04-19 03:35:53
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

そう思い、祈りながらリビングに入ると、綺麗に拭かれた昨日の食卓に、朝食の用意がしてあった。ベーコンエッグと、ホットサンド。冷めても美味しい組み合わせ。眠る夢主をそのままに、仕事に出たのだろう。ふと、気が付くと、引越しの準備の時に見つけた、ogtの私物を入れて置いたダンボールが

2020-04-19 03:35:53
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

なくなっていた。ここに勝手に住み着いていた時の、着替えが入ったものだ。嘘でしょう? hyknsk …? テーブルの上に置かれたメモを読んで、夢主は、自分がとんでもない勘違いをしたのを知ってしまった。指先からメモを落とし、彼女は泣いた。床にうずくまり、いつまでも泣きじゃくった。

2020-04-19 03:35:54
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

“最後に、ありがとう。元気で” ――修復された、元通りになったと思っていたのが、自分だけだと知って。

2020-04-19 07:06:29
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

……実家に戻ってからは、しばらく悪夢に悩まされた。CMに登場した、明るいキッチンで、彼女は可愛らしい弁当を作る。幼稚園に通う娘のために。食卓には朝食の用意が完璧にされていて、そこでは夫になったogtと、幼児用の椅子に座った娘が仲良く食事を摂っていた。二人を玄関先で送り出そうとした途端

2020-04-19 07:31:07
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

画面は切り替わり、玄関先に立つのはもう自分ではなく、別の知らない女に変わっていた。ogtが手を引いた小さな女の子も、もう彼女の娘ではない。自分はと言えば、完全な第三者、通りすがりとしてそれを見ている。ああ、あの子が私の娘だったら……。目が覚めるのは、いつもその辺りだった。

2020-04-19 07:31:07
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

体調もあれから優れなかった。情けないことに、思った以上に自分は彼を好きだったらしい。失恋による喪失感のせいか、情緒は不安定になり、食欲も過剰だったり全く食べなかったりと日によって変わった。酷く眠いときもあり、生理不順もあり、胃腸も弱くなったように感じた。完全に自律神経が

2020-04-19 10:02:37
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

イカれてる、思っていた矢先、妊娠していることがわかった。笑えることに、計算してみると、流れに任せて避妊しなかった最後の日ではなく、例の記念日に授かった子供らしい。荒ぶるサケバス事件。なんだそれ……。エコー写真に映る胎児のシルエットに、額に脂汗が滲んだ。頑張って忘れようとしたのに

2020-04-19 10:02:37
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

何て置き土産をしていくのかhyknsk 。いや、私のせいか。夢主は我ながら呆れたし、両親はどちらの判断も受け入れると言ってくれた。結局、男は懲りたから、もう結婚しないと見合いも断った娘だ。両親から見れば、これが孫の顔をみることのできる最後の機会かもしれない。

2020-04-19 10:02:37
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

悩んだ末に、産むことにした。今どきシングルマザーなんて珍しくもない、と言ってくれる両親もいる。それに、考えてみれば、料理の腕を磨いたのも、この子に会うためだったのかもしれない。皮肉にも、願いの半分は叶ったのだ。

2020-04-19 10:02:38
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

やがて、生まれてきたのは娘だった。日を追う事に、夢主が驚くほどに似てきた。眉毛といい目元といい、父親そっくりなのだ。顔上半分のDNA すごくない?以前、ogtから、両親の離婚で別れたという彼の父親を写真で見せてもらったことがあるが、その時も恋人の機嫌を損ねるほどほど笑ったことがあった。

2020-04-19 11:10:31
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

本当に、吹き出すくらいそっくりだった。まさか、孫にまでしっかり遺伝するとは。会うことのなかった娘の恋人の面差しを写した赤ん坊を前に、最初、両親は複雑そうだったが、直に初孫に夢中になった。専業主婦の母親が率先して面倒を見てくれたため、程なく夢主は地元の会社に事務員として働き始めた

2020-04-20 14:44:50
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

一度だけ、ogtと連絡を取ろうとしたが、叶わなかった。妊娠がわかるずっと前に、気持ちを一新しようとスマホ自体も変えてしまっていたし、彼がいたはずの会社に連絡したところ、少し前に退職したと知らされた。本当に彼は、夢主の前から消えてしまった……。

2020-04-20 14:44:50
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

縁には賞味期限があるという。それなら、あの最後の日がそれだったのだ。月日は経った。今更連絡が取れたところで、彼には新しい恋人がいるかもしれない。それどころか最悪、結婚している可能性もある。先のことを考えると、娘を認知してもらいたい気持ちはあった。しかし、奇跡的に連絡がつき、

2020-04-20 21:13:09
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

顔を合わせた時……我が子を目にしてogtから何故産んだ、と責められたらと思うと胸が締め付けられるように痛んだ。

2020-04-20 21:13:10
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

ある日の仕事帰り、夕食の買い物をするのに車でスーパーへ向かっていた。信号待ちをしていると、右手から耳を劈くようなブレーキ音がした――そう思った途端、彼女の運転する軽自動車が大きくはね飛ばされ、視界がぐるりと回る。何が起こったのかも理解できぬまま、シートベルトに固定された身体が、

2020-04-20 21:33:45
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

激しい衝撃に揺れ、そして軋んだ。跳ね飛ばされた車体は一回転し、夢主は遠くなる意識の中で幻を見た。 昔の恋人の家、そのキッチンに立ち、熱したフライパンに玉子を落とす。簡単なものしか作れないけど、と恥ずかしそうにいう彼女の後ろから、着替えてきた彼が腰に腕を回してくる。

2020-04-20 21:33:46
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

「お前が作ってくれるなら、なんでも美味い」まだ、二人はつきあい始めたばかりなのだ。……幸せだった。「ママ」と小さな女の子の声を聞いた。何処からだろう。ああ、そうだ。お弁当を、お弁当を作るんだった……。大きな音。激しい痛み。闇。暗闇。…………無……。

2020-04-20 21:33:46
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

……これが最期かもしれないから、と電話の向こうで彼女の母親と名乗る女性が泣いている。一台の暴走車が起こした玉突き事故に、運悪く夢主が巻き込まれたという。折しも見合いの席で、ogtはその相手である女性とレストランで夕食を共にしているところだった。スマホの着信は、意外なところからだった

2020-04-22 20:44:47
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

別れた恋人に未練を残していたのは、何も夢主だけではなかった。ogtも以前、彼女が働いていた彼女の同僚を探し、口止めされているからと渋るのを何とか実家の住所と電話番号を聞き出していた。何度となく連絡し、話をしたいと頼み込んだが、その度に夢主の両親に阻まれていたのだ。

2020-04-22 20:44:47
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

頼むから、娘のことは諦めてくれ、放っておいてくれという。娘も会いたくないと言っているから、と。電話が駄目ならと手紙も出した。現在のogtの住所、連絡先を記して。間もなく、彼女の母親から「娘はもう再婚しました」と電話があり、彼は今度こそ諦めたのだった。

2020-04-22 20:44:48
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

なのに、“娘に会いに来てくれ”とは。「どうされました? 早々に離婚されでもしたんですかね」思わず嫌味のひとつも出てしまうと言うものだ。しかし、様子がおかしかった。彼女の母親は泣いていたのだ。数時間前、会社帰りに夢主が事故に遭い、半壊した車から救助され治療中だが、出血が酷かったせいで

2020-04-22 20:44:48
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

衰弱しており、いつ息を引き取ってもおかしくない状態だと医師に告げられたこと、うわ言で彼を呼んでいること、本当は再婚などしておらず――ogtと夢主がよりを戻すことで、孫と離れるのが嫌で嘘を着いたのだと堰を切ったように話した……孫? 孫とは?

2020-04-22 20:44:48
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

「あの日は本当に酷いことした。ごめんね、hyknsk」

2020-04-18 02:19:32
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

「こちらへ戻ってからあの子、妊娠がわかったの。娘がいます。だから、だから会いに来てやって。あの子と、貴方の娘に……!!」 ……とどめの一撃だった。

2020-04-22 20:44:49
0
まとめたひと
ぽんぽこタヌキ玉 @tanukidego

アホ夢書き。昭和の女で金カ夢の人。腐と夢のいろんなのを見たり書いたり用の垢。最近は本人よりよりほぜ尾が好きになってきた感。いや、今でも推しなのは変わらないんだ……。 まろ marshmallow-qa.com/yumejodego?utm…